LINEふるふる裁判の紹介記事を、事務所HPにUPしました。

平成29年(ワ)36506<佐藤>

 

①副引例から「GPS検索機能」のみを抽出して主引例に適用するロジックが否定され、同適用は阻害要因があるとして進歩性が認められた事例。

 

②充足論がされていない被告サービスは損害賠償の対象とならず、「関係があっても希薄である」売上げは相当因果関係が否定され、3項の損害賠償の対象とならないと判断された事例。)-

 

 

【本判決の要旨、若干の考察】

 

1.特許請求の範囲(請求項1)

 

A 現実世界で出会ったユーザ同士がユーザ端末を操作することによりコンピュータを利用してネットワークを介してのコミュニケーションによる交流を支援するコンピュータシステムであって,

 

B 互いにコミュニケーションによる交流に同意したユーザ同士が交流できるようにするための複数の交流先のリストをユーザに表示するための制御を行なう交流先リスト表示制御手段と,

 

C ユーザが前記交流先リスト表示制御手段により表示された複数の交流先の内からコミュニケーションを取りたい相手を選択指定し,該選択指定した者と選択指定された相手とがユーザ端末を操作して入力した内容を互いに伝え合ってメッセージを送受信できるように該入力内容を前記ユーザ端末で報知するための入力内容報知手段と,

 

D 前記ユーザ端末の位置情報を取得し,該位置情報に基づいて所定時間中に所定距離内に位置するユーザ端末を検索する検索手段と,

 

E 該検索手段により前記所定時間中に所定距離内に位置するユーザ端末が検索されたことを必要条件として,該検索されたユーザ端末と前記メッセージの送受信を可能にするために新たな交流先として前記交流先のリストに追加する交流先追加処理を行う交流先追加手段と,を備え,

 

F 前記複数の交流先の内からコミュニケーションを取りたい相手を選択指定した者が選択指定された相手に対しメッセージを入力して送信する操作を行った場合に,前記選択指定された相手のユーザ端末にメッセージが入力された旨のポップアップ通知を行うための制御を実行する一方,

 

G 前記交流先として指定されて互いにメッセージを送受信できるユーザ端末同士の一方からの要求に応じて,他方のユーザ端末からメッセージを入力して送信する操作を行ったとしても前記ポップアップ通知を行わないように制御し,

 

H 前記コンピュータ側からの制御に基づいて前記交流先のリストを前記ユーザ端末に表示させることにより,前記ユーザ同士が連絡先の個人情報を知らせ合うことなく交流できるようにした,

 

I コンピュータシステム。

 

2.判旨抜粋①(「進歩性」の判断部分)

 

(1)主引用発明(乙5)との相違点

 

「(イ) 相違点2

本件各発明は,ユーザ端末の位置情報を取得し,該位置情報に基づいて所定時間中に所定距離内に位置するユーザ端末を検索する,いわゆるGPS検索手段を備えているのに対し,乙5発明は,かかる検索手段を備えていない点

(ウ) 相違点3

本件各発明は,ユーザ端末の位置情報を取得し,該位置情報に基づいて所定時間中に所定距離内に位置するユーザ端末が検索されたことを必要条件として交流先のリストに追加する交流先追加処理を行うのに対し,乙5発明は,利用者同士の出会い支援装置11間での近接無線通信に基づいて相手IDのリストに追加している点」

 

 

(2)相違点2及び3の容易想到性判断

 

「相違点2…,相違点3…は,本件各発明が,GPS検索手段により,ユーザ端末の位置情報を取得し,該位置情報に基づいて所定時間中に所定距離内に位置するユーザ端末が検索されたことを必要条件として交流先のリストに追加する交流先追加処理を行うのに対し,乙5発明は,利用者同士の出会い支援装置11間での近接無線通信に基づいて相手IDのリストに追加している点の相違に関するものである。

この点につき,被告は,乙42~45公報に記載されているように,ユーザ端末を用いた出会い支援システムにおいて,ユーザ端末間の距離を検知する手段には,電波による端末間の無線通信を用いるものと,GPS検索を用いるものが知られており,両者は当業者において適宜選択して用いられることは技術常識であり,乙5公報においては,利用者間の近接を検出する方法として,送受信する電波以外の方法が許容されているのみならず,GPS機能を有するPDAとの一体化も想定されているから,乙5発明にGPS検索手段を採用して近接を検出するように構成することは,当業者が容易に想到できたと主張する。

(ア) そこで検討するに,被告が挙げる乙43~45公報に記載の技術は,いずれも,氏名,住所,電話番号,メールアドレスなどの個人情報を相手方に知らせることが前提となっているものであるから,これらの技術を,『出会いの初期段階においては相手に重要な個人情報を認知されることなく,利用者相互間,特に男女相互間で趣味嗜好が一致する出会いの可能性を向上させること』を目的とする乙5発明の技術に適用するには阻害要因があるというべきである。また,乙42は,本件特許の優先日(平成22年2月15日)の3か月前(平成21年12月17日)に公開されたものであることに照らすと,同公報に記載の技術をもって本件特許出願に係る優先日当時に周知の技術であったと認めることはできない。

(イ) 次いで,被告が,乙5公報においては,利用者間の近接を検出する方法として,送受信する電波以外の方法が許容されているのみならず,GPS機能を有するPDAとの一体化も想定されていると主張する点について検討する。

確かに,乙5公報の段落【0063】には,出会い支援装置は,赤外線又はこれと電波の併用により近接を検出してもよい旨の記載はあるが,ここにおける赤外線通信も,出会い支援装置同士で直接通信を行って近接を検出するためのものである。

一方,乙5発明において,GPS機能を利用する場合,各出会い支援装置がGPSで位置情報等をそれぞれ取得し,別途,その情報等を基にサーバ等が近接を判別して各出会い支援装置に送信するといった,より複雑なシステムが必要となるが(乙27,28,55参照),そのような煩雑な構成を採る理由は特に見出し難いから,かかる記載があるからといって,乙5発明の近距離無線通信技術を,GPS機能を用いる方式に代替することが容易であるとはいい難い。

また,乙5公報の段落【0065】には,PC端末をPDA等に代替可能である旨の記載はあるが,乙5発明において,利用者同士の近接等を判別するのは,PC端末102ではなく,出会い支援装置11であるから,たとえPDAの機能の1つとしてGPSがあることが周知であったとしても,出会い支援装置11が行うべき近接等の判別を,GPS機能を用いる方法に代替することに容易に想到するとは認め難いというべきである。

(ウ) したがって,乙5発明に乙42~45公報記載の技術を適用して相違点2及び3の構成に容易に想到し得るとは認められない。」

 

3.判旨抜粋②(損害論のうち「売上高」に関する判示部分)

 

「(1) 売上高について

 

ア 当事者の主張

原告は,被告の事業のうち,本件特許権侵害の対象となる事業は,コア事業中の『アカウント広告』と『コミュニケーション』の売上げであ…ると主張する。

一方,被告は,主に被告アプリ上でアカウントを有する企業等からの売上げであるアカウント広告の売上げは損害賠償額算定の対象とならず,仮に,コミュニケーションの売上げが損害賠償額算定の対象となり得るとしても,対象となるのは本件機能と関係のある部分に限られると主張する。

 

イ 認定事実

そこで検討するに,前記前提事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の事実を認めることができる。

(ア) 被告の事業及び売上高(…)…

a アカウント広告の売上げの内容等

アカウント広告の売上げは,①公式アカウント,②ビジネスコネクト,③LINE@,④スポンサードスタンプ,⑤セールスプロモーション,⑥広告,⑦●(省略)●,⑧●(省略)●,⑨限定スタンプの各売上げにより構成される。

①~③は,いずれも企業等がアカウントを開設することにより,自社のアカウントを友だち登録しているユーザにメッセージの送信等をすることができるサービスであり,有償プランを利用する企業等による月額費用その他の費用に係る売上げが被告に生じる。

④は,企業等が広告宣伝のために自社オリジナルのスタンプをユーザに無料で提供できるサービスであり,企業がこれを利用するためには固定額の支払を要するために被告に売上げが生じる。

⑤は,被告アプリを使ってキャンペーンを行うことのできるサービスや,ユーザが一定の条件(ミッション)を満たした場合に限り,当該ユーザに『LINEポイント』が無料で付与されるようにするサービスであり,企業等は,キャンペーン内容に応じた費用等の支払を要するため,被告に売上げが生じる。

⑥は,企業等が被告アプリ内に掲載する広告であり,広告掲載料として被告に売上げが生じる。

⑦は,●(省略)●

⑧は,●(省略)●

⑨は,被告が企業等を通じてスタンプの販売をする場合に当該企業から対価の支払を受けるものである。

b コミュニケーションの売上げの内容等

コミュニケーションの売上げは,㋐LINEスタンプ,㋑LINE着せ替え,㋒LINE絵文字,㋓クリエイターズスタンプ,㋔クリエイターズ着せ替え,㋕クリエイターズ絵文字,㋖LINEスタンププレミアム,㋗LINE Outの各売上げにより構成される。

スタンプ(㋐,㋓,㋖)は,ユーザ間のトークの中で送信できるイラストであり,被告サービス内のスタンプショップで購入することができる。

着せ替え(㋑,㋔)は,ユーザ自身の被告アプリの背景を変更するものであり,被告サービス内の着せ替えショップで購入することができる。

絵文字(㋒,㋕)は,ユーザ間のトークの中で,テキストメッセージの中に入れて使うことができるものであり,被告サービス内のスタンプショップで購入することができる。また,トークルーム内で相手(友だち等)が使用したスタンプや絵文字をタップ等すると,当該スタンプを販売しているスタンプショップに移行するため,同タップしたユーザは,かかる方法でスタンプショップに行き,当該スタンプや絵文字を購入することもできる。

ユーザがスタンプ,着せ替え及び絵文字(㋐~㋖)を購入すると,それが被告の売上げとなる。

㋗は,電話回線を使用し,ユーザが有料で音声通話をすることができるサービスであり,ユーザがこれを利用すると,被告の売上げとなる。なお,被告アプリのユーザ同士であれば,被告アプリ内でインターネット回線を使用する無料通話の利用が可能であって,有料の㋗を使用する必要はない。

(イ) 友だち登録手段(乙81,101)

●(省略)●

(ウ) 企業等のアカウントとの間の『ふるふる』による友だち登録(被告システム等図面【図38】,甲61)

LINE@等のサービスを導入している企業等が住所の位置情報をあらかじめ登録している場合,一般ユーザが被告アプリの友だち追加画面で『ふるふる』を選択して手元のスマートフォンを振ると,半径1km圏内の上記企業等も友だち登録の候補として表示され,同ユーザが同企業等につき友だち追加処理をすると,同企業等が同ユーザの友だちとして追加登録される。

 

ウ 『ふるふる』以外の友だち登録及び海外企業への輸出に係る売上げ等について

原告は,損害賠償の対象は,『ふるふる』による友だち登録及びこれにより友だちとなったユーザとの交流等に限定されず,QRコードやID検索等の他の友だち登録も含み,また,海外企業を含む連結売上高を対象とすべきであると主張する。

(ア) しかし,原告は,本訴提起当初から,一貫して『ふるふる』による友だち登録及びその後の交流が本件各発明の技術的範囲に属する旨の主張をしていたのであり(…),その余の友だち登録手段による友だち登録等が本件各発明の技術的範囲に属する旨の主張立証は侵害論の対象とされていないので,損害賠償の対象となるのは,『ふるふる』による友だち登録と相当因果関係のある範囲の売上高に限定されるというべきである。

(イ) また,海外企業を含む連結売上高を対象とすべきとの点については,被告から海外企業への実施品の輸出に係る売上高を対象とする趣旨と考えられるが,原告が侵害論において対象としていた被告の実施行為は,被告システムの使用と,被告アプリの生産,譲渡及び譲渡の申出にとどまっており,仮に被告システム等が輸出されているとしても,当該被告システム等に本件機能が搭載されているかどうかといった点も本件の証拠上明らかではないから,この点の原告の主張も採用し難い。

 

エ 損害賠償の対象となる売上高の範囲について

そこで,…本件において損害賠償の対象となる売上高の範囲につき検討する。

(ア) アカウント広告の売上げについて

アカウント広告の売上げは,企業等からの売上げに関するものであるところ,一般ユーザは,かかる企業等との間でも『ふるふる』による友だち登録をなし得るものの,この場合は,企業等が住所の位置情報をあらかじめ登録している必要があり,また,その際,企業等はスマートフォンを操作するとは考え難いから,そもそも,この場合に,「近くにいるユーザ同士がスマートフォン(2)を操作して友だち登録することによりコンピュータ(14)を利用してコミュニケーションによる交流」(構成a等)を具備するとは認め難く,他にこの場合の被告システム等が本件各発明の技術的範囲に属するという的確な主張立証はない。

また,…アカウント広告を構成する各売上げの内容に照らすと,これらの売上げは,いずれも,一般のユーザ同士の本件機能による友だち登録との関係がないか,関係があっても希薄であるというべきである。

そうすると,アカウント広告の売上げは,本件の損害賠償の対象とならないと解するのが相当である。

(イ) コミュニケーションの売上げについて

a コミュニケーションの売上げのうち,着せ替え(前記イ(ア)b㋑,㋔)は,ユーザ自身の被告アプリの背景を変更するものであるから,本件機能による友だち登録及びその後の交流とは関係がないか,関係があっても希薄であるというべきである。

また,LINE Out(同㋗)については,被告アプリのユーザ同士であれば,被告アプリ内での無料通話の利用が可能であることからすれば,LINE Outのサービスを利用するのは,被告アプリのユーザがユーザでない者に対して電話を掛ける場合であることが通常であると推認されるから,同様に,本件機能による友だち登録及びその後の交流とは関係がないか,関係があっても希薄であるというべきである。

一方,スタンプ(同㋐,㋓,㋖)と絵文字(同㋒,㋕)については,友だち登録したユーザ間でトークルームにおけるコミュニケーションを図る際に,互いに送信するなどして利用されるものであって,『ふるふる』による友だち登録及びその後の交流の際に利用されるものであるということができるから,その売上高は,被告の侵害行為と関連するものというべきであるところ,…スタンプと絵文字の本件損害算定期間中の売上高(スタンプショップにおけるスタンプ及び絵文字の売上高)は,●(省略)●と認められる。…

 

4.若干の考察

 

(1)「進歩性」判断について

 

主引例(乙5)において、「GPS検索手段により,ユーザ端末の位置情報を取得し,該位置情報に基づいて所定時間中に所定距離内に位置するユーザ端末が検索されたことを必要条件として交流先のリストに追加する交流先追加処理を行う」ことの容易想到性が問題となった。

 

副引例(乙42~45)に、GPS検索を用いてユーザ端末間の距離を検知する手段が開示されていたから、 「交流先のリストに追加する交流先追加処理」を、主引例(乙5)の近接無線通信に基づいて行う代わりに、「GPS検索手段により」行うことは容易想到であると被告(LINE)は主張した。

 

しかしながら、本判決は、本発明の目的・課題は『出会いの初期段階においては相手に重要な個人情報を認知されることなく,利用者相互間,特に男女相互間で趣味嗜好が一致する出会いの可能性を向上させること』であるところ、副引例は「氏名,住所,電話番号,メールアドレスなどの個人情報を相手方に知らせることが前提となっている」から阻害要因があると判断した。この判断については、副引例(乙42~45)の個人情報を通知する構成は採用せず、「GPS検索を用いてユーザ端末間の距離を検知する」という技術だけを抽出して副引用発明(ないし周知技術)として認定した上で、この抽出した副引用発明(ないし周知技術)を主引例(乙5)に組み合わせるというロジックを正面から採り上げて判断していない。控訴審がこの点をどのように判断するか興味深いところであったが、一審判決前に和解が成立したとのことである。

 

引用発明の構成中の一部を抽出できた事例、出来なかった事例を整理して後掲する。

 

(2)損害論における「売上高」に関する判断について

 

一般論として、特許法102条3項の推定は、損害「額」の推定までであり、損害の存在は特許権者に主張・立証責任がある。

 

また、「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額」とは、特許発明の実施に関係する「売上高」×「相当実施料率」という計算式により計算されるところ、本判決は、3項でいう「売上高」は、特許発明の実施(『ふるふる』による友だち登録)と「相当因果関係のある範囲の売上高に限定される」と判示した上で、その範囲について、被告サービスごとに認定・判断した。

 

本件では、大別して2つの争点があり、何れも被告有利に判断された。

 

(2-1)一つは、原告は,損害賠償の対象は,『ふるふる』による友だち登録及びこれにより友だちとなったユーザとの交流等に限定されず,QRコードやID検索等の他の友だち登録も含み,また,海外企業を含む連結売上高を対象とすべきであると主張した。しかしながら、本判決は、「原告は,本訴提起当初から,一貫して『ふるふる』による友だち登録及びその後の交流が本件各発明の技術的範囲に属する旨の主張をしていた」と認定し、「その余の友だち登録手段による友だち登録等」については、充足論がされていない以上、損害賠償の対象とならないと判断した。

 

この点については、例えば、被告製品が10種類存在したときにそのうち1種類を代表として充足論を議論し、その結論がその他9種類にも及ぶという場合も多くある。他方、当然のことながら、その他9種類に代表である1種類の充足論とは異なる非充足論がある場合には、その結論が及ばないこととなる。本事案では後者であり、充足論の訴訟指揮で被告製品の範囲が狭くなったという経緯があるとしても、損害賠償請求の対象範囲も踏まえて、代表の充足論の審理結果がその他の被告製品にも及ぶことに争いがある場合には、各被告製品に対する個別の充足論に拘る必要がある。

 

(2-2)もう一つは、「『ふるふる』による友だち登録と相当因果関係のある範囲」として、「アカウント広告」の売上げ及びコミュニケーションの「LINE Out」の売上げが、損害賠償の対象とならないと判断された。(「アカウント広告」の売上げについては、充足論が充分に議論されていないことも指摘されているが、その文脈とは段落を改めて、「LINE Out」と同じく、「関係がないか,関係があっても希薄である」と判示している。)

 

これは、判決文が「関係がないか,関係があっても希薄である」と表現としており、特に、「関係があっても希薄」とされる(「相当因果関係」が否定され、損害賠償の対象とならない)境界線を探ることが今後の特許実務において極めて重要である。この点についても、控訴審がどのように判断するか興味深いところであったが、一審判決前に和解が成立したとのことである。

 

【引用発明の構成中の一部を抽出できるか否かが問題となった裁判例紹介】

 

引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができる。

 

1.≪権利者有利≫の裁判例

 

*副引用発明の構成の一部を独立して抽出できなかった事例

 

①令和1年(行ケ)第10102号【立坑構築機】事件<高部>

 

(判旨抜粋)引用例3から前記第3の2〔原告らの主張〕⑴のとおりの発明を認定することは,旋回座軸受の一部のみに着目することになるが,これだけでは旋回座軸受が一体として機能することがないから,引用例3から原告らの主張するように発明を認定することは相当でない。

 

②平成27年(行ケ)第10077号【水洗便器】事件<清水>

 

(判旨抜粋)水洗便器の技術分野において,洗浄水の噴出口の数,通水路の構造と洗浄水の供給路,流水路とは一連の技術事項であるといえ,このような一連の技術の一面だけに着目し,ひとまとまりの技術事項の一部を抽出することは,それ自体が技術思想の創作活動であるから,安易な抽象化,上位概念化は許されず,技術事項に対応した慎重な検討が求められるというべきである。…水洗便器の洗浄においては,洗浄水の供給の形態,噴出口の数,通水路及び流水路の形状に様々なものがあり,このような様々な洗浄方式の相違を考慮せずに,ボウル面の上縁部に洗浄水を導く水平な通水路を備えることが,噴出口の数,そして,それにより当然に異なる洗浄水の流路のいずれも問わない周知技術であると認めることは相当でなく,少なくとも,本件訂正発明及び甲1発明と同様の,洗浄水の水平方向への供給口が一つであって,その流路が一方向である水洗便器の洗浄方式を前提として,上記の周知技術が認められるか否かを判断すべきものといえる。

 

③平成29年(行ケ)第10119号、第10120号【空気入りタイヤ】事件<高部>

 

=H21(行ケ)10242、=H28(行ケ)10226

 

(判旨抜粋)上記イ①ないし③の技術的事項は,甲4に記載された課題を解決するための構成として不可分のものであり,これらの構成全てを備えることにより,耐摩耗性能を向上せしめるとともに,乾燥路走行性能,湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供するという,甲4記載の発明の課題を解決したものと理解することが自然である。したがって,甲4技術Aから,ブロックパターンを前提とした技術であることを捨象し,さらに,溝面積比率に係る技術的事項のみを抜き出して,甲4に甲4技術が開示されていると認めることはできない。

 

④平成23年(行ケ)第10284号【オープン式発酵処理装置】事件

 

(判旨抜粋)…引用発明においては,撹拌機の構成と移動通路とは機能的に結び付いているものである。…

 

⑤平成23年(行ケ)第10385号【炉内ヒータを備えた熱処理炉】事件<芝田>

 

=H27(行ケ)10077

 

(判旨抜粋)引用発明は,従来技術である第3図,第4図に記載の焼成炉の問題を解決するため,ファン28を炉内に設けた構成が特徴点となっているのであり,その特徴点をないものとして引用発明を認定することは,引用例に記載されたひとまとまりの技術的思想を構成する要素のうち技術的に最も重要な部分を無視して発明を認定するものであり,許されないというべきである。引用発明においては,炉体の外部に配置された駆動モータにより駆動されるとともに一つの炉壁に支持されているファン28によって,ヒータの熱で高温になった雰囲気ガスを強制的に攪拌することで炉内温度を均一にするものであるから,ヒータ33は,ファン28と被焼成物が収容されている匣組み22との間に位置することが合理的であり,発熱体が炉側壁に沿って並列する構成は想定できないというべきである。

 

⑥平成23年(行ケ)第10100号【高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板】事件

 

(判旨抜粋)…引用例の【表1】には,独立した5種の鋼が例示され,鋼1ないし鋼5には,含有されている元素の含有量が示されている。ところで,合金においては,それぞれの合金ごとに,その組成成分の一つでも含有量等が異なれば,全体の特性が異なることが通常であって,所定の含有量を有する合金元素の組合せの全体が一体のものとして技術的に評価される…。…本件全証拠によっても,「個々の合金を構成する元素が他の元素の影響を受けることなく,常に固有の作用を有する」,すなわち「個々の元素における含有量等が,独立して,特定の技術的意義を有する」と認めることはできない。

 

2.≪権利者不利≫の裁判例

 

*引用発明の構成の一部を独立して抽出できた事例。

 

❶平成18年(行ケ)第10499号【無線式ドアロック制御装置】事件<篠原>

 

(判旨抜粋)引用例2には,1つの技術のみが記載されているというものではなく,…種々の発明が記載されているところ,その中から,引用発明2Aという公知技術を把握することもできれば,付随事項①及び②を含めた公知技術を把握することもできる。そして,前者は,後者の上位概念に当たることが明らかであるが,公知技術との対比における進歩性の認定判断においては,本件発明に最も近い技術を選択するのが常道である。…スイッチが露出して設けられている場合,意図しない接触等により,スイッチの誤操作が生じ得ることは,経験則上明らかな事項であり,露出して設けられているスイッチによって施錠したり解錠したりする構造のものにおいては,スイッチの無意識的な誤操作によりロックが解除されるという事態が起こり得るという技術常識は,当業者が当然に気が付くものであり,かつ,その問題意識を持っているべきものである。したがって,引用例2に接した当業者が,引用発明2Aに着目し,これを選択することは,ごく容易なことというべきである。

 

❷平成22年(行ケ)第10220号【携帯型家庭用発電機】事件

 

Cf.H22(行ケ)10162、

 

=H17(行ケ)10105〔レンジ用炊飯器〕

 

(判旨抜粋)なるほど,引用発明は,引用例記載の「携帯用扇風機」における,太陽光発電及び充電時の一態様であって,一義的には当該扇風機の駆動に供するものであるといえる。しかし,引用発明が開示する太陽光発電,充電時の開示された構造及びその機序は扇風機の駆動と直接関係しているものではなく,それ自体が技術的に独立し,技術的に扇風機の駆動と分離して論ずることができる…。したがって,引用例におけるこのような記載事項に接した当業者は,引用例に記載された事項を総合的にみて,独立した技術思想として,多目的活用可能な太陽電池である引用発明を読み取ることができる…。

 

❸平成22年(行ケ)第10160号【封水蒸発防止剤】事件

 

Cf.H22(行ケ)10162、

 

(判旨抜粋)引用発明2は,…粘着剤層(2a)が担う軽剥離が可能とするとの機能は,粘着剤層(2b)とは独立した機能の併存によって達成されるものであるから,粘着剤層(2b)が存在することによって影響を受けるものではなく,粘着剤層(2a)のみによって独自に発揮されるものということができる。そうであるから,…当業者は,引用発明2の構成に係る粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)とをそれぞれ別個の構成のものとして認識することができ,それぞれが有する技術的意義も個別に認識することができるから,粘着剤層(2a)について,チップ状ワークを粘着剤層から剥離する時の軽剥離性に着目し,この粘着力が相対的に弱いものとして,独立して抽出することができるものということができる。

 

❹平成16年(行ケ)第159号【遊技機における制御回路基板の収納ケース】事件

 

(判旨抜粋)本件決定が刊行物2,3を引用したのは,遊技機の制御回路基板の収納ケースにおいて,該収納ケースの底板部に基板固定ピンを突設し,該基板固定ピンにより前記収納ケースの底板部に制御回路基板を固定させることが本件特許出願時に周知であったことを明らかにするためである。そして,制御回路基板を同基板の収納ケースの底板部に固定する技術と制御回路基板の収納ケースに静電気(電磁波)対策を施す技術とは技術的に関連性がないことは刊行物2,3の記載及び技術常識に照らして明らかであり,刊行物2,3の上記技術事項を刊行物1発明に適用する際に,静電気対策上悪影響があるか否かの問題は生じない…。

 

❺平成17年(行ケ)第10672号【高周波ボルトヒータ】事件

 

(判旨抜粋)…引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができるのであって,その際引用刊行物に記載された具体的な実施例の記載に限定されると解すべき理由はない。…甲1自体には実現できるように記載されてない高周波誘導加熱の具体的な構成そのものは,…本件特許出願当時,…技術常識であったのであるから,当業者は,甲1の「…高周波加熱トーチ」の高周波誘導加熱に上記技術常識であった誘導加熱体の具体的な構成を参酌し,高周波誘導加熱を実現することができるものとして,甲1発明を把握することができたものと認められる。

 

原告(特許権者):株式会社フューチャーアイ

 

被告(被疑侵害者):LINE株式会社

 

 

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先:h_takaishi☆nakapat.gr.jp(☆を@に読み換えてください。)