東京地判平成28年(ワ)25436「L-グルタミン酸の製造方法」事件<矢野裁判長>

①進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法について、均等侵害が成立した事例(Flexible barが柔軟に運用される世界的な傾向に沿っている。)、

②「譲渡の申出」が、譲渡人と申出者とが異なり、「譲渡」が外国である事案で成立した。

◆判決本文

 

【本判決の要旨、若干の考察】

1.特許請求の範囲(本件訂正発明2-2)

「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,変異型yggB遺伝子が導入されたことにより非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって、前記変異型yggB遺伝子の変異は,配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列において,100位のアラニンをスレオニンに,及び/または111位のアラニンをスレオニンもしくはバリンに置換する変異である,コリネ型細菌。」

2.判旨抜粋①(「均等論」の部分)

(1)本件訂正発明2-2と被告製法4との相違点3個

「 相違点1 導入されている変異型yggB遺伝子が,19型変異使用構成の菌株ではコリネバクテリウム・グルタミカム由来のもの(変異前のアミノ酸配列は配列番号6)であるのに対して,被告製法4で使用される菌株(⑫,⑬の菌株)では,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のものである点。
相違点2 yggB遺伝子に導入された変異が,19型変異使用構成の菌株ではyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の100番目のアラニンをスレオニンに置換するもの(A100T変異)であるのに対して,被告製法4で使用される菌株では,yggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の98番目のアラニンをスレオニンに置換するもの(A98T変異)である点。
相違点3 19型変異使用構成では,yggB遺伝子にはA100T変異のみが導入されているのに対して,被告製法4で使用される菌株では,A100T変異に加えてyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の241番目のバリンをイソロイシンに置換する変異(V241I変異)も導入されている点。」
(2)第1要件(*3つの相違点は、何れも本質的部分ではない。)

「本件明細書2記載の従来技術と比較して,本件発明2における従来技術に見られない特有の技術的思想(課題解決原理)とは,従来,グルタミン酸生産に及ぼす影響について知られていなかったコリネ型細菌のyggB遺伝子に着目し,C末端側変異や膜貫通領域の変異といった変異型yggB遺伝子を用いてメカノセンシティブチャネルの一種であるYggBタンパク質を改変することによって,グルタミン酸の生産能力を上げるための,新規な技術を提供することにあったというべきである…。

したがって,19型変異使用構成と被告製法4との相違点1ないし3は,いずれも,特許発明の本質的部分ではないから,⑫及び⑬の菌株を使用する被告製法4は均等の第1要件を充足すると認められる。」

(3)第3要件(*進歩性判断と同じ枠組みで置換容易性を認めた。均等論第3要件のダブルスタンダードが主張されたが、具体的判断は示されなかった。)

「…19型変異使用構成について,相違点1及び2に係る構成に置換すること,すなわち変異型yggB遺伝子が由来する菌株をコリネバクテリウム・グルタミカムからコリネバクテリウム・カルナエに置き換え,それに伴って,yggB遺伝子のアミノ酸配列のうちアラニンをスレオニンに変更する位置を100番目から98番目に変更することは,当業者が,被告製法4による製造が開始された平成28年7月の時点で,容易に想到することができたと認めるのが相当である。

被告は,第3要件にいう容易想到とは,当業者であれば,誰もが特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さと解すべきであり,そのような容易さはなかった旨主張するが,上記の事情からすれば,当業者である,本件発明2の属する細菌を用いたグルタミン酸発酵工業における平均的技術者を基準として,相違点1及び2についての容易想到性は認められるというべきであり,この点の被告の主張は採用できない。…」

(4)第5要件(*進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法について、均等侵害が成立した事例(世界的なFlexible barが柔軟に運用される傾向に沿っている。))

「…拒絶理由通知を受けて,2度の補正をした結果,…本件発明2には,被告製法4のように,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成が,文言上,本件発明2の技術的範囲に含まれなくなったことが認められる。また,…出願時の本件明細書2において,コリネバクテリウム・カルナエについての言及は,段落【0012】及び【0013】にのみ存在しており,この部分は上記の補正の際にも補正の対象とされなかったことが認められる。…

(ア)第5要件において,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するときは,均等の主張は許されないものとしている理由は,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,または外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないというところにある(平成10年最高裁判決,平成29年最高裁判決参照)。

(イ)…出願時の請求項1は,被告製法4のような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を含み得るものであったところ,補正によって,そのような構成は文言上本件発明2に含まれなくなったものである。

(ウ)しかしながら,…コリネバクテリウム・カルナエDSM20147株の全ゲノム及びyggB遺伝子のアミノ酸配列の解析がされて利用可能となったのは平成25年3月頃以降であり,本件優先日…あるいは…出願日…において,コリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子のアミノ酸配列を特定することはできなかったものである。そうすると,…出願時において,出願人である原告が,本件発明2の課題を解決し得るような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を用いた具体的な構成を特定し,サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない。

(エ)また,…出願時の請求項1は,概括的に「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌」という以上に菌種を特定しない記載をしたものであり,特に,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を記載したものではなく,本件明細書2におけるコリネバクテリウム・カルナエへの言及も,本件発明2のコリネ型細菌として利用可能な細菌の例(【0012】,【0013】)として挙げられているものに留まり,コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子を使用した構成についての言及は補正の前後を通じて本件明細書2ではされていない。

(オ)前記(ウ)及び(エ)の事情に照らせば,前記(イ)の出願及び補正の経過をもって,客観的,外形的に見て,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を特許請求の範囲からあえて除外する旨が表示されていたとはいえず,その他,本件全証拠によっても,被告製法4について,第5要件に係る,特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとは認められない。」

3.判旨抜粋②(「サポート要件」、「実施可能要件」の部分)

訂正前は、課題を解決できない部分を含むからサポート要件×。⇒訂正の再抗弁で〇。

「本件発明1-1に記載された発明のうち,少なくともGDH遺伝子,CS遺伝子,ICDH遺伝子及びPDH遺伝子に変異を導入したコリネ型細菌によるアルギニンの製造方法については,本件明細書1の発明の詳細な記載により,当業者が,アミノ酸を高収率で生産する能力を有する変異株を遺伝子組換え又は変異により構築するとの前記の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであるといえる。また,これらの遺伝子の変異を用いたアルギニンの製造方法について,本件明細書1の記載のほかに,当業者が前記の課題を解決できるような出願時の技術常識があったとも認められない。…

訂正前の本件発明1-1は,ICDH遺伝子,PDH遺伝子又はアルギニノコハク酸シンターゼ遺伝子のプロモーター配列に特定の塩基配列を導入したコリネ型細菌を用いた発明を含むものであったが,本件訂正1により,本件訂正発明1-1には,これらの発明が含まれなくなった。したがって,本件訂正発明1-1について,ICDH遺伝子,PDH遺伝子及びアルギニノコハク酸シンターゼ遺伝子のプロモーターへの変異の導入についてのサポート要件違反及び実施可能要件違反は,いずれも認められない。」

4.判旨抜粋③(「譲渡の申出」の部分)

(1)譲渡人と申出者とが異なっても、一定の関係にある場合は、「譲渡の申出」成立、(2)「譲渡」が外国でも譲渡の申出が成立とした。(3)外国での売上高を基準として特許法102条2項を適用した。(外国販売分はいずれも日本の買主に対する販売であり,引渡し自体は船積みの際になされるとしても,その後に買主側によって日本国内に輸入されることが予定されていた、という特殊事情があった。)

≪なお、本事案では、被告製造方法は全て外国で使用されており、生産物が日本国内に輸入され、販売されていた。≫

「…CJインドネシア販売分について,本件MSGの譲渡自体が日本国内で行われているとは認められないものの,…CJグループにおける被告とCJインドネシアとの関係,…CJインドネシア販売分の注文書が被告宛に提出され,被告を経由してCJインドネシアに送付されることがあったこと,…被告とCJインドネシアとの間でCJインドネシア販売分の売上高の一部を被告に支払う旨の本件コミッション契約が締結され ていたこと,…CJインドネシア販売分について,被告が日本国内での本件MSGのサンプル配送や不良品の回収を行っていたこと,…被告の会計処理において…CJインドネシア販売分に係る経費が計上されていたことからすれば,被告各製法使用期間中のCJインドネシア販売分について,被告は,日本国内において,CJインドネシアと共同して,CJインドネシア販売分に係る営業活動を行っていたものと認めるのが相当であり,被告による譲渡の申出があったと認められる。そして,…被告各製法使用期間中に製造された本件MSGは被告各製法のいずれかによって製造されたもの(被告各製品)であるから,当該期間中の被告による本件MSGの譲渡の申出は,被告による本件発明1又は本件発明2の実施(特許法2条3項3号)に当たる。…

(a)被告は,『譲渡の申出』は,将来の譲渡人である売主によって行われる行為であり,広告宣伝等の申出行為を行う者が譲渡をする者と異なっている場合は譲渡の申出は成立しないとして,CJインドネシア販売分について,売主ではない被告が何らかの関与をしたとしても,当該行為は譲渡の申出には当たらないと主張する。しかしながら,譲渡の申出が譲渡とは別個に実施行為とされている趣旨からすれば,譲渡の申出をする行為が譲渡人である売主によるものではないとしても,当該売主と一定の関係を有する者による行為であるなどの事情があれば,当該申出行為を譲渡の申出と解し得ると考えるべきである。…CJインドネシアと被告とは,同じ企業グループに属している上,CJインドネシア販売分について,本件コミッション契約を締結して利益の分配を行うなどの密接な関係にあったといえるから,CJインドネシア販売分の売買契約の主体がCJインドネシアであって被告ではないことは,被告の…関与が本件MSGの譲渡の申出に当たるとの認定を妨げるものではない。

(b)被告は,特許法上の『譲渡』は日本国内での譲渡を意味し,その準備行為である「譲渡の申出」も日本国内での譲渡のための申出を意味するから,CJインドネシア販売分についての被告の行為は譲渡の申出には当たらないとも主張する。確かに,…CJインドネシア販売分に係る本件MSGの買主への譲渡は日本国外において行われているものと認められるものの,CJインドネシア販売分はいずれも日本の買主に対する販売であり,本件MSGの引渡し自体は船積みの際になされるとしても,その後に本件MSGが買主側によって日本国内に輸入されることが予定されているものであった。譲渡の申出が譲渡とは別個に実施行為とされている趣旨からすれば,CJインドネシア販売分に係る本件MSGのように,日本国内での営業活動の結果,日本の買主に販売され,日本国内に輸入される商品について,その買主への譲渡が日本国外で行われるか,日本国内で行われているか否かの違いのみで,当該営業活動が,日本における譲渡の申出に当たるかどうかの結論を異にするのは相当ではなく,…日本国内において被告とCJインドネシアが共同してCJインドネシア販売分に係る営業活動を行うことは,被告による『譲渡の申出』に当たると解するのが相当であり,この点の被告の主張は採用できない。…

被告は,CJインドネシア販売分に係る実施行為である『譲渡の申出』による損害額はCJインドネシア販売分の売上高に基づいて算出されるべきではなく,『譲渡の申出』に固有の範囲に留まるべきであると主張する。しかしながら,…CJインドネシア販売分について,被告とCJインドネシアには共同不法行為が成立するため,損害額の算定に当たっては,被告のみならず被告CJインドネシアの利益も考慮されること,…CJインドネシア販売分はいずれも日本の買主に対する販売であり,買主への引渡し後に日本国内に輸入されることが予定されているものであったことからすれば,『譲渡』自体が日本国外で行われているとしても,CJインドネシア販売分の売上高に基づいて算出される被告らの利益は,特許法102条2項の適用において,日本国内での『譲渡の申出』によって被告らが受けた利益と認めるのが相当であり,被告の上記主張は採用できない。」

5.若干の考察(「均等論」について)

(1)第1要件について

マキサカルシトール知財高裁大合議判決のメルクマールに沿っている。

⇒相違点が3個あっても、其々について淡々とあてはめている。

≪参考≫【特許★★★】化学物質(マキサカルシトール)の製造方法に係る特許発明について、均等侵害を認めた知財高裁大合議判決を維持した最高裁判決

https://www.nakapat.gr.jp/ja/legal_updates_jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E-%E3%80%90%E7%89%B9%E8%A8%B1%E2%98%85%E2%98%85%E2%98%85%E3%80%91%E5%8C%96%E5%AD%A6%E7%89%A9%E8%B3%AA%EF%BC%88%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%82%B5%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B7/

(2)第3要件について

均等論第3要件(置換容易性)は,判断基準時は異なるものの,進歩性の容易想到性と比較して容易に認められにくく,「特許法二九条二項の場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さをいう」という 判断基準が適用されると考えるのが判例・通説である((山田知司「均等論第3要件の意義・機能」,知財管理 Vol.63 No.5 2013))。

このような判断基準を適用すると,多くの事案において,均等論第3要件が否定され,均等論が成立しないという結論になりそうである。しかしながら,過去の裁判例を概観すると,均等論第1要件及び/又は第2要件を認めて,第3要件のみを否定した裁判例は極めて少ない。

⇒均等論第3要件の置換容易性を否定した判決の中には,進歩性の容易想到性より高いハードルである「特許法二九条二項の場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さ」を主張・立証する必要があるとした判決が4件ある。(下掲「均等論に関する裁判例の傾向と対策」(パテント誌Vol. 70 No. 1、54頁)に掲載された3件、及び、東京地判平成28年(ワ)第7763号【分断部分を有するセルフラミネート回転ケーブルマーカーラベル】事件<嶋末>)。

しかしながら,均等論第3要件の置換容易性を認めた判決を検討すると,そこまで論証しておらず,進歩性の容易想到性と同じ判断枠組みを採った判決が多数である。他方,第3要件の置換容易性を否定した判決を見ると,進歩性の容易想到性と異なる判断枠組みを採った判決が多数である。このように,均等論第3要件の置換容易性を判断した判決を網羅的に検討すると,均等論第3要件を認めた事案は,進歩性の容易想到性と同じ枠組みが採られた判決が多く,他方,均等論第3要件を否定した事案は,進歩性の容易想到性とは異なる枠組みが採られ,高いハードルを課されている,という傾向にある。 逆に言えば,均等論第3要件を認める事案では,進歩性の容易想到性と同程度であれば置換容易性を認め,他方,均等論第3要件を否定する事案では「特許法二九条二項の場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さ」を要求して,(公知文献に記載がなくても)当業者が容易に想到し得るか否かの論証に入らない,という傾向にある。

以上のような状況下であったところ、本判決(東京地判平成28年(ワ)第25436号<矢野>「L-グルタミン酸の製造方法」事件)は、「被告は,第3要件にいう容易想到とは,当業者であれば,誰もが特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さと解すべきであり,そのような容易さはなかった旨主張するが,上記の事情からすれば,当業者である,本件発明2の属する細菌を用いたグルタミン酸発酵工業における平均的技術者を基準として,相違点1及び2についての容易想到性は認められるというべきであり,この点の被告の主張は採用できない。」と判示し、均等論第3要件のダブルスタンダードを指摘した被告の主張に対し正面から答えず、恰も両者は同一の基準であるかの如く一行で否定した。

しかしながら、下掲・東京地判平成28年(ワ)第7763号【分断部分を有するセルフラミネート回転ケーブルマーカーラベル】事件<嶋末>は、「第3要件にいう『当業者』が『対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができた』とは,特許法29条2項所定の,公知の発明に基づいて『容易に発明をすることができた』という場合や第4要件の『当業者』が『容易に推考できた』という場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように,すなわち,実質的に同一なものと認識できる程度に容易であることを要するものと解すべきである(東京地裁平成3年(ワ)第10687号同10年10月7日判決・判時1657号122頁参照)。」と判示しており、明らかに進歩性判断とは異なるメルクマールとして、第3要件の成立を否定したものである。

本判決も、均等論第3要件についてダブルスタンダードの懸念があり、何れにしても、今後の裁判例の蓄積を注視する必要があろう。

参考:「均等論に関する裁判例の傾向と対策」(パテント誌Vol. 70 No. 1、54頁)

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201701/jpaapatent201701_054-067.pdf

(3)第5要件について

本判決は、「…出願時において,出願人である原告が,本件発明2の課題を解決し得るような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を用いた具体的な構成を特定し,サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない。」と判示して、進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法について均等侵害を認めたものであり、Flexible barが柔軟に運用される世界的な傾向に沿っている。

更に述べれば、「サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であった」か否かというメルクマールも、下掲する世界の一連のEli Lilly判決群(独国最高裁、英国最高裁、米国CAFC)が、進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた構成(化合物)について均等侵害を認める文脈中で示したメルクマールと同じであるから、国際的なハーモナイゼーションが図られていると思われる。

ここで、予測可能性の基準時を「出願時」としたことは、一つの合理的な説明としては、「補正時」に予測可能であっても、当該予測対象物/方法が明細書に開示されていなければ、新規事項追加となり補正できないから、それを明細書中に記載することが可能であった出願時を基準としたと考えられ、合理性が認められる。仮に、補正時に予測可能であり、当該予測対象物/方法が明細書に開示されていたにもかかわらず更に限定的な補正をしたという出願経緯であったならば、また別の論理で意識的除外として均等論第5要件違反と結論することも可能であろう。

関連情報として、2002年5月の米国連邦最高裁判決「Festo v. Shoketsu Kinzoku」は、『 ① 出願手続中でクレームが減縮された場合,公知資料を回避するための減縮であるか否かを問わず,特許法上の要件を満たす目的で減縮された限り,出願経過禁反言が適用される。(=Warner-Jenkinson米国連邦最高裁) ② クレームが減縮された場合は,特許法上の要件を満たす目的でなされたものと推定される。 ③ クレームの減縮に伴い出願経過禁反言が適用されても,均等論は当然には排除されない(=Flexible Bar)。 ④ 出願経過禁反言が適用された場合の反駁3要件,❶対象物が「出願時」*に予測不能であった、❷減縮補正の根本的理由が対象物に対して殆ど関係ない、❸対象物を記載できなかった合理的理由がある。』というメルクマールを判示した。しかし、その後のCAFC判決は、予測不能かどうかの基準時を「補正時」としたものが多く、その後のCAFC判決が基準時を「補正時」とする流れを作ったといわれている。(「審査経過禁反言・出願時同効材と均等論」(愛知、日本工業所有権法学会年報(2015)))

【関連裁判例<第3要件>】

東京地判平成28年(ワ)第7763号【分断部分を有するセルフラミネート回転ケーブルマーカーラベル】事件<嶋末>

*第3要件(製造当初の置換想到性)のみを否定した

*進歩性判断と異なる枠組みで置換容易性を否定した

「…第3要件にいう『当業者』が『対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができた』とは,特許法29条2項所定の,公知の発明に基づいて『容易に発明をすることができた』という場合や第4要件の『当業者』が『容易に推考できた』という場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように,すなわち,実質的に同一なものと認識できる程度に容易であることを要するものと解すべきである(東京地裁平成3年(ワ)第10687号同10年10月7日判決・判時1657号122頁参照)。…

被告製品の構成については,たとえ物品に添付するラベルの技術分野において,ラベルにコの字状を含む非直線状の分断線を形成し,この分断線に沿って当該ラベルを複数の部分に分断することが周知技術であったとしても(…),当業者であれば誰もが,本件発明1に係る特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度に容易であるとはいい難い…。

なお,原告は,被告製品における「第1接着領域16’」をラベルの両角部の2点固定とする構成について,本件発明1の技術的範囲に含まれるものであるから,かかる構成とする動機付けは不要であると主張するが,ここで問題となるのは,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から,被告製品の本件発明1との相違部分に係る具体的構成が容易に想起できるかという点にあるのであって,その具体的構成には,「第1接着領域」を,ラベル内のどの部分に設けるかという点も当然に問題となるのであるから,被告製品が,本件発明1の「第1接着領域」に当たり得る部分を備えていることと,分断線をコの字状に形成することが周知技術であることのみをもっては,被告製品の構成が,本件発明1に係る特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できるとはいい難いというべきである。」

 

【関連裁判例<第5要件>】

①英国最高裁[2017]UKSC48(Actavis v. Eli Lilly)

均等論を認めた英国最高裁判決。欧州出願手続においてクレームが減縮補正されたが、この補正は、許容できない中間概念化に基づく新規事項追加の拒絶理由を回避する目的であり、補正要件を満たすものに過ぎないとした。⇒均等論成立

 

②ドイツ最高裁X ZR 29/15(Actavis v. Eli Lilly)

補正の理由が、先行技術に対して主題を限定した場合は均等論が排除されるが、形式要件(新規事項追加や明確性)が契機となった補正は、特許権者が選択決定したとは見做されず、均等論は排除されない。⇒均等論成立

 

③米国CAFC / Eli Lilly v. Hospira (Fed. Cir. Aug. 2019)

Eli Lillyは、Claim 12 of ‘209 patentを、出願経過で「pemetrexed disodium salt」にまで不必要に狭く限定してしまったところ、Hospiraが製造・販売する物は「pemetrexed ditromethamine salt」であった。

Festo米国最高裁判決(2002)は、flexible barを採用しており、出願経過で減縮した場合のProsecution History Estoppelの推定を覆すための3要件として以下の3つを示していた。

①Equivalent may have been unforeseeable at the time of the application.

②The rationale underlying the amendment may bear no more than a tangential relation to the equivalent in question.

③Some other reason suggesting that the patentee could not reasonably be expected to have described the insubstantial substitute in question.

本CAFC判決は、”no more than a tangential relation to the equivalent in question”として、米国のCAFCにおいて、Prosecution History Estoppelの推定が覆され、出願経過で減縮したクレームについて均等論が認められた事例として重要である。

このCAFC判決は、英国、独国でファミリー特許について均等論を認めた最高裁判決が出ていたことと無関係でないだろう。(上掲2件)

日本でも、近時、補正で追加された構成要件について均等侵害が認められた裁判例(「骨切術用開大器」事件)東京地判平成30年12月21日、平成29年(ワ)第18184号<佐藤裁判長>がある(下掲)。(控訴審判決(知財高判平成31年(ネ)第10005号<鶴岡裁判長>)は、文言充足を認めた。)

 

★なお、2019年に、CAFCで均等論が3件認められている。米国の均等論は死んだかとも言われていたが、復活の狼煙が上がったかもしれない。

UCB, Inc. v. Watson Labs. Inc. (Fed. Cir. June 24, 2019)

Ajinomoto Co. v. USITC (Fed. Cir. Aug. 8, 2019)

Eli Lilly & Co. v. Hospira, Inc. (Fed. Cir. Aug. 9, 2019)

 

④日本(東京地判平成30年12月21日、平成29年(ワ)18184<佐藤裁判長>)

「…第5要件に関し,被告は,構成要件Eは本件補正によって追加されたものであるところ,本件拒絶理由通知に対する本件意見書における「本発明は,2組の揺動部材を備える点,および,揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える点において,引用文献1に記載された発明…と相違しています。」との記載によれば,原告は,被告製品のように係合部を別部材とする構成を特許発明の対象から意識的に除外したと理解することができるから,均等侵害は成立しないと主張する。

しかし,本件意見書には,「引用文献1には,端部が回転可能に連結されることにより開閉可能に設けられた一対のジョーを備えた開創器アセンブリが開示されています。」,「このような構成(判決注:本件発明に係る構成)によれば,2組の揺動部材を同時に開かせることにより,骨に形成した切り込みの拡大作業を容易にし,また,切り込みの切断面に局所的に過大な押圧力が作用することを防ぐことができる」,「2つの開創器アセンブリを単に着脱可能に組み合わせただけでは本発明の構成を導くことはできません。」「引用発明1には,切り込みの切断面に作用する押圧力を低減するという課題,および,2つの開創器アセンブリを一体で開動作させるという係合部の作用に対する示唆がありません」などの記載がある。

上記記載によれば,本件意見書の主旨は,特許庁審査官に対し,引用例1が一対の揺動部材を開示していることを指摘し,それに対し,本件発明は,開閉可能な2対の揺動部材を組み合わせ,一方の揺動部材を他方の揺動部材に係合するための係合部を設けることにより,両揺動部材が同時に開くことを可能にするものであることを説明する点にあるというべきである。そして,同意見書には,係合部の構成,すなわち,係合部を揺動部材の一部として構成するか,揺動部材とは別の部材により構成をするかを意識又は示唆する記載は存在しない。そうすると,被告の指摘する「2組の揺動部材を備える点,および,揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える」との記載は,上記説明の文脈において本件発明の構成を説明したものにすぎないというべきであり,同記載をもって,同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に,原告が,係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない。」

https://www.nakapat.gr.jp/ja/legal_updates_jp/%E3%80%90%E7%89%B9%E8%A8%B1%E2%98%85%E2%98%85%E2%98%85%E3%80%91%E6%9D%B1%E4%BA%AC%EF%BC%88%E5%9C%B0%E8%A3%81%E3%80%81%E9%AB%98%E8%A3%81%EF%BC%89%E3%81%A7%E5%88%9D%E3%82%81%E3%81%A6%E3%80%81%E8%A3%9C/?fbclid=IwAR0jJ058kRFhMKK_KcJESCo89MkhyUawJwH-o6Lvtp-vMViNi5NPrILLTVY

⑤2002.05米国連邦最高裁「Festo」 v. Shoketsu Kinzoku

① 出願手続中でクレームが減縮された場合,公知資料を回避するための減縮であるか否かを問わず,特許法上の要件を満たす目的で減縮された限り,出願経過禁反言が適用される。(=Warner-Jenkinson米国連邦最高裁)

② クレームが減縮された場合は,特許法上の要件を満たす目的でなされたものと推定される。

③ クレームの減縮に伴い出願経過禁反言が適用されても,均等論は当然には排除されない(=Flexible Bar)。

④ 出願経過禁反言が適用された場合の反駁3要件,❶対象物が補正時に予測不能であった、❷減縮補正の根本的理由が対象物に対して殆ど関係ない、❸対象物を記載できなかった合理的理由がある。⇒差戻審~審査経過禁反言は裁判官が判断する法律問題

 

 

【関連裁判例の判旨抜粋~近時の”均等侵害”認容事例】

①平成21年(ネ)第10006号「中空ゴルフクラブヘッド」(飯村)

(1)置換可能性について
…「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」を用いたことによる目的,作用効果(ないし課題の解決原理)は,金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにある…。…被告製品では,金属製外殻部材の接着界面のみならず,その反対面側においても,FRP製下部外殻部材9を当てて加熱・加圧する成形がされているため,帯片8は,金属製外殻部材の接着界面の反対面側においても,繊維強化プラスチック製の外殻部材(FRP製上部外殻部材9)と,一体に接合している…ため,帯片8を,金属製外殻部材に設けた貫通穴に複数回通すことによって強度を確保する必要がない。…目的,作用効果(ないし課題解決原理)を共通にするものであるから,置換可能性がある。

(2) 置換容易性…

(3)非本質的な部分か否かについて

本件発明の目的,作用効果は,…金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにある。特許請求の範囲及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと,本件発明は,金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け,貫通穴に繊維強化プラスチック製の部材を通すことによって上記目的を達成しようとするものであり,本件発明の課題解決のための重要な部分は,「該貫通穴を介して」「前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」との構成にある…。…「縫合材であること」は,本件発明の課題解決のための手段を基礎づける技術的思想の中核的,特徴的な部分であると解することはできない。

 

②平成22年(ネ)第10014号「地下構造物用丸型蓋」(中野、東海林)

エ 均等論適用のための第1要件具備の有無

『閉蓋の際,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる』との作用効果(本件作用効果①)… 『蓋本体のガタツキを防止できるとともに、土砂、雨水等の地下構造物内部への侵入を防止できる』との作用効果(本件作用効果②) … 本件発明が本件作用効果①を奏する上で,蓋本体及び受枠の各凸曲面部が最も重要な役割を果たす…『受枠には凹部が存在すれば足り,凹曲面部は不要である』との控訴人の主張は正当であると認められ,本件発明において,受枠の『凹曲面部』は本質的部分に含まれない…。…明細書…の記載においては、本件作用効果②を奏するにあたり、受枠の凹部が『曲面部』であるかどうかは問題とされていない…、本件作用効果②を奏する上でも、受枠の凹部が『曲面部』であることは本質的部分には含まれない。

オ 均等論適用のための第2要件具備の有無

…裁判所での実演は,実演者の開閉方法の巧拙等に大きく依存するものではあるが,被告製品Bも,本件作用効果①を一定程度奏するものと認められ,受枠に設けられているのが『凹曲面部』か『凹部』かによって大きな差異がない… 。

 

③平成22年(ネ)10089「食品の包み込み成形方法及びその装置」(飯村)

ウ 均等侵害の要件①について

…本件発明1は,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程との関連が強く,その後の椀状に形成する工程や封着する工程にとって重要な工程である外皮材の位置調整を,既に備わる封着用のシャッタで行う点,そして,別途の手段を設けることなく簡素な構成でこのような重要な工程を達成している点に,その特徴があるということができる。

本件発明1においては,シャッタ片及び載置部材と,ノズル部材及び生地押え部材とが相対的に接近することは重要であるが,いずれの側を昇降させるかは技術的に重要であるとはいえない。よって,本件発明1がノズル部材及び生地押え部材を下降させてシャッタ片及び載置部材に接近させているのに対し,被告方法2がシャッタ片及び載置部材を上昇させることによってノズル部材及び生地押え部材に接近させているという相違部分は,本件発明1の本質的部分とはいえない。

エ 均等侵害の要件②について

ノズル部材及び生地押え部材を下降させてシャッタ片及び載置部材に接近させているのに代えて,押し込み部材の下降はなく,シャッタ片及び載置部材を上昇させてノズル部材及び生地押え部材に接近させる被告方法2によっても,外皮材が所定位置に収まるように外皮材の位置調整を行うことができ,外皮材の形状のばらつきや位置ずれがあらかじめ修正され,より確実な成形処理を行うことが可能であり(【0008】【0013】) ,より安定的に外皮材を戴置し,確実に押え保持することができ(【0011】),装置構成を極めて簡素化することができる(【0012】)といった本件発明1と同一の作用効果を奏する…。

 

④東京地裁平成23年(ワ)第8085号「洗濯機用水準器」(高野)

本件発明4は,取付けに別部品を必要とせず,当接面に凹凸があっても,安価に精度良く取り付けることができ,視認性にも優れる洗濯機用水準器を提供するという従来技術では達成し得なかった技術的課題を解決するために,ケースと係合部を一体に形成するとともに,ケースの外方にケース及び蓋体よりも下方へ突出する外部ケースを一体に備えさせたものであり,これが本件発明4特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分であると認められる。

そうであるから,…「取付部の内底面」という構成は,本件発明4の本質的部分でない…

被告らは,本件発明4が外部ケースの下端面を取付部の内底面に当接させて基準面とすることによって取付けの水平度の精度を良くするという課題を解決したものであるから,本件発明4の実質的価値が「取付部の内底面」という構成にもあるとして,本件発明4の本質的部分であると主張する。しかしながら,前記のとおり,取付部の内底面は,凹凸があることによって取付けの精度が悪くなるという問題点があるために,技術的課題を生じさせていた構成であって,課題を解決した構成ではない。

 

⑤平成25年(ネ)第10017号「オープン式発酵処理装置」(清水)

(1)本質的部分(第1要件)について

…堆積物の外側への掬い上げ時の拡散,崩れなどの不都合を解消するために,前後一対の板状の掬い上げ部材が,それぞれ回転軸の軸方向に対し所定角度内側(オープン式発酵槽の長尺壁の方向)を向くようにし,掬い上げ部材の内側に向いて傾斜した部材の外側が,その前方に堆積する堆積物の長尺開放面側の外端堆積部に当接し,斜め内側に向けてこれを掬い上げるよう,傾斜板を所定角度内側に向けて配置したことが,本件訂正発明2を基礎付ける特徴的部分である…。…

本件訂正発明2の攪拌機は,往復動走行に伴って正又は逆回転するものであることから,掬い上げ部が外端堆積部に当接する場合は,回転軸に直交する前後方向のいずれの場合もあり得ることから,そのいずれの場合においても,堆積物を掬い上げる必要があり,そのために,掬い上げ部材を前後にかつ前後方向に対し傾斜させて配置し,その前側の傾斜板の外面は斜め1側前方を向き,その後側の傾斜板の外面は斜め1側後方を向くように配向させて配設されたものと認められる。そうすると,掬い上げ部材が前後の両方向に傾斜されて配置されるとの構成も,本件訂正発明2を基礎付ける特徴的部分である…。
これに対して,本件訂正明細書2には,掬い上げ部材が2枚であることの技術的意義は,何ら記載されておらず, …傾斜板の外面が正又は逆回転時のそれぞれにおいて,外端堆積部に当接することが重要であるから,本件発明2の掬い上げ部材が2枚で構成されることに格別の技術的意義があるとはいえず,本件訂正明細書2に記載されるように2枚の部材を直接溶接してV字状を形成することと,1枚の部材を折曲してV字状を形成することとの間に技術的相違はないから,この点は本質的部分であるとはいえない。また, …前後に傾斜させる角度が,回転軸5aの中心軸線に対して10°~80°の角度であればよく,逆への字状が含まれることや,掬い上げる部材としても,平面な板状に限定されず,外端堆積部に当接して内側に掬い上げることができればよいことに照らすと,掬い上げ部材が,平面な板状で構成されていることも,本質的部分であるとはいえない。

 

⑥東京地裁平成24年(ワ)第31523号「流量制御弁」(長谷川)

…被告製品3は, …本件発明が制水駒を接合金具に内嵌するブッシュを介して通水室に内設するものであるのに対し… ,ブッシュを設けることなく制水駒を接合金具に形成されたV型のテーパに圧入することによって通水室に内設する構成を採用しているから, …文言上充足しない。

明細書の発明の詳細な説明の欄をみてもその具体的な構成やブッシュを設けることによる作用効果に関する記載は見当たらない。そして, …制水駒を通水室に内設することにより,1個の制水駒によって多様の流量制御に対応することができるという本件発明の技術的意義… に照らすと,制水駒は,上記形状の通水室内に下端から落ちることなく止まるよう,また,制水駒と通水室の間から水漏れがしないよう,通水室内に固定されていることを要すると解すべきものとなる。…通水室に制水駒を固定するに当たっては,これらを直接結合するか,他の部材を介して間接的に結合するかのいずれかであるところ,本件発明は後者を採用したものであるが,ブッシュを介在させることの技術的意義は明細書に記載されていない。また,物を製造するに当たり,製造原価を削減する,工程を減らし工期を短くするなどの目的で部品の数を減らすことは,当業者であれば当然に考慮すべき事柄と解される。 (★付加された構成により新たな効果を奏する場合に、第3要件を否定した裁判例も多数ある。後掲「第3」参照)

そうすると,本件発明の特許請求の範囲及び明細書の詳細な説明の記載に接した当業者であれば,ブッシュを省略し,制水駒を通水室に直接結合する構成への設計変更を試みるものと考えられる。そして,本件発明の実施例に示されたとおり,通水室の断面及び制水駒の形状が円形であること,通水室には上端から下端方向に水が流れることからすれば,制水駒が下端から落ちることなく,かつ,制水駒と通水室の間から水が漏れないように両者を固定するため,接合金具の内側を下端側が狭まったV型のテーパ状に形成し,その円周部分に円盤状の制水駒を直接圧入するように構成することは,当業者にとって容易に想到できたものと考えられる。

 

⑦大阪地裁平成26年(ワ)第5210号「パック用シート」(高松)

ア 非本質的部分について

…従来のシートでも鼻の上部に切り込みは設けられておらず…,鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたのに対し,本件特許発明の技術的課題は,従来のパック用シートでは,小鼻部分にシートで覆えない大きな隙間が空き,また,シートの小鼻に対応した部分が浮き上がってしまう欠点があったことから,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をもぴったりと覆うことにあり,本件特許発明は,「ほぼ台形の領域」にミシン目状の切り込み線を配するとしたことにより,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,パック用シートが鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がるようにし,隙間を生じることなく小鼻部分をもぴったり覆うようにしたものであると認められる。

これらからすると,本件特許発明は,鼻部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって,従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果があると認められる。そうすると,被告製品において,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点は,このような本件特許発明の固有の作用効果を基礎付ける本質的部分に属する相違点ではない…。

イ 置換可能性について

…被告製品は,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていなくとも,小鼻部分を含めた鼻全体に密着するものであると認められる。そうすると,被告製品も,本件特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであると認められる。

 

⑧知財高判(大合議)平成27年(ネ)10014「マキサカルシトール」事件

<第2要件>控訴人方法における上記出発物質A及び中間体Cのうち訂正発明のZに相当する炭素骨格はトランス体のビタミンD構造であり,訂正発明における出発物質…及び中間体…のZの炭素骨格がシス体のビタミンD構造であることとは異なるものの,両者の出発物質及び中間体は,いずれも,ビタミンD構造の20位アルコール化合物を,同一のエポキシ炭化水素化合物と反応させて,それにより一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造という中間体を経由するという方法により,マキサカルシトールを製造できるという,同一の作用効果を果たしており,訂正発明におけるシス体のビタミンD構造の上記出発物質及び中間体を,控訴人方法におけるトランス体のビタミンD構造の上記出発物質及び中間体と置き換えても,訂正発明と同一の目的を達成することができ,同一の作用効果を奏しているものと認められる。

控訴人らは,訂正明細書に記載がある効果は,工程数の短縮のみであり,訂正発明の作用効果は,従来技術に比して,シス体を出発物質とした場合のマキサカルシトールの側鎖の導入工程を短縮したことにある,また,工程の短縮としての効率性はトータルとしての製造工程数で決せられるべきであり,総工程数が異なる場合は同じ作用効果を有しない旨主張する。しかし,…明細書に『発明の効果』の記載がない特許発明について,一部の従来技術との対比のみにより発明の作用効果を限定して推認するのは相当ではない。…訂正発明は,ステロイド環構造をビタミンD構造へ転換する工程をも包含しており,特に転換工程の有無を含めた全工程数の違い(少なさ)を,従来技術との違いとして認識しているわけではないことからすれば,訂正発明の作用効果を,従来技術に比して,マキサカルシトール等の目的物質を製造する総工程数を短縮できることと認定することはできない。

 

⑨大阪地判平成26年(ワ)第4916号「足先支持パッド事件」(高松)

(2) 第1要件(非本質的部分性)

本件考案の技術的意義からすると,本件考案の本質的な作用効果は,足先支持パッドを足の付け根部下側に嵌め込んで,第2ないし第4指の指頭部と付け根を浮き上がらせて横アーチを形成し,土踏まずを維持して縦アーチを維持し,親指及び小指の指頭部と触球部,踵部の3点で身体を支える点にある…。親指及び小指は,接地して身体を支えるのであるから,それらの指の触球部の上辺から指頭部下辺までの間にパッドを嵌め込むことは,上記の作用効果を奏する上で必須のものとはいえない。…よって,本件考案の構成要件④と被告商品の構成との差異である,パッドの水平部が小指の指頭部下辺までの部分に達しているか否かという点は,本件考案の作用効果を基礎づける本質的部分に属する相違点ではない…。…したがって,…水平部が小指の指頭部下辺まで至り,水平部の上面及び第3凸状部の側面が小指の付け根部の下側と密接できるようになだらかに湾曲していること… に係る差異は,本件考案の固有の作用効果を基礎づける本質的部分に属するものではないというべきである。

⇒同判決も、第1要件の判断において、考案の固有の作用効果を基礎付ける部分を本質的部分と認定しており、第1要件と第2要件との関係は、【マキサカルシトール】大合議判決と整合する。

 

⑩東京地判平成27年(ワ)第6812号「搾汁ジューサー事件」(長谷川)

本件明細書の記載によれば,圧力排出路の存在は本件発明が解決すべき課題と直接関係するものではない。もっとも,…圧力排出路は,食材が網ドラムの底部で最終的に圧縮され脱水される過程で生じる一部の汁が防水円筒を超えてハウジングの外に流出するのを防ぐことを目的とするものであり,汁を排出するための通路をハウジング底面において防水円筒の下部縁に形成することは発明の本質的部分であるとみる余地がある。しかし,上記の効果を奏するためには,上記通路が防水円筒の下部縁に存在すれば足り,これをどのような部材で構成するかにより異なるものではない。そうすると,上記の異なる部分は本件発明の本質的部分に当たらないと解するのが相当である。

⇒同判決も、第1要件を満たす理由の一つとして、被告製品が有しない「圧力排出路」が発明の解決課題と直接関係ないことを挙げており、【マキサカルシトール】大合議判決と整合する。同判決は、発明と対象製品との相違点に係る構成が、発明の効果に関連するとしても、「どのような部材で構成するかにより異なるものではない」として、本質的部分に当たらないという結論を維持している。

 

⑪東京地判平成25年(ワ)7478「半導体チップの製造方法」

<第1要件>…本件明細書等には,「第二の割り溝」を形成する方法について,手法は特に問わないとしており,エッチング,ダイシング,スクライブ等の手法を用いることが可能であるとされ,このうち,線幅を狭くすることが可能であるなどの理由から,スクライブが特に好ましいとするにとどまっており…,「第二の割り溝」に関して,その形成の方法は特に限定されていない。

そして,本件においては,本件明細書等に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分であるという事情は認められない。…本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり,半導体層側にエッチングにより第一の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成し,サファイア基板側にも何らかの方法により第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成するとともに,それらの位置関係を一致させ,サファイア基板側の線幅を狭くした点にあると認めるのが相当であり,サファイア基板側に形成される第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分が,空洞として溝になっているかどうか,また,線状の部分の形成方法としていかなる方法を採用するかは上記特徴的部分に当たらないというべきである。

 

⑫東京地判平成29年(ワ)第18184号「骨切術用開大器」(佐藤)※一審判決

<第2要件>被告は,揺動部材を閉じる際に,一方の揺動部材を閉じていくと,他方の揺動部材との係合が自動的に解除されるとの点も本件発明の作用効果に含まれるとの解釈を前提に,被告製品の場合,一方の揺動部材を閉じるだけでは,他方の揺動部材との係合は自動的に解除されないことから,本件発明と同一の作用効果を奏さないと主張する。しかし,本件明細書等に記載された本件発明の効果は,「本発明によれば,切込みを拡大した状態に維持しつつ,移植物の挿入を容易にすることができる」(段落【0012】)というものである。このような効果は,2対の揺動部材で切込みを拡大した後に1対の揺動部材を取り外すことにより実現することが可能であり,係合の解除が自動的に行われることは本件発明の効果に含まれない…。

<第5要件>本件意見書の主旨は,特許庁審査官に対し,引用例1が一対の揺動部材を開示していることを指摘し,それに対し,本件発明は,開閉可能な2対の揺動部材を組み合わせ,一方の揺動部材を他方の揺動部材に係合するための係合部を設けることにより,両揺動部材が同時に開くことを可能にするものであることを説明する点にあるというべきである。そして,同意見書には,係合部の構成,すなわち,係合部を揺動部材の一部として構成するか,揺動部材とは別の部材により構成をするかを意識又は示唆する記載は存在しない。そうすると,…同記載をもって,同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に,原告が,係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない。

 

⑬東京地判平成29年(ワ)第29228号「流体供給装置及び…プログラム」(柴田)

被告給油装置では,選択された給油量と実際の給油量との差に基づき給油後に記憶媒体に加算を行っているが,これは,内容的には,給油後に,給油前に差し引いた金額との精算をしているということができる…。…

本件発明1は,流体の供給後の精算に当たり,供給前の入金データの額から,流量値に相当する金額を差し引き,それらの差額データの金額を金額データに加算しているのに対し,被告給油装置においては,選択された給油量と実際の給油量の差を計測し,それに油の単価を乗じて返金額を求めていて,それぞれの発明においてそれらを行うための演算手段,料金精算手段を有しているが,これらは,流体の供給の終了後の精算に当たり,当初に入金した額と実際に供給された油に相当する額との差額をどのように計算するかについての違いであり,前記に照らして,本件発明1の従来技術に見られない特有の技術的思想 を構成する特徴的部分であるということはできない。

⑭東京地判平成29年(ワ)第32839号「美容器」(田中)

<第1要件、第2要件>本件発明の技術的思想からすれば,分枝部の軸孔とハンドル本体の凹部が連通していない場合であっても,ハンドルを,凹部を有するハンドル本体と,その凹部を覆うハンドルカバーで構成するときには,なお上記の従来の構成の問題点により生ずる技術的課題を解決できることに変わりはなく,この点を置換することによって全体として本件発明とは異なった別の技術的思想となるということはできない。また,新被告製品のように,「連通する軸孔」との構成をとらずに連通していない構成をとった場合にも,ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに,美容器の組み立て作業性が向上されるとの上記作用効果を奏することについては,本件発明と変わらないものと認められる。したがって,本件発明と新被告製品の異なる部分(相違部分)は本件発明の本質的部分ではなく(第1要件の充足),本件発明の構成を新被告製品の構成に置き換えたとしても,本件発明の目的を達成でき,同一の作用効果を奏するといえる(第2要件の充足)。…

<第4要件>シャインは,新被告製品と全くその構成を異にするものであり, 新被告製品と対比すると,課題解決原理を全く異にする別の技術的思想によるものと評価するほかない。

 

⑮大阪地判平成31年(ワ)第3273号「学習用具」事件<杉浦>
本件明細書記載の従来技術に加え,甲11発明及び乙6発明をも考慮すると,本件発明のうち,コンピューターを備え,対応する語句が存在する原画を該語句と結びつけて覚えるための学習用具であり,前記コンピューターが,前記原画(乙6発明の完全文字22に相当。以下,本項において括弧内は,乙6発明において相当する構成を意味する。)と,該原画に関連する画像(パーツ関連アニメ24)からなる1セットの画像データが複数個記録された記録部(画像ファイルFV)と,記録部に記録された複数個の1セットの画像データから,表示すべき画像データを選択(1セクション分の英単語のデータを1単位として読み込み)する手段と,選択された画像データにより,原画,該原画に関連する画像を順次表示する画像表示手段(ディスプレイ7)と,前記原画と,原画に関連する画像に対応する語句の音声データ(それぞれ,英単語音声データ,連想文の音声データ)が記憶された記録部(音声ファイルFA)と,記録部から前記語句の音声データを選択(1セクション分の英単語のデータを1単位として読み込み)する手段と,前記選択された語句の音声データを再生する手段(スピーカ6)とを含み,前記画像表示手段が,原画と,該原画に関連する画像の表示を,対応する語句の再生と同期して表示(シンクロ出力処理)する学習用具という点は,従来技術にも見られたものといえる。
他方,乙6発明の完全文字22及びパーツ関連アニメ24は,原画,該原画の輪郭に似たもしくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画,並びに該原画及び第一の関連画に似た若しくは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画といえるような関係性を有するものではない。その再生順も,完全文字22を表示した後にパーツ関連アニメ24を表示するものであって,第一の関連画,第二の関連画,原画の順に表示するものではない。甲11発明においても,漢字,古代文字及び絵文字が相互に似た輪郭を有するものではあっても,その表示の順に定めはなく,古代文字及び絵文字に対応する語句を有するものではなく,また,唱え言葉も,これらに対応する語句を含んだものではない。
したがって,本件発明のうち,組画の1単位として,原画,該原画の輪郭に似た若しくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画,並びに該原画及び第一の関連画に似た若しくは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画から成る組画を組画記録媒体に記録する点,画像表示手段に表示するに際し,前記第一の関連画,前記第二の関連画,及び前記原画の順に表示する点,第一の関連画に対応する語句,第二の関連画に対応する語句,原画に対応する語句から成る語句の音声データを,音声記録媒体に記録し,音声再生手段で再生し,前記画像表示手段が前記第一の関連画,前記第二の関連画,及び前記原画を対応する語句の再生と同期して表示する点は,本件明細書の従来技術に記載されていないことはもとより,甲11文献及び乙6文献のいずれにも記載がない。
そうすると,上記各点が本件発明の本質的部分というべきである。

原告(無効審判請求人):味の素株式会社

被告(特許権者):シージェイジャパン株式会社

 

 

【特許★★★】①進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法について、均等侵害が成立した事例(Flexible barが柔軟に運用される世界的な傾向に沿っている。)、②「譲渡の申出」が、譲渡人と申出者とが異なり、「譲渡」が外国である事案で成立した。 – NAKAMURA & PARTNERS (nakapat.gr.jp)

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先:h_takaishi☆nakapat.gr.jp(☆を@に読み換えてください。)