令和2年9月24日・東京地判平成28年(ワ)25436【L-グルタミン酸の製造方法】<矢野>

 

*補正で追加された要件につき均等侵害が認められた。

 

①「従来技術に見られない特有の技術的思想(課題解決原理)とは,…」

*3つの相違点は、何れも本質的部分ではない。

⇒第1要件〇

 

②*進歩性判断と同じ枠組みで置換容易性を認めた。

*均等論第3要件のダブルスタンダードが主張されたが、具体的判断は示されなかった。

⇒第3要件〇

Cf.東京地判平成28年(ワ)7763<嶋末>

 

③補正で追加された要件

「出願時に…サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない」

⇒第5要件〇

Cf.平成29年(ワ)18184

 

(判旨抜粋)

①<第1要件>

本件明細書2記載の従来技術と比較して,本件発明2における従来技術に見られない特有の技術的思想(課題解決原理)とは,従来,グルタミン酸生産に及ぼす影響について知られていなかったコリネ型細菌のyggB遺伝子に着目し,C末端側変異や膜貫通領域の変異といった変異型yggB遺伝子を用いてメカノセンシティブチャネルの一種であるYggBタンパク質を改変することによって,グルタミン酸の生産能力を上げるための,新規な技術を提供することにあったというべきである…。…

本件明細書2における従来技術の記載が客観的に見て不十分であるとは認められない。…

…したがって,19型変異使用構成と被告製法4との相違点1ないし3は,いずれも,特許発明の本質的部分ではないから,⑫及び⑬の菌株を使用する被告製法4は均等の第1要件を充足すると認められる。

 

②<第3要件>

…19型変異使用構成について,相違点1及び2に係る構成に置換すること,すなわち変異型yggB遺伝子が由来する菌株をコリネバクテリウム・グルタミカムからコリネバクテリウム・カルナエに置き換え,それに伴って,yggB遺伝子のアミノ酸配列のうちアラニンをスレオニンに変更する位置を100番目から98番目に変更することは,当業者が,被告製法4による製造が開始された平成28年7月の時点で,容易に想到することができたと認めるのが相当である。

被告は,第3要件にいう容易想到とは,当業者であれば,誰もが特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さと解すべきであり,そのような容易さはなかった旨主張するが,上記の事情からすれば,当業者である,本件発明2の属する細菌を用いたグルタミン酸発酵工業における平均的技術者を基準として,相違点1及び2についての容易想到性は認められるというべきであり,この点の被告の主張は採用できない。…

 

③<第5要件>

…拒絶理由通知を受けて,2度の補正をした結果,…本件発明2には,被告製法4のように,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成が,文言上,本件発明2の技術的範囲に含まれなくなったことが認められる。また,…出願時の本件明細書2において,コリネバクテリウム・カルナエについての言及は,段落【0012】及び【0013】にのみ存在しており,この部分は上記の補正の際にも補正の対象とされなかったことが認められる。…

(ア)第5要件において,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するときは,均等の主張は許されないものとしている理由は,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,または外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないというところにある(平成10年最高裁判決,平成29年最高裁判決参照)。

(イ)…出願時の請求項1は,被告製法4のような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を含み得るものであったところ,補正によって,そのような構成は文言上本件発明2に含まれなくなったものである。

(ウ)しかしながら,…コリネバクテリウム・カルナエDSM20147株の全ゲノム及びyggB遺伝子のアミノ酸配列の解析がされて利用可能となったのは平成25年3月頃以降であり,本件優先日…あるいは…出願日…において,コリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子のアミノ酸配列を特定することはできなかったものである。そうすると,…出願時において,出願人である原告が,本件発明2の課題を解決し得るような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を用いた具体的な構成を特定し,サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない。

(エ)また,…出願時の請求項1は,概括的に「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌」という以上に菌種を特定しない記載をしたものであり,特に,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を記載したものではなく,本件明細書2におけるコリネバクテリウム・カルナエへの言及も,本件発明2のコリネ型細菌として利用可能な細菌の例(【0012】,【0013】)として挙げられているものに留まり,コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子を使用した構成についての言及は補正の前後を通じて本件明細書2ではされていない。

(オ)前記(ウ)及び(エ)の事情に照らせば,前記(イ)の出願及び補正の経過をもって,客観的,外形的に見て,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を特許請求の範囲からあえて除外する旨が表示されていたとはいえず,その他,本件全証拠によっても,被告製法4について,第5要件に係る,特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとは認められない。

 

 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/053/090053_hanrei.pdf?fbclid=IwAR1TcVMvVJUJm6FnhjCwN6t7Bq0BgYcpqJ2Y1MPXEMQCa1IfxjFO5j8eE3k

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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