令和2年(ネ)10059<本多裁判長>(控訴審)【エクオール含有抽出物…の製造方法】

 

「本件特許の特許出願日」が(被告方法との関係でも)優先日まで遡れた。(この点が、原判決と結論が異なる。)

⇒優先日と親出願日との間の公知物は考慮されず,「公然知られた物でない」でない

⇒特許法104条が適用された!!

⇒逆転勝訴

 

(「本件特許の特許出願日」についての判示部分)

「基礎出願A,Bの上記記載に接した当業者は,上記本件優先日当時の技術常識とを考え併せ,「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とした場合でも,ラクトコッカス20-92株のようなエクオール及びオルニチンの産生能力を有する微生物によって,発酵原料中の「ダイゼイン類」がアルギニンと共に代謝されるようにすることにより,発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを含有する,食品素材として用いられる粉末状の発酵物を生成することが可能であると認識することができたというべきであるから,本件訂正発明を基礎出願A,Bから読み取ることができるものと認められる。したがって,本件訂正発明は,少なくとも基礎出願A,Bに記載されていたか,記載されていたに等しい発明であると認められ,本件訂正発明は,基礎出願A,Bに基づく優先権主張の効果を享受できるというべきである。

そうすると,本件特許は,特許法104条の規定の適用については,本件優先日…に出願されたものとみなされるから,本件訂正発明生産物が同条の特許出願前に日本国内において「公然知られた物でない」か否かを検討するに当たり,本件優先日以降に公開された乙B3…を考慮することはできない。…本件訂正発明生産物は,本件優先日当時,「公然知られた物でない」といえる。…被控訴人原料の生産に本件訂正発明の方法を使用していないことが立証されているとはいえないから,特許法104条の推定が覆滅されたと認めることはできない。」

 

(「公然知られた物でない」についての判示部分)

「その物が特許法104条の「公然知られた」物に当たるといえるには,基準時において,少なくとも当業者がその物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実が存することを有するというべきところ,本件訂正発明生産物が,本件優先日当時に公知であった乙B16,乙B24に記載されていたとはいえず,また,乙B16又は乙B24から本件訂正発明を容易に想到することができない…。そうすると,本件優先日時点において,乙B16又は乙B24に触れた当業者が本件訂正発明生産物を製造する手がかりが得られたということはできない。

また,被控訴人らは,本件訂正発明生産物は,乙B16の「実施例1」の「乾燥重量1g当たり,1mg-3mgのエクオールが生成」している発酵物「992mg」に栄養強化添加物である「97.48%」の純度のオルニチン(乙B67の国際公開公報(WO2006/051940))を「8mg」加えたものであるにすぎないから,「公然知られた物」であると主張するが,…本件訂正発明生産物は,「オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物であって,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成され,食品素材として用いられる物」であるから,乙B16に乙B67を組み合わせたとしても,「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成された」物に当たらないから,上記被控訴人らの主張は採用できない。」

 

<若干の考察>

本裁判例(控訴審判決)は、特許法104条による新規物質の生産方法の推定が認めら、特許権者が勝訴した事例である。

同条の各要件のうち「特許出願」前とは、優先権主張が認められる場合には、原出願の出願日より前という意味である。本件事例では、基礎出願の明細書に開示されている発酵原料は「大豆胚軸」のみであり,「大豆胚軸」以外のダイゼイン類は開示されていなかったという事実関係の下、一審判決は「発酵原料が大豆胚軸である発明」についてのみ「特許出願」日が優先日がとなる一方,「発酵原料が大豆胚軸以外のダイゼイン類である発明」については「特許の特許出願」日は優先日まで遡らないとして、部分優先の考えを示した。他方、控訴審判決は、基礎出願の明細書に開示されている課題解決に係るメカニズムは、発酵原料が「大豆胚軸」でも「大豆胚軸以外のダイゼイン類」でも同様に妥当するとして、被告製品のような「大豆胚軸以外のダイゼイン類」も「特許の特許出願」日は優先日であり、優先日後の公知物は特許法104条の「公然知られた物」に当たらないとした。

控訴審判決は、特許法104条の「公然知られた物」のあてはめにおいて、『本件訂正発明生産物は,「オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物であって,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成され,食品素材として用いられる物」であるから,乙B16に乙B67を組み合わせたとしても,「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成された」物に当たらない』と判示した。この論理によると、進歩性と関係なく補正・訂正によりクレーム文言を“被告製品がぎりぎり入る”ように減縮すると、過去の公知物が特許法104条の「公然知られた物」に入りにくくなる。新規物質の生産方法の特許発明を権利行使するときは念頭に置くべきである。逆に、被告側としては、そもそも、控訴審判決は、2つの文献に記載された物を組み合わせた物を「公然知られた物」として主張すること自体を否定していない。すなわち、特許法104条の「公然知られた物」は、当該物が新規性がないように知られていなくても、進歩性のように組合せれば実現される物も含まれうる。この意味で、特許法104条の「公然知られた物」は権利者側からも、被疑侵害者側からも、進歩性類似の議論を含む概念であるといえる。

 

 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/953/090953_hanrei.pdf

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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