【特許】同一特許、同一引用文献で、同日同ヶ部の知財高裁判決(審決取消訴訟と侵害訴訟控訴審)で、新規性判断が分かれた事例。訂正の再抗弁が時機後れ却下された事例。

 

(1)新規性ありとした、審決取消訴訟判決⇒進歩性も〇

令和4年11月29日判決言渡【情報提供装置】事件

令和3年(行ケ)第10027号 <大鷹>

口頭弁論終結日 令和4年9月22日

091607_hanrei.pdf (courts.go.jp)

特許第6538097号

主引用文献~特開2015-102994号公報(甲1)

⇒審決は、甲1発明の「学習・生活支援システム1」は、本件発明の「情報提供装置」と異なると判断した。

⇒判決も同じ。(新規性ありとした審決を維持した。進歩性も〇。)

(判決文の引用)甲1発明の「学習・生活支援システム1」は、「ネットワ ークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2と、複数の受講生・生徒が使用するユーザ端末3とを備え」るものであり、複数の要素(装置)から成るものであって、前記のとおり単独の装置を意味する本件発明1の「情報提供装置」とは異なるものである。したがって、本件審決における相違点3の認定に誤りはない。

 

(2)新規性なしとした、侵害訴訟の控訴審判決

令和4年11月29日判決言渡【情報提供装置】事件

令和4年(ネ)第10008号 <大鷹>(原審・東京地方裁判所令和元年(ワ)第25121号<田中>)

口頭弁論終結日 令和4年9月22日

091603_hanrei.pdf (courts.go.jp)

特許第6538097号

主引用文献~特開2015-102994号公報(乙8)

⇒被告(被控訴人)は、審決が相違点とした、本件発明の「情報提供装置」は単独の装置であるという点を踏まえて、(侵害訴訟の控訴審における補充主張として、)「学習・生活支援サーバの発明」(乙8発明1)を主張した。要するに、引用例の「学習・生活支援システム1」が「学習・生活支援サーバ2」と「ユーザ端末3」とを含むことが相違点とされたことを踏まえて、無効審判とは異なり、「学習・生活支援サーバ2」のみが引用例であると対比し直すことにより、同相違点を一致点に変えることに成功した!!

※もっとも、原判決も「乙8発明の学習・生活支援サーバ」と対比しており、控訴審から対比を変えたものではない。

 

 

<若干の考察>

(1)引用発明の認定(引用発明の上位概念化・具体化の限界。本事案では、具体化の限界)

単数複数の相違点を回避するために、引用例が複数要素を含む場合に、そのうちの発明との対比に必要な一つの要素に絞ることにより、相違点を一致点に変えることに成功した。(阻害事由と主従引例の入れ替えと同様に、同一の引用文献でも論理付け次第で新規性・進歩性判断が異なり得るという一類型である。)

もちろん、引用例から、一つの要素に絞った引用例´を認定できるか(引用発明の上位概念化・具体化の限界。本事案では、具体化の限界)という論点がある。本事案では、原告が本人訴訟であったこともあり、「引用発明の認定」という論点を持ち出さず、「乙8発明1」という引用発明を認定できるか(主引用文献から、「学習・生活支援システム1」でなく、「ユーザ端末3」を捨象して、「学習・生活支援サーバ2」のみを主引用発明として認定できるか否か)を徹底的に争わなかった。

新規性・進歩性判断時の引用発明の上位概念化・具体化の限界は、裁判例を概観すると、引用文献(や公然実施品等)からひとまとまりの技術事項」を把握することが出来るか否かで決まるとされており、新規事項追加の判断時の本件明細書の開示とパラレルである。

 

(2)時機後れ却下(控訴審における控訴理由書提出後の新たな主張)

特許権者は、侵害訴訟の控訴審(本判決)の最初の段階で(控訴理由書提出時までに)訂正の再抗弁を主張せず、控訴審の口頭弁論後に訂正の再抗弁を主張し始めたことから、訂正の再抗弁は、時機後れとして却下された。

同一の主引用発明で新規性・進歩性を認める維持審決が出ていることから、訂正せずに新規性・進歩性が認められることを期待して訂正の再抗弁をしないでチャレンジしようと考えた特許権者の方針も理解できるところがあり、厳しい判決とも思える。しかしながら、審決が特許維持(新規性・進歩性〇)と判断した決定的な「相違点3」について、被告が同審決の「相違点3」が一致点に変わるように対比を変えて新規性欠如を主張した結果、原判決で新規性欠如と判断されたという状況であったから、特許権者としては侵害訴訟の控訴審の最初の段階で(控訴理由書提出時までに)訂正の再抗弁を主張するべきであったとした控訴審判決も厳し過ぎるとは言い難い。(技巧的には、控訴審の最初から、一部の請求項だけ訂正の再抗弁を主張しておくことも可能であった。)

本事案は、同一の主引用発明で新規性・進歩性を認める維持審決が出されているという特殊な事案であったが、一般に、控訴審で新たな主張(新たな無効理由、訂正の再抗弁、均等論、その他の抗弁等)を始めた事案では、控訴審の最初の段階で(控訴理由書提出時までに)主張した場合は時機後れ却下されなかった事案が多数であり、他方、控訴理由書提出後(控訴審の第1回口頭弁論後)に主張した場合は時機後れ却下された事案が多い。

何れにしても、控訴審で新たな主張をするときは、(一部の請求項だけ主張するなどの工夫をしながら、)控訴理由書において主張するべきであろう。

 

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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