【本判決の要旨、若干の考察】
1.特許請求の範囲(特許第6275313号、請求項1)
<訂正前>
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類,並びに,アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法。」
<訂正後>
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること,及び,
前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって,
前記発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上のエクオールを生成し,及び,
前記発酵物が食品素材として用いられるものである,
前記製造方法。」
2.本件訴訟における最大の論点~特許法104条
本事案における最大の論点は、「被控訴人原料は,特許法104条により,本件訂正発明の方法により生産したものと推定されるか(争点1-1)」である。
特許法104条は,物を生産する方法の発明について特許がされている場合において,その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,その物と同一の物は,その方法により生産したものと推定する旨規定する。
本判決は、特許法104条の各要件について、以下のとおり検討した。
2-1.「物を生産する方法の発明」
①「物を生産する方法の発明」については、「本件特許は,「オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物であって,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成され,食品素材として用いられる物」という物(本件訂正発明生産物)を生産する方法について特許がされている場合に当たる。」と判示した。
2-2.「その物と同一の物」について
②「その物と同一の物」については、「被控訴人原料が,上記本件訂正発明生産物に当たることについては,被控訴人らが認否しておらず,その事実を明らかにしないから,被控訴人らは,被控訴人原料が,上記本件訂正発明生産物に当たる事実を自白したものとみなすこととする(民事訴訟法159条1項)。」と判示した。
そうすると、「本件訂正発明生産物が本件特許の特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,被控訴人原料は,本件訂正発明の方法により生産されたものと推定される」こととなるから、「本件特許の特許出願」日がいつになるかが決定的である。具体的には、本件訂正発明が、本件特許の優先権主張の基礎出願(「本件基礎出願」)に係る出願書類に記載されていたか、記載されていたに等しい発明であるか否かが最大の論点となった。
2-3.「本件特許の特許出願」日~優先権主張の可否
③「本件特許の特許出願」日については、「本件訂正発明は,少なくとも基礎出願A,Bに記載されていたか,記載されていたに等しい発明であると認められ,本件訂正発明は,基礎出願A,Bに基づく優先権主張の効果を享受できるというべきである。そうすると,本件特許は,特許法104条の規定の適用については,本件優先日である平成19年6月13日に出願されたものとみなされるから,本件訂正発明生産物が同条の特許出願前に日本国内において「公然知られた物でない」か否かを検討するに当たり,本件優先日以降に公開された乙B3(国際公開第2007/066655号。国際公開日2007(平成19)年6月14日)を考慮することはできない。」と判示した。
本事案における最大の争点は、本件訂正発明が少なくとも基礎出願A,Bに記載されていたか,記載されていたに等しい発明であると認められ,本件訂正発明が基礎出願A,Bに基づく優先権主張の効果を享受できるか否かである。原判決も、控訴審判決と同じ枠組みで検討したうえで、優先権主張の効果を享受できないと判断したものであり、控訴審判決はこの点について反対の結論を取ったものである。詳細は、下記「3」項で詳述する。
2-4.「公然知られた物でない」という要件について
④「公然知られた物でない」については、「その物が特許法104条の『公然知られた』物に当たるといえるには,基準時において,少なくとも当業者がその物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実が存することを有するというべきところ,本件訂正発明生産物が,本件優先日当時に公知であった乙B16,乙B24に記載されていたとはいえず,また,乙B16又は乙B24から本件訂正発明を容易に想到することができない…。そうすると,本件優先日時点において,乙B16又は乙B24に触れた当業者が本件訂正発明生産物を製造する手がかりが得られたということはできない。
また,被控訴人らは,本件訂正発明生産物は,乙B16の『実施例1』の『乾燥重量1g当たり,1mg-3mgのエクオールが生成』している発酵物『992mg』に栄養強化添加物である『97.48%』の純度のオルニチン(乙B67の国際公開公報(WO2006/051940))を『8mg』加えたものであるにすぎないから,『公然知られた物』であると主張するが,…本件訂正発明生産物は,『オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物であって,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成され,食品素材として用いられる物』であるから,乙B16に乙B67を組み合わせたとしても,『発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成された』物に当たらないから,上記被控訴人らの主張は採用できない。」と判示した。
以上のように、本判決に拠れば、特許法104条の「公然知られた物」は、特許法29条1項1号の「公然知られた発明」と解釈が異なっており、本判決は、「基準時において,少なくとも当業者がその物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実が存すること」が必要である。
同要件については、例えば、東京地判昭和45年(ワ)第7935号も、「特許法第104条にいう『その物が……日本国内において公然知られた物』の意味につき、当裁判所は、その物が必ずしも現実に存在することは必要でないが、少くとも当該技術の分野における通常の知識を有する者においてその物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実が存することをいう」と判示しており、同判決では特許法104条の推定が認められた。
また、大阪地判平成9年(ワ)第11617号も、「同条にいう『公然知られた物でない』とは、右のような蓋然性の有無という観点からして、その物が現実に存在していないというだけでは足りず、少なくとも当該技術分野における通常の知識を有する者においてその物を製造する手ががりが得られる程度に知られた事実も存しないことをいうと解すべきである。」と判示した。(同判決では特許法104条の推定が認められなかった。)
また、東京高判昭和54年(ネ)第825号は、「被控訴人は、本件特許発明の目的物質に属する化合物中に本件特許発明の特許出願前に既に公知となつていたものがあるとして、特許法第一〇四条の規定が適用される余地はない旨主張するが、仮にそのように公知のものがあつたとしても、前記のとおり、被控訴人がジピリダモールを製造、販売し、ジピリダモールが本件特許発明の目的物質に包含され、かつ、この目的物質が本件特許発明の特許出願前日本国内において公然知られた物でなかつた以上、同法条を適用することに妨げはない」と判示した。(同判決では特許法104条の推定が認められなかった。)
なお、本判決は、特許法104条の「公然知られた」物に当たるか否かの文脈において、「基準時において,少なくとも当業者がその物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実が存することを有するというべきところ,本件訂正発明生産物が,本件優先日当時に公知であった乙B16,乙B24に記載されていたとはいえず,また,乙B16又は乙B24から本件訂正発明を容易に想到することができない」と判示した。ここでは、本判決が、公知発明から容易想到であれば特許法104条の「公然知られた」物に当たるとしたならば、これまでの裁判例とは異なる、一歩踏み込んだ判示である。詳細は考察部分で後述するが、特許法29条1項1号の「公然知られた」発明と同じ文言でありながら解釈が全く異なり、その妥当性については更なる検討が必要であろう。
2-5.本事案において、特許法104条の推定の覆滅がないこと
⑤特許法104条の推定の覆滅がないことについては、「被控訴人原料の生産に本件訂正発明の方法を使用していないことが立証されているとはいえないから,特許法104条の推定が覆滅されたと認めることはできない。」と判示した。
3.「本件特許の特許出願」日~優先権主張の可否
3-1.原判決(東京地判平成30年(ワ)第18555号<田中裁判長>)
「本件特許の特許出願日」が(被告方法との関係では)優先日まで遡れないと判断された。⇒優先日と親出願日との間の公知物により特許法104条不適用。(※部分優先の考え。⇒被告方法は部分優先が及ばない)
「特許法104条の適用について…『オルニチン及びエクオールを含有する発酵物』が本件特許の特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,被告原料は,本件発明の方法により生産されたものと推定されることとなる。…『本件特許の特許出願』日とは具体的にはいつのことを指すかについて検討する。…『本件特許の特許出願』日は,優先日…とみることが考えられる。しかし,本件発明の方法に係る発酵原料は,『ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類』であって,本件明細書においても,様々なダイゼイン類が開示されている…のに対し,優先権…基礎出願の明細書…に開示されている発酵原料は『大豆胚軸』のみであって,『大豆胚軸』以外のダイゼイン類は開示されていない。そうすると,本件発明のうち,発酵原料が大豆胚軸である発明については,上記『本件特許の特許出願」日は,優先日…となる一方,発酵原料が大豆胚軸以外のダイゼイン類である発明については,上記「本件特許の特許出願』日は,親出願日…となる…。そして,被告方法は…発酵原料として大豆胚軸以外のダイゼイン類を用いるものである。…
以上によれば,このような被告方法が生産方法の推定を受ける本件発明に関し,上記『本件特許の特許出願』日は,優先日…ではなく,親出願日…であるというべきところ,…上記親出願日の時点において,『オルニチン及びエクオールを含有する発酵物』は日本国内において公然知られた物であると認められるから,被告原料は,本件発明の方法により生産されたものとは推定されない…。」
3-2.本控訴審判決(令和2年(ネ)第10059号<本多裁判長>)
「本件特許の特許出願日」が(被告方法との関係でも)優先日まで遡れると判断された。⇒優先日と親出願日との間の公知物は考慮されないから、特許法104条が適用される。
「基礎出願A,Bの上記記載に接した当業者は,上記本件優先日当時の技術常識とを考え併せ,「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とした場合でも,ラクトコッカス20-92株のようなエクオール及びオルニチンの産生能力を有する微生物によって,発酵原料中の「ダイゼイン類」がアルギニンと共に代謝されるようにすることにより,発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを含有する,食品素材として用いられる粉末状の発酵物を生成することが可能であると認識することができたというべきであるから,本件訂正発明を基礎出願A,Bから読み取ることができるものと認められる。したがって,本件訂正発明は,少なくとも基礎出願A,Bに記載されていたか,記載されていたに等しい発明であると認められ,本件訂正発明は,基礎出願A,Bに基づく優先権主張の効果を享受できるというべきである。
そうすると,本件特許は,特許法104条の規定の適用については,本件優先日…に出願されたものとみなされるから,本件訂正発明生産物が同条の特許出願前に日本国内において「公然知られた物でない」か否かを検討するに当たり,本件優先日以降に公開された乙B3…を考慮することはできない。…本件訂正発明生産物は,本件優先日当時,「公然知られた物でない」といえる。…被控訴人原料の生産に本件訂正発明の方法を使用していないことが立証されているとはいえないから,特許法104条の推定が覆滅されたと認めることはできない。」
4.若干の考察
本裁判例(控訴審判決)は、特許法104条による新規物質の生産方法の推定が認められ、特許権者が勝訴した珍しい事例である。
同条の各要件のうち「特許出願」前とは、優先権主張が認められる場合には、原出願の出願日より前という意味である。本件事例では、基礎出願の明細書に開示されている発酵原料は「大豆胚軸」のみであり,「大豆胚軸」以外のダイゼイン類は開示されていなかったという事実関係の下、一審判決は「発酵原料が大豆胚軸である発明」についてのみ「特許出願」日が優先日がとなる一方,「発酵原料が大豆胚軸以外のダイゼイン類である発明」については「特許の特許出願」日は優先日まで遡らないとして、部分優先の考えを示した。他方、控訴審判決は、基礎出願の明細書に開示されている課題解決に係るメカニズムは、発酵原料が「大豆胚軸」でも「大豆胚軸以外のダイゼイン類」でも同様に妥当するとして、被告製品のような「大豆胚軸以外のダイゼイン類」を発酵原料とする発酵物の製造方法についても、「特許の特許出願」日は優先日であり、優先日後の公知物は、特許法104条の「公然知られた物」に当たらないとした。
控訴審判決は、特許法104条の「公然知られた物」のあてはめにおいて、「本件訂正発明生産物は,『オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物であって,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成され,食品素材として用いられる物』であるから,乙B16に乙B67を組み合わせたとしても,『発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成された』物に当たらない」と判示した。この論理によると、進歩性と関係なく補正・訂正によりクレーム文言を”被告製品がぎりぎり入る”ように減縮すると、過去の公知物が特許法104条の「公然知られた物」に入りにくくなる。新規物質の生産方法の特許発明を権利行使するときは念頭に置くべきである。逆に、被告側としては、そもそも、控訴審判決は、2つの文献に記載された物を組み合わせた物を「公然知られた物」として主張すること自体を否定していない。すなわち、特許法104条の「公然知られた物」は、当該物が新規性を欠如するように知られていなくても、公知物同士を進歩性のように組み合わせれば実現される物も含まれうる。この意味で、本判決に拠れば、特許法104条の「公然知られた物」は、権利者側からも、被疑侵害者側からも、進歩性類似の議論を含む概念であるといえるところ、その是非については更なる検討が必要であろう。
5.<参考>本控訴審判決の2か月前に判決された審決取消訴訟(令和2年(ネ)第10150号<森裁判長>)
5-1.分割要件〇~当初明細書中「8~15m」の下限値のみをクレームアップした。
「【(訂正後)請求項1】 発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成…製造方法
…当初明細書の段落【0050】には,「エクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5~20mg,好ましくは8~15mg,更に好ましくは9~12mg程度が例示される。」との記載があり,発酵物の乾燥重量1g当たり8~15mgのオルニチンが含まれることが好ましい旨の記載があるところ,上記③の構成は,当初明細書に例示された「8~15mg」のうちの下限値により特定したものということができる。」
5-2.新規性〇
「…原告の主張は,本件明細書の【表3】においてアルギニンからオルニチンへと100%(変換率約159%)を優に超える変換がなされていることを前提とするものであるところ,…発酵原料及び発酵条件が異なる。そして,発酵原料や培地中の固形成分の含有量により発酵物の乾燥重量が大きく変化し得るので,発酵原料が変わると乾燥重量1g当たりのオルニチンの量も変化するから,発酵原料として大豆胚軸溶液を用いた場合と豆乳を用いた場合で発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチンの産生量は大きく変化し得る。また培養条件が異なるとアルギニンからオルニチンへの変換率も異なり得る。そうすると,甲1の試験例におけるオルニチンの産生量を推定するに当たって,本件明細書の【表3】を前提とすることが相当であるということはできない。…甲1の試験例では培地とするBHIブロスの組成が特定されていない以上,甲1発明においては,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上のオルニチンが産生されるとは限らない…。そうすると,甲1発明は「発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上のオルニチンを産生するもの」であるということはできない。」
5-3.進歩性〇~周知技術も組合せの動機付け等が必要
「主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,①主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,②適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断するのが相当であるところ(知的財産高等裁判所平成30年4月13日判決〔平成28年(行ケ)第10182号・第10184号事件〕参照),これは,引用発明に周知技術を適用して本願発明を容易に発明することができたかどうかを判断する場合にも妥当する。」
【本件発明の判旨抜粋(優先権主張日に関する判示部分)】
(ウ) 優先権主張の可否について
…基礎出願に明示的に発酵原料として記載されているのは「大豆胚軸」だけであり,「大豆胚軸」以外のものを発酵原料とできることを明示する記載が追加されたのは,本件原出願以降である。
しかし,基礎出願では,「ダイゼイン類」を資化してエクオールを産生する能力を有する微生物を使用するとされている上,基礎出願の実施例で使用されているラクトコッカス20-92株がそのような微生物の一例として記載されている(基礎出願Aの段落【0013】,【0014】,基礎出願Bの段落【0015】,【0016】,基礎出願Cの段落【0014】,【0015】)。
また,基礎出願では,「・・・大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,・・・栄養成分を添加してもよい。」と記載されており(基礎出願Aの段落【0018】,基礎出願Bの段落【0020】,基礎出願Cの段落【0019】),基礎出願において,「水」と「アルギニン」以外の栄養成分を添加することは排除されていない。
さらに,基礎出願では,「また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。」と記載されており(基礎出願Aの段落【0020】,基礎出願Bの段落【0022】,基礎出願Cの段落【0021】),「ダイゼイン類」を含むイソフラボンを発酵原料とすることが想定されているということができる。
そして,…基礎出願A,Bに記載された実施例においては,「大豆胚軸」にアルギニンを添加してラクトコッカス20-92株で発酵処理することにより,「大豆胚軸」に含まれるダイジンが代謝されてエクオールが生成するとともに,同株によりアルギニンがオルニチンに変換されて,粉末状の発酵物が得られることが,具体的な実験結果と共に記載されている(基礎出願Aの段落【0103】~【0106】,基礎出願Bの段落【0074】~【0077】)。
また,基礎出願には,「通常,大豆胚軸発酵物の乾燥重量当たり(大豆胚軸発酵物の乾燥重量を1gとした場合),エクオールが1~20mg,好ましくは2~12mg,更に好ましくは5~8mg含まれている。」「エクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5~20mg,好ましくは8~15mg,更に好ましくは9~12mg程度が例示される。」との記載があり(基礎出願Aの段落【0024】,【0032】,基礎出願Bの段落【0026】,【0034】,基礎出願Cの段落【0025】,【0033】),発酵物の乾燥重量1g当たり,1~20mgのエクオールが通常含まれている旨及び8~15mg のオルニチンが含まれることが好ましい旨の記載があり,これらの下限値が本件訂正発明において特定されているということができる。そして,基礎出願A及びBの発明により得られる発酵物が食品素材であることはそれぞれの 請求項の記載から明らかである。
ところで,…本件優先日当時,ダイゼインからエクオールが産生されること,ラクトコッカス20-92株がダイゼイン配糖体(例えばダイジン),ダイゼイン,ジヒドロダイゼインを含むダイゼイン類を資化してエクオールを産生すること,ダイジンの場合は,資化されてダイゼインを遊離し,遊離したダイゼインが更に資化されてジヒドロダイゼインとなり,最終的にエクオールが産生されることは,技術常識となっていたと認められる。
そうすると,当業者は,基礎出願において,実質的に代謝されるのが「大豆胚軸」中のダイジンなどの「ダイゼイン類」であることを認識していたと認められる。
以上によると,基礎出願A,Bの上記記載に接した当業者は,上記本件優先日当時の技術常識とを考え併せ,「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とした場合でも,ラクトコッカス20-92株のようなエクオール及びオルニチンの産生能力を有する微生物によって,発酵原料中の「ダイゼイン類」がアルギニンと共に代謝されるようにすることにより,発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを含有する,食品素材として用いられる粉末状の発酵物を生成することが可能であると認識することができたというべきであるから,本件訂正発明を基礎出願A,Bから読み取ることができるものと認められる。
したがって,本件訂正発明は,少なくとも基礎出願A,Bに記載されていたか,記載されていたに等しい発明であると認められ,本件訂正発明は,基礎出願A,Bに基づく優先権主張の効果を享受できるというべきである。そうすると,本件特許は,特許法104条の規定の適用については,本件優先日である平成19年6月13日に出願されたものとみなされるから,本件訂正発明生産物が同条の特許出願前に日本国内において「公然知られた物でない」か否かを検討するに当たり,本件優先日以降に公開された乙B3(国際公開第2007/066655号。国際公開日2007(平成19)年6月14日)を考慮することはできない。
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和4年7月4日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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