【商標】 「月見」を含む食品の表示における分離観察が否定され、登録商標「月見」の商標権侵害が認められなかった事例

大阪地方裁判所 2026/10/15 令和8年(ワ)第3294号  損害賠償請求事件

裁判所判決URL:  hanrei-pdf-97207.pdf

要約

登録商標「月見」(指定商品:第30類「弁当,おにぎり」)の商標権者である原告が、被告が販売する煮卵入りおにぎりにおける「月見おむすび」等の表示の使用について、原告商標権の侵害を主張し損害賠償等を請求した事案である。裁判所は、包装、ショーカード及びポスターに表示された5つの被告標章について、表示態様、「月見」の語の一般的な意味・用例、キャンペーンの趣旨及び他社の商品展開を含む取引の実情を踏まえ、被告標章において「月見」の部分のみを分離して類否判断することを否定し、原告登録商標と各被告標章は、外観、称呼及び観念において類似しないとして、原告の請求を棄却した。

事件の概要

原告商標(本件商標)

被告標章

商標: 月見(標準文字)

指定商品:第30類「弁当,おにぎり」

(参考)被告商品パッケージ等(判決文別紙より引用)

   

原告は、標準文字「月見」を登録商標とし、第30類「弁当,おにぎり」を指定商品とする商標権(商標登録第6095738号)を有している(以下、原告登録商標を「本件商標」と記載する)。被告は、令和7年9月30日頃から同年10月13日頃まで、「月見背徳メシ」と称するキャンペーンを実施し、その対象商品の一つとして、煮卵が入ったおにぎり(被告商品)を直営店で小売販売するとともに、フランチャイズ店に卸販売した。被告商品の包装、陳列場所のショーカード及び店舗のキャンペーンポスターには、下表の被告標章1ないし5が表示されていた。原告は、被告商品の販売が本件商標権を侵害するとして、民法709条に基づき、損害賠償金100万円(一部請求)及び遅延損害金の支払を求めた。

裁判所の判断

(1)判断手法

裁判所は、最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決(昭和39年(行ツ)第110号)及び最高裁平成9年3月11日第三小法廷判決(平成6年(オ)第1102号)を参照し、商標の類否は、外観、観念、称呼等が取引者・需要者に与える印象、記憶、連想等を総合し、取引の実情を踏まえて全体的に考察すべきであるとした。
また、最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決(昭和37年(オ)第953号)、最高裁平成5年9月10日第二小法廷判決(平成3年(行ツ)第103号)及び最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決(平成19年(行ヒ)第223号)を参照し、結合商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断することは、その部分が出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼・観念が生じない場合などを除き、許されないとした。

(2)被告標章1「月見おむすびマヨたま(こってりガーリックマヨ)」

裁判所は、包装上の表示全体を一体の標章と認定し、「月見」ないし「月見おむすび」の標章が使用されているとの原告の主張を採用しなかった。

分離観察について、裁判所は、「月見」が黄色で目立ち、キャンペーンで一貫して強調されていたことを認めつつ、次の理由から分離観察を否定した。まず、被告商品を含む商品群は、月に見立てた卵を具材とする季節キャンペーンの商品であり、「月見」の強調は共通の商品コンセプトを前面に出す趣旨であって、「出所識別標識として強調されているとはいえない」とした。また、「月見〇〇」等の食品名が一般的であることから、需要者は「月見」を分離せずに受け止めるとした。さらに、他社も同様の名称で販売しているという取引の実情を踏まえても、「月見」が特定の出所を識別する標識として機能することは考え難いとした。以上に加え、ショーカード等の表記もあわせて考えれば、分離観察を「否定すべき取引の実情がある」とした。

その上で、裁判所は、少なくとも「月見おむすびマヨたま」を一連一体として対比するのが相当であるとした。外観・称呼は類似しないことが明らかであり、観念もマヨネーズの味付けが施されたおにぎりの観念が加わる点で相違するとして、類似しないとした。なお、「(こってりガーリックマヨ)」の部分については、分離観察の余地を否定していない。

(3)被告標章2及び3

ショーカード上の被告標章2及びポスター上の被告標章3についても、裁判所は表示全体を標章と認定した。その上で、被告標章1と同様に「月見」の強調は出所識別標識としての強調ではないことに加え、一般的な用例及び取引の実情から、分離観察を否定した。

類否については、被告標章2は「月見おむすびマヨたま」の部分のみで見ても、被告標章3はその部分を分離観察する余地があるとの前提に立ったとしても、外観、称呼及び観念のいずれにおいても類似しないとした。

(4)被告標章4「月見背徳」

包装・ショーカード上の被告標章4についても、裁判所は表示全体を標章と認定した。

分離観察について、裁判所は、「月見」と「背徳」は大きさ・書体・色に差異がなく一連一体に表記され、「月見」のみが強調されてはいないと認定した。そして、キャンペーンの趣旨から、「月見」は出所識別標識として強く支配的な印象を与えず、語の一般的な用例や取引の実情を踏まえると「なおさら」であるとした。他方、「背徳」は被告商品との関係で普通名称などではなく、「出所識別標識としての機能を一定有する」として、分離観察を否定した。

類否については、外観・称呼の相違に加え、観念上も「背徳」から、道徳などに反することに加え、食品関係の市場では健康上の心配を抱かせるような高カロリーな食品といった観念が生じるとして、類似しないとした。

(5)被告標章5「月見背徳メシ」

ポスター上の被告標章5についても、裁判所は表示全体を標章と認定した。

分離観察について、裁判所は、「月見」の黄色表示は商品群共通の商品コンセプトを前面に出す趣旨であり、出所識別標識としての強調ではないとした。これに加えて、語の一般的な用例、取引の実情及び「背徳」についての説示を踏まえ、分離観察を否定した。

類否については、外観・称呼の相違に加え、「道徳などに反する食事、これが転じて、健康上の心配を抱かせるような高カロリーの食事」という観念が生じるとして、類似しないとした。

(6)判断されなかった争点

裁判所は、被告標章1ないし5がいずれも類似しないことから、「その余の争点について検討するまでもなく」、原告の請求を棄却した。したがって、本判決においては、被告標章が商標的使用であるか、本件商標登録に無効理由があるか(商標法3条1項3号・4条1項16号該当性)、本件商標権の権利行使の制限(同法39条・特許法104条の3第1項)、原告による権利濫用、損害の有無・金額等については具体的な判断はなされていない。

判決のポイントと実務上の留意点

本判決は、登録商標と同一の文字を含む表示であっても、当該文字部分の分離観察が認められず、表示全体として登録商標との類似性が否定される場合があることを判断した一例である。

本件では、「月見」の文字が他の文字と異なる色で表示され、キャンペーン全体を通じて強調されていた。しかし、裁判所は、①包装上の注釈・イラストや商品群の内容から、その強調は共通の商品コンセプトを前面に出す趣旨であり、出所識別標識としての強調ではないこと、②「月見〇〇」等の料理名・食品名が広く一般的に用いられていること、③他社においても、卵を使用した食品が同様の名称で販売されていることなどを理由として、「月見」の分離観察を否定した。また、被告標章4・5については、「背徳」の部分が被告商品との関係で普通名称等ではなく、出所識別標識としての機能を一定程度有することも考慮された。もっとも、これは本件における表示態様や取引の実情を総合的に考慮した判断であり、特定の語を色彩等で強調しても常に分離観察が否定されるというものではない。

なお、本件商標は、平成30年(2018年)2月27日に出願され、審査段階で拒絶理由通知を受けることなく、同年11月9日に登録されている。この審査経過は、少なくとも登録査定時において、特許庁が、指定商品「弁当,おにぎり」との関係で、「月見」の文字のみからなる本件商標について、識別力を欠くことなどを理由として登録を拒絶しなかったことを示すものである。本判決でも、被告が主張した無効理由は判断されておらず、本件商標自体の識別力の有無又は程度が直接判断されたものではない。ある語が、他の語と組み合わされた場合には商品の内容等を表す表現として用いられることがあっても、その語単独では商品の具体的な品質等を直接表示するものとはいえず、商標登録が認められることは実務上あり得る。もっとも、商標登録の可否と、第三者の具体的な表示が登録商標と類似するかは別の問題である。侵害訴訟では、相手方の表示全体の構成や取引の実情を踏まえて類否が判断されるため、単独の文字商標として登録されていても、第三者がその文字を他の語と組み合わせて使用する場合には、当該文字部分の分離観察が否定され、表示全体として非類似と判断される可能性がある。

したがって、商標権者としては、権利行使に先立ち、相手方の表示全体の構成、共通する文字部分の表示態様、その語の一般的な用例及び同業他社の使用状況を踏まえ、分離観察が認められるか、また、表示全体として登録商標との類似性が肯定される見込みがあるかを慎重に検討することが望ましい。また、商標を出願し権利化する段階から、登録可能性だけでなく、登録後にどのような範囲で権利行使が可能であるかという観点も踏まえ、より識別力の強い商標を選択することや、特徴的な文字・図形等を組み合わせた商標についても登録を取得することが実務上の対応として考えられる。さらに重要なのは、商品の内容等を想起させる語を含む商標については、商標を継続的に使用し、自社ブランドとしての認知を高めていくことであろう。

他方、登録商標と共通する語を商品名や販促表示に用いる事業者としては、その語が商品の内容やキャンペーンのコンセプトを表すものであることが需要者に伝わるよう、表示全体を設計することが紛争予防に資すると考えられる。本判決が、包装上の「※月をイメージした卵が入っています。」との注釈や、煮卵が入った様子を示すイラストを判断事情の一つとしたことは参考となる。ただし、本判決の結論は、表示全体の構成、その語の一般的な用例及び他社の販売実情等も併せて考慮した結果であり、注釈やイラストを付せば足りるというものではない。商品名やキャンペーン名の採択に当たっては、表示全体について先行商標との抵触可能性を確認するとともに、各構成部分が、商品の内容を説明する機能、コンセプトを伝える機能又は出所を識別する機能のいずれを担うのかを検討しておくことが望ましい。

なお、本判決は、被告標章が商標的使用に当たるか、本件商標に無効理由があるか、原告の権利行使が権利濫用に当たるか、及び損害の有無・金額について判断していない。したがって、本判決を根拠として、「月見」の表示がおよそ本件指定商品との関係で商標的使用に当たらない、又は本件商標が無効であると評価することはできない。また、本判決は第一審判決である点にも留意が必要である。

※本稿の内容は、一般的な情報を提供するものであり、法律上の助言を含みません
文責:北原絵梨子

文責

関連記事