【商標】 製造委託先1社への発注書の交付は商標法2条3項8号の「頒布」に当たらないとされた事例


知的財産高等裁判所 2026/09/17 令和8年(行ケ)第10030号 審決取消請求事件

要約

原告は、化粧品及びサプリメント等を指定商品とする登録商標について、製造委託先1社に本件商標を付した発注書を2回交付したことが、商標法2条3項8号の「取引書類に標章を付して頒布」する行為に当たると主張した。裁判所は、同号の「頒布」とは、標章を付した広告等を「公衆が閲覧可能な状態に置く程度に流通させること」を意味するとし、商品の需要者ではない製造委託先1社への発注書の交付にはその実質がないと判断した。裁判所は、要証期間中の使用が証明されていないとして、商標登録を取り消した審決を維持し、原告の請求を棄却した。

事件の概要

本件商標

本件商標の指定商品は、第3類「ボディーオイル,その他の化粧品,せっけん類,香料」及び第5類「ルリジサ種子油又は天然植物を主原料とする各種形状の加工食品,その他のサプリメント」等である。登録出願日は平成26年10月10日、設定登録日は平成27年3月13日である。

被告は、令和7年7月1日、本件商標について商標登録取消審判を請求し、同月14日に審判請求の登録がされた。特許庁は、取消2025-300537号事件として審理し、令和8年3月24日、本件商標の登録を取り消す旨の審決をした。商標法50条2項本文に基づく要証期間は、令和4年7月14日から令和7年7月13日までであった。原告は、令和8年4月27日、審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

原告が本件商標の使用の事実として主に挙げたのは、令和7年3月、化粧品及びサプリメントの製造委託先に対し、本件商標を付した発注書を2回交付したことである。原告は、これらの発注書が指定商品に関する「取引書類」に当たり、その交付が商標法2条3項8号の「頒布」に当たるから、本件商標を使用したと主張した。これに対し、被告は、発注書は商品の取引者・需要者に向けられたものではなく、商標の広告的機能を発揮するものでもないため、その交付は同号の「頒布」に当たらないなどと反論した。

裁判所の判断

(1)商標法2条3項8号の「頒布」の意義

裁判所は、まず同号の趣旨を示した。同号は、広告、価格表又は取引書類に標章を付して展示・頒布する行為等を、標章の「使用」に当たるとしている。その趣旨は、商標を広告等において用いることによっても商標に営業上の信用が蓄積されることがあり、また、他人がこのような態様で商標を用いることによっても商標に化体された営業上の信用が害されることがあるため、商品が流通される等の前段階における広告等に商標を付して流通させることも「使用」とみるべきである点にあるとした。

その上で、この趣旨に加え、同号において「頒布」が「展示」と併記されていること及び「頒布」という語の一般的な意義を踏まえ、「広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して」「頒布」するとは、標章を付した広告等を、公衆が閲覧可能な状態に置く程度に流通させることを意味すると解した。

(2)製造委託先1社への発注書の交付

裁判所は、証拠に基づき、原告が令和7年3月、株式会社サイセイメディカルに対し、本件標章を付した発注書(本件発注書)を2回交付した事実を認定した。同社が、原告が化粧品やサプリメントの製造を委託した先であることは、当事者間に争いがない。また、本件発注書は同社1社のみに交付されたものであった。

裁判所は、このように自身の商品の需要者として想定される者ではない1社のみに宛てて作成した発注書を2回交付したことのみをもっては、標章を付した取引書類を公衆が閲覧可能な状態に置く程度に流通させるものとはいえないと判断した。したがって、同法2条3項8号の「商品…に関する…取引書類に標章を付して…頒布」したものと認めることはできないとした。なお、裁判所は、本件発注書が同号の「取引書類」に当たるかについては明示的に判断していない。

なお、原告は、令和7年6月頃に「商品名:REVI SHAKE LOTION 150ml」と記載された発注書を同社に交付したとも主張したが、裁判所は、同発注書が現実に交付されたかは明らかでないとし、仮に交付されていたとしても、その性質は本件発注書と同じであり、結論を左右しないとした。

(3)原告の主張に対する判断

原告は、特定の取引先への交付であっても、標章を付した書類を現に交付した事実がある以上、標章を保護すべき必要性がないとはいえないから、「頒布」に当たると主張した。これに対し裁判所は、(1)の趣旨に照らし、同号に該当する使用というためには、広告等に商標を付して流通させることに匹敵する程度の実質を有することを要するとした。その上で、商品の需要者ではない製造委託先1社のみに宛てた発注書を2回交付したことのみをもっては、そのような実質を有しているとはいえないとして、原告の主張を採用しなかった。

また原告は、発注書により現実に化粧品500個の製造を委託し、商品も納品されるなど、現実に費用と労力を投じているから、使用は名目的なものではないと主張した。これに対し裁判所は、原告が現に商品の製造を委託し、これに費用を支出していたとしても、本件発注書の交付が同号の「頒布」に当たらないこと、及び他に要証期間中の使用を認めるに足りる具体的な事実関係が認められないことは(2)のとおりであるとした。その上で、原告の主張によっても、要証期間中に本件商標を使用したと認めることはできないとした。

(4)結論

裁判所は、要証期間中に、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが、指定商品について本件商標を使用したことが証明されたということはできないと判断した。したがって、本件商標の登録を取り消した本件審決の認定及び判断に誤りはなく、原告の主張する取消事由には理由がないとして、原告の請求を棄却した。

判決のポイントと実務上の留意点

本判決の意義は、商標法2条3項8号にいう「頒布」の意義について具体的な判断基準を示した点にある。すなわち、本判決は、「頒布」とは、標章を付した広告、価格表又は取引書類を、公衆が閲覧可能な状態に置く程度に流通させることを意味すると判示した。その根拠として、同号の趣旨、「頒布」が「展示」と併記されていること及び「頒布」という語の一般的な意義を挙げている。また、同号の「使用」に当たるためには、広告等に商標を付して流通させることに匹敵する程度の実質を有する必要があるとした。

本件では、発注書の交付先が商品の需要者ではなく製造委託先であったこと、交付先が1社のみであったこと、交付回数も2回にとどまったことから、「頒布」には当たらないと判断された。もっとも、本判決は、これらの事情を前提として「のみをもっては」と限定して判断したものであり、特定の相手方に対する書類の交付が常に「頒布」に当たらないと一般化したものではない点には留意が必要である。

また、本判決は、原審(審決)とは異なり、本件発注書の「取引書類」該当性や、発注に係る商品が商標法上の「商品」に当たるかについて正面から判断せず、「頒布」の要件を満たさないことを理由として審決の結論を維持している。被告が主張した名目的・形式的使用や原告の商標権取得目的についても判断していない。したがって、本判決を、製造委託先への発注書がおよそ「取引書類」に当たらない、又は特定の1者への書類交付がおよそ「頒布」に当たらないと判示したものと理解するのは適切ではない。

なお、商標法2条3項8号の「頒布」については、過去にも特定の相手方への書類交付が「使用」に当たるかが問題となっている。アイコム事件(東京高判平成15年1月22日 平成13年(行ケ)第530号)では、特定の取引先1社への見積書のFAX送信について「頒布」が認められ、コスメディカルズ事件(東京高判平成16年10月27日 平成16年(行ケ)第150号)でも、「頒布」は不特定多数を対象とする必要はないとされた。他方、TOD’S事件(知財高判平成18年9月28日 平成18年(行ケ)第10104号)では、完全子会社及び独占的輸入業者へのカタログ配布について、同カタログが専ら当該2社との取引のために作成・配布されたものであることなどから「頒布」が否定されている。これらからすると、交付先の数や特定性のみで直ちに結論が決まるものではなく、相手方との関係、書類の性質・配布目的、配布範囲等が考慮要素となり得ると考えられる。本判決においても、交付先の性質や交付の範囲・回数が「頒布」該当性の判断において考慮されている。

さらに、原告は、実際に化粧品500個を製造委託し、納品を受け、費用等を投じていたことから、使用は名目的なものではないと主張した。しかし、裁判所は、こうした事情があっても、発注書の交付自体が「頒布」に当たらない以上、商標法上の使用が認められることにはならないとした。実際に事業活動や費用支出が存在することと、商標法所定の「使用」に該当する行為が存在することとは、区別して検討する必要がある。

実務上、不使用取消審判に備えるには、製造準備段階における限定的な書類のやり取りのみに依拠するのではなく、需要者又は取引者に向けた販売資料、広告、ウェブ上の商品掲載、商品の譲渡・引渡し等について、商標、対象商品、時期及び相手方又は公開範囲を確認できる資料を保存しておくことが重要である。

※本稿の内容は、一般的な情報を提供するものであり、法律上の助言を含みません
文責:北原絵梨子

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