東京地判平成29年(ワ)32839【美容器】<田中>

 

*新製品も均等侵害

*第1~3要件を纏めて判断した

*第4要件も充足

※損害論に関する大合議判決(令和元年(ネ)10003)の後、被疑侵害者は設計変更したが、新製品も均等侵害とされてしまった・・・。

 

 

【特許★】特許権侵害差止等請求事件(設計変更後の新被告製品も、均等侵害と判断された事例。)

-東京地判平成29年(ワ)第32839号「美容器」事件・令和2年3月19日判決言渡<田中裁判長>-

 

【本判決の要旨、考察】

1.特許請求の範囲

 

「…ハンドル本体の長手方向の一端に一体的に形成された一対の分枝部と,該一対の分枝部のそれぞれに形成されているとともに,上記凹部に連通する軸孔と,該軸孔に挿通された一対のローラシャフト…を備え…る美容器。」

 

 

2.(判旨抜粋)

 

新被告製品の構成c2が,「一対の分枝部はそれぞれ中空であり,当該中空は,ハンドル本体の穴部に貫通していない。」というものであって(以下「非貫通の構成」ということがある。),「連通する軸孔」(構成要件C)の文言を充足せず,新被告製品が本件発明との間でこのような相違部分を有することは当事者間で争いがないところ,原告は,このような新被告製品は,本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであり,本件発明の技術的範囲に属する旨主張する。…

 

【第1要件、第2要件について】

 

…本件発明の技術的思想(課題解決原理)は,二股の美容器 において,ハンドルを中心線に沿って上下又は左右に分割して,ハンドルの内部に各部材を収納する構成とした場合には,ハンドルの成形精度や強度,組み立て作業性が低下するなどの技術的課題が生じていたため,ハンドルを,凹部を有するハンドル本体と,その凹部を覆うハンドルカバーで構成することにより,従来のハンドルが上下又は左右に分割された構成よりも,ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに,美容器の組み立て作業性が向上されるようにして,上記の技術的課題の解決を図ったというところにあるものというべきである。このような本件発明の技術的思想からすれば,分枝部の軸孔とハンドル本体の凹部が連通していない場合であっても,ハンドルを,凹部を有するハンドル本体と,その凹部を覆うハンドルカバーで構成するときには,なお上記の従来の構成の問題点により生ずる技術的課題を解決できることに変わりはなく,この点を置換することによって全体として本件発明とは異なった別の技術的思想となるということはできない。また,新被告製品のように,「連通する軸孔」との構成をとらずに連通していない構成をとった場合にも,ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに,美容器の組み立て作業性が向上されるとの上記作用効果を奏することについては,本件発明と変わらないものと認められる。したがって,本件発明と新被告製品の異なる部分(相違部分)は本件発明の本質的部分ではなく(第1要件の充足),本件発明の構成を新被告製品の構成に置き換えたとしても,本件発明の目的を達成でき,同一の作用効果を奏するといえる(第2要件の充足)。…

 

【第3要件について】

 

…本件発明の上記構成から新被告製品の上記構成への変更は,ハンドルの凹部と分枝部の軸孔がつながっていたところを塞ぐものにすぎず,その性質上,当業者において通常行う設計変更の範囲にとどまるものというべきであり,本件全証拠によっても,このような変更を加えることに対する技術的な障害が存することは認められないから,上記変更は,当業者が,新被告製品の製造時において,容易に想到し得たというべきである(第3要件の充足)。

 

【第4要件について】

 

…新被告製品は,前記の本件発明の技術的思想(課題解決原理) を用い,ハンドルを,凹部を有するハンドル本体と,その凹部を覆うハンドルカバーで構成することにより,従来のハンドルが上下又は左右に分割された構成よりも,ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに,美容器の組み立て作業性が向上されるようにして,従来技術が有していた技術的課題の解決を図るものであると解される。そして,新被告製品の構成が解決する上記技術的課題は,その性質上,ハンドル本体と分枝部が一体の構成のものを前提として生ずるものというべきであり,新被告製品は,これを前提として,上記のような課題解決手段に係る構成(凹部を有するハンドル本体と,その凹部を覆うハンドルカバーとの構成)を備えるものである。しかるところ,シャインは,これと異なり,先端側が二股に分かれた分枝部の基端側が,ハンドル本体の長手方向の先端に挿入されている構成であって,そもそもハンドル本体と分枝部とが一体とされておらず,また,上記のような課題解決手段に係る構成(凹部を有するハンドル本体と,その凹部を覆うハンドルカバーとの構成)を備えてもいないものである。そうすると,シャインは,新被告製品と全くその構成を異にするものであり, 新被告製品と対比すると,課題解決原理を全く異にする別の技術的思想によるものと評価するほかない。また,証拠(乙47ないし49,51)によれば,乙47ないし49,51号証には,ハンドル本体にその表面から内方に窪んだ凹部を有し,その凹部をカバーで覆い,当該表面とカバーによりハンドルを構成することが記載されていることが認められ,かかる記載からは「ハンドル本体の表面から内方に窪んだ凹部を設けて,ハンドル本体との結合部が露出しない 状態で上記凹部を覆うように上記ハンドル本体に取り付けられたカバーを設けること」という技術事項を把握することができる。しかし,シャインにかかる技術事項を適用することができるかについては,上記技術事項を技術常識と認めるには足りず,また,技術分野についてみても,清掃用具 (乙47),ヘアブラシ(乙48及び49),電子イオン歯ブラシ(乙51)というように,いずれも美容器とは全く異なる技術分野のものであって,証拠上,当業者がこのような技術事項をシャインに適用するに足りる何らかの示唆や動機付けも認められない。なお,証拠(乙50)によれば,乙50号証の意匠公報には,美顔器に関する図などの記載があるものの,シャインと新被告製品の両構成の重要な相違点であるハンドルの構成の詳細が判然としないばかりか,当該記載のものが,一対のローラを有する二股の美容器であるとも認められないから,当業者がこのような記載をシャインに適用して新被告製品の構成を容易に想到するということもできない。

 

 

3.均等論認容判決の概観<下掲>とまとめ

 

均等論を主張した事案のうち10%程度は、判決で均等侵害が認められている。

 

均等論は、主張した事件数も認容判決数も、機械分野が多いが、「マキサカルシトール」事件では化学分野でも均等侵害が認められており、今後は、化学分野でも検討を外せない。

 

「骨切術用開大器」事件から明らかなとおり、出願経過中で補正により追加した構成要件でも第5要件の充足が認められ得る(米独伊も同様の判決あり。)

 

本判決は、以下に紹介する近時の均等論認容事例と整合するものであり、特に目新しい議論はないが、数少ない均等論認容事例であるため、紹介することとする。

 

 

【関連裁判例の判旨抜粋~近時の“均等侵害”認容事例】

① 知財高判平成21年(ネ)第10006号「中空ゴルフクラブヘッド」(飯村)

 

(1)置換可能性について

…「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」を用いたことによる目的,作用効果(ないし課題の解決原理)は,金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにある…。…被告製品では,金属製外殻部材の接着界面のみならず,その反対面側においても,FRP製下部外殻部材9を当てて加熱・加圧する成形がされているため,帯片8は,金属製外殻部材の接着界面の反対面側においても,繊維強化プラスチック製の外殻部材(FRP製上部外殻部材9)と,一体に接合している…ため,帯片8を,金属製外殻部材に設けた貫通穴に複数回通すことによって強度を確保する必要がない。…目的,作用効果(ないし課題解決原理)を共通にするものであるから,置換可能性がある。

 

(2) 置換容易性…

 

(3)非本質的な部分か否かについて

 

本件発明の目的,作用効果は,…金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにある。特許請求の範囲及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと,本件発明は,金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け,貫通穴に繊維強化プラスチック製の部材を通すことによって上記目的を達成しようとするものであり,本件発明の課題解決のための重要な部分は,「該貫通穴を介して」「前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」との構成にある…。…「縫合材であること」は,本件発明の課題解決のための手段を基礎づける技術的思想の中核的,特徴的な部分であると解することはできない。

 

② 知財高判平成22年(ネ)第10014号「地下構造物用丸型蓋」(中野、東海林)

 

エ 均等論適用のための第1要件具備の有無

 

『閉蓋の際,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる』との作用効果(本件作用効果①)… 『蓋本体のガタツキを防止できるとともに、土砂、雨水等の地下構造物内部への侵入を防止できる』との作用効果(本件作用効果②) … 本件発明が本件作用効果①を奏する上で,蓋本体及び受枠の各凸曲面部が最も重要な役割を果たす…『受枠には凹部が存在すれば足り,凹曲面部は不要である』との控訴人の主張は正当であると認められ,本件発明において,受枠の『凹曲面部』は本質的部分に含まれない…。…明細書…の記載においては、本件作用効果②を奏するにあたり、受枠の凹部が『曲面部』であるかどうかは問題とされていない…、本件作用効果②を奏する上でも、受枠の凹部が『曲面部』であることは本質的部分には含まれない。

 

オ 均等論適用のための第2要件具備の有無

 

…裁判所での実演は,実演者の開閉方法の巧拙等に大きく依存するものではあるが,被告製品Bも,本件作用効果①を一定程度奏するものと認められ,受枠に設けられているのが『凹曲面部』か『凹部』かによって大きな差異がない… 。

 

③ 知財高判平成22年(ネ)第10089号「食品の包み込み成形方法及びその装置」(飯村)

 

ウ 均等侵害の要件①について

 

…本件発明1は,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程との関連が強く,その後の椀状に形成する工程や封着する工程にとって重要な工程である外皮材の位置調整を,既に備わる封着用のシャッタで行う点,そして,別途の手段を設けることなく簡素な構成でこのような重要な工程を達成している点に,その特徴があるということができる。

 

本件発明1においては,シャッタ片及び載置部材と,ノズル部材及び生地押え部材とが相対的に接近することは重要であるが,いずれの側を昇降させるかは技術的に重要であるとはいえない。よって,本件発明1がノズル部材及び生地押え部材を下降させてシャッタ片及び載置部材に接近させているのに対し,被告方法2がシャッタ片及び載置部材を上昇させることによってノズル部材及び生地押え部材に接近させているという相違部分は,本件発明1の本質的部分とはいえない。

 

エ 均等侵害の要件②について

 

ノズル部材及び生地押え部材を下降させてシャッタ片及び載置部材に接近させているのに代えて,押し込み部材の下降はなく,シャッタ片及び載置部材を上昇させてノズル部材及び生地押え部材に接近させる被告方法2によっても,外皮材が所定位置に収まるように外皮材の位置調整を行うことができ,外皮材の形状のばらつきや位置ずれがあらかじめ修正され,より確実な成形処理を行うことが可能であり(【0008】【0013】) ,より安定的に外皮材を戴置し,確実に押え保持することができ(【0011】),装置構成を極めて簡素化することができる(【0012】)といった本件発明1と同一の作用効果を奏する…。

 

④ 東京地判平成23年(ワ)第8085号「洗濯機用水準器」(高野)

 

本件発明4は,取付けに別部品を必要とせず,当接面に凹凸があっても,安価に精度良く取り付けることができ,視認性にも優れる洗濯機用水準器を提供するという従来技術では達成し得なかった技術的課題を解決するために,ケースと係合部を一体に形成するとともに,ケースの外方にケース及び蓋体よりも下方へ突出する外部ケースを一体に備えさせたものであり,これが本件発明4特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分であると認められる。

 

そうであるから,…「取付部の内底面」という構成は,本件発明4の本質的部分でない…

 

被告らは,本件発明4が外部ケースの下端面を取付部の内底面に当接させて基準面とすることによって取付けの水平度の精度を良くするという課題を解決したものであるから,本件発明4の実質的価値が「取付部の内底面」という構成にもあるとして,本件発明4の本質的部分であると主張する。しかしながら,前記のとおり,取付部の内底面は,凹凸があることによって取付けの精度が悪くなるという問題点があるために,技術的課題を生じさせていた構成であって,課題を解決した構成ではない。

 

⑤ 知財高判平成25年(ネ)第10017号「オープン式発酵処理装置」(清水)

 

(1)本質的部分(第1要件)について

 

…堆積物の外側への掬い上げ時の拡散,崩れなどの不都合を解消するために,前後一対の板状の掬い上げ部材が,それぞれ回転軸の軸方向に対し所定角度内側(オープン式発酵槽の長尺壁の方向)を向くようにし,掬い上げ部材の内側に向いて傾斜した部材の外側が,その前方に堆積する堆積物の長尺開放面側の外端堆積部に当接し,斜め内側に向けてこれを掬い上げるよう,傾斜板を所定角度内側に向けて配置したことが,本件訂正発明2を基礎付ける特徴的部分である…。…

 

本件訂正発明2の攪拌機は,往復動走行に伴って正又は逆回転するものであることから,掬い上げ部が外端堆積部に当接する場合は,回転軸に直交する前後方向のいずれの場合もあり得ることから,そのいずれの場合においても,堆積物を掬い上げる必要があり,そのために,掬い上げ部材を前後にかつ前後方向に対し傾斜させて配置し,その前側の傾斜板の外面は斜め1側前方を向き,その後側の傾斜板の外面は斜め1側後方を向くように配向させて配設されたものと認められる。そうすると,掬い上げ部材が前後の両方向に傾斜されて配置されるとの構成も,本件訂正発明2を基礎付ける特徴的部分である…。

これに対して,本件訂正明細書2には,掬い上げ部材が2枚であることの技術的意義は,何ら記載されておらず, …傾斜板の外面が正又は逆回転時のそれぞれにおいて,外端堆積部に当接することが重要であるから,本件発明2の掬い上げ部材が2枚で構成されることに格別の技術的意義があるとはいえず,本件訂正明細書2に記載されるように2枚の部材を直接溶接してV字状を形成することと,1枚の部材を折曲してV字状を形成することとの間に技術的相違はないから,この点は本質的部分であるとはいえない。また, …前後に傾斜させる角度が,回転軸5aの中心軸線に対して10°~80°の角度であればよく,逆への字状が含まれることや,掬い上げる部材としても,平面な板状に限定されず,外端堆積部に当接して内側に掬い上げることができればよいことに照らすと,掬い上げ部材が,平面な板状で構成されていることも,本質的部分であるとはいえない。

 

 

⑥ 東京地判平成24年(ワ)第31523号「流量制御弁」(長谷川)

 

…被告製品3は, …本件発明が制水駒を接合金具に内嵌するブッシュを介して通水室に内設するものであるのに対し… ,ブッシュを設けることなく制水駒を接合金具に形成されたV型のテーパに圧入することによって通水室に内設する構成を採用しているから, …文言上充足しない。

 

明細書の発明の詳細な説明の欄をみてもその具体的な構成やブッシュを設けることによる作用効果に関する記載は見当たらない。そして, …制水駒を通水室に内設することにより,1個の制水駒によって多様の流量制御に対応することができるという本件発明の技術的意義… に照らすと,制水駒は,上記形状の通水室内に下端から落ちることなく止まるよう,また,制水駒と通水室の間から水漏れがしないよう,通水室内に固定されていることを要すると解すべきものとなる。…通水室に制水駒を固定するに当たっては,これらを直接結合するか,他の部材を介して間接的に結合するかのいずれかであるところ,本件発明は後者を採用したものであるが,ブッシュを介在させることの技術的意義は明細書に記載されていない。また,物を製造するに当たり,製造原価を削減する,工程を減らし工期を短くするなどの目的で部品の数を減らすことは,当業者であれば当然に考慮すべき事柄と解される。 (★付加された構成により新たな効果を奏する場合に、第3要件を否定した裁判例も多数ある。後掲「第3」参照)

 

そうすると,本件発明の特許請求の範囲及び明細書の詳細な説明の記載に接した当業者であれば,ブッシュを省略し,制水駒を通水室に直接結合する構成への設計変更を試みるものと考えられる。そして,本件発明の実施例に示されたとおり,通水室の断面及び制水駒の形状が円形であること,通水室には上端から下端方向に水が流れることからすれば,制水駒が下端から落ちることなく,かつ,制水駒と通水室の間から水が漏れないように両者を固定するため,接合金具の内側を下端側が狭まったV型のテーパ状に形成し,その円周部分に円盤状の制水駒を直接圧入するように構成することは,当業者にとって容易に想到できたものと考えられる。

 

⑦ 大阪地判平成26年(ワ)第5210号「パック用シート」(高松)

 

ア 非本質的部分について

 

…従来のシートでも鼻の上部に切り込みは設けられておらず…,鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたのに対し,本件特許発明の技術的課題は,従来のパック用シートでは,小鼻部分にシートで覆えない大きな隙間が空き,また,シートの小鼻に対応した部分が浮き上がってしまう欠点があったことから,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をもぴったりと覆うことにあり,本件特許発明は,「ほぼ台形の領域」にミシン目状の切り込み線を配するとしたことにより,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,パック用シートが鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がるようにし,隙間を生じることなく小鼻部分をもぴったり覆うようにしたものであると認められる。

 

これらからすると,本件特許発明は,鼻部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって,従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果があると認められる。そうすると,被告製品において,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点は,このような本件特許発明の固有の作用効果を基礎付ける本質的部分に属する相違点ではない…。

 

イ 置換可能性について

 

…被告製品は,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていなくとも,小鼻部分を含めた鼻全体に密着するものであると認められる。そうすると,被告製品も,本件特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであると認められる。

 

⑧ 知財高判(大合議)平成27年(ネ)第10014号「マキサカルシトール」事件

 

<第2要件>控訴人方法における上記出発物質A及び中間体Cのうち訂正発明のZに相当する炭素骨格はトランス体のビタミンD構造であり,訂正発明における出発物質…及び中間体…のZの炭素骨格がシス体のビタミンD構造であることとは異なるものの,両者の出発物質及び中間体は,いずれも,ビタミンD構造の20位アルコール化合物を,同一のエポキシ炭化水素化合物と反応させて,それにより一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造という中間体を経由するという方法により,マキサカルシトールを製造できるという,同一の作用効果を果たしており,訂正発明におけるシス体のビタミンD構造の上記出発物質及び中間体を,控訴人方法におけるトランス体のビタミンD構造の上記出発物質及び中間体と置き換えても,訂正発明と同一の目的を達成することができ,同一の作用効果を奏しているものと認められる。

 

控訴人らは,訂正明細書に記載がある効果は,工程数の短縮のみであり,訂正発明の作用効果は,従来技術に比して,シス体を出発物質とした場合のマキサカルシトールの側鎖の導入工程を短縮したことにある,また,工程の短縮としての効率性はトータルとしての製造工程数で決せられるべきであり,総工程数が異なる場合は同じ作用効果を有しない旨主張する。しかし,…明細書に『発明の効果』の記載がない特許発明について,一部の従来技術との対比のみにより発明の作用効果を限定して推認するのは相当ではない。…訂正発明は,ステロイド環構造をビタミンD構造へ転換する工程をも包含しており,特に転換工程の有無を含めた全工程数の違い(少なさ)を,従来技術との違いとして認識しているわけではないことからすれば,訂正発明の作用効果を,従来技術に比して,マキサカルシトール等の目的物質を製造する総工程数を短縮できることと認定することはできない。

 

⑨ 大阪地判平成26年(ワ)第4916号「足先支持パッド事件」(高松)

 

(2) 第1要件(非本質的部分性)

 

本件考案の技術的意義からすると,本件考案の本質的な作用効果は,足先支持パッドを足の付け根部下側に嵌め込んで,第2ないし第4指の指頭部と付け根を浮き上がらせて横アーチを形成し,土踏まずを維持して縦アーチを維持し,親指及び小指の指頭部と触球部,踵部の3点で身体を支える点にある…。親指及び小指は,接地して身体を支えるのであるから,それらの指の触球部の上辺から指頭部下辺までの間にパッドを嵌め込むことは,上記の作用効果を奏する上で必須のものとはいえない。…よって,本件考案の構成要件④と被告商品の構成との差異である,パッドの水平部が小指の指頭部下辺までの部分に達しているか否かという点は,本件考案の作用効果を基礎づける本質的部分に属する相違点ではない…。…したがって,…水平部が小指の指頭部下辺まで至り,水平部の上面及び第3凸状部の側面が小指の付け根部の下側と密接できるようになだらかに湾曲していること… に係る差異は,本件考案の固有の作用効果を基礎づける本質的部分に属するものではないというべきである。

 

⇒同判決も、第1要件の判断において、考案の固有の作用効果を基礎付ける部分を本質的部分と認定しており、第1要件と第2要件との関係は、大合議判決と整合する。

 

⑩ 東京地判平成27年(ワ)第6812号「搾汁ジューサー事件」(長谷川)

 

本件明細書の記載によれば,圧力排出路の存在は本件発明が解決すべき課題と直接関係するものではない。もっとも,…圧力排出路は,食材が網ドラムの底部で最終的に圧縮され脱水される過程で生じる一部の汁が防水円筒を超えてハウジングの外に流出するのを防ぐことを目的とするものであり,汁を排出するための通路をハウジング底面において防水円筒の下部縁に形成することは発明の本質的部分であるとみる余地がある。しかし,上記の効果を奏するためには,上記通路が防水円筒の下部縁に存在すれば足り,これをどのような部材で構成するかにより異なるものではない。そうすると,上記の異なる部分は本件発明の本質的部分に当たらないと解するのが相当である。

 

⇒同判決も、第1要件を満たす理由の一つとして、被告製品が有しない「圧力排出路」が発明の解決課題と直接関係ないことを挙げており、大合議判決と整合する。同判決は、発明と対象製品との相違点に係る構成が、発明の効果に関連するとしても、「どのような部材で構成するかにより異なるものではない」として、本質的部分に当たらないという結論を維持している。

 

⑪ 東京地判平成25年(ワ)第7478号「半導体チップの製造方法」

 

<第1要件>…本件明細書等には,「第二の割り溝」を形成する方法について,手法は特に問わないとしており,エッチング,ダイシング,スクライブ等の手法を用いることが可能であるとされ,このうち,線幅を狭くすることが可能であるなどの理由から,スクライブが特に好ましいとするにとどまっており…,「第二の割り溝」に関して,その形成の方法は特に限定されていない。

 

そして,本件においては,本件明細書等に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分であるという事情は認められない。…本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり,半導体層側にエッチングにより第一の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成し,サファイア基板側にも何らかの方法により第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成するとともに,それらの位置関係を一致させ,サファイア基板側の線幅を狭くした点にあると認めるのが相当であり,サファイア基板側に形成される第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分が,空洞として溝になっているかどうか,また,線状の部分の形成方法としていかなる方法を採用するかは上記特徴的部分に当たらないというべきである。

 

⑫ 東京地判平成29年(ワ)第18184号「骨切術用開大器」(佐藤)

 

<第2要件>被告は,揺動部材を閉じる際に,一方の揺動部材を閉じていくと,他方の揺動部材との係合が自動的に解除されるとの点も本件発明の作用効果に含まれるとの解釈を前提に,被告製品の場合,一方の揺動部材を閉じるだけでは,他方の揺動部材との係合は自動的に解除されないことから,本件発明と同一の作用効果を奏さないと主張する。しかし,本件明細書等に記載された本件発明の効果は,「本発明によれば,切込みを拡大した状態に維持しつつ,移植物の挿入を容易にすることができる」(段落【0012】)というものである。このような効果は,2対の揺動部材で切込みを拡大した後に1対の揺動部材を取り外すことにより実現することが可能であり,係合の解除が自動的に行われることは本件発明の効果に含まれない…。

 

<第5要件>本件意見書の主旨は,特許庁審査官に対し,引用例1が一対の揺動部材を開示していることを指摘し,それに対し,本件発明は,開閉可能な2対の揺動部材を組み合わせ,一方の揺動部材を他方の揺動部材に係合するための係合部を設けることにより,両揺動部材が同時に開くことを可能にするものであることを説明する点にあるというべきである。そして,同意見書には,係合部の構成,すなわち,係合部を揺動部材の一部として構成するか,揺動部材とは別の部材により構成をするかを意識又は示唆する記載は存在しない。そうすると,…同記載をもって,同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に,原告が,係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない。

 

⑬ 東京地判平成29年(ワ)第29228号「流体供給装置及び…プログラム」(柴田)

 

被告給油装置では,選択された給油量と実際の給油量との差に基づき給油後に記憶媒体に加算を行っているが,これは,内容的には,給油後に,給油前に差し引いた金額との精算をしているということができる…。…

 

本件発明1は,流体の供給後の精算に当たり,供給前の入金データの額から,流量値に相当する金額を差し引き,それらの差額データの金額を金額データに加算しているのに対し,被告給油装置においては,選択された給油量と実際の給油量の差を計測し,それに油の単価を乗じて返金額を求めていて,それぞれの発明においてそれらを行うための演算手段,料金精算手段を有しているが,これらは,流体の供給の終了後の精算に当たり,当初に入金した額と実際に供給された油に相当する額との差額をどのように計算するかについての違いであり,前記に照らして,本件発明1の従来技術に見られない特有の技術的思想 を構成する特徴的部分であるということはできない。

 

⑭ 東京地判平成28年(ワ)第25436号「L-グルタミン酸の製造方法」事件<矢野裁判長>

 

本判決は、「…出願時において,出願人である原告が,本件発明2の課題を解決し得るような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を用いた具体的な構成を特定し,サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない。」と判示して、進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法について均等侵害を認めたものであり、世界的なFlexible barが柔軟に運用される傾向に沿っている。

 

更に詳細に検討すると、「サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であった」か否かというメルクマールも、下掲する世界の一連のEli Lilly判決群(独国最高裁、英国最高裁、米国CAFC)が、進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた構成(化合物)について均等侵害を認める文脈中で示したメルクマールと同じであるから、国際的なハーモナイゼーションが図られていると思われる。

 

 

【関連裁判例<第5要件>】

① 英国最高裁[2017]UKSC48(Actavis v. Eli Lilly)

 

英国で初めて均等論を認めた最高裁判決。欧州出願手続においてクレームが減縮補正されたが、この補正は、許容できない中間概念化に基づく新規事項追加の拒絶理由を回避する目的であり、補正要件を満たすものに過ぎないとした。⇒均等論成立

 

② ドイツ最高裁X ZR 29/15(Actavis v. Eli Lilly)

 

補正の理由が、先行技術に対して主題を限定した場合は均等論が排除されるが、形式要件(新規事項追加や明確性)が契機となった補正は、特許権者が選択決定したとは見做されず、均等論は排除されない。⇒均等論成立

 

③ 米国CAFC/Eli Lilly v. Hospira (Fed. Cir. Aug. 2019)

 

Eli Lillyは、Claim 12 of ’209 patentを、出願経過で「pemetrexed disodium salt」にまで不必要に狭く限定してしまったところ、Hospiraが製造・販売する物は「pemetrexed ditromethamine salt」であった。

 

Festo米国最高裁判決(2002)は、flexible barを採用しており、出願経過で減縮した場合のProsecution History Estoppelの推定を覆すための3要件として以下の3つを示していた。

 

① Equivalent may have been unforeseeable at the time of the application.

② The rationale underlying the amendment may bear no more than a tangential relation to the equivalent in question.

 

③ Some other reason suggesting that the patentee could not reasonably be expected to have described the insubstantial substitute in question.

 

本CAFC判決は、“no more than a tangential relation to the equivalent in question”として、米国のCAFC判決として初めて、Prosecution History Estoppelの推定が覆され、出願経過で減縮したクレームについて均等論が認められた事例である。

 

このCAFC判決は、英国、独国でファミリー特許について均等論を認めた最高裁判決が出ていたことと無関係でないだろう。(上掲2件)

 

日本でも、近時、補正で追加された構成要件について均等侵害が認められた裁判例(「骨切術用開大器」事件)東京地判平成30年12月21日、平成29年(ワ)第18184号<佐藤裁判長>がある。(下掲)

 

★なお、2019年に、CAFCで均等論が3件認められている。米国の均等論は死んだかとも言われていたが、復活の狼煙が上がったかもしれない。

UCB, Inc. v. Watson Labs. Inc. (Fed. Cir. June 24, 2019)

Ajinomoto Co. v. USITC (Fed. Cir. Aug. 8, 2019)

Eli Lilly & Co. v. Hospira, Inc. (Fed. Cir. Aug. 9, 2019)

 

④ 日本(東京地判平成30年12月21日、平成29年(ワ)18184<佐藤裁判長>)

 

「…第5要件に関し,被告は,構成要件Eは本件補正によって追加されたものであるところ,本件拒絶理由通知に対する本件意見書における「本発明は,2組の揺動部材を備える点,および,揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える点において,引用文献1に記載された発明…と相違しています。」との記載によれば,原告は,被告製品のように係合部を別部材とする構成を特許発明の対象から意識的に除外したと理解することができるから,均等侵害は成立しないと主張する。

しかし,本件意見書には,「引用文献1には,端部が回転可能に連結されることにより開閉可能に設けられた一対のジョーを備えた開創器アセンブリが開示されています。」,「このような構成(判決注:本件発明に係る構成)によれば,2組の揺動部材を同時に開かせることにより,骨に形成した切り込みの拡大作業を容易にし,また,切り込みの切断面に局所的に過大な押圧力が作用することを防ぐことができる」,「2つの開創器アセンブリを単に着脱可能に組み合わせただけでは本発明の構成を導くことはできません。」「引用発明1には,切り込みの切断面に作用する押圧力を低減するという課題,および,2つの開創器アセンブリを一体で開動作させるという係合部の作用に対する示唆がありません」などの記載がある。

上記記載によれば,本件意見書の主旨は,特許庁審査官に対し,引用例1が一対の揺動部材を開示していることを指摘し,それに対し,本件発明は,開閉可能な2対の揺動部材を組み合わせ,一方の揺動部材を他方の揺動部材に係合するための係合部を設けることにより,両揺動部材が同時に開くことを可能にするものであることを説明する点にあるというべきである。そして,同意見書には,係合部の構成,すなわち,係合部を揺動部材の一部として構成するか,揺動部材とは別の部材により構成をするかを意識又は示唆する記載は存在しない。そうすると,被告の指摘する「2組の揺動部材を備える点,および,揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える」との記載は,上記説明の文脈において本件発明の構成を説明したものにすぎないというべきであり,同記載をもって,同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に,原告が,係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない。」

 

【特許★★★】補正で追加された構成要件について均等侵害が認められた事例。(「骨切術用開大器」事件)

 

⑤ 2002.05米国連邦最高裁「Festo」 v. Shoketsu Kinzoku

 

① 出願手続中でクレームが減縮された場合,公知資料を回避するための減縮であるか否かを問わず,特許法上の要件を満たす目的で減縮された限り,出願経過禁反言が適用される。(=Warner-Jenkinson米国連邦最高裁)

② クレームが減縮された場合は,特許法上の要件を満たす目的でなされたものと推定される。

③ クレームの減縮に伴い出願経過禁反言が適用されても,均等論は当然には排除されない(=Flexible Bar)。

④ 出願経過禁反言が適用された場合の反駁3要件,❶対象物が補正時に予測不能であった、❷減縮補正の根本的理由が対象物に対して殆ど関係ない、❸対象物を記載できなかった合理的理由がある。⇒差戻審~審査経過禁反言は裁判官が判断する法律問題

 

 

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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