令和2年(行ケ)10143【塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム】<大鷹>

*明細書中に、特定の測定装置+「JIS準拠」の記載
⇒当該測定装置の取扱説明書に従って測定し、記載が無い項目をJISに従ったことを述べたと解するのが自然。
⇒実施可能要件〇

*数値範囲の両端まで実施例がなくても、明細書の一般記載でサポート要件〇!!
引裂強度(cN)
本件発明 2~6
実施例 2.4~3.0
引張弾性率(MPa)
本件発明 250~600
※侵害訴訟も特許権者勝訴

【請求項1】(赤線部分が「物性値」。黒字が「組成値」。⇒引用発明1-2(乙12)は「組成値」が全て一致し、「物性値」が不明である。)
A TD方向(ラップフィルムの幅方向)の引裂強度が2~6cNであり,かつ,
B MD方向(ラップフィルムの流れ方向)の引張弾性率が250~600MPaである
C 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムであって,
D 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であり,
E 塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,
F エポキシ化植物油を0.5~3重量%,クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有し,かつ,
G 厚みが6~18μmである,
H 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。

(判旨抜粋)
…本件明細書の【0038】の記載から、「TD方向の引裂強度」が、「2cN以上」であれば、「特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減でき、また、ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制」することができ、「6cN以下」であれば、「化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく、カット性が向上する」ことから、「本実施形態のラップフィルム」(本件発明)のTD方向の引裂強度を「2~6cN」の範囲としたことを理解できる。また、本件明細書には、TD方向の引裂強度が「2.4cN」ないし「3.0cN」の範囲の本件発明の実施例(実施例1ないし6)では、「裂けトラブル抑制効果」の評価結果が「◎」又は「○」、「カット性」の評価結果がいずれも「◎」であったことが示されており、「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減する」という本件発明の効果が確認されている。一方、本件明細書には、「3cNを超え6cNまで」の範囲については実施例の記載がないが、裂けトラブルについては、上記【0038】の記載から、「TD方向の引裂強度」を「2cN以上」に高くすれば、裂けトラブルを抑制できることを理解できるから、「3cNを超え6cNまで」の範囲のものも、裂けトラブルを低減できることを理解できる。また、「カット性」については、本件明細書の【0009】の「裂けトラブルを抑制するためにフィルムを厚くする等の手法によって、フィルムの引裂強度を高くすることは可能であるが、フィルムがカットしにくくなり、使い勝手が悪くなっていた。」との記載に照らすと、フィルム切断刃によるカット性それ自体を向上させるというよりも、引裂強度を高くするためにフィルムを厚くする等の手法によってカット性を低下させることなく、「カット性を維持」することにあると理解できる。そして、上記【0038】の記載から、「6cN以下」であれば、「化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく、カット性が向上する」ことを理解できるから、「3cNを超え6cNまで」の範囲のものも、カット性を維持できることを理解できる。…
本件明細書の【0039】の記載から、「MD方向の引張弾性率」が、「250MPa以上」であれば、「鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際、フィルムのMD方向への延びを抑制でき、鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき、カット性が向上」し、「600MPa以下」であれば、「フィルムが軟らかく、鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき、切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制できる」ことから、「本実施形態のラップフィルム」(本件発明)の「MD方向の引張弾性率」を「250~600MPa」の範囲としたことを理解できる。また、本件明細書には、MD方向の引張弾性率が「510MPa」ないし「540MPa」の範囲の本件発明の実施例(実施例1ないし6)では、「裂けトラブル抑制効果」の評価結果が「◎」又は「○」、「カット性」の評価結果がいずれも「◎」であったことが示されており、「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減する」という本件発明の効果が確認されている。一方、本件明細書には、「250MPaから500MPaまで」の範囲については実施例の記載がないが、上記【0039】の記載が不合理であることをうかがわせる証拠はないから、上記【0039】の記載から、上記範囲のものについても、本件発明の上記効果を奏するものと理解できる。以上によれば、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の「引張弾性率」の「250~600MPa」の数値範囲全体にわたり、本件発明の上記効果を奏するものと認識できるものと認められるから、上記効果を奏する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供するという本件発明の課題を解決できると認識できる…。
本件明細書記載の実施例1ないし6は、いずれも「流通・保管時」の条件が「28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管したもの」という特定の条件におけるもの…。しかしながら、…本件明細書の記載から、本件発明の「低温結晶化開始温度」の意味、「低温結晶化開始温度」を「40~60℃」の範囲に制御することにより、「巻回体からの フィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブル」の発生を抑制する機序を理解できる…。

…原告は、本件明細書には、「引裂強度」の測定方法について、軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、JIS-P-8116記載の方法に準拠して、測定したとの記載…があるが、軽荷重引裂試験機(東洋精機製)による測定方法…とJIS-P-8116記載の方法…とは、測定機器、試験片の枚数(ひいては、その厚み)及び引き裂き長さが異なるものであることからすると、…測定機器と準拠すべきJIS規格とが一致せず、本件発明の「引裂強度」の測定方法が一義的に定まらないから…実施可能要件に適合しない旨主張する。…
そこで検討するに、本件明細書には、引裂強度の測定に関し、「ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後、測定を実施した。測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、23℃、50%RHの雰囲気中にて評価した。JIS-P-8116記載の方法に準拠して、ラップフィルムの引裂強度を測定した。」…との記載がある。しかるところ、当業者においては、本件出願前に発行された東洋精機作成の「型式D 製品名 軽荷重引裂試験機」の取扱説明書…記載の「装置の用途」、「仕様」(試験片寸法、測定レンジ、試験片枚数等)、「試験片作成」、「測定原理」の各項目の記載に基づいて、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムについて、試験片を作成(作製)し、装置(「軽荷重引裂試験機」)を操作し、試験片の「引裂強度」を測定することに特段の困難はないものと認められる。…「測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用」し、「JIS-P-8116記載の方法に準拠して…測定した。」との記載は、その文脈から、本件発明の「引裂強度」の測定は、実際の測定に使用する軽荷重引裂試験機(東洋精機製)の取扱説明書の記載に従って測定し、上記取扱説明書に記載のない項目(例えば、「引裂強さ」の定義、「試験結果の表し方」等)については、JIS-P-8116に従ったことを述べたものと解するのが自然であるから、JIS-P-8116記載の方法による「引裂強度」の測定方法と軽荷重引裂試験機による測定方法とに異なる点があるからといって、本件発明の「引裂強度」の測定方法が一義的に定まらないということはできない。

https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/270/091270_hanrei.pdf

 

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先:h_takaishi☆nakapat.gr.jp(☆を@に読み換えてください。)