-知財高判令和3年(ネ)第10091号「骨折固定システム」事件<本多裁判長>-
◆判決本文
【本判決の要旨、若干の考察】
1.本判決の概要
本判決は、特許法102条2項の適用範囲につき、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」に認められるという裁判例上確立した判断枠組みを前提として、特許権者及び特許発明の実施者が何れも共通する最終親会社の100%子会社であり、其々が最終親会社の管理及び指示の下で本件特許権の管理及び権利行使をし、本件特許権を利用して原告製品を製造していたという事実が高裁で主張・立証され、特許法102条2項の適用を認め、原判決よりも損害額を増額した。
2.原判決(東京地判令和元年(ワ)第14314号、一審判決)の抜粋<特許法102条2項の適用不可>
ア 特許法102条2項は,特許権を侵害した者がその侵答行為により利益を受けているときは,その利益の額は特許権者が受けた損害の額と推定すると定めるところ,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められる。
原告は,Zinmmer Biomet Holdings,Inc.を最終的な親会社とするジンマー・バイオメットグループに属し,同グループの知的財産権の一部を管理する法人なのであって…,本件特許権に関し,その管理を超えて,何らかの製品の販売等をしていることを認めるに足りず,被告製品1~3と競合する製品の販売等をしていない。本件においては,被告による本件特許権の侵答行為がなかったならば原告が利益を得られたであろうという事情を認めることはできないとするのが相当である。したがって,原告の損害額の算定に当たり,特許法102条2項を適用することはできない。
イ 原告は,原告と同一のグループの会社であるジンマー・バイオメット合同会社が日本国内で被告各製品と競合する原告製品を販売しており,被告による侵害行為がなかったなら利益が得られたなどと主張する。しかし,ジンマー・バイオメット合同会社は原告と別の法人であり,原告は,本件特許権等の知的財産権を管理する法人であって,原告製品の製造,販売等をしているわけではなく,原告製品の販売等に関する原告とジンマー・バイオメット合同会社との具体的な関係も明らかではない。これらによれば,原告の主張する事実をもって,原告について,被告による本件特許権の侵害行為がなかったならば利益を得られたであろう事情が存在するということはできず,特許法102条2項を適用する前提を欠くというべきである。原告の上記主張を採用することはできない。
3.本判決(知財高判令和3年(ネ)第10091号、控訴審判決)の抜粋<特許法102条2項の適用肯定>
ア 特許法102条2項は、「特許権者…が故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者…が受けた損害の額と推定する。」と規定する。特許法102条2項は、民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定である。そして、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。
イ これを本件についてみると、一審原告製品は本件特許権の実施品であり、一審被告製品1~3と競合するものである。そして、一審原告製品を販売するのはジンマー・バイオメット合同会社であって特許権者である一審原告ではないものの、…一審原告は、その株式の100%を間接的に保有するZimmer Inc.の管理及び指示の下で本件特許権の管理及び権利行使をしており、グループ会社が、Zimmer Inc.の管理及び指示の下で、本件特許権を利用して製造した一審原告製品を、同一グループに属する別会社が、Zimmer Inc.の管理及び指示の下で、本件特許権を利用して一審原告製品の販売をしているのであるから、ジンマー・バイオメットグループは、本件特許権の侵害が問題とされている平成28年7月から平成31年3月までの期間、Zimmer Inc.の管理及び指示の下でグループ全体として本件特許権を利用した事業を遂行していると評価することができる。そうすると、ジンマー・バイオメットグループにおいては、本件特許権の侵害行為である一審被告製品の販売がなかったならば、一審被告製品1~3を販売することによる利益が得られたであろう事情があるといえる。
そして、一審原告は、ジンマー・バイオメットグループにおいて、同グループのために、本件特許権の管理及び権利行使につき、独立して権利を行使することができる立場にあるものとされており、そのような立場から、同グループにおける利益を追求するために本件特許権について権利行使をしているということができ、上記のとおり、ジンマー・バイオメットグループにおいて一審原告の外に本件特許権に係る権利行使をする主体が存在しないことも併せ考慮すれば、本件について、特許法102条2項を適用することができるというべきである。
4.関連裁判例~知財高判平成24年(ネ)第10015号〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕
ごみ貯蔵機器大合議事件判決は、「…特許法102条2項は,民法の原則の下では,特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには,特許権者において,損害の発生及び額,これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張,立証しなければならないところ,その立証等には困難が伴い,その結果,妥当な損害の塡補がされないという不都合が生じ得ることに照らして,侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益額を特許権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。このように,特許法102条2項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって,その効果も推定にすぎないことからすれば,同項を適用するための要件を,殊更厳格なものとする合理的な理由はないというべきである。したがって,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり,特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は,推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当である。…特許法102条2項の適用に当たり,特許権者において,当該特許発明を実施していることを要件とするものではないというべきである。…原告は,コンビ社との間で本件代理店契約を締結し,これに基づき,コンビ社を日本国内における原告製品の代理店とし,コンビ社に対し,英国で製造した本件発明1に係る原告製カセットを販売(輸出)していること,コンビ社は,上記原告製カセットを,日本国内において,一般消費者に対し,販売していること,もって,原告は,コンビ社を通じて原告製カセットを日本国内において販売しているといえること,被告は,イ号物件を日本国内に輸入し,販売することにより,コンビ社のみならず原告ともごみ貯蔵カセットに係る日本国内の市場において競業関係にあること,被告の侵害行為…により,原告製カセットの日本国内での売上げが減少していることが認められる。以上の事実経緯に照らすならば,原告には,被告の侵害行為がなかったならば,利益が得られたであろうという事情が認められるから,原告の損害額の算定につき,特許法102条2項の適用が排除される理由はない…。」と判示して、特許権者自身が特許発明を実施していなくても特許法102条2項の適用を広範に認めた(下線部は、筆者が付した。)。
5.検討
5.1 本判決の検討(原判決との対比)
特許法102条2項の損害額推定規定は、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」に適用が認められるという判断枠組みは本事案の一審判決も同じであった。したがって、一審判決(原判決)は特許法102条2項適用を認めず、本判決(控訴審判決)がこれを認めたという違いが出たのは、かかる”事情”が存在するか否かのあてはめが異なったからである。
この点については、原判決中の当事者の主張を見ると、原告の日本におけるグループ企業が本件特許発明の実施品であり、被告各製品と競合する製品を販売していることを主張しているに留まり、これに対する被告の主張欄を見ると特許法102条2項の適用がないという主張がない。すなわち、一審においては、特許法102条2項の適用について被告が争っておらず、それ故に原告としても踏み込んで主張していなかったところ、裁判所が適用無しと判断したものである。一審判決を見ても、日本国内で本件特許発明の実施品であり、被告各製品と競合する製品を販売しているグループ企業と原告(特許権者)が別法人であるという形式論のみで特許法102条2項の適用無しと判断したが、「原告製品の販売等に関する原告とジンマー・バイオメット合同会社との具体的な関係も明らかではない」と判示しているとおり、かかる形式論を超えた事情が主張・立証されていなかったため、裁判所としては、見掛け上形式論で一刀両断する他なかったものと思われる。
一審判決を受けて、特許権者がジンマー・バイオメットグループ全体における各子会社の役割を具体的に主張・立証したことで、控訴審は「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する」と認めて、特許法102条2項の損害額推定規定が適用されたものである。
このように、ある論点について相手方が大々的に反論して来ないときに主張が手薄になることはしばしば見られるが、法律論については裁判所が弁論主義に縛られず判断できるから要注意である。もっとも、訴訟代理人としては、そのような場合は裁判所から適宜釈明して貰いたいと期待する。
もっとも、本事案は、一審判決をヒントとして、控訴審で主張・立証を充実し、控訴審判決では、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する」と認められた。このように、一審判決をヒントとして控訴審で主張・立証を充実して逆転することもまたしばしば見られる。日本の民事訴訟は続審制を採っている以上、このような展開は想定の範囲内というべきであり、不可避的である。(特許権侵害訴訟における充足論、無効論でも、一審判決をヒントとして、控訴審で一審敗訴当事者が主張立証を充実して控訴審で逆転した事例が相当数あるi。)
5.2 上掲〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕との対比
特許法102条2項の損害額推定規定は、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」に適用が認められるという判断枠組みは、ごみ貯蔵機器大合議事件判決が提唱し、その後の大合議判決でも踏襲されてきているii。
この点は、”特許権者自身が特許発明を自己実施していない場合に、特許法102条2項が適用され得るか”という論点として議論されてきたが、①特許権者自身が特許発明を実施していなくてもイ号製品の競合品を製造・販売等していれば足りるかという論点と、②特許権者自身が何も製造・販売等していなくても「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」であれば特許法102条2項が適用され得るかという論点が若干混同して議論されていたiii。これは、後者(②)が問題となった事案が少ないためと考えられるが、本事案(【骨折固定システム事件】)は、ごみ貯蔵機器大合議事件判決とは異なる観点から、後者(②)の論点が正面から問題となった事案である。
ごみ貯蔵機器大合議事件判決を受けて、被疑侵害者側としては、実務上、特許法102条2項の適用はかなり広く、特許権者が日本国内で特許実施品又は競合品を販売していない場合であっても、少なくとも、特許権者が日本国内で特許実施品又は競合品を販売する者と販売代理店契約を締結している場合には適用されると想定しておくべきであり、その他の場合も、今後適用されるべき場合があり得ると考えられていた。なお、特許権者が製品の販売をしておらず、ライセンスをしているに留まる場合でも特許法102条2項が適用されるか否かについては、ごみ貯蔵機器大合議事件判決が出された時点では、明確に論点として取り上げて判示した裁判例は見当たらず、学説は分かれていたiv。
ごみ貯蔵機器大合議事件の事案を振り返ると、「被告の侵害行為…により,原告製カセットの日本国内での売上げが減少していることが認められる」ことに異論なく、「原告には,被告の侵害行為がなかったならば,利益が得られたであろうという事情が認められる」ことも異論はない。もっとも、特許法102条2項は、本来的には侵害者が特許製品を販売等して利益を上げなければ、特許権者がその分だけ特許製品を販売等して利益を上げられたとして、侵害者の利益額を特許権者の逸失利益と推定する規定であり、最高裁判決が採る「差額説」vと整合する。ごみ貯蔵機器大合議事件判決の事案では、被告は販売行為により粗利を得るのに対し、原告は日本国内の代理店が販売機会を逸することにより同代理店が販売していれば得られたであろう金額(代理店からの売り上げの一定割合で確定する金額と考えられる)を逸したという事案であるから、ごみ貯蔵機器大合議事件が提唱した「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」には特許法102条2項の適用を認めるという規範は、特許法102条2項が本来予定する範囲よりも特許権者有利に若干広げたものと理解できる。
そうであるところ、本事案(【骨折固定システム事件】)は、知財管理会社である原告と、特許発明の実施品・競合品を日本国内で販売するグループ会社とが、何れも共通する最終親会社の100%子会社であるから、控訴人(原告)が主張する連結納税制度を利用する集団という考えを超えて、100%経済的に一体であることから、あたかも一つの法人に事業部と知的財産部がある場合のように実質的に捉えても不合理ではないし、その場合は、特許法102条2項を適用してもグループ全体として、被告が販売行為により粗利を得る場合に、原告グループ全体としてそれにより販売機会を逸して粗利を得ることが出来なかったという、特許法102条2項が本来予定する範疇であると理解できる。
以上のとおりであるから、ごみ貯蔵機器大合議事件と本判決とを対比すると、特許法102条2項の損害額推定規定は、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」に適用が認められるという判断枠組み自体は共通としつつ、あてはめにおいて異なる観点が問題となったと理解できる。すなわち、ごみ貯蔵機器大合議事件は、被告は販売行為により粗利を得るのに対し、原告は日本国内の代理店が販売機会を逸することにより同代理店が販売していれば得られたであろう金額(代理店からの売り上げの一定割合で確定する金額と考えられる。)を逸していたという事案において、原告が逸した金額は販売により得られる粗利よりも少ないと想定されるが、上記判断枠組みを充たすとあてはめてよいかが問題となった(この点、両社は逸失利益が同種同質でないという問題と捉えることも可能であるが、差止請求と損害賠償請求のような異種異質ではなく、何れも金銭請求であるから、金額の大小の問題と捉えてよいと思料する。)。これに対し、本事案(【骨折固定システム事件】)においては、上掲したごみ貯蔵機器大合議事件のあてはめの問題はなく、別の観点から、形式的には知財管理会社である原告と、特許発明の実施品・競合品を日本国内で販売するグループ会社とが別法人であるが何れも共通する最終親会社の100%子会社である事案において、グループ全体を経済的に一つと見做すことにより、特許法102条2項の推定を認めてよいかが問題となったものである。
何れにしても、ごみ貯蔵機器大合議事件も、本事案(【骨折固定システム事件】)も、特許法102条2項の適用については、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」に適用が認められるという判断枠組みも、あてはめについても、特許権者有利な方向で考えており、その限りでは方向性を一にすると理解できる。
5.3 「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」という判断枠組みの射程範囲(特許権者が特許製品/競合品を販売・輸出していない場合)
(1)両判決の事案概要
ごみ貯蔵機器大合議事件は、特許権者が日本国内で特許実施品又は競合品を販売する者と販売代理店契約を締結していた事案であり、侵害者の販売行為により販売代理店の日本国内における売上げが減少していたという事案であった。
本事案(【骨折固定システム事件】)は、特許権者及び特許発明の実施者が何れも共通する最終親会社の100%子会社であり、其々が最終親会社の管理及び指示の下で本件特許権の管理及び権利行使をし、本件特許権を利用して原告製品を製造していたという事案であった。
(2)〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決の射程範囲
上記のとおり、〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決は、代理店が販売していれば得られたであろう金額(代理店からの売り上げの一定割合で確定する金額と考えられる。)は、販売により得られる粗利よりも少ないと想定されるが、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」に当たるとして特許法102条2項を適用した。したがって、特許権者が得られたであろう利益の額が、販売者が得る利益額よりも少ないこと自体は、特許法102条2項適用を妨げるものではない。
そうであるとすると、〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決と類似する想定事案として、特許権者がランニングロイヤルティで実施許諾し、ライセンシーが特許製品ないし競合品を製造/販売している場合には、侵害者の販売によりライセンシーの売上げが下がることにより、特許権者が受領できるライセンス料が下がるから、形式的には、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する」と言え、〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決の事案と実質的な差異は無いように思われ、これを認める見解もあるvi。
〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決の理解については、「特許法102条2項の立法趣旨に照らすと、条文上に規定がない『特許発明の実施』を同項の適用要件とすることには十分な理由を見出しがたい。むしろ、同項の推定が及ぶ範囲を広く認め、特許権者と侵害者の業務内容に相違が存在するなどの諸事情は、推定された損害額を覆滅する事情として個別具体的に考慮することにより、妥当な結論を得ることができるものと思われる。」とする解説記事があるvii。
なお、特許権者が実施許諾している場合に特許法102条2項の適用を否定した見解もあるがviii、ランニングロイヤルティではなく、実施料を契約時に一括で支払う場合を想定して特許法102条2項の適用を否定したとも理解可能である。
(3)本判決(「骨折固定システム」控訴審判決)の射程範囲
先ず、知財管理会社であっても、特許権者及び特許発明の実施者が何れも共通する最終親会社の100%子会社であり、其々が最終親会社の管理及び指示の下で本件特許権の管理及び権利行使をし、本件特許権を利用して原告製品を製造していたという本事案と同じ価値判断が働く想定事案、例えば、発明実施法人と知財管理法人とが100%親子会社であり、親会社の管理及び指示の下で子会社が製造/販売、又は、特許権の管理/権利行使をしていた場合は、本判決の射程範囲内であり、特許法102条2項の適用が認められると思料する。
問題は、過半数株式を保有するが100%子会社ではない会計上の連結子会社のような場合が、本判決の射程範囲内であるかである。この点については、本判決が「Zimmer Inc.の管理及び指示の下でグループ全体として本件特許権を利用した事業を遂行していると評価することができる。そうすると、ジンマー・バイオメットグループにおいては、本件特許権の侵害行為である一審被告製品の販売がなかったならば、一審被告製品1~3を販売することによる利益が得られたであろう事情があるといえる。」と判示しており、親会社の管理及び指示の下でグループ全体として本件特許権を利用した事業を遂行していると評価できるか否かを問題としているから、必ずしも100%子会社でなくても、51%であっても、親会社の決定方針に従うという関係が構築されているならば、グループにおいて「特許権の侵害行為…がなかったならば…販売することによる利益が得られたであろう事情がある」と認められる余地はあると思料する。この点については、親会社の決定方針に子会社が従っていたことを示す取締役会議事録等を証拠として主張・立証することになるであろうから、(グローバルな)グループ全体のガバナンスとして、親会社の管理及び指示系統を改めて確認するとともに、議事録等において適宜証拠化しておくことが肝要である。
さらに、近時、知財信託専門会社が(資本関係のない)顧客の特許権等の権利者となり管理する態様が増えてきている。この場合、原告側は知財信託専門会社が事業会社の管理及び指示の下で両者合計として本件特許権を利用した事業を遂行していると評価できると主張するであろうが、そのような実態が立証できるかが問題となるうえに、そもそも、特許権侵害行為がなかったならば知財信託専門会社が”信託手数料を超えて更に”利益が得られたという事情があるかという根本的な問題もあり、知財信託専門会社による特許権行使に特許法102条2項の適用を認めることは、親子会社の事案よりも、また、ランニングロイヤルティで実施許諾している事案よりもハードルが高いと考えるix。
6.結語(関連論点について)
近時の裁判例の傾向としては、特許法102条2項の適用については、①特許権者が特許発明の実施品を製造・販売等していなくても、イ号製品の競合品を製造・販売等していれば足りるとする規範が確立しておりx、さらに、②特許権者が競合品も製造・販売等していない場合であっても「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」であれば特許法102条2項が適用され得るかという規範も確立しているからxi、この論点についてはプロパテント傾向である。
他方、特許の損害論に関する近時の重要論点として、特許法102条1項2項覆滅部分の3項の重畳適用可能範囲という論点がある。令和元年改正法で特許法102条1項が改正され、同2項も同様と考えられているところ、第三者が競合品を販売している場合に侵害者の侵害行為が無くても侵害者の売上げの一部は当該第三者が市場占有率(シェア)の割合に応じて獲得するであろうからその分だけ推定覆滅するという事案では、1項についてもxii、2項についてもxiii、「差額説」との法的整合性を重視し、1項及び2項の覆滅部分に3項の重畳適用できるのは「推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるとき」であるとして、3項の重畳適用を否定した知財高裁判決が出ている。例えば、近時の【椅子式マッサージ機事件】知財高裁大合議判決xivは、侵害者の生産・販売量が特許権者の実施の能力を超える場合や、競合しない出荷先地域の割合に応じて推定覆滅された分については、「推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められる」として重畳適用を認めた(他方、本件発明が侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については3項の重畳適用を認めなかった。)。もっとも、特に、第三者が市場占有率(シェア)の割合に応じて獲得するであろう分だけ推定覆滅するという事案は、令和元年改正法以前も、数量部分ごとに、出荷先地域ごとに、2項適用の主張と3項適用の主張を分けて主張することにより同じ計算結果を得ることが出来た類型であるから、法改正による損害額の増額という観点からは、令和元年改正法の意義が減殺されているという懸念も耳にするところである。
以 上
(控訴人兼被控訴人、一審原告) バイオメット シー ブイ
(被控訴人兼控訴人、一審被告) メイラ株式会社
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和5年6月19日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
〒100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6階
中村合同特許法律事務所
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i 拙稿・AIPPI(2022)Vol.67 No.9「【特許権侵害訴訟】控訴審・逆転事例の網羅的考察」
ii 知財高判(大合議)令和元年6月7日・平成30年(ネ)第10063号【二酸化炭素含有粘性組成物事件】
iii 愛知靖之「特許法102条2項の適用要件の再検討-ごみ貯蔵機器事件知財高裁大合議判決を契機として-」(Law and Technology No.63 2014/4)
iv 拙稿・特許ニュース令和元年9月17日号「『二酸化炭素含有粘性組成物』事件-特許法102条2項、3項に基づく損害額の算定方法及び考慮要素について判断した事例。」
v 最判昭和39年1月28日(民集18巻1号136頁)は、「民法上のいわゆる損害とは,一口に云えば侵害行為がなかったならば惹起しなかったであろう状態(原状)を(a)とし,侵害行為によって惹起されているところの現実の状態(現状)を(b)とし a-b=x そのxを金銭で評価したものが損害である。」と判示した。
vi 牧野利秋=磯田直也「損害賠償(3)」牧野利秋ほか編「知的財産訴訟実務体系Ⅱ」37頁、森本純=大住洋「実務的視点からみた特許法102条2項の適用要件及び推定覆滅事由」(知財管理63巻9号1381頁)
vii 判例時報2179号39頁「紙おむつ処理容器事件知財高裁大合議判決(知的財産高判平25・2・1)」
viii 知財高裁詳報「特許法102条2項の適用要件」(Law and Technology 59号61頁)は、「…同条3項の存在等に照らすと、特許権者が実施料のみを得ているような場合は除外されるものと解されるが、それ以外にどのような場合が上記事情が存在する場合に当たるかは、事案ごとに判断するほかないものと思われる。」と説明している。
ix 高部眞規子「特許法102条2項の適用をめぐる諸問題」(知財ぷりずむ2016年1月号)では、「特許管理会社やいわゆるパテントトロールのような特許不実施主体など、権利者がおよそ市場における市場における製造販売行為を行っていない場合は、製造販売による逸失利益があり得ないので、これらの場合については2項の適用が想定されていないと解される。」と解説している。同論稿にいう「特許管理会社」とは、グループ内の知財管理法人ではなく、(資本関係のない)他社の知的財産を管理する法人を意味しており、近時の「知財信託会社」を意味するものと理解できる。
x 例えば、知財高判平成25年(ネ)第10051号【オフセット輪転機版胴事件】は、「特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。」と判示した。
xi 知財高判大合議【紙おむつ処理容器事件】、知財高判大合議【二酸化炭素含有粘性組成物事件】、本判決(【骨折固定システム事件】控訴審判決)等
xii 知財高判平成31年(ネ)第10007号【プログラマブル・コントローラにおける異常発生時にラダー回路を表示する装置事件】は、以下のとおり判示した。
「特許法102条1項2号は、特定数量がある場合、その数量に応じた実施料に相当する額を損害の額とすることができると定める一方で、同号括弧書きは、特許権者等が当該特許権者等の特許権について実施権の許諾をし得たと認められない部分を除く部分を除外しているから、侵害者の侵害行為により特許権者がライセンスの機会を喪失したとはいえない場合には 実施料に相当する額の逸失利益が生じるものではないことが規定されている。…本件において認められた特定数量は本件発明1の特徴的技術部分が被告表示器A及び被告製品3の販売量に貢献しているとは認められない数量、機能上の制約あるいは一審原告のシェア割合からみてユーザの需要が原告の製品に向かず、一審原告以外の他社への購入に振り向けられる数量、直接侵害品の生産に向けられず本件発明1の技術的範囲に属しない表示器となる数量を合わせたものであるから、そのように本件発明1が販売数量に貢献し得ていない製品や一審被告以外の他社が販売する製品について、一審原告が一審被告に本件発明1をライセンスし得るとは 認められない。そうすると、特許法102条1項2号の損害を認めることはできない。…
仮に、特許法の解釈上、特許法102条2項と3項の重畳適用が排除されていないとしても、その適用は同条1項2号の趣旨にかなったものとなるのが相当と思料されるべきところ、本件においては、同条2項の覆滅事由は前記…のとおり、そもそも同条1項2号の適用のない場合であるから、同条3項を重畳適用できる事案ではない。」
xiii 知財高判令和3年(ネ)第10088号【情報通信ユニット事件】は、以下のとおり判示した。
「被控訴人は、…競合品の存在を理由とする特許法102条2項の推定覆滅に相応する侵害品の譲渡数量に対して、同条3項を重畳適用して、被控訴人の許諾機会の喪失に係る逸失利益を想定すべきである旨主張する。しかし、競合品の存在を理由とする同項の推定の覆滅は、侵害品が販売されなかったとしても、侵害者及び特許権者以外の競合品が販売された蓋然性があることに基づくものであるところ、競合品が販売された蓋然性があることにより推定が覆滅される部分については、そもそも特許権者である被控訴人が控訴人に対して許諾をするという関係に立たず、同条3項に基づく実施料相当額を受ける余地はないから、重畳適用の可否を論ずるまでもなく、被控訴人の主張は採用できない。」
xiv 知財高判(大合議)令和2年(ネ)第10024号【椅子式マッサージ機事件】は、以下のとおり判示した。
「…特許法102条2項の規定により推定される特許権者が受けた損害額は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益に相当するものであるのに対し、同項による推定の推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、特許権者は、売上げの減少による逸失利益とは別に、実施許諾の機会の喪失による実施料相当額の損害を受けたものと評価できるから、特許権者の損害を二重に評価することにはならない。また、同条1項2号が新設された令和元年改正特許法において、同条2項について、同条1項2号と同様の法改正がされなかったからといって直ちに同条2項による推定の推定覆滅部分について同条3項の適用を否定すべき理由にはならないというべきである。 次に、…市場の非同一性を理由とする推定覆滅部分に係る輸出台数について、控訴人は本件特許権Cの実施許諾をすることができたものと認められる。」