もう4年前ですが、JMAマネジメント2017年10月号で、「特許出願とブラックボックス化」という記事を執筆しました。

 

「オープンクローズ戦略」の一種です。

 

実事案で参考資料として依頼者に提供したのですが、2021年現在でも通用すると思います。

よかったら、ご参照ください。(以下、本文の引用です。)

 

https://45978612-36b0-4db6-8b39-869f08e528db.filesusr.com/ugd/324a18_fc5b2f8f8c724b73b5d27ea8c6b8e2ba.pdf

 

<特許出願とブラックボックス化>

 

1.特許出願のメリット・デメリット

特許出願は、特許請求の範囲、明細書及び図面が記載された出願書類を特許庁に提出して行います。

特許庁の審査で特許性が認められると、原則として出願日から20年間、特許請求の範囲に記載された発明(特許発明)を、日本国内において独占的に実施する権利が与えられます。

他方、出願後18ヶ月経つと特許庁に提出した出願書類が公開特許公報として公開されるため、出願書類に記載された技術事項は公知となり、特許発明に含まれない部分は誰でも無償で実施できることになります。また、特許権の効力は国内のみであるため、当該発明を出願しなかった外国においては、特許発明に含まれる部分も含め、誰でも無償で実施できます。

 

2.オープン・クローズ戦略の使い分け

そもそも、オープン・クローズ戦略とは、①特許出願の上記メリット・デメリットを考慮して特許出願するか否かを決定するという戦略と、②特許権を実施許諾するか否かを決定するという戦略の2種類がありますが、ここでは、前者(①)について説明します。

一般論として、特許権を取得しても、権利行使できなければ画餅ですから、権利行使できる見込みがある場合は特許権を取得し、権利行使が困難である場合には、社内のノウハウとして秘匿しておくという戦略が提唱されています。例えば、画期的な製造方法を発明したが相手の工場内における製造方法を確認できない場合や、相手が国外で実施している可能性がある場合などが挙げられます。

これとは別に、新規技術を特許出願しないで秘匿化する理由もあります。その一つが、技術がブラックボックスであり製品から当該技術を把握できない場合に、これを特許出願せず、社内ノウハウとして秘匿化するという戦略があります。有名な例として、コカ・コーラ社は、組成・製造方法を特許出願せず、秘匿し続けています。特許権であれば独占期間は出願日から20年に限られますが、このように技術を秘匿化することで、半永久的に技術を独占できます。

もっとも、予想外に製品から当該技術をリバースエンジニアリングされてしまったり、また、他人が別個独立に同じ技術を開発し、特許出願してしまった場合は、先使用権の範囲内でしか発明を実施できなくなってしまう危険があるため、秘匿化戦略を選択するよりも、特許出願をする方が圧倒的に多いと思われます。

そうであるところ、特許出願というオープン戦略と、技術の核心をブラックボックス化して秘匿するというクローズ戦略の両立は可能なのでしょうか?

この問いに回答するためには、幾つかの特許要件を理解する必要があります。

 

3.オープン・クローズ戦略の両立

(1)特許要件は多岐に亘りますが、最も重要な特許要件として、進歩性と記載要件があります。

進歩性は、出願当時の当業者(発明が属する技術分野の通常の知識を有する者)が従来技術から容易に発明をすることができたものではなかったという要件です。

記載要件は、①実施可能要件と②サポート要件を含みます(③明確性要件は割愛します。)。

①実施可能要件とは、明細書の記載等から、当業者が過度の試行錯誤を要さずに、発明に係る方法を使用し、物を製造できるという要件です。

②サポート要件とは、明細書の記載及び出願時の技術常識から、当業者が発明の課題を解決できると認識できたという要件です。

 

(2)上記のような特許要件を前提として、オープン・クローズ戦略の両立を考察します。

まず、特許出願する発明が進歩性を有することは大前提として、当該発明が実施可能であり、明細等によりサポートがされていれば、当該発明は特許権により保護されます。

発明は、点でなく、広がりを持っていますから、発明の課題を解決できる程度、言い換えれば、作用効果の大きさは、発明に含まれる範囲内において均一ではありません。そうであるところ、発明者は、発明に含まれる中でも最良の実施形態、製造方法等を知っている場合が多く、これをブラックボックス化して秘匿することにより、発明を特許権により保護しながら、且つ、最良の実施形態、製造方法をアドバンテージとして留保できるので、この限りでオープン・クローズ戦略の両立を図ることができます。

例えば、発明の課題が「従来のはんだと較べて固着力を強くした」ことであり、その課題の解決手段として「Au-Sn系はんだ」を使用したという発明が進歩性も有している場合を想定すると、「Au-Sn系はんだ」を使用した発明に含まれる範囲が特許権で保護されるのに対し、発明者は、Au:Snの最適値や、歩留りが高くなる製造工程などの知見を有しているところ、これらの知見をブラックボックス化して秘匿することで、特許出願後も引き続きアドバンテージを保つことができます。

これを図示すると、以下のようなイメージです。複数の実施例により発明がサポートされており、同発明は特許権により保護されますが、最良の実施形態は何れの実施例とも異なっているため、ブラックボックス化されており、第三者が容易に把握することはできません。

 

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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