平成28年2月17日(平成26年(行ケ)第10272号)(知財高裁2部、清水裁判長)
「引用発明として,複数の選択肢を例示したものを認定した場合,そのうちの1つの選択肢が補正発明と一致するからといって,他の選択肢の存在を無視して一致点とすべきではない」として、引用発明に含まれる複数の選択肢のうち1つについて本願発明と一致しない点があり、容易想到性も否定され、拒絶審決が取り消された。
具体的には、引用発明として、「オレイン酸」「リノール酸」「ミリスチン酸イソプロピル」「オイル」という4つの選択肢を例示したものが認定されていたところ、そのうち1つの選択肢である「オイル」について本願発明と一致しない点があり、容易想到性も否定された。
引用発明が上位概念であるときは、選択発明の余地がある以上、下位概念である本願発明と当然に一致すると認定することは出来ない。
本件判決も、審決が認定した引用発明が「オレイン酸」「リノール酸」「ミリスチン酸イソプロピル」「オイル」という4つの選択肢を包含する上位概念であった以上、当然に一致点と認定することはできず、全ての選択肢との関係で一致点・相違点の認定を行うべきとした。
一般に、引用発明が複数の選択肢を含む場合に、そのうち1つの選択肢が本願発明と一致するとして、当該選択肢を前提に他の相違点の容易想到性を判断する論理展開が採られることがあるが、そのような論理展開を否定したという意味で、単なる事例判決を超えた意味がある。
もちろん、本判決も判示しているとおり、「引用発明として,当該選択肢に限定した具体例を認定」し、「当該選択肢に基づく引用発明を前提として,更に一致点及び相違点の認定」を行うことも可能である場合もあるが、「引用発明として,当該選択肢に限定した具体例を認定」することができるか、換言すれば、引用例に「当該選択肢に限定した具体例」である下位概念が開示されているかが問題なのであるから、本判決の説示は有意義である。
※引用発明の上位概念化の限界については、「進歩性判断における上位概念化の上限」(橿本英吾、特技懇245号(2007.5.22))が参考になる。
※引用文献に多数の選択肢が記載されている場合の引用発明の認定は、「化学分野の発明における進歩性の考え方 —作用・効果の予測性等の観点から—」(加藤志麻子、パテント誌2008年、Vol.61 No.10)が参考になる。
補正発明と引用発明の対比
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(相違点)
相違点1:補正発明は,各成分の含有量に関し,「ⅰ)0.1~50重量%」の活性成分,「ⅱ)6~60重量%」の脂質成分,および「ⅲ)20~93.9重量%」の結合剤成分とし,さらに,「前記脂質成分の含有量が,前記結合剤成分を基準にして,40重量%を超えず」と特定しているのに対し,引用発明は上記特定をしていない点。
相違点2:補正発明は,脂質成分に関して,「50℃を超えない融点を有する」とし,かつ,「12を超えないHLBを有し」と特定しているのに対し,引用発明は上記特定をしていない点。
相違点3:補正発明は,配合物を「前記脂質成分および前記結合剤成分を含む分子分散体を含み」と特定しているのに対し,引用発明は,上記特定をしていない点。
相違点4:補正発明は,固形配合物を「自己乳化性」と特定しているのに対し,引用発明は,上記特定をしていない点。
…
ウ(ア) 審決は,相違点1に関し,引用文献1の実施例22のオレイン酸の5.3重量%の近傍である6重量%程度とした上で,その他の含有成分の好適配合割合を見出すことは当業者が容易になし得ることであり,オレイン酸を6重量%程度用いた場合の効果が,5.3重量%用いた場合に比べて格段優れることは本願明細書から確認できないと判断した。
しかしながら,上述したように,補正発明は,自己乳化性固形配合物とするために必要な事項として,配合基剤として脂質成分と結合剤成分を含む配合物を選択し,脂肪酸の含有量が「6~60重量%」であり,かつ,「結合剤成分を基準にして40重量%を超え」ない範囲としているのであって,単に,引用文献1の実施例22の5.3重量%と補正発明の脂質成分の下限値である6重量%が近傍の数値であるからといって,自己乳化性とするという課題なしに,脂肪酸の含有量を増やす動機付けはないというべきであるし,最終的な結合剤成分との成分比を検討せずに脂肪酸の含有量を増やした場合には,製剤の自己乳化性や,脂質成分や結合剤成分の分子分散体該当性といった性質が変わってくる可能性もあるから,相違点1に係る補正発明の成分の含有量とすることが容易であったと判断することはできない。
(イ) また,審決は,相違点2に関し,引用発明の「オイル,脂肪酸またはそれらの混合物」のうち,「脂肪酸」は,補正発明の「少なくとも1種の脂質を含む脂質成分」に相当するとしてこれを一致点とし,相違点2の認定において引用発明の「オイル」については言及せず,相違点2の判断において,脂肪酸として例示されている複数の選択肢のうちの1つである「オレイン酸」のみを取り上げ,他の選択肢には言及せずに,オレイン酸は,相違点2に係る融点とHLBを満たすとして,実質的な相違点とはならないと判断した。
しかしながら,引用発明として,複数の選択肢を例示したものを認定した場合,そのうちの1つの選択肢が補正発明と一致するからといって,他の選択肢の存在を無視して一致点とすべきではない(なお,引用発明として,当該選択肢に限定した具体例を認定することも可能であるが,その場合は,当該選択肢に基づく引用発明を前提として,更に一致点及び相違点の認定をすべきところ,本件の審決はそのような認定をするものではなく,被告もまたそのような主張をしていない。)から,オレイン酸以外の選択肢である「リノール酸」と「ミリスチン酸イソプロピル」,そして,「オイル」についても考慮して,相違点2についての判断をする必要があるものと認められる。
そこで,引用発明のオレイン酸,リノール酸、ミリスチン酸イソプロピルからなる群から選択される脂肪酸について検討するに,オレイン酸は,融点が12~16℃であること,HLBが1であることからすると,補正発明の「50℃を超えない融点」及び「12を超えないHLB」を有するという事項を備えているといえる。
また,リノール酸,ミリスチン酸イソプロピルの融点は,技術常識上,それぞれ,–35℃,9℃未満であり,その構造からみてHLBは12を超えないものと認められるから,「50℃を超えない融点」及び「12を超えないHLB」を有するものと認められる。
次に,引用発明のオイルについて検討するに,引用文献1には,オイルの具体例として,「水,アルコール及びエゴマ抽出物の混合物」や「ヒアルロン酸ナトリウム」のように,明らかに補正発明の「脂質成分」に相当しない親水性の高いものが記載されているものの,「コーンオイル」や「オリーブオイル」のように,「脂質成分」に相当し,かつ,室温で液状であり構造からみてHLBが12を超えないことが明らかなものが,多数例示列挙されている。引用文献1におけるオイルの役割は,水難溶性薬剤を溶解又は分散させるものと考えられるから,親水性の高いものを積極的に選択すべき技術的根拠は乏しく,室温で液状であり親油性が高いオイルを選択することは,当業者の通常の行動といえる。そして,この場合のオイルについては,「50℃を超えない融点」,「12を超えないHLB」の条件を満たすことが多いと考えられる。
もっとも,引用発明において示されたオイルが,すべて「50℃を超えない融点」,「12を超えないHLB」の条件を満たすわけでないし,選択されたオイル又は脂肪酸等は,その含有量によって,製剤中の脂質成分及び結合剤の成分の状態や製剤の自己乳化性の有無に影響を与えると考えられるから,他の相違点との関連性を考慮せずに,その選択及び含有量の設定が容易想到であるということはできない。
(ウ) さらに,審決は,相違点3及び4については,甲6~8に表れた①水難溶性薬剤成分を分子レベルで分散させた「分子分散体」とすることは,溶解性を高めひいては生物学的利用能をも高めるために,より好ましいものであること,②そのような製剤を得るためには,例えば,溶融ポリマーと薬剤とを混合し押出しするといった方法によればいいことという2つの周知技術を用いれば,当業者が容易になし得たと判断した。
しかしながら,本件優先日当時,固体分散体を製造する方法として,溶融法,あるいは溶融法を見直して改良した溶融押出法などが周知であったものの,「溶融押出法」を適用して固体分散体を製造すると,常に薬剤が分子分散し結晶を含まない状態となるとの技術常識の存在は,証拠上うかがわれない。しかも,甲6~8は,脂質成分を含まない2成分系に関する文献であるところ,これらの技術を脂質成分を含んだ3成分系に用いた場合に,同様の効果が生じるという技術的な裏付けもない。
したがって,引用発明において,薬物の溶解性を向上させるために,薬剤を分子分散させて結晶を含まない状態とすることを目的として,周知の固体分散体の製造方法である「溶融押出法」を,「溶融法」に代えて適用しても,採用する具体的な条件(成分の種類や含有量,溶融押出しの温度や時間等)によっては,薬物が分子分散し結晶を含まない状態が達成できるとは限らないし,オイルや脂肪酸についても,分子分散するという具体的な技術的根拠もない。
そうすると,引用発明の薬物の溶解性を向上させようした当業者が,薬物を分子分散させることを目的として,周知の「溶融押出法」を適用したとしても,必ず,薬物とオイルや脂肪酸とが水溶性ポリマーマトリックスに分子分散し,薬剤の結晶を含まない状態となるとはいえず,まして,自己乳化性を示すようになるとは断言できないから,相違点3及び4に係る構成を,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
(Keywords)進歩性、一致点、引用発明、複数の選択肢、オレイン酸、リノール酸、ミリスチン酸イソプロピル、オイル、アッヴィ
文責:弁護士・弁理士 高石 秀樹(第二東京弁護士会)
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