平成28年2月17日(平成27年(行ケ)第10120号)(知財高裁4部、髙部裁判長)
本件発明(モータ駆動双方向弁)と引用発明との相違点1について、両者は「静止部分でのシール構造を得る」という技術思想を有する点で共通する一方、具体的なシール構造についてみると、前者が、薄板パイプ及びOリング等のシール材で形成しているのに対し、後者はシール体zのみで形成している点で相違している。
当該相違点につき、前者の薄板パイプ38及びシール材(Oリング39)と、後者のシール体zとでは、①ガス(高圧蒸気)の隔離、②シール作用(気密の確保)、③電気絶縁に係る作用効果、が各々相違しており、相違点1に係る本件発明の構成が、設計事項であるということはできない。
引用発明のシール体zは、弾力性のある部材であり、それ自体でシール構造を成し、隔離の役割も果たしているから、さらに、(本件発明のような)Oリング等のシール材、薄板パイプを設ける必然性は全くなく、引用発明において、これらを採用する動機付け・示唆がない。
引用発明のシール体zに、Oリング等のシール体zを嵌装すれば、シール体zが変形してロータと接触したり、あるいは気密性が失われたりするおそれがあるため、そのような構成を採用することには阻害要因がある。
したがって、本件発明は、引用発明に基づいて容易に発明することができたものということはできず、本件審決の相違点1の容易想到性についての判断に誤りはない。
本判決は、本件発明と引用発明との相違点に係る構成(本件発明につき薄板パイプ及びOリング、引用発明につきシール体)の各作用効果を分析的に認定して、当該作用効果の相違からすれば、設計事項とはいえないとした判断であり、進歩性の判断の一具体例として、実務上参考になる。
この点に関し、実務上(特に審査実務上)は、相違点に係る構成について、特段の技術的意義がない場合には、「適宜なし得た設計(的)事項に過ぎない」等として進歩性が否定される場合も散見されるが、本件では、相違点に係る発明の構成の作用効果の違いを認定・分析し、これらを重視して、設計(的)事項ではないとした判断である。
更に、動機付けの判断について、本件発明の薄板パイプ38は、①隔離作用、③絶縁効果を果たしているものの、②シール作用については主としてOリングが果たしているとする一方、引用発明のシール体は、単独で、これら3つの作用効果①~③を全て果たしていることを前提に、引用発明のシール体に代えて、(更に、本件発明のような)Oリング・薄板パイプを採用することにつき、動機付けがないしたものであり、同様に、進歩性の判断の一具体例として、実務上参考になる。
また、(「仮に」として、)引用発明にOリングを採用すれば、(気密性が失われる等)の阻害要因があるとしたものであり、同様に、進歩性の判断の一具体例として、実務上参考になる。
1.本件発明(特許第3049251号)
「【請求項1】ガス遮断装置に用いられるモータ駆動双方向弁において,回転軸(28)の左端部にリードスクリュー(28a)を形成し,ロータ回転手段(34)のステータヨーク(37)の内周面に接するように配置され,Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし,当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ(38)を有する正逆回転可能なモータDと,このモータDの取付板(23)との間に装着されたスプリング(24)により付勢されて弁座(21)に密着する弁体(22)と,先端部(25a)がこの弁体(22)の保持板(22a)に固定され,前記リードスクリュー(28a)と螺合して,左右に移動する弁体移動手段25とからなることを特徴とするモータ駆動双方向弁。」
2.引用発明(ドイツ特許第512667号公報)
「本件審決が認定した引用発明は、…高圧蒸気の還流を遮断する装置に利用されるモータが遮断機構を駆動する高圧遮断弁において,シャフト9の下側端部のところでスピンドル12を構成し,モータのエアギャップに高圧の作用のもとでステータ体xに当接するように配置され,ロータがある空間がモータのステータから分離されて定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現され,相互に可動の部品でのシールを回避した両方の側で開いた中空体からなる弾力性あるシール体zを有するモータと,モータのハウジング3と,弁座に密着する弁部と,下側端部が弁部であり,スピンドル12を介して,回転するスピンドルナット13と結合されている遮断機構aとからなるモータが遮断機構を駆動する高圧遮断弁。」
3.相違点1
「ステータの内周側に配置され,内部の気密を確保するシール構造をなし,静止部分となる中空状の部材を有する点について,本件発明では『ロータ回転手段のステータヨークの内周面に接するように配置され,Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし,当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプを有する』のに対し,引用発明では『モータのエアギャップに高圧の作用のもとでステータ体に当接するように配置され,ロータがある空間がモータのステータから分離されて定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現され,相互に可動の部品でのシールを回避した両方の側で開いた中空体からなる弾力性あるシール体を有する』点。
4.判断
「…本件発明における薄板パイプ38は,ロータとステータヨークの間を隔ててロータ内のガスを隔離するとともに,薄板パイプ38を非磁性材としてステータヨークからロータへの磁力の伝達に支障を来さないようにして,シール材(Oリング39)とともに静止部分のシール構造を形成するものではあるが,ロータ側とステータヨーク側の間の気密の確保は,主として,シール材(Oリング39)により行っているものと認められる。
これに対して,引用発明は,弾力性あるシール体zのみで,シール体z全体にかかる内圧を受けてステータx,ハウジング3,4に密着させて,ロータyとステータx間を仕切り,ロータyのある空間17内の高圧蒸気を隔離するとともに,内部の気密の確保を行いつつ,別途,絶縁性の層8を設けて,ステータxからロータyへの磁力の伝達に支障を来さないようにしているものと認められる。
したがって,本件発明における薄板パイプ38及びシール材(Oリング39)と引用発明のシール体zとでは,ガス(高圧蒸気)の隔離,シール作用(気密の確保),電気絶縁に係る作用効果が各々相違しているというべきであり,相違点1に係る本件発明の構成が,設計事項であるということもできない。
また,引用発明におけるシール体zは,弾力性ある部材であり,それ自体でシール構造を成すとともに,ステータxとロータyとを隔てる役割をも果たしていることから,さらにOリング等のシール材を用いる必然性は全くなく,さらに薄板パイプを設ける必然性も認められないから,引用発明において,薄板パイプ及びOリング等のシール材を採用する動機付けがない。また,引用例には,これらを採用する記載も示唆もない。
仮にシール体zをロータyとステータxとの間を隔離する部材であるとみなしたとしても,シール体zにOリング等のシール材を嵌装すれば,Oリング等のシール材を介してシール体zに外力が加わることとなり,この外力により弾力性あるシール体zが変形してロータと接触したり,あるいは気密性が失われたりするおそれがあるため,そのような構成を採用することには阻害要因があるというべきである。
以上によれば,引用発明におけるシール体に代えて,本件発明の薄板パイプ及びOリング等のシール材を採用することは,当業者が容易に想到することができたものということはできず,相違点1に係る本件発明の構成が容易に想到できるものとは認められない。」
(Keywords)進歩性、設計事項、動機付け、示唆、阻害要因、作用効果、薄板パイプ、シール材、Oリング、シール体
文責:弁護士・弁理士 小林 正和(第二東京弁護士会)
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