◆判決本文
(判決の概要)
… 被告製品のピンの形状は,…ピンの前方部がピンの後方小径部の側面よりも第2壁面側に寄っているとは認められないから,構成要件Fの「前方部(7a)は…ピンの後方部(7e)から斜め前方向に方向づけられて」を充足しない。
… なお、念のため、仮に、原告測定結果を採用し,被告製品の前方部がピンの後方小径部の側面よりも第2壁面側に約0.15ミリメートル寄っていると解した場合についても検討する。
… 本件発明1(*)は,請求項1の構成を採用することによって従来技術の問題点を克服し,上記各作用効果(**)を奏するとされているところ,構成要件Fを除く本件発明1の構成要件(AないしE及びG)の構成は,従来技術である乙9発明に開示されていると解される。そうすると,本件発明1の本質的部分は,構成要件F(「…前方部(7a)は、…ピンの後方部(7e)から斜め前方向に方向づけられて…」)であり,上記各作用効果を奏する構成は,構成要件F(***)に規定された構成であると解される。…
本件明細書(…)には,上記各作用効果を奏するためには,ピン7の前方部7aが斜め前方向に第2縦方向壁面9の前方部9aに向かって延在することと記載されている。この点,特許請求の範囲やその他の本件明細書の記載を見ても,具体的な「斜め前方向」の角度や程度に関する記載は見当たらないが,ピン7が作動可能位置にある際に案内面12で第2縦方向壁面9の前方部9aと接触する構成が好適であるとされていること(…)や従来技術の内容に照らせば,極めてわずかな程度の傾きがあるだけで,上記各作用効果を奏することできるとは解し難い。
そして,原告測定結果における(最大)約0.15ミリメートルという傾き(寄り)の程度は,製造誤差としても生じ得る程度の極めてわずかな程度であり,このような程度の傾きをもって,上記各作用効果を奏するとはいえず、原告もこの点について、積極的な説明をしていない。
したがって,被告製品は,構成要件Fの「前方部(7a)は…ピンの後方部(7e)から斜め前方向に方向づけられて」を充足しない。
* 骨折における骨の断片を固定するための固定手段としての装置
** 「①ピンが作動可能位置を離れ意図しない動作をすることを防ぎ,及び/又は,②ピンの端部において骨の断片の安定した固定が得られ,かつ,骨の断片を貫通するピンが減るような有利な湾曲状態を得られるとの作用効果」
*** 「F 前記湾曲前端部(7f)に一番近接する前記ピン(7)は前方部(7a)を含み,前記ピン(7)が前記スリーブ(5)の作動可能位置(B)に存在する際に前記前方部(7a)は,前記前方部(7a)の縦方向に直線状であり,また前記ピンの後方部(7e)から斜め前方向に方向づけられて前記湾曲前端部(7f)に至り,前記案内面(12)に近接する前記第2壁面(9)の前方部(9a)まで延在する」
(コメント)
特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法70条1項)。また、特許請求の範囲に記載された用語の意義は、明細書の記載及び図面を考慮して解釈する(特許法70条2項)。したがって、特許請求の範囲に記載された用語の意義を、明細書に記載された発明の「作用効果」を考慮して解釈できることは当然である。
これに対し、本判決は、上記の「判決の概要」に示したように、発明の「作用効果」に焦点をあてて、被告製品が特許発明の技術的範囲に充足しないことを判断したものであり、このような判断をした判決は必ずしも多くないと思われる。
講学上、対象製品が発明の作用効果を奏しないことを理由に非充足とする法理として、「作用効果不奏功の抗弁」が知られているが、これを認めた裁判例はほとんどない。
大阪地判平成12年(ワ)第7221号は、気管支喘息治療のためのエアロゾル製剤に関する特許権侵害訴訟において「作用効果不奏功の抗弁」に言及した裁判例として知られており、「対象物件の構成が特許請求の範囲に記載された発明の構成要件を充足していても、発明の詳細な説明に記載された効果を奏しない場合には、対象物件が特許発明の技術的範囲に属するとすることはできないものというべきである。けだし、特許発明は、従来技術と異なる新規な構成を採用したことにより、各構成要件が有機的に結合して特有の作用を奏し、従来技術にない特有の効果をもたらすところに実質的価値があり、そのゆえにこそ特許されるのであるから、対象製品が明細書に記載された効果を奏しない場合にも特許発明の技術的範囲に属するとすることは、特許発明の有する実質的な価値を超えて特許権を保護することになり、相当ではないからである…。」と判示した。
この控訴審判決である大阪高判平成13年(ネ)第3840号は、「通常,当該特定の構成要件に対応して特定の作用効果が生じることは客観的に定まったことがらであり,出願者がこのようなうちから明示的に選別した明細書記載の作用効果が生じることも客観的に定まったことがらであるから,対象製品が明細書に記載された作用効果を生じないことは,当該作用効果と結びつけられた特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有していないことを意味し,又は,特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを意味する。したがって,対象製品が特許発明の技術的範囲に属しないことの理由として明細書に記載された作用効果を生じないことを主張するだけでは不十分であって,その結果,当該作用効果と結びつけられた特許発明の特定の構成要件の一部又は全部を備えないこと,又は,特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを主張する必要がある。」と判示した。
上記大阪地判及び大阪高判の事案においては、結論として対象製品が作用効果を奏することが認定され、特許権者の差止請求が認められている。すなわち、作用効果不奏功を理由とする非充足論は、傍論として述べられたに過ぎない。
それでも敢えて分析するならば、上記大阪高判は、①「当該作用効果と結びつけられた特許発明の特定の構成要件の一部又は全部を備えない」場合のみならず、②「特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有する」場合も非充足であると判示したものといえる。①については異論はないと思われるが、②については通常の解釈とは異なり、その後の裁判例において踏襲されていないと思われる。
本判決の非充足論は、上記大阪高判の①「当該作用効果と結びつけられた特許発明の特定の構成要件の一部又は全部を備えない」場合の論理と近いと思われる。そして、特許発明におけるいずれの構成要件が特許発明の作用効果と結びつけられたものであるか、を論証するにあたり、特許発明におけるいずれの構成要件が従来技術と異なる構成要件であるか、を検討するという判断手法を採った点において、実務上参考になると思われる。特に、本事案における「斜め前方向」のように、構成要素間の相対的な位置関係の程度を解釈する際に、当該位置関係(の規定を含む構成要件)がもたらすべき作用効果を奏するか否か、を検討するという方針は、合理的であると思われる。
(判決文の抜粋)
(b) 本件各発明の意義及び作用効果
…本件明細書の記載によれば,本件各発明は,骨折における骨の断片の固定のための固定手段装置に関するものである。従来技術(甲20発明,乙9発明)において,ピンが側面開口部を通る出口を見つけられずにスリーブ内部で変形する危険性,及び,周囲の骨物質に移動するピンの前端部の部分が有利に曲がった状態に変形しない危険性があった。
本件各発明は,これらの問題点を克服するために,請求項1の構成を備えることにより,①ピンが作動可能位置を離れ意図しない動作をすることを防ぎ,及び/又は,②ピンの端部において骨の断片の安定した固定が得られ,かつ,骨の断片を貫通するピンが減るような有利な湾曲状態を得られるとの作用効果を奏することができる。
(c) 「前方部(7a)は…ピンの後方部(7e)から斜め前方向に方向づけられて」の充足性について
上記のとおり,本件発明1は,請求項1の構成を採用することによって従来技術の問題点を克服し,上記各作用効果を奏するとされているところ,構成要件Fを除く本件発明1の構成要件(AないしE及びG)の構成は,従来技術である乙9発明に開示されていると解される。そうすると,本件発明1の本質的部分は,構成要件Fであり,上記各作用効果を奏する構成は,構成要件Fに規定された構成であると解される。
上記のとおり,本件明細書(段落【0012】)には,上記各作用効果を奏するためには,ピン7の前方部7aが斜め前方向に第2縦方向壁面9の前方部9aに向かって延在することと記載されている。この点,特許請求の範囲やその他の本件明細書の記載を見ても,具体的な「斜め前方向」の角度や程度に関する記載は見当たらないが,ピン7が作動可能位置にある際に案内面12で第2縦方向壁面9の前方部9aと接触する構成が好適であるとされていること(段落【0012】)や従来技術の内容に照らせば,極めてわずかな程度の傾きがあるだけで,上記各作用効果を奏することできるとは解し難い。そして,原告測定結果における約0.15ミリメートルという傾きの程度は,製造誤差としても生じ得る程度の極めてわずかな程度であり,このような程度の傾きをもって,上記各作用効果を奏するとはいえず,原告もこの点について,積極的な説明をしていない。
したがって,被告製品は,構成要件Fの「前方部(7a)は…ピンの後方部(7e)から斜め前方向に方向づけられて」を充足しない。
(Keywords)作用効果不奏功の抗弁、効果、不奏功、非充足、従来技術、サポート要件、傍論、ホムズ、骨
文責:高石 秀樹(弁護士・弁理士),磯貝 克臣(弁理士)
監修:吉田 和彦(弁護士・弁理士)
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