請求項1の記載が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載又は出願時の技術常識により,当業者が発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるといい得るためには,同請求項の記載から,本件発明の第1の目的である「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高」いこと,より具体的には,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)がコアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと,又はAg—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを当業者が認識し得ることを要する。
ところで,請求項1には,コアワイヤとコイルスプリングの固着につき,「前記コイルスプリングの先端部は,Au—Sn系はんだにより,前記コアワイヤに固着され,」と記載されているものの,その固着強度に関する具体的な記載はない。
そうすると,請求項1の記載がサポート要件に適合するということができるためには,上記「前記コイルスプリングの先端部は,Au—Sn系はんだにより,前記コアワイヤに固着され,」なる記載,すなわち両者の固着に「Au—Sn系はんだ」を用いることのみによって,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載にあるように,コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと,又はAg—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを当業者が認識し得ることを要することになる。…
Au及びSn以外の元素の有無や各成分の含有量を特定しない場合においても,当業者が,本件発明の課題解決のために必要なAu—Sn系はんだの固着強度,すなわち,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が,コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い,又はAg—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを認識し得るということはできないというべきである。
本件の無効論では、請求項1に記載の「Au—Sn系はんだ」について、この用語に包含されるあらゆる「Au—Sn系はんだ」が、発明の課題を解決できると言えるか否かについて争われたが、本判決は、発明の課題が解決されるか否かの判断基準の1つを数値で特定し、明細書の開示等から当業者が当該課題を解決できると認識できないとして、サポート要件違反とした。
平成28年頃から、裁判所におけるサポート要件の判断が厳しくなってきた傾向が見られるところ、本判決も、そのような傾向を示す一事例といえる。
サポート要件(特許法36条6項1号)は、特許請求の範囲に記載された発明が,①「発明の詳細な説明に記載された発明」で,②「発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもの」とされている(知財高判平成17年11月11日(判時1911号48頁)知財高裁大合議判決(偏光フィルム事件))。一部に、この判決の射程を限定的に解した裁判例があったものの(「性的障害の治療におけるフリバンセリンの使用」事件;知財高判平成22年1月28日(判時2073号105頁、判タ1334号152頁)、近時は、上記知財高裁大合議判決のメルクマールは実務上確立していると考えてよい。
そうすると、サポート要件の有無の判断における最も重要な事実認定は、「発明の課題」の認定である。
本判決では、「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高く,しかも,従来のものと比較してシェイピング長さを短くすることができる医療用ガイドワイヤを提供すること」を本発明の主要な課題として認定した。そして、当該課題のうちの「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高く」について、「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)がコアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと」又は「Ag—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であること」を意味すると認定し、「このような固着強度が確保されることによって先端硬直部分の長さを0.1~0.5mmとすることが可能になるものと認められる」と述べている。
控訴人(特許権者)は、「本件発明のAu—Sn系はんだは,…,Au(金)及びSn(スズ)を主成分として含むはんだである必要があり(ただし,これら以外のAg(銀)等の金属元素やAuSn4等の金属間化合物を含む態様でもよく,また,不均一な合金の組織形態を含んでもよい。),Au75~80質量%とSn25~20質量%との合金からなるはんだを具体例とする,従来の「Ag—Sn系はんだ」と比較して高い固着強度を有する,Au及びSnを主成分として含むはんだを意味する。」、及び、「Au—Sn系はんだには,本件明細書記載のAu—Sn系はんだのように,Snの含有量に比較してAuの含有量の多いもののほか,Snの含有量に比較してAuの含有量の少ないもの,Auの含有量がSnの含有量と等しいものがあるところ,これらのAu—Sn系はんだは,いずれもAg—Sn系はんだより固着強度が高く,このことは,本件特許の出願時において技術常識であった。」と述べて、「当業者は,本件発明における『Au—Sn系はんだ』につき,どのようなAu—Sn系はんだがこれに該当するのかを認識することができた。」と主張している。しかしながら、本件明細書には、「ステンレスと,白金(合金)とをAu—Sn系はんだを使用して固着することにより,Ag—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度の固着力(引張強度)が得られる。このため,先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmと短い場合(はんだの浸透範囲がコイルピッチの1~3倍である場合)であっても,コアワイヤ10に対するコイルスプリング20の固着強度を十分高くすることができ,具体的には,コアワイヤ10の遠位端側小径部11の引張破断強度より高くすることができる。このため,コイルスプリング20と,コアワイヤ10との間に引張力を作用しても,コアワイヤ10が引き抜かれるようなことを防止することができる。…」(【0058】)と記載されていることから、本判決では、「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)がコアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと」又は「Ag—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度の固着力(引張強度)であること」のいずれかが示されなければ、上記課題は解決できないと認定されたようである。
控訴人が主張するように、「発明の課題」は“固着強度(引張強度)が従来技術と比べて強い”Au—Sn系はんだを使用すれば解決できると、広く認定された場合は、実施例等から「当該発明の課題を解決できると認識し得る」(サポート要件を満たす)と判断されやすいが、他方、「発明の課題」は“固着強度(引張強度)が従来技術と比べて2.5倍以上強い” Au—Sn系はんだを使用しなければ解決できないと、具体的に認定された場合には、実施例等から「当該発明の課題を解決できると認識し得えない」(サポート要件を満たさない)と判断されやすい。
「発明の課題」は、発明の詳細な説明の記載から認定されるものであるから、これを必要以上に発明の詳細な説明に具体的に記載すると、少なくともサポート要件との関係では、広いクレームのサポート要件が否定される方向に働くという不利益があるため、明細書作成時には注意を要する。また、これと関連して、「発明の詳細な説明に「発明の課題」(及び目的・作用効果)を具体的に記載しすぎた場合、特許権侵害訴訟における充足論において当該「発明の課題」(及び目的・作用効果)を解決し得るものにクレーム文言を限定的に解釈され、非充足となる可能性が高くなるという不利益がある点にも留意されたい。(典型的な裁判例として、東京地判平成27年(ワ)第11434号)
一方で、発明の詳細な説明に「発明の課題」を具体的に記載すれば、進歩性判断の場面においては、引例との課題の相違を理由の一つとして進歩性が認められやすくなるというメリットがある。近時の裁判例の傾向においては、「発明の課題」が従来技術と異なることが重視されているため、この点は、看過し得ないメリットであろう。(裁判例は多数あるため、幾つかを下掲する。)
・ 知財高判平成20.12.25 平成20年(行ケ)第10130号「レーダ」
・ 知財高判平成21.1.28 平成20年(行ケ)第10096号「回路用接続部材」
・ 知財高判平成22.5.27 平成21年(行ケ)第10361号「耐油汚れの評価方法」
・ 知財高判平成23.11.30 平成23年(行ケ)10018「うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用」
・ 知財高判平成25.3.21 平成24年(行ケ)第10262号「ガラス溶融物を形成する方法」
・ 知財高判成25.3.6 平成24年(行ケ)第10278号「換気扇フィルター及びその製造方法」
・ 知財高判平成26.7.17 平成25年(行ケ)第10242号「照明装置」
・ 知財高判平成28.11.16 平成28年(行ケ)第10079号「タイヤ」
以上のとおり、発明の詳細な説明に「発明の課題」を具体的に記載することは、進歩性判断の場面ではメリットがあるものの、サポート要件や充足論においては不利益がある。
それでは、発明の詳細な説明に「発明の課題」を具体的に記載することにより、進歩性判断の場面におけるメリットを享受した上で、サポート要件や充足論における不利益を低減する方策はあるのだろうか?
これに対する一つのあり得る回答としては、「発明の課題」を一般論として広めに記載する(又は、全く記載しない。外国で作成された明細書には課題の記載が全くないものもあるが、必ずしも不利益は受けていない。)とともに、具体的な課題(又は効果)を、下位の従属項若しくは一実施態様に対応するものであることを明記し、又は、実施例の試験結果若しくは考察として記載するという方策があり得る。この点については、以下の論稿に詳解されている。(高石秀樹「発明の詳細な説明において、実施例と別に一般論として『効果』等を具体的・詳細に記載することの功罪」別冊パテント13号(日本弁理士会中央研究所、2014年)、高石秀樹「進歩性判断における『異質な効果』の意義」別冊パテント第15号(日本弁理士会中央研究所、2016年))
3 サポート要件違反の有無について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
そこで,以下,本件発明が解決しようとする課題につき検討した上で,本件特許の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かを検討する。…
イ 第1の目的について
(ア) 第1の目的のうち,「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高く」に関しては,本件明細書の発明の詳細な説明に以下の記載がある。
・「コイルスプリングの先端部をコアワイヤに固着するためのはんだとしてAu—Sn系はんだが使用されているので,先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmと短い(はんだによる固着領域が狭い)にも関わらず,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度を十分に高い(コアワイヤの遠位端側小径部の破断強度より高い)ものとすることができ,コイルスプリングに挿入されている状態のコアワイヤに引張力を作用しても,コアワイヤが引き抜かれるようなことはない。」(【0027】)
・「ステンレスと,白金(合金)とをAu—Sn系はんだを使用して固着することにより,Ag—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度の固着力(引張強度)が得られる。」(【0058】)
・「先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmと短い場合(はんだの浸透範囲がコイルピッチの1~3倍である場合)であっても,コアワイヤ10に対するコイルスプリング20の固着強度を十分高くすることができ,具体的には,コアワイヤ10の遠位端側小径部11の引張破断強度より高くすることができる。」(【0058】)
・「コイルスプリングとコアワイヤとの間に引張力を作用させ,破断部位を観察して固着性を評価した。評価基準は,コアワイヤの遠位端側小径部に破断が生じた場合を『○』,コイルスプリングまたは遠位端側小径部とはんだとの間で剥離が生じた場合を『×』とした。1つでも『×』がある場合には,製品とすることができない。」(【0078】)
(下線はいずれも当裁判所が付したものである。)
上記各記載によれば,「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高く」とは,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)がコアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと,又はAg—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを意味し,このような固着強度が確保されることによって先端硬直部分の長さを0.1~0.5mmとすることが可能になるものと認められる。
(イ)「従来のものと比較してシェイピング長さを短くすること」については,本件発明の「先端硬直部分」が,コイル内部に浸透したAu—Sn系はんだにより自由に曲げることができなくなったコイルスプリングの先端部分と,Au—Sn系はんだにより形成された先端チップとによる硬直部分を意味するものであり(【0054】),この先端硬直部分の長さによってシェイピング長さが画定されることに鑑みると,請求項1記載の「Au—Sn系はんだによる先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmであること」によって達成されるものと認められる。
(ウ) そうすると,本件発明が第1の目的を達成できると当業者が認識し得る範囲のものであるといい得るためには,本件明細書の発明の詳細な説明の記載や出願時の技術常識から,本件発明において「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高」いこと,より具体的には,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)がコアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと,又はAg—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを当業者が認識し得ることを要するといってよい。…
ここで,請求項1記載の「Au—Sn系はんだ」の意義につき,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌するに,発明の詳細な説明には「本発明で使用するAu—Sn系はんだは,例えば,Au75~80質量%と,Sn25~20質量%との合金からなる。」(【0057】)との例示はあるものの,これを除けばその定義を含め何らの記載もない。実施例である「Au—Sn系はんだ」の固着性に係る試験結果及び比較例である「Ag—Sn系はんだ」の同試験結果の記載部分(【0075】~【0083】)においても,「Au—Sn系はんだ」の具体的な組成については記載がない。
そうすると,請求項1に記載の「Au—Sn系はんだ」の意義については,一般的な技術用語の意味に解し,「Au及びSnを主成分として含むはんだである必要があり,AuとSn以外のその他の元素や金属間化合物を含有しても,しなくてもよく,含有しない場合,Auと,Snの成分比率も何ら限定されない『はんだ』」と解釈するのが適当である。…
請求項1記載の「Au—Sn系はんだ」は,Au及びSnを主成分として含むはんだである必要があり,AuとSn以外のその他の元素や金属間化合物を含有しても,しなくてもよく,含有しない場合,AuとSnの成分比率も何ら限定されないはんだと解されるところ,上記エ~カを総合的に考慮すると,Au及びSn以外の元素の有無や各成分の含有量を特定しない場合においても,当業者が,本件発明の課題解決のために必要なAu—Sn系はんだの固着強度,すなわち,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が,コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い,又はAg—Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを認識し得るということはできないというべきである。
したがって,請求項1の記載はサポート要件に適合しているということはできない。
(Keywords)記載要件、36条、サポート要件、課題、はんだ、2.5倍、ワイヤ、固着強度、日本ライフライン、朝日インテック
文責:高石 秀樹(弁護士・弁理士),小松 邦光(弁理士)
監修:吉田 和彦(弁護士・弁理士)
本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp