平成28年1月28日(平成26年(ワ)第25013号)(東京地裁46部、長谷川裁判長)
本件発明(メニエール病治療薬。特許第4778108号の請求項1)における「成人1日あたり0.15~0.75g/kg体重のイソソルビトールを経口投与されるように用いられる」(構成要件A)とは、当該用量を、患者の病態変化その他の個別の事情に着目した医師の判断による変動をしない段階、すなわち治療開始当初から、患者の個人差や病状の重篤度に関わりなく用いられることをいうものと解釈される。
そして、被告各製品が当該構成要件Aを充足するためには、構成要件A所定の用法用量が添付文書に記載されていること又は製造販売業者が提供する情報に含まれていることが必要であるところ、被告製品の添付文書等に記載された用量に構成要件A所定の用量は含まれていない。
この点、①被告製品の添付文書等には「症状により適宜増減する」という記載があるものの、ここにいう適宜増減とは、投与開始時の患者の病状やその後の変化を踏まえ、医師の判断により投与量を増減させることをいうと解されるから、構成要件Aの上記解釈によれば、漸減の結果、投与量が構成要件A所定の範囲内に至った場合も含まれるとの原告の主張は採用できない。
また、②被告らのMRが1日当たり60∼70mL(1ml当たり0.7gのイソソルビトールが含まれる)の投与を推奨したとする原告主張の事実を認めるに足りる証拠はなく、また、③被告製品2及び3は20mL、23mLの分包であり、構成要件A所定の範囲内の投与量を前提としているとの原告主張に対しても、「1日」標準量ではなく、「1回」標準量であると評価されるから、被告らが治療開始時から標準的に構成要件A所定の投与量をもって用いられるものとして各分包品を製造販売したと認めるのは困難である。
本判決は、構成要件Aが規定するイソソルビトール投与の用いられ方の上記限定解釈の根拠として、下記(判決文の抜粋)にあるように、①本件発明の課題及びその解決手段(従来、投与量が過大であったために種々の問題が生じてきたところ、投与量を構成要件Aに記載の範囲まで削減することによって課題を解消したものである点)、②実施例等において、投与量を時間的推移に着目して変動させたものが見当たらないことを挙げており、明細書の課題や実施例等の記載により、クレームが限定的に解釈された点において重要である。
投与量の充足性の立証においては、添付文書の記載が基本となるが、添付文書等記載の投与量が必ずしもクレームに含まれない場合であっても、製造販売業者が提供する情報、本件でいえば(特に、患者の個人差や病状の重篤性によらず)上記②の被告らのMRが1日当たり60∼70mLの投与を推奨した事実(及びそれを裏付ける証拠)があれば、充足性が認められる余地もあるように思われる。この点に関連して、当該用途を直接かつ明示的に表示して製造、提供または使用していなくても、具体的な客観的事実関係の下で、当該用途に使用されるものとして製造または提供されていることが立証されれば、侵害にあたると認めた裁判例として、知財高判平成18年11月21日(平成17年(ネ)第10125号)が挙げられる。
(4)…本件明細書の記載によれば,本件発明は,従来のイソソルビトール製剤(これが被告製品1を指すことは明らか…)の投与量が過大であり,そのために種々の問題が生じるところ,その投与量を構成要件Aに記載の…範囲にまで削減することによって上記の問題を解消したというものである。そうすると,本件発明の治療薬は,構成要件A記載の範囲を超える量のイソソルビトールを投与する用法を排除し,従来より少ない量を投与するように用いられる治療薬に限定されるということができる。換言すると,上記範囲を超える量のイソソルビトールを投与するように用いられる治療薬は,…,個々の患者の特徴や病態の変化に応じて医師の判断により投与量が削減された場合には構成要件Aに記載された量で用いられ得るものであっても,本件発明の技術的範囲に属しないと解すべきである。このことは,…実施例又は参考例において,イソソルビトールの投与量を時間的推移に着目して変動させたものが見当たらないことからも裏付けられると解される。
したがって,構成要件Aの「成人1日あたり0.15∼0.75g/kg体重のイソソルビトールを経口投与されるように用いられる」とは,上記の用量を,患者の病態変化その他の個別の事情に着目した医師の判断による変動をしない段階,すなわち治療開始当初から,患者の個人差や病状の重篤度に関わりなく用いられることをいうものと解するのが相当である。
(5)以上の解釈に基づき,被告製品が構成要件Aを充足するか否かについてみるに,一般に,薬剤の用法用量は添付文書に記載され…,医薬品の製造販売業者から提供される…ことが義務づけられていることに照らすと,被告製品が構成要件Aを充足するというためには,構成要件A所定の用法用量が添付文書に記載されていること又は製造販売業者が提供する情報に含まれていることが必要であると考えられる。
ところが,…被告製品の添付文書,インタビューフォーム及びくすりのしおりに記載された用量に構成要件A所定の用量は含まれていない。なお,上記添付文書等には「症状により適宜増減する」という記載があるが,ここにいう適宜増減とは,投与開始時の患者の病状やその後の変化を踏まえ,医師の判断により投与量を増減させることをいうと解される…から,適宜増減の結果イソソルビトールの投与量が構成要件A所定の範囲に含まれる場合があるとしても,これをもって被告製品が本件発明の技術的範囲に属するということはできない。
…
したがって,被告製品が構成要件Aを充足するということはできない。
(6)これに対し,原告は,①構成要件Aの解釈に関し,漸減の結果,投与量が構成要件A所定の範囲内に至った場合も含まれる,②MRが治療開始当初から構成要件A所定の範囲で投与すべき旨の情報提供を行っている,③被告製品2及び3は20mL,23mLの分包であり,構成要件A所定の範囲内の投与量を前提にしたものであると主張する(が)…上記①については,前記(4)において説示したところに反する。上記②については,被告らのMRが1日当たり60∼70mLの投与を推奨したことなど原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。上記③については,…,被告製品2及び3の添付文書,インタビューフォームは被告製品1と同一であり,くすりのしおりも,分包の内容の説明が付加されたことを除いてはこれと同一である。加えて,…,被告らは分包品として被告製品2(20mL)及び3(23mL)のほか30mLのものを製造販売していること,被告製品3の販売に当たり,被告興和株式会社は,追加販売する被告製品3がメニエール病に対する1回標準量となり得るか説明を求める旨の独立行政法人医薬品医療機器総合機構からの照会に対し,体重40kgのメニエール病患者についての1日標準量が60∼80mL,1回標準量が20∼26.7mLであることなどを示した上で,1回標準量となり得ると考える旨回答したことが認められる。また,各分包につき被告製品の標準用量…及び用法…から計算すると,被告製品2は体重30∼40kg,同3は34.5∼46kg,30mLの分包品は45∼60kgの患者の1回標準量となると考えられる。そうすると,…被告らが治療開始時から標準的に構成要件A所定の投与量をもって用いられるものとして上記各分包品を製造販売したと認めるのは困難である。
(Keywords)充足性、用法用量、用途、投与量、メニエール病治療薬、イソソルビトール、経口投与、興和
文責:弁護士・弁理士 小林 正和(第二東京弁護士会)
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