【論稿/一般】「私の書棚(特許実務に有用な書籍、日本語の発信)」(会社法務AtoZ2023年6月号)※私の執筆記事を、第一法規の許諾を得て転載します。

 

筆者の専門分野は特許及び意匠であり、それぞれについて重要裁判例を網羅した裁判例事典を執筆している。特に、特許実務は、技術と法律の融合であることに加えて、特許庁の審決が相当割合(数十%)裁判所で覆されるという行政訴訟としては珍しい状況であるため、実務家としては特許裁判例を離れて実務を語ることができない。他方、日本の特許出願数が減少傾向であるといっても年間約30万件あり、そのうち審査請求される特許出願が年間約13万件もあるのに対し、特許侵害訴訟が年間150件程度に過ぎないことを考えると、特許査定を得られない限り権利は存在しない以上、特許実務に費やされる時間は見掛け上特許庁の審査が99.9%であるかもしれない。もっとも、0.1%の裁判に至らなくても特許権は抑止力を供し、クロスライセンスに使われる。特許裁判例は、他の法分野と異なり、特許法上の諸論点について裁判例の判断傾向が数年単位で変化する。最新裁判例を受けて、特許庁の審査基準やハンドブックも数年毎に改定されているから、殆どの論点で整合する。

(1)特許庁審査基準・ハンドブック(付属事例集を含む)

特許法上の全論点について、実体法上・手続法上の、審査官が従う方針が記載されている。特許庁における手続は審査基準等に従えば略間違いがなく、迷ったときは特許庁に電話で質問することもできる。他方、実体法については、多数裁判例と若干ずれている論点もあり、裁判所、特許庁審判で主張するとき、特許権行使時は裁判例に沿って主張する必要があるが、審判に進まずに審査段階で特許化を狙う場合は、裁判所的な考え方を封印して、審査基準に完全に沿った主張を展開することとなる。(意匠、商標も同じ。)

<対象>特許実務家全員

<用途>特許庁の審査実務(裁判、審判では裁判例が優先される)

(2)特許庁編 工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第20版〕

特許法の全条文について、特許庁の解釈が示されている。裁判所と見解が分かれることがないと見込まれる事項に絞って解説されているため、実務上争いがある論点は解説がなく、実務上の迷いを解決できる場合は多くないページ数は薄い本。逆に言えば、逐条解説で解説されている事項は実務上略争いがないことの指標として確認できる。その意味で、上級者は内容を知らないということはないが、逐条解説に記載されている事項は説得力があるため、審査、審判、裁判、交渉等の実務において常に確認する書籍であり。(意匠、商標も同じ。)

<対象>特許実務家全員(初心者は必須)

<用途>当該論点について実務上略争いがないことの指標

(3)日米欧中に対応した特許出願戦略と審査対応実務(改訂版)(弁理士 立花顕治)

特許権はグローバルであるから、日米欧中韓で権利化を目指すことが多い。そうすると、日本の審査基準のみならず、米国MPEP、欧州特許審査ガイドライン、中国審査新案及び最高人民法院の解説、韓国の審査基準を確認し、各論点毎に日本の審査基準等との相違点を把握することが重要である。其々の日本語訳が公表されているから、私は論点毎の対比表を作成しているが、各国審査基準の文章のみからは読み取れない各国特許庁実務が存在する。同書籍は、多数の外国出願における審査も踏まえた日米欧中の特許庁の特許庁対応方針が解説されており、諸外国出願に携わる実務家のバイブルである。立花弁理士所属のレクシア特許事務所が発行する無料メルマガも更に実務的なコンテンツを提供している。

<対象>外国出願に携わる者(中級者、上級者)

<用途>諸外国の審査実務につき、論点毎に日本の審査基準等との相違点を把握する

(4)特許裁判例事典<第3版>(弁護士・弁理士・米国CA州弁護士 高石秀樹)

日本の重要特許裁判例を、論点毎に権利者有利・不利という視点から分類した事典的書籍。例えば、実務で「パラメータ発明の進歩性」という論点が問題となり、裁判例を確認したいときは、同論点の項目に上がっている裁判例群を確認することにより、権利者側であっても、被疑侵害者側であっても、自社に有利な裁判例、不利な裁判例を把握することが可能となり、時機的なトレンドの変化も把握できる。判決文中の重要箇所を引用し、核心的部分を赤字にしたため一目で理解できる。各裁判例を一言で纏めた説明が付されているため、各論点中のどの裁判例について確認すればよいかもわかりやすい。(「意匠裁判例事典」も同じ。)

<対象>特許実務においてissueから始めることができる上級者

<用途>実務上問題となった論点について自社に有利/不利な裁判例を把握し、戦略・戦術を構築する。

(5)新・注解特許法〔第2版〕

特許に関する最も厚い本(3分冊)。学者、弁護士、弁理士が特許法の条文毎に詳述した書籍であり、裁判例に加えて、諸学説まで紹介されている。下級審裁判例が割れているとき、最高裁に上告受理申し立てするときに、学説まで網羅的に整理する場面において重宝する。また、マイナーな論点で裁判例が蓄積していない論点が実務で問題となったとき(例えば、強制実施権、製造方法の推定など)、逐条解説に記載がないときは、学説に依拠した議論を展開する必要があるため、必読である。

<対象>上級者

<用途>裁判例が蓄積していないマイナー論点について諸学説を確認する。

(6)文書提出命令の理論と実務〔第2版〕

裁判所においては、特許権が被告製品/方法を特定し、特許発明の技術的範囲を充足することを立証する必要があるところ、被告工場内の装置や、BtoB製品では特許権者がこれを特定することは困難である場合が多い。そのため、特許権者としては裁判所に文書提出命令(民事訴訟法220条、特許法105条)を申し立てるが、特許事件においては侵害の疎明が足りないとして否定されることも多い。(令和3年に査証制度が導入されたが、文書提出命令よりもハードルが高い。)もっとも、裁判所が文書提出命令を発令する事案である旨の心証を被告に伝え、被告が任意に証拠を提出することも多いため、裁判所における文書提出命令の理論と実務を把握することは、実務上重要である。(特許以外の知財事件も同じ。)

<対象>弁護士、裁判担当者

<用途>裁判所における主張・立証方針の確立

(7)その他の特許実務上有用な日本語の発信

①「徒然なるままに欧州知財実務」(長谷川寛弁理士、ドイツ弁理士)https://hasegawa-ip.com

日本弁理士資格を有し、ドイツ弁理士資格も取得した長谷川寛先生が、ドイツの事務所で特許出願実務を遂行する中で得た欧州特許に関する知見を惜しみなく提供してくれている。欧州特許実務を日本語で学習する情報源としては、一次情報でもあり最適である。

②「Open Legal Community」(野口剛史米国特許弁護士)

https://openlegalcommunity.com/blog/

米国特許弁護士である野口剛史先生が、米国連邦最高裁判決、CAFC判決を含む米国特許実務の最新情報を日本語で提供してくれる。雑誌記事よりも圧倒的に情報が早い。

③「医薬的特許的判例ブログ」(匿名/Fubuki)https://www.tokkyoteki.com

医薬分野の裁判例に加えて、審決、諸外国動向、医薬品の権利関係について紹介しており、医薬業界の知財関係者必読のブログ。学者の論文中でも多数引用されている。

④「そーとく日記」(匿名/そーとく)https://thinkpat.seesaa.net

厳選した裁判例について紹介している。学者の論文とは異なる視点から、他の関連裁判例との関係も踏まえて考察しており、実務上極めて有用な特許実務家必見のブログ。各学者の論文中でも多数引用されている。同ブログしか指摘していない視点も多い。

⑤「特許法の八衢」(田中汞介弁理士)https://patent-law.hatenablog.com

学者の論文とは異なる視点から、裁判例を考察しており、実務上極めて有用な特許実務家必見のブログ。学者の論文中でも引用されている。

⑥「知財みちしるべ」(松下正弁理士)www.furutani.co.jp/matsushita/001/

知財全分野の裁判例を完全網羅して紹介するブログ。考察を付さずに判決公開後直ちにアップすることにより、国内最速の紹介スピードを誇る。(知財全分野)

⑦弁護士・高石秀樹の特許チャンネル(高石秀樹)https://www.youtube.com/@tokkyo

特許法上の諸論点について動画で説明しているYouTubeチャンネル。特許実務において、問題となった論点について視聴することにより単元毎に学習できる。知財部に配属された新人教育にも使える。(意匠も同じ。)

⑧ゲストがスピーカーとして登壇する形式の知財実務上有用なチャンネル

・知財実務オンライン(加島広基弁理士、押谷昌宗弁理士)

https://www.youtube.com/channel/UC9wUmfwG0y4sYYGh5GApneA

・知財LAB (高橋政治弁理士)https://chizai-jj-lab.com

・e-patent(野崎篤志)https://www.youtube.com/@ePatent

以 上

 

 

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先:h_takaishi☆nakapat.gr.jp(☆を@に読み換えてください。)