◆判決本文
1.著作物の要件について
著作物として著作権法上の保護を受けるためには,①「思想又は感情」それ自体ではなく,「表現したもの」でなければならず,また,②「創作的に」表現したものでなければならない(著作権法2条1項1号)。そして,「創作」性は,高い独創性を要しないものの,創作者の何らかの個性の発揮を要する。そして,ありふれた表現は,創作者の個性の発揮がなく,「創作」性を欠く。また,アイデアの表現方法が1つしかなく,又は相当程度に限定される場合には,当該アイデアに基づく表現は,誰が表現しても同一又は類似のものにならざるを得ないから,「創作」性を欠く。
2.原告作品「メッセージ」の著作物性について
【判決書別紙原告作品目録より引用】
原告作品中の本物の公衆電話ボックスと異なる外観のうち,①電話ボックスの多くの部分に水が満たされている点は,電話ボックスを水槽に見立てるアイデアの表現方法に選択の幅が狭いことから,②電話ボックスの出入口面の縦長の蝶番がなく,4側面とも全面がアクリルガラスである点は,鑑賞者の注意を惹き難いことから,また,③その水中に50~150匹程度の赤色の金魚が泳いでいる点は,金魚の色と数の組合せがありふれていることから,各単独では,表現上の創作性を欠く。一方,④公衆電話機の受話器がハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している点は,本来あり得ない非日常的な情景で,電話先との通話状態がイメージされ,鑑賞者に強い印象を与えることから,原告の個性の発揮がある。なお,原告が重視する,環境問題をテーマとする原告作品の電話ボックスの屋根及び公衆電話機の各色が黄緑色である点は,本物の公衆電話ボックスにもよく見られることから,それ単独では,表現上の創作性を欠く。
以上によれば,原告作品は,①及び③に④を加えることにより,原告の個性の発揮があり,表現上の創作性がある1つの美術作品として,美術の著作物に該当するというべきである。
3.著作物の複製又は翻案の要件について
著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを有形的に再製すること(著作権法2条1項15号)をいい,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいう(最判昭和53年9月7日,最判平成13年6月28日参照)。
4.同一性又は類似性について
【判決書別紙被告作品目録より引用】
被告作品は,原告作品と,①公衆電話ボックス様の造作水槽に水が入れられ,水中に主に赤色の金魚が50~150匹程度泳いでいる点,及び,②公衆電話機の受話器がハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している点,という原告作品のうち表現上の創作性のある部分の全てにおいて共通し,①公衆電話機の機種,②公衆電話機の色,③電話ボックスの屋根の色,④公衆電話機の下にある棚の段数及び形状,⑤電話ボックス中の水量,等という原告作品のうち表現上の創作性のない部分において相違する。
そうすると,被告作品は,原告作品の内容及び形式を覚知させるに足りるものを有形的に再製したものといえる。また,仮に相違する公衆電話機の機種と色,電話ボックスの屋根の色の選択に創作性が肯認され,被告作品が原告作品と別の著作物といえるとしても,被告作品は,原告作品の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,同特徴を直接感得することができるものといえる。
1.判決要旨1は,著作物の要件について,著作物の定義規定(著作権法2条1項1号)に基づき,一般的なアイディア・表現二分論を判示しつつ,従来からの多数裁判例(東京高判昭和62年2月19日〔当落予想表事件〕等)及び多数説(斉藤博「著作権法〔第3版〕77頁等)と同様に,表現上の創作性に創作者の個性の発揮を必要とした。その上で,多数裁判例(知財高判平成20年7月17日〔ライブドア裁判傍聴記事件〕等)と同様に,ありふれた表現は,創作者の個性の発揮がなく,創作性を欠くとするとともに,一般的なマージャー(混同)理論を判示した。かかる判決要旨1には,創作性を表現の選択の幅と捉える近年の有力説(中山信弘「著作権法〔第3版〕」70頁)がある点を除き,特に異論はない。
2.判決要旨2は,著作物の要件に関する判決要旨1を前提に,原告作品の著作物性,特に表現上の創作性について,特に原告作品中の本物の公衆電話ボックスと異なる外観のうち④公衆電話機の受話器がハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している点のみを重視して,肯認した。
この点,著作物の要件に関する同様の判示内容を前提に,結論として同様に原告作品の著作物性を肯認するに当たり,原判決(奈良地判令和元年7月11日(平30(ワ)466号))が,上記④の表現上の創作性をマージャー(混同)理論により否定する一方,原告作品の電話ボックスの屋根及び公衆電話機の各色が黄緑色である点をも含めて電話ボックスの色・形状,内部に配置された公衆電話機の種類・色・配置等の具体的な表現に創作性を肯認したことと対照的である。
原判決後,学説上,原判決の上記あてはめが批判的に検討される(諏訪野大「判評」発明2020年4月号44頁等)とともに,原告作品のような既製品を素材とするレディ・メイドの現代美術作品に関する表現上の創作性の所在が詳細に検討されていた(木村剛大「現代美術のオリジナリティとは何か?著作権法から見た『レディメイド』(2)」美術手帖ウェブサイト(https://bijutsutecho.com/magazine/series/s22/20291))ところ,かかる学説の検討内容からは,判決要旨2は,必ずしも創作者の創作意図によらない点で異論もあり得ようが,なお是認され得るものと思われる。
3.判決要旨3は,著作物の複製又は翻案の要件について,複製の定義規定(著作権法2条1項15号),旧著作権法下での無形複製や翻案をも含む複製の意義に関する最判昭和53年9月7日〔ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件〕,及び,現行著作権法下での翻案の意義に関する最判平成13年6月28日〔江差追分事件〕に基づき,判示したものであり,裁判例及び学説上,特に異論はない。
4.判決要旨4は,著作物の複製又は翻案の要件に関する判決要旨3を前提に,被告作品が原告作品と原告作品のうち表現上の創作性のある部分(判決要旨2に係る①,③及び④)の全てにおいて共通することから,依拠性以外の複製の要件が充足され,また,仮に相違する公衆電話機の機種と色,電話ボックスの屋根の色の選択に創作性が肯認され,被告作品が原告作品と別の著作物といえるとしても,なお依拠性以外の翻案の要件が充足されると判断したものである。
このように,原告作品中の創作的表現が被告作品に共通するか否かを検討する手法(二段階テスト)は,裁判例及び学説上,一般的であるとともに,更に相違する被告作品中の創作的表現をも勘案して全体的に翻案の成否を検討する手法(全体比較論)も,学説上は肯否が分かれる(肯定説:中山信弘「著作権法〔第3版〕」721頁等、否定説:田村善之「判批」知的財産法政策学研究41号97頁以下等)ものの,裁判例上,多く見られる(知財高判平成24年8月8日〔釣りゲータウン事件〕等)。
そして,判決要旨4は,原告作品中の創作的表現の認定を原判決と相異した結果,二段階テスト上,同表現が被告作品に共通するか否かについて,原判決が否定したのに対し,肯定した点において,原判決と対照的である。また,判決要旨4は,同表現と相違する被告作品中の仮定的な創作的表現を勘案したとしても,なお全体的に翻案の成立が肯定されるとした点において,これを否定することが多い全体比較論上も,特徴的である。かかる判決要旨4について,学説上,控訴審において被告の依拠性が被告代表者の不誠実な供述態度とともに肯認された点が影響を与えたものと理解する見解がある(木村剛大「『アイデア』と『表現』の狭間をたゆたう金魚かな。金魚電話ボックス事件大阪高裁判決の思考を追う」Yahoo!ニュース(https://news.yahoo.co.jp/articles/daa625b2d2b9e275f325d8e287512168bebf76af)。
1.著作物の要件について
「著作物とは,『思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術, 美術又は音楽の範囲に属するもの』をいうから(同法2条1項1号),ある表現物が著作物として同法上の保護を受けるためには,『思想又は感情を創作的に表現したもの』でなければならない。第1 に,思想又は感情自体ではなく『表現したもの』でなければならないということであり,第2に,『創作的に表現したもの』でなければならないということである。そして,創作性があるといえるためには,当該表現に高い独創性があることまでは必要ないものの,創作者の何らかの個性が発揮されたものであることを要する。表現がありふれたものである場合,当該表現は,創作者の個性が発揮されたものとはいえず『創作的』な表現ということはできない。また,ある思想ないしアイデアの表現方法がただ1つしか存在しない場合,あるいは1つでなくとも相当程度に限定されている場合には,その思想ないじアイデアに基づく表現は,誰が表現しても同じか類似したものにならざるを得ないから,当該表現には創作性を認め難い。」
2.原告作品の著作物性について
「原告作品のうち本物の公衆電話ボックスと異なる外観に着目すると,次のとおりである。
第1に,電話ボックスの多くの部分に水が満たされている。
第2に,電話ボックスの側面の4面とも,全面がアクリルガラスである。
第3に,その水中には赤色の金魚が泳いでおり,その数は,展示をするごとに変動するが,少なくて50匹,多くて150匹程度である。
第4に,公衆電話機の受話器が,受話器を掛けておくハンガ一部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。
そこで検討すると,第1の点は,電話ボックスを水槽に見立てるという斬新なアイデアを形にして表現したものといえるが,表現の選択の幅としては,入れる水の量をどの程度にするかということしかない。また,公衆電話ボックスが水槽化していることが鑑賞者に強烈な印象を与えるのであって,水の量が多いか少ないかに特に注意を向ける者が多くいるとは考えられない。したがって,電話ボックスを水槽に見立てるというアイデアを表現する方法には広い選択の幅があるとはいえないから,電話ボックスに水が満たされているという表現だけを見れば,そこに創作性があるとはいい難い。
第2の点は,本物の公衆電話ボックスと原告作品との相違であるが,出入口面にある縦長の蝶番は,それほど目立つものではなく,公衆電話を利用する者もその存在をほとんど意識しない部位である。したがって,鑑賞者にとっても,注意をひかれる部位とはいい難く,この縦長の蝶番が存在しないという表現(すなわち,電話ボックスの側面の全面がアクリルガラスであるという表現)に,原告作品の創作性が現れているとはいえない。
第3の点は,これも斬新なアイデアを形にして表現したものである。そして,金魚には様々な種類があり,種類によって色が異なるものがあるから(公知の事実),泳がせる金魚の色と数の組み合わせによって,様々な表現が可能である。実際,1000匹程度の金魚を泳がせていた『テレ金』は,床面辺りから大量の気泡が発生していることと相まって,原告作品とはかなり異なった印象を鑑賞者に与える作品であると評価することができ,その表現に原告作品との相違があることは明らかである。もっとも,このように表現の幅がある中で,原告作品における表現は,水中に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという表現方法を選択したのであるが,水槽である電話ボックスの大きさとの対比からすると,ありふれた数といえなくもなく,そこに控訴人の個性が発揮されているとみることは困難であり,50匹から150匹程度という金魚の数だけをみると,創作性が現れているとはいえない。
第4の点は,人が使用していない公衆電話機の受話器はハンガ一部に掛かっているものであり,それが水中に浮いた状態で固定されていること自体,非日常的な情景を表現しているといえるし,受話器の受話部から気泡が発生することも本来あり得ないことである。そして,受話器がハンガ一部から外れ,水中に浮いた状態で,受話部から気泡が発生していることから,電話を掛け,電話先との間で,通話をしている状態がイメージされており,鑑賞者に強い印象を与える表現である。したがって,この表現には,控訴人の個性が発揮されているというべきである。
……
なお,第1から第4までの点のほかに,控訴人は,原告作品が環境問題をテーマとしていることから,公衆電話機の色と電話ボックスの屋根の色がいずれも黄緑色であることを特に重視している(控訴人本人)。しかし,原告作品は,実際に存在するいくつかの公衆電話ボックスの中から選択したものとほぼ同じ外観をした水槽から成るところ,公衆電話機の色と屋根の色が黄緑色のものはよく見られるところであるから(公知の事実),この点だけをみる限り,そこに創作性を認めることはできない。
以上によれば,第1と第3の点のみでは創作性を認めることができないものの,これに第4の点を加えることによって,すなわち電話ボックス様の水槽に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという状況のもと,公衆電話機の受話器が,受話器を掛けておくハンガ一部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生しているという表現において,原告作品は,その制作者である控訴人の個性が発揮されており,創作性がある。このような表現方法を含む1つの美術作品として,原告作品は著作物性を有するというべきであり,美術の著作物に該当すると認められる。」
3.著作物の複製又は翻案の要件について
「著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを有形的に再製すること(著作権法2条1項15号)をいい,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁,最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4 号837頁参照) 。」
4.同一性又は類似性について
「原告作品と被告作品の共通点は次のとおり(以下『共通点①』などという。)である。
① 公衆電話ボックス様の造作水槽(側面は4面とも全面がアクリルガラス)に水が入れられ(ただし,後記イ⑥を参照),水中に主に赤色の金魚が50匹から150匹程度,泳いでいる。
② 公衆電話機の受話器がハンガ一部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。」
「原告作品と被告作品の相違点は次のとおり(以下『相違点①』などという。)である。
① 公衆電話機の機種が異なる。
② 公衆電話機の色は,原告作品は黄緑色であるが,被告作品は灰色である。
③ 電話ボックスの屋根の色は,原告作品は黄緑色であるが,被告作品は赤色である。
④ 公衆電話機の下にある棚は,原告作品は1 段で正方形であるが,被告作品は2 段で,上段は正方形,下段は三角形に近い六角形(野球のホームベースを縦方向に押しつぶしたような形状)である。
⑤ 原告作品では,水は電話ボックス全体を満たしておらず,上部にいくらかの空間が残されているが,被告作品では,水が電話ボックス全体を満たしている。
⑥ 被告作品は,平成26年2月22日に展示を始めた当初は,アクリルガラスのうちの1 面に縦長の蝶番を模した部材が貼り付けられていた。」
「共通点①及び②は,原告作品のうち表現上の創作性のある部分と重なる。……
一方,他の相違点はいずれも,原告作品のうち表現上の創作性のない部分に関係する。原告作品も被告作品も,本物の公衆電話ボックスを模したものであり,いずれにおいても,公衆電話機の機種と色,屋根の色(相違点① ~ ③)は,本物の公衆電話ボックスにおいても見られるものである。公衆電話機の下の棚(相違点④)は,公衆電話を利用する者にしても鑑賞者にしても,注意を向ける部位ではなく,水の量(相違点⑤)についても同様であることは前記のとおりである。すなわち,これらの相違点はいずれもありふれた表現であるか, 鑑賞者が注意を向けない表現にすぎないというべきである。
そうすると,被告作品は,原告作品のうち表現上の創作性のある部分の全てを有形的に再製しているといえる一方で,それ以外の部位や細部の具体的な表現において相違があるものの,被告作品が新たに思想又は感情を創作的に表現した作品であるとはいえない。そして,後記(3)のとおり,被告作品は,原告作品に依拠していると認めるべきであり,被告作品は原告作品を複製したものということができる。
仮に,公衆電話機の種類と色,屋根の色(相違点① ~ ③)の選択に創作性を認めることができ,被告作品が,原告作品と別の著作物ということができるとしても,被告作品は,上記相違点①から③について変更を加えながらも,後記(3)のとおり原告作品に依拠し,かつ,上記共通点①及び②に基づく表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,原告作品における表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから,原告作品を翻案したものということができる。」
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※本稿の内容は、一般的な情報を提供するものであり、法律上の助言を含みません。
文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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