平成29年(ワ)28189「シート状物の積層体(ウェットティッシュ)」事件(佐藤裁判長)
-「略1/2の幅」というクレーム文言につき、発明の課題を考慮して、「1/2」との乖離幅が1割程度の範囲内にない場合は非充足とした事例。
⇒数%のシートは数値範囲内であったが、平均値が範囲外であったため、非充足となった。…
⇒1枚1枚のシートが発明対象であったならば、その限りで侵害が認められたのか!?
【本判決の要旨、考察】
1.本件発明
本件発明等の積層体の各シート状物の「第1の中間片」は所望とする積層体の幅寸法と略同じ長さに形成され(構成要件B)、「第2の中間片」は第1の中間片の略1/2の幅に形成され(構成要件C),「第1の折片」は第2の中間片と略同じ幅に形成される(構成要件D)ものと特定されている。
これらの「第1の中間片」「第2の中間片」「第1の折片」は、原告が作成した被告製品説明書添付の図面を見ると、以下のとおりである。
2.争点(「第2の中間片」は第1の中間片の略1/2の幅に形成され(構成要件C)の充足性)
(1)「略」の解釈についての判示
構成要件C等にいう「略」(ほぼ)とは,一般に,数値との関係で用いられる場合は「おおかた,おおよそ」といった意味を有し,正確又は完全にその数値と一致しないとしても,その数値と同様ということができる程度に近似することを表す語であり,本件発明等における寸法に関する発明特定事項としての「略」という語も同様の意味を有するものと解するのが自然である。
(2)原告の主張
本件発明等の課題,解決手段及び効果に鑑みれば,…本件発明等における「略1/2」の語は,1/2を超える場合は含まないが,1/2より短いものは,前記aに規定する範囲で広く許容する意味と解釈すべきである。(「前記a」=「a 所定の幅より短い場合」 例えば,シート状物の幅が約200mm,所望とする積層体の幅寸法(第1の中間片の幅)を約100mmとすると,本件発明をより限定した本件訂正発明において規定された「第2の折片の幅は,第1の中間片の幅の1/2未満で,かつ,第1の折片の幅より短い幅」であるという条件を満たしながら,第2の折片が調整できる範囲は,第2の中間片50~34mm,第1の折片50~34mm,第2の折片0~32mmとなるから,本件発明等の課題,解決手段及び効果に鑑みれば,かかる範囲内であれば「略」の許容範囲に含まれると解すべきである。)
(3)被告の主張
①第2の中間片の幅が,第1の中間片の幅に1/2を乗じた値の90%を下回る場合又は同値の110%を上回る場合,②被告各製品が本件発明の作用効果を奏しない場合のいずれかに該当する場合には,そのような第2の中間片の幅の「略1/2」とは認められず,被告各製品は構成要件Cを充足しないと解すべきである。
(4)裁判所の判断
≪「略1/2」のクレーム文言解釈≫
本件発明の課題を踏まえて、「略」という語の通常の意義及び構成要件Cにおいて第2の中間片の幅寸法が規定されている技術的意義に照らすと,同構成要件にいう「略1/2」とは,正確に2分の1であることは要しないとしても,可能な限りこれに近似する数値とすることが想定されているものというべきであり,各種誤差,シート状物の伸縮性等を考慮しても,第1の中間片の2分の1との乖離の幅が1割程度の範囲内にない場合は「略1/2」に該当しないと解するのが相当である。
≪被告製品の充足性(極一部が乖離幅1割未満であっても非充足)≫
【被告製品②】については…90%~100%の範囲内にあるものは,全80枚のうち3枚にすぎず,その平均値(…)も83%にとどまるものと認められる。また,被告PPJが…測定した結果…によれば,第2の中間片の比率が90%~100%の範囲内にあるものは,全80枚のうち30枚であるものの,同比率がその範囲内にあるものは,いずれも偶数番目のシート状物であって,奇数番目のシート状物にはこれが存在しない上,全体の平均値も84%にとどまるものと認められる。⇒非充足。
【被告製品③】については…90%~100%の範囲内にあるものの枚数及び平均値は,原告測定に係るもので6枚及び82%…,被告PPJ測定に係るもので1枚及び81%…であると認められる。⇒非充足。
(5)若干の考察
「略1/2」のクレーム文言解釈については、原告の主張に根拠がないという論評も見掛けるが、当該クレーム文言自体の巧拙・是非は別として、当該主張自体は、本件発明の課題を主張したうえで、当該課題は「1/2」以下であれば90%未満でも解決できるのであるから、同クレーム文言解釈は「1/2」以下であればよいと解釈すべきと主張したものであり、(原告は主張しなかったが均等論も念頭に置けば、)論理がないとまではいえないという印象であった。判決では、原告の主張する課題が明細書に記載されていないとして斥けられたが、逆に言えば、発明の課題がどのように認定されるかという土俵に持ち込んだものであるから、原告として有り得る主張は尽くしたのではないか。
なお、本件明細書によれば、構成要件Cの「略1/2」に関連する本件発明の課題は「①包装体の大きさを従来と同様に維持しつつ,より大きなサイズのシート状物を積層できる構造を提供すること,②包装体同士を積み重ねた際の安定感のあるシート状物の積層体を提供すること」であるところ、「本件発明等の第1の中間片の幅は積層体の幅と略同じ長さと規定されているところ,第2の中間片及びこれと略同じ幅の第1の折片の長さを第1の中間片の幅の2分の1より小さくすると,第2の折片を設けたとしても,シート状物全体のサイズがその分だけ従来のものよりも小さくなってしまい,上記①の課題を解決して上記③の効果を得ることができなくなる一方,第2の中間片の幅を第1の中間片の2分の1よりも長くすると,第2の中間片同士が中央部で重なり合い,全体の嵩高状態が不安定なものになってしまい,上記②の課題解決に支障が生じることとなる。そうすると,本件発明等の上記課題①及び②を解決し,所期の効果を奏するには,第2の中間片の幅を,第1の中間片の1/2を超えない範囲でこれに限りなく近づけることが望ましいものと認められる。」と判示されている。
上記クレーム文言解釈を前提としても、被告製品の中には、80枚中数枚は2分の1との乖離の幅が1割以内のシートが存在していた。この数枚について特許権侵害が成り立つという主張はなかったし、本件発明は「シール状物の積層体」である以上、仮にそのように主張しても侵害は認められなかったと思われるが、本件事案とは異なり、発明が積層体中の一枚一枚のシートであり、被告製品が可分である場合であれば、当該可分の物(一枚一枚のシート)其々を被告製品として特定することで、少なくともその物の範囲で特許権侵害が成り立つという場面は有り得る。その意味で、特に数値限定が技術的意義をなす発明においては、何を発明として権利化するか、そして、特許権侵害訴訟においても被告製品をどのように特定するかについても検討する必要がある。
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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