大阪地判平成3年(ワ)585【アンカーの製造方法】
*試作品の不良品問題で契約解約されたが、改良を重ねてハ号製品完成
⇒事業の準備○
⇒先使用権○
「被告方法は,偏心回転押圧機を使用する点において相違するが,本件特許発明は…かしめに用いる工具は何ら限定しておらず…同一の技術的思想の範囲内」
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大阪地裁平成 7 年 7 月 11 日判決(平成 3 年(ワ)第 585 号、特許権製造販売禁止等請求事件)
先使用権認否:○
対象 :アンカーの製造方法(特許権)
〔事実〕
・昭和 52 年 4 月 被告は、各種アンカーの設計、製作、販売等を目的として株式会社として設立さ
れた。
・昭和 53、54 年頃 被告は、発泡コンクリート用のアンカーとしてドリル孔をあけて発泡コンクリー
トに埋め込みナットを締め付けることにより先端の開脚部が傘状に広がる形式の
もの(商品名「エバーキャッチ」)の製造、工業用ファスナーの販売、仲介を業と
する誠和商事株式会社等に対するその販売を開始。
・昭和 58 年夏 当時、発泡コンクリートに打ち込むことにより脚片を拡開する形式のアン力ーと
しては 2、3 本の脚片を重ねてその頭部を熔接するものが主流であったが、外見が
余り良くなかったので、被告代表者はその改良を考え、金属部品を押圧して他の
部品と接合することが一般に行われていたことを参考に、円環に挿入した脚片の
頭部を押圧してアンカーを作れるのではないかとの構想を持つに至り、この構造
を実現すべく、吉田鉄工所こと吉田和孝に対し、鉄の脚片を 3 本束ね、その頭部
を押圧によりつぶしてアン力ーを作ってほしいと依頼。その頃間もなく、吉田和
孝は、鉄の脚片を 3 本束ね、これにワッシャー(円環)を締まりばめし、ボール
盤(ドリルを回転させて上から押圧し金属類に穴を開ける機械)のドリルを取り
外して代わりに先に窪みのあるヘッドを取り付け、同ヘッドを回転させながら脚
片の突出部を押圧し、同突出部に塑性変形を生じさせて脚片相互と円環を接合す
るという方法(以下「先使用方法」という。)により被告代表者の前記構想を実現
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し、被告代表者に教示。被告は、先使用方法をもとに、有限会社三栄鐵工所に脚
片の金型を注文し、鉄工所を経営する二井康夫らの下請業者にアンカー(この段
階では、脚片に支持突起も膨出部も有しない二号物件)の製造を開始させた。
・昭和 58 年後半 被告は、上記誠和商事株式会社に先使用方法を使用して製造したアンカーのサン
プルを示して売り込んだ。誠和商事株式会社は同サンプルが実用に耐えることを
確認して、これをデンサン工業株式会社(現商号・ジェフコム株式会社)に売り
込み、デンサン工業株式会社は、同サンプルが実用に耐えることを確認し、購入
を決め、誠和商事株式会社と被告の間で、誠和商事株式会社が被告から同アンカ
ーを継続して買い受ける旨の合意が成立。
・昭和 59 年 4 月頃 被告は、生産体制を強化すべく、豊島鐵工所こと豊島芳郎に対して、上記同様の
ヘッド及び円環、脚片を提供して同アンカーの加工を依頼し、豊島芳郎はこれを
引き受けた。
・昭和 59 年 4 月から 9 月まで 豊島芳郎は、同アンカー合計 2,215 本を加工。
・昭和 59 年 5 月頃 誠和商事株式会社は、被告に対し、製品を最終的に確定するため、最終製作図面
を提出するように求め、被告は図面を提出。
・昭和 59 年 5 月 11 日 誠和商事株式会社の担当者久住善彦は上記最終図面を承認。その後ほどなく、誠
和商事株式会社は、被告に対し、同アン力ーの主なサイズである 3 サイズについ
て各 10 万本、合計 30 万本を 3 か月後の納期の約束で注文したが、被告は納期に
同アンカーを納入できなかったたので、誠和商事株式会社は、納期から 1 か月か
ら 40 日ほどして、同アンカーの売買契約を解除。
●出願日 昭和 59 年 11 月 29 日
・昭和 60 年暮頃 上記アンカーには膨出部も支持突起も存在せず問題があったため、被告は改良を
重ね、最終的に、脚片の、円環を固定したい位置の下に支持突起を設けることに
し、膨出部付脚片の製造用の金型に支持突起を設けるための窪みを設けたが、窪
みを設ける位置を誤ったため、この金型で製造されたアンカー(イ号物件)では
円環が固定すべき位置で固定されなかったため、金型の正しい位置にもう一つの
窪みを設け、脚片の円環を固定すべき位置に支持突起を設けた(ハ号物件)結果、
アンカーの製造が順調に行われるようになったので、被告は、大阪戸樋受製作所
を通じて本格的にアンカーの販売を開始。その後、被告は、新しい金型を製作し、
脚片の円環を固定すべき位置に支持突起を設けたアンカー(口号物件)の製造販
売を開始。
〔判旨〕
「三 争点3(被告は本件特許権について先使用権を有するか)
1 証拠(乙第四、第六号証、第七号証の1~16、第八号証の1~5、第九ないし第一二号証、第一五号
証、第一八号証の1~3、第一九ないし第二四号証、第二六号証、証人久住善彦、証人吉田和孝、証人豊島
芳郎、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(-) 被告は、昭和五二年四月、各種アンカーの設計、製作、販売等を目的として設立された株式会社で
あり、昭和五三、四年頃から、発泡コンクリート用のアンカーとしてドリル孔をあけて発泡コンクリートに
埋め込みナットを締め付けることにより先端の開脚部が傘状に広がる形式のもの(商品名「エバーキャッチ」)
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を製造し、工業用ファスナーの販売、仲介を業とする誠和商事株式会社等に販売していた。
また、発泡コンクリートに打ち込むことにより脚片を拡開する形式のアン力ーとしては、昭和五八年当時、
二、三本の脚片を重ねてその頭部を熔接するものが主流であったが、外見があまりよくなかったので、被告
代表者は、その改良を考えていたところ、同年夏、金属部品を押圧して他の部品と接合することが一般に行
われていたことを参考に、円環に挿入した脚片の頭部を押圧してアンカーを作ることができるのではないか
との構想を持つに至り、この構想を実現すべく、吉田鉄工所こと吉田和孝に対し、鉄の脚片を三本束ね、そ
の頭部を押圧によりつぶしてアン力ーを作ってほしいと依頼した。
(二) 吉田和孝は、その頃まもなく、鉄の脚片を三本束ね、これにワッシャー(円環)を締まりばめし、ボ
ール盤(ドリルを回転させて上から押圧し金属類に穴を開ける機械)のドリルを取り外して代わりに先に窪
みのあるヘッドを取り付け、右ヘッドをゆっくり回転させながらこれによって脚片の突出部を押圧し、右突
出部に塑性変形を生じさせて脚片相互と円環を接合するという方法(以下「先使用方法」という。)により被
告代表者の前記構想を実現し、被告代表者に教示した。被告は、先使用方法をもとに、有限会社三栄鐵工所
に脚片の金型を注文し、鉄工所を経営する二井康夫らの下請業者にアンカーの製造を開始させた。
(三) 被告は、昭和五八年後半、前記誠和商事株式会社に先使用方法を使用して製造したアンカーのサン
プルを示して売り込んだ。誠和商事株式会社は右サンプルが実用に耐えることを確認して、これをデンサン
工業株式会社(現商号・ジェフコム株式会社)に売り込み、デンサン工業株式会社は、同様に、右サンプル
が実用に耐えることを確認し、これを購入することにした。その結果、誠和商事株式会社と被告の間で、誠
和商事株式会社が被告から右アンカーを継続して買い受ける旨の合意が成立した。
被告は、これを受け、生産体制を強化すべく、昭和五九年四月ころには、豊島鉄工所こと豊島芳郎に対し
ても、前同様のヘッド及び円環、脚片を提供して右アンカーの加工を依頼した。その加工数量、加工賃から
して極めて小さな仕事であったが、豊島芳郎は被告代表者の意気に感じてこれを引き受けた。なお、豊島芳
郎は、同年四月から九月までの間に合計二二一五本(加工賃は一本当たり三・二円で合計七〇八八円)を加
工した(その際、豊島鉄工所名義の被告に対する納品書〔乙第七号証の1~16〕は、豊島芳郎に手間をか
けさせないということで被告代表者が事実上記入した。 また、右加工賃の領収証は、被告が紛失してしま
ったため、被告に税務調査が入ることとなった平成三年四月頃、豊島芳郎は被告代表者の依頼で再発行した
〔Z第八号証の1~5〕。)。
(四) 誠和商事株式会社は、被告に対し、製品を最終的に確定するため、最終製作図面を提出するように
求め、被告は、昭和五九年五月頃、乙第四号証の図面を提出し(作成日付は同年四月五日。商品名「サンネ
イル」)、同年五月一一日、誠和商事株式会社の担当者久住善彦がこれに承認を与えた。右図面では、円環と
おぼしき「C」の左(アンカーの先端側)に三本の脚片が束ねられて記載されており、「C」の右(アンカー
の頭部側)にはアンカー頭部Eが記載されているが、Eの直径は三本の脚片を束ねたものの直径より大きく、
右図面の左下方に、「“E”の頭の部分は“C”を貫通してカシメの事」との記載がある(したがって、三本の
脚片を束ねてこれに円環を外嵌し、脚片の頭部突出部をかしめにより押圧して押し拡げるように変形させる
ものであることが判る。)。
誠和商事株式会社は、右最終図面の提出後ほどなく、被告に対し、右アン力ーの主なサイズである三サイ
ズについて各一〇万本、合計三〇万本を三か月後の納期の約束で注文したが、後記(五)の事情から被告は
納期に右アンカーを納入することができなかったたので、誠和商事株式会社は、納期から一か月ないし四〇
日ほどして、右アンカーの売買契約を解除した。
(五) 右アンカーは、脚片の円環の直下に当たる部分に膨出部も支持突起も存在しないもの(二号物件)
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であったため、押圧後円環が下がり過ぎたり斜めになって止まる等の問題があり、熟練した技術者が時間を
かけて慎重に製造しても二、三割の不良品が出る状態であった。
そこで、被告は、吉田和孝に改良を依頼し、同人は、まず脚片に膨出部をつけ、そこで円環が止まるよう
にしたが、それでもなお不良品が出たので、被告は、脚片の頭部(突出部分)を細くし、円環の孔を小さく
することによって段を作り、脚片の径が太くなっている部分で円環が止まるようにするという方法を考えた
が、脚片の頭部が細く、つぶし代(しろ)が小さいため、円環が十分に固定されなかった。
(六) 以上の経緯から、被告は、最終的に、脚片の、円環を固定したい位置の下に支持突起を設けること
に決定した。
(1) まず、被告は、費用節約のため、右(五)の膨出部付脚片の製造用の金型に支持突起を設けるため
の窪みを設けたが、窪みを設ける位置を誤ったため、この金型で製造されたアンカー(イ号物件)では、支
持突起が円環を固定すべき位置から完全に離れていて円環に当接せず、結果的に、円環は脚片の膨出部で固
定されるかたちになった。
(2) そこで、被告は、費用節約のため、更に、右(1)の金型の正しい位置にもう一つ窪みを設け、脚片
の円環を固定すべき位置に支持突起を設けた(脚片には正しい位置と誤った位置の二か所に支持突起がある
ことになる。ハ号物件)。その結果、アンカーの製造は順調に行われるようになったので、被告は、昭和六〇
年暮頃から、大阪戸樋受製作所を通じて本格的にアンカーを販売するようになった。
(3) その後、被告は、新しい金型を製作し、脚片の円環を固定すべき位置に支持突起を設けたアンカー
(口号物件)を製造販売するようになった。
2(一) 右1認定の事実によれば、昭和五八年当時、発泡コンクリートに打ち込むことにより脚片を拡開
する形式のアンカーとしては、二、三本の脚片を束ねてその頭部を熔接するものが主流であったが、外見が
あまりよくなかったので、各種アンカーの設計、製作、販売等を目的とする株式会社である被告の代表者は、
その改良を考えていたところ、同年夏、金属部品を押圧して他の部品と接合することが一般に行われていた
ことを参考に、円環に挿入した脚片の頭部を押圧してアンカーを作ることができるのではないかとの構想を
持つに至り、この構想を実現すべく、吉田鉄工所こと吉田和孝に対し、鉄の脚片三本を束ね、その頭部を押
圧によりつぶしてアンカーを作ってほしいと依頼し、吉田和孝は、鉄の脚片を三本束ね、これにワッシャー
(円環)を締まりばめし、ボール盤のドリルを取り外して代わりに先に窪みのあるヘッドを取り付け、右ヘ
ッドをゆっくり回転させながらこれによって脚片の突出部を押圧し、右突出部に塑性変形を生じさせて脚片
相互と円環を接合するという方法、すなわち先使用方法により被告代表者の右構想を実現し、被告代表者に
教示した、というのであるから、鉄の脚片三本を束ね、これに円環を締まりばめし、右突出部を押圧により
つぶしてアンカーを製造するという先使用方法の根幹たる技術思想は、被告代表者が本件特許発明の内容を
知らないで発明したということができ、仮に右押圧の具体的方法として、ボール盤のドリルを取り外して代
わりに先に窪みのあるヘッドを取り付け右ヘッドをゆっくり回転させながらこれによって脚片の突出部を押
圧する方法を採用するという点まで含めなければ発明として完成したといえないとしても、被告代表者は吉
田和孝からこれを知得したものということができる。
先使用方法が、本件特許発明の構成要件A「二本以上の脚素材の先端に円環を外嵌し、」、同B「該先端を
かしめて、該脚素材相互と円環とを、一体化してアンカーの頭部を形成する」(前示のとおり、「円環を外嵌
した二本以上の脚素材の先端を工具で打ったり締めたりして脚素材相互と円環とを密着、接合させ一体化し
てアンカーの頭部を形成する」ことをいう。)及び同C「ことを特徴とするアンカーの製造方法。」を具備し、
本件特許発明の技術的範囲に属することは明らかである。
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(二) そして、被告は、本件特許発明の出願日である昭和五九年一一月二九日より前の昭和五八年夏以降、
既に下請業者に先使用方法を使用してアンカー(この段階では二号物件、すなわち脚片に支持突起も膨出部
も有しないもの)を製造させていたものであり、このアン力ーを現実に他に販売したとの事実を認めるに足
りる証拠はないものの、昭和五八年後半には、以前から取引のあった工業用ファスナーの販売、仲介を業と
する誠和有事株式会社に対し先使用方法を使用して製造したアンカー(二号物件)のサンプルを示して売り
込み、同社との間で右アン力ーを同社に対し継続的に売り渡す旨の合意を成立させ、昭和五九年五月頃、同
社の求めに応じて右アン力ーの最終製作図面を提出して同社の承認を得、ほどなく同社から三か月後の納期
の約束で右アンカー三〇万本の注文を受け、右売買契約の解除後も先使用方法の改良を重ね、ハ号物件が完
成した昭和六〇年暮頃から大阪戸樋受製作所等を通じて本格的にアンカーを販売するようになった、という
のであるから、本件特許発明の出願の際、現に日本国内において、少なくとも先使用方法を使用してアン力
ーを製造し、先使用方法を使用して製造したアン力ーを販売するという事業の準備をしていたということが
できる。
なお、先使用方法は、脚片頭部の押圧に用いる機械として、ボール盤のドリルを取り外して代わりに先に
窪みのあるヘッドを取り付けたものを使用するのに対し、被告方法は、偏心回転押圧機を使用する点におい
て相違するが、先使用権は、特許発明の出願の際に当該先使用権者が現に準備をしていた実施形式だけでは
なく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更された実施形式にも及ぶものであると
ころ、本件特許発明は構成要件Bのかしめに用いる工具は何ら限定しておらず、本件明細書に示されている
ポンチを用いる方法(公報2欄13行~4欄3行)が一実施例であることは明らかであるから、被告方法は
先使用方法と同一の技術的思想の範囲内において単に実施形式を変更したものに過ぎないというべきである。
また、被告方法中のイ号ないしハ号方法は、素材たる脚片に支持突起又は膨出部を有する点で先使用方法と
相違するが、支持突起3b・3b・3b又は膨出部3d・3dが円環14の円孔内に没入されることは単な
る構成の付加に過ぎず、本件特許発明の技術的範囲に属するとの判断の妨げにならないことは前記二3説示
のとおりであるので、右同様、先使用方法と同一の技術的思想の範囲内において単に実施形式を変更したも
のに過ぎないというベきである。
(三) 右(-)、(二)によれば、被告は本件特許権について、被告方法を使用してアンカーを製造し、被告
方法を使用して製造したアンカーを販売する範囲で先使用権を有するものといわなければならない。」
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先:h_takaishi☆nakapat.gr.jp(☆を@に読み換えてください。)