◆判決本文
1.美術の著作物性について
(1)本件原告滑り台は,遊具としての実用に供されることを目的として製作されたものである。そして,実用に供されることを目的とした作品であっても,美的鑑賞の対象となり得るものは,応用美術として,「美術」「の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)と解される。もっとも,応用美術のうち美術工芸品以外の量産品について,実用的な物品の機能を実現するために必要な形状等の構成を著作権により保護することは妥当でない。よって,応用美術のうち,美術工芸品以外も,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものについては,当該部分を含む作品全体が美術の著作物として保護され得ると解するのが相当である。
(2)本件原告滑り台は,その各構成部分において,上記部分を把握できず,また,全体の形状についても、美的鑑賞の対象となり得ず,また,美的特性である創作的表現を備えていないから,「美術の著作物」に該当しない。
2.建築の著作物性について
(1)本件原告滑り台が該当する「建築」は,応用美術に類することから,その著作物性の判断は,応用美術に係る基準と同様の基準によるのが相当である。
(2)本件原告滑り台は,その各構成部分において,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できず,また,外観全体についても、美的鑑賞の対象となり得ず,また,美的特性である創作的表現を備えていないから,「建築の著作物」に該当しない。
本件原告すべり台の正面写真
【判決書別紙1原告滑り台目録より引用】
1.美術の著作物性について
(1)応用美術の著作物性について,近年,知財高裁の裁判例上,従前の下級審の多数の裁判例における段階理論的な加重要件説を克服した,分離把握可能性説(知財高判平成26年8月28日判時2238号91頁〔ファッションショー事件〕)と無制限説(知財高判平成27年4月14日判時2267号91頁〔TRIPP TRAPPⅡ事件〕)とが並立し,その後の下級審,特に東京地裁の多数の裁判例上,分離把握可能性説が主流となった。そして,原判決(東京地判令和3年4月28日)は,分離把握可能性説を,著作権法2条1項1号後段所定の「美術・・・の範囲に属する」か否かの問題として,採用したものと理解される。これに対し,判決要旨1(1)は,分離把握可能性説を,著作権法2条1項1号前段所定の「思想又は感情を創作的に表現したもの」か否かの問題として,採用したものと理解される。かかる判決要旨1(1)は,ファッションショー事件知財高裁判決の裁判長の見解(設樂隆一「応用美術についての一考察」野村豊弘先生古稀記念「知的財産・コンピュータと法」289頁)に最も近いものと思われる。
(2)判決要旨1(2)は,本件原告滑り台に判決要旨1(1)をあてはめて,「美術・・・の範囲に属する」こと及び「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることをいずれも否定したものと理解され,同種の事案(実用品のプロダクト・デザインないしインダストリアル・デザイン)における上記知財高判平成27年4月14日以外の多数の裁判例による著作物性否定との結論と整合している。
2.建築の著作物性について
(1)判決要旨2(1)は,本件原告滑り台が該当する「建築」について,応用美術に類することを理由に,知財高裁判決として初めて明示的に,その著作物性の判断は,応用美術に係る基準と同様の基準によると判示したものである。
(2)判決要旨2(2)は,本件原告滑り台に判決要旨2(1)をあてはめて,「美術・・・の範囲に属する」こと及び「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることをいずれも否定したものと理解され,同種の事案(居住用の住宅等の建築デザイン)における多数の裁判例(大阪高判平成16年9月29日裁判所ウェブサイト〔グルニエ・ダイン事件〕,東京地判平成26年10月17日裁判所ウェブサイト〔ログハウス調木造住宅事件〕等)による著作物性否定との結論と整合している。
1.美術の著作物性について
(1)「本件原告滑り台は,遊具としての実用に供されることを目的として製作されたことが認められる。
ところで,著作権法2条1項1号は,『著作物』とは,『思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの』をいうと規定し,同法10条1項4号は,同法にいう著作物の例示として,『絵画,版画,彫刻その他の美術の著作物』を規定しているところ,同法2条1項1号の『美術』の『範囲に属するもの』とは,美的鑑賞の対象となり得るものをいうと解される。そして,実用に供されることを目的とした作品であって,専ら美的鑑賞を目的とする純粋美術とはいえないものであっても,美的鑑賞の対象となり得るものは,応用美術として,『美術』の『範囲に属するもの』と解される。
次に,応用美術には,一品製作の美術工芸品と量産される量産品が含まれるところ,著作権法は,同法にいう『美術の著作物』には,美術工芸品を含むものとする(同法2条2項)と定めているが,美術工芸品以外の応用美術については特段の規定は存在しない。
上記同条1項1号の著作物の定義規定に鑑みれば,美的鑑賞の対象となり得るものであって,思想又は感情を創作的に表現したものであれば,美術の著作物に含まれると解するのが自然であるから,同条2項は,美術工芸品が美術の著作物として保護されることを例示した規定であると解される。他方で,応用美術のうち,美術工芸品以外の量産品について,美的鑑賞の対象となり得るというだけで一律に美術の著作物として保護されることになると,実用的な物品の機能を実現するために必要な形状等の構成についても著作権で保護されることになり,当該物品の形状等の利用を過度に制約し,将来の創作活動を阻害することになって,妥当でない。もっとも,このような物品の形状等であっても,視覚を通じて美感を起こさせるものについては,意匠として意匠法によって保護されることが否定されるものではない。
これらを踏まえると,応用美術のうち,美術工芸品以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものについては,当該部分を含む作品全体が美術の著作物として,保護され得ると解するのが相当である。」
(2)「本件原告滑り台を構成する各部分において,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握することはできない。
そして,上記各部分の組合せからなる本件原告滑り台の全体の形状についても,美的鑑賞の対象となり得るものと認めることはできないし,また,美的特性である創作的表現を備えるものと認めることもできない。
したがって,本件原告滑り台が美術の著作物に該当するとの控訴人の主張は,採用することができない。」
2.建築の著作物性について
(1)「次のとおり訂正するほか,原判決の『事実及び理由』の第3の1⑵記載のとおりであるから,これを引用する。」
(2)「原判決35頁17行目の『したがって』を『そうすると』と,同頁18行目から19行目にかけての『美術鑑賞の対象となり得る美的特性』を『美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現』と改め」る。
「そして,本件原告滑り台の外観全体についても,美的鑑賞の対象となり得るものと認めることはできないし,また,美的特性である創作的表現を備えるものと認めることもできない。
したがって,本件原告滑り台が建築の著作物に該当するとの控訴人の主張は,採用することができない。」
【Keywords】応用美術,著作物性,段階理論,加重要件説,分離把握可能性説,無制限説, 実用品,プロダクト・デザイン,インダストリアル・デザイン,滑り台,ミニタコ
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文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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