-令和3年(行ケ)第10140号【電鋳管事件】<菅野裁判長>-
◆判決本文
【本判決の要旨、若干の考察】
1.特許請求の範囲(請求項6、請求項9)
(1)請求項6
「外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を形成し、前記細線材の一方または両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま細線材を除去して製造される電鋳管であって、
前記導電層は、前記電着物または前記囲繞物より電気伝導率が高いものとし、
前記細線材を除去して形成される中空部の内形状が断面円形状又は断面多角形状であって、前記電着物または前記囲繞物の肉厚が5μm以上50μm以下であることを特徴とする、
電鋳管。」
(2)請求項9
「外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を形成すると共に、前記細線材の両端側に前記電着物または前記囲繞物が形成されていない部分を形成し、前記細線材の一方又は両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま細線材を除去して製造される電鋳管であって、
前記導電層は、前記電着物または前記囲繞物より電気伝導率が高いものとし、
前記細線材を除去して形成される中空部の内形状が断面円形状又は断面多角形状であって、前記電着物または前記囲繞物の肉厚が5μm以上50μm以下であり、
前記電着物または前記囲繞物はニッケルとし、前記導電層は金としたことを特徴とする、
電鋳管」
2.判旨抜粋(PBPクレームの明確性要件の部分)
「…物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、上記一般的な場合と異なり、出願時において当該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらないと解される。…
本件明細書には、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の内面精度について、何ら記載も示唆もされていない。そして、本件明細書には、細線材を除去する方法として、①電着物等を加熱して熱膨張させ、又は細線材を冷却して収縮させることにより、電着物等と細線材の間に隙間を形成する方法、②液中に浸して又は液をかけることにより、細線材と電着物等が接触している箇所を滑りやすくする方法、③一方又は両方から引っ張って断面積が小さくなるように変形させて、細 線材と電着物等の間に隙間を形成したりして、掴んで引っ張るか、吸引するか、物理的に押し遣るか、気体又は液体を噴出して押し遣る方法、④熱又は溶剤で溶かす方法が記載されている(【0041】、【0116】)が、これらの方法と、製造される電鋳管の内面精度との技術的関係についても 一切記載がなく、ましてや、本件発明6及び訂正発明9の製造方法(上記③の方法に含まれる。)が、他の方法で製造された電鋳管とは異なる特定の内面精度を意味することについてすら何ら記載も示唆もない。さらに、上記各方法により内面精度の相違が生じるかについての技術常識が存在したとも認められない。そうすると、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえない。…
本件発明…が明確であるとい えるためには、本件出願時において、本件発明…の電鋳管 をその構造又は特性により直接特定することについて不不可能・非実際的事情が存在するときに限られるところ、被告はこのような事情が存在しないことは認めている。」
3.PBPクレームの最高裁平成24年(受)第1204号【…プラバスタチンナトリウム…】事件判決
「…物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。…
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。」
4.若干の考察
PBPクレーム(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)の明確性要件について判示した最高裁平成24年(受)第1204号【…プラバスタチンナトリウム…】事件判決は、製造方法により特定された物の発明の明確性についていわゆる「不可能・非実際的事情」を要求したものであり、この基準を単純に当てはめると多数の既存特許が明確性要件違反になるのではないかと懸念されていたところ、その後の知財高裁判決(下掲)は、製造方法により特定された物の発明について、同最高裁判決にいうPBPクレームではないから同最高裁判決が示した「不可能・非実際的事情」は不要であるという論理で明確性要件を肯定してきた。
そのなかで、本件【電鋳管事件】判決は、製造方法により特定された物の発明の明確性要件について、「不可能・非実際的事情」を要求し、明確性要件違反と判断した初めて且つ唯一の下級審裁判例であるため、注目を集めている。
これまでの知財高裁判決(下掲)と本件【電鋳管事件】判決とは、「(出願時において当該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、)特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らか」である場合には「第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらない」という規範自体は同じであるから、「特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らか」であるか否かのあてはめが異なるということになる。
しかしながら、本件【電鋳管事件】判決の発明が「これらの方法と、製造される電鋳管の内面精度との技術的関係についても一切記載がなく、ましてや、本件発明…の製造方法(上記③の方法に含まれる。)が、他の方法で製造された電鋳管とは異なる特定の内面精度を意味することについてすら何ら記載も示唆もない。」として一義的に明確でないから不可能・非実際的事情を要求したのに対し、これまでの知財高裁判決(下掲)における各事案において明細書にこのような技術的事項が記載されていた訳でもなく、そのような具体的な認定がされてきた訳でもないことを考えると、これまでの知財高裁判決(下掲)における各発明が一義的に明確であり、他方、本件【電鋳管事件】判決の発明が一義的に明確でないと区別される根拠は必ずしも明らかでなく、PBPクレームの明確性要件は混沌となってきたと感じられる。
【関連裁判例の紹介(PBPクレームの明確性要件が争われた最高裁判決以降の裁判例)】
(1)知財高判平成27年(行ケ)第10242号【二重瞼形成用テープ事件】<鶴岡裁判長>
⇒特許法36条6項2号との関係で問題とすべきPBPクレームでない。明確性要件○。
「【請求項1】延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,粘着剤を塗着することにより構成した,ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」
(判旨抜粋)
「…本件発明1に係る上記記載は,これを形式的に見ると,確かに経時的な要素を記載するものということもでき,プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると見る余地もないではない。
しかし,プロダクト・バイ・プロセス・クレームが発明の明確性との関係で問題とされるのは,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,その製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であることなどから,第三者の利益が不当に害されることが生じかねないことによるところ,特許請求の範囲の記載を形式的に見ると経時的であることから物の製造方法の記載があるといい得るとしても,当該製造方法による物の構造又は特性等が明細書の記載及び技術常識を加えて判断すれば一義的に明らかである場合には,上記問題は生じないといってよい。そうすると,このような場合は,法36条6項2号との関係で問題とすべきプロダクト・バイ・プロセス・クレームと見る必要はないと思われる。…
本件明細書の記載を参酌すると,本件明細書には…と記載されている。また,本件発明1は,「テープ状部材の形成」と「粘着剤の塗着」の先後関係に関わらず,テープ状部材に粘着剤が塗着された状態のものであれば二重瞼を形成し得ること,すなわちその作用効果を奏し得ることは明らかである。そうすると,本件発明1の「…細いテープ状部材に,粘着剤を塗着する」との記載は,細いテープ状部材に形成した後に粘着剤を塗着するという経時的要素を表現したものではなく,単にテープ状部材に粘着剤が塗着された状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎないものと理解するのが相当であり,物の製造方法の記載には当たらないというべきである。」
(2)知財高判平成27年(行ケ)第10184号【ローソク事件】<設樂裁判長>
⇒特許法36条6項2号との関係で問題とすべきPBPクレームでない。明確性要件○。
「【請求項1】…該燃焼芯にワックスが被覆され, かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより、 前記燃焼芯を露出させるとともに, 該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とするローソク」
(判旨抜粋)
「PBP最高裁判決が上記事情の主張立証を要するとしたのは,同判決の判旨によれば,物の発明の特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合には,製造方法の記載が物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができないことによると解される。そうすると,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,当該製造方法の記載が物の構造又は特性を明確に表しているときは,当該発明の内容をもとより明確に理解することができるのであるから,このような特段の事情がある場合には不可能・非実際的事情の主張立証を要しないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,本件発明の…記載は,その物の製造に関し,経時的要素の記載があるとはいえるものの,ローソクの燃焼芯の先端部の構造につき,ワックスがこそぎ落とされて又は溶融除去されてワックスの残存率が19%ないし33%となった状態であることを示すものにすぎず,仮に上記記載が物の製造方法の記載であると解したとしても,本件発明のローソクの構造又は特性を明確に表しているといえるから,このような特段の事情がある場合には,PBP最高裁判決にいう不可能・非実際的事情の主張立証を要しないというべきである。」
(3)知財高判平成28年(行ケ)第10025号【ロール苗搭載樋付田植機事件】<鶴岡裁判長>
⇒特許法36条6項2号との関係で問題とすべきPBPクレームでない。明確性要件○。ただし、別の請求項が明確性要件×。
「【請求項1】透光性あるシート・フィルムを,80~100cm長さの稲育描箱の巻取り開始縁以外の3方の縁からはみ出させて,稲育描箱底面に根切りシートとして敷き,その上に籾殻マット等の軽い稲育描培土代替資材をはめ込み,この表面に綿不織布等を敷いて種籾の芒,棘毛を絡ませて固定し。根上がりを防止して,覆土も極少なくして育苗した,軽量稲苗マットを,根切りシートと一緒に巻いて,細い円筒とした,内部導光ロール苗」
(判旨抜粋)
「…最高裁判決が,前記事情がない限り明確性要件違反になるとした趣旨は,プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるが,そのような特許請求の範囲の記載は,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから,これを無制約に許すのではなく,前記事情が存するときに限って認めるとした点にある。
そうすると,特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても,前記の一般的な場合と異なり,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から明確であれば,あえて特許法36条6項2号との関係で問題とすべきプロダクト・バイ・プロセス・クレームに当たるとみる必要はない。…
本願補正発明1及び2に係る前記特定事項は,いずれも,物の構造,特性を明確に表しており,発明の内容を明確に理解することができるものである。…」
(4)知財高判平成29年(行ケ)第10083号【…無洗米事件】<高部裁判長>
⇒特許法36条6項2号との関係で問題とすべきPBPクレームでない。明確性要件○。
(判旨抜粋)
「…最高裁判決が,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると判示した趣旨は,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるが,そのような特許請求の範囲の記載は,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから,これを無制約に許すのではなく,前記事情が存するときに限って認めるとした点にある。そうすると,特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても,上記一般的な場合と異なり,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には,第三者の利益が不当に害されることはないから,明確性要件違反には当たらない。…
請求項1の「摩擦式精米機により搗精され」という記載は,本件発明に係る無洗米の前段階…の構造又は特性を有する精白米を製造する際に摩擦式精米機を用いることを意味するものであり,「無洗米機(21)にて」という記載は,上記精白米から…の構造又は特性を有する無洗米を製造する際に無洗米機を用いることを意味するものであって,…本件発明に係る無洗米の構造又は特性を表すものではないと解するのが相当である。そして,本件発明に係る無洗米とは,玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され,亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出し,米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」が分離除去された米であるといえる。
そうすると,請求項1に「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という製造方法が記載されているとしても,本件発明に係る無洗米のどのような構造又は特性を表しているのかは,特許請求の範囲及び本件明細書の記載から一義的に明らかである。よって,請求項1の上記記載が明確性要件に違反するということはできない。」
(5)知財高判平成27年(行ケ)第10178号【アモルファス酸化物薄膜事件】<高部裁判長>
⇒「不純物イオンを添加することなしに」とは、製造方法を記載したものではなく、PBPクレームでない。
⇒発明特定事項であり”相違点”となる
「【請求項1】…不純物イオンを添加することなしに,…である半絶縁性であることを特徴とする透明半絶縁性アモルファス酸化物薄膜。」
(判旨抜粋)
「…『不純物イオンを添加することなしに』との部分は,不純物イオンを添加しない状態においてて『1cm2/(V・秒)超』の電子移動度及び『1016/cm3 以下』の電子キャリヤ濃度が実現されるという,本件各発明のアモルファス酸化物薄膜の特性を特定するものであって,当該部分の記載が物の製造方法を記載したものであるととらえるのは相当でない。よって,本件審決が…対比において,『不純物イオンを添加することなしに,電子移動度が1cm2/(V・秒)超,かつ電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下である』との点を相違点として認定判断したことが,誤りであるということもできない。」
(6)知財高判平成27年(行ケ)第10099号【白色ポリエステルフィルム事件】<鶴岡裁判長>
⇒構成として概念が定着しているから、いわゆるPBPクレームでない。明確性要件〇。サポート要件も〇。
(判旨抜粋)
「…『二軸延伸フィルム』とは,縦方向と横方向に延伸して成形したフィルムを意味する用語としてその概念が定着しているというべきであるから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の『白色二軸延伸ポリエステルフィルム』との記載をもって,いわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレームととらえることは相当ではな…い。」
(7)知財高判平成26年(行ケ)第10257号【マイクロ波照射による衣類のしわ除去事件】<設樂裁判長>
⇒方法の従属項である物のクレームはPBPと理解し得る。(本件では新規性×で検討終了)
「【請求項4】…請求項1から3のいずれか1に記載の方法を使用するための衣類であって,マイクロ波を透過しかつ通気性のない袋で覆う方が,前記袋で覆わない場合よりも,しわ除去の効果が高くなる,繊維間の水素結合によってしわが形成される衣類」
(判旨抜粋)
「請求項4は,「衣類」という「物の発明」(特許法2条3項1号)と解されるところ,「請求項1から3のいずれか1項に記載の方法を使用するための衣類であって,マイクロ波を透過しかつ通気性のない袋で覆う方が,前記袋で覆わない場合よりも,しわ除去の効果が高くなる」として,方法により物の範囲を限定する記載を含むことから,特許請求の範囲に方法によりその物を特定する記載がある,広い意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームであると理解し得る。…」
以 上
(原告)株式会社ナンシン
(被告)株式会社ルス・コム
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
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