令和5年(ネ)10086【5-アミノレブリン酸リン酸塩】<宮坂>
*引用文献に物質名が記載されていても、当業者が試行錯誤なく実施可能でないと、開示が認められない。
⇒新規性・進歩性○
「本件特許の出願後に製造方法等の発明をした者については通常実施権の設定の裁定(同法92条)により、特許権者との利益の調整が図られる」
(判旨抜粋)
控訴人は、化合物自体が公知文献に明記されており、当該化合物を初めて製造できたことに技術的意義が認められる物質特許の発明については、化合物自体は公知であるから、その発明は新規性を欠くと解すべきであり、仮に新規性を有するのであれば、その発明の技術的意義は当該化合物を製造できたことについて認められるものであるから、その技術的範囲は、発明者が現実に発明した製造方法によって製造された物か、単離された高純度の化合物に限定されるべきであると主張するが、以下に述べるとおり採用できない。
ア 発明が技術的思想の創作であること(特許法2条1項参照)にかんがみれば、特許出願前に頒布された刊行物(同法29条1項3号)に物の発明が記載されているというためには、同刊行物に発明の構成が開示されているだけでなく、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要する。
特に当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることにとどまらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきであり、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるというべきである。
そして、本件において、公知文献である本件引用例に5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法に関する記載は見当たらず、乙16~18の各論文によっても、特許出願時の技術常識に基づいて当業者がその製造方法その他の入手方法を見出すことができたとは認められない(以上は原判決「事実及び理由」第3の3(1)イ〔14頁~〕に同じ。)。
イ 他方、本件明細書には、5-アミノレブリン酸リン酸塩の物質の構成が開示されている(【0009】、【0014】~【0016】)にとどまらず、当業者がその製造方法を理解し得る程度の記載があるところ(【0007】、【0019】~【0028】、【0034】~【0036】)、これは、新規の化学物質の発明である本件発明について、当業者が実施し得る程度の発明の技術的思想を開示するものであって、単なる製造方法としての技術的意義にとどまるものではない。
そして、特許が物の発明についてされている場合には、その特許権の効力は、当該物と構造、特性等が同一である物であれば、その製造方法にかかわらず及ぶこととなる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。
ウ なお、控訴人が指摘するような、本件特許の出願の際に製造等していた者については先使用による通常実施権(特許法79条)により、本件特許の出願後に製造方法等の発明をした者については通常実施権の設定の裁定(同法92条)により、特許権者との利益の調整が図られることになる。
https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/864/092864_hanrei.pdf
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執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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