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【特許★★】原審答弁書で「認める」と認否した構成要件につき自白が成立せず、争いが無いとした原判決を取り消し、発明の課題が生じない物は発明の技術的範囲に属しないとして、逆転文言非充足とした事例

2021年10月20日

-知財高判令和2年(ネ)第10044号「流体供給装置及び…プログラム」事件・令和3年6月28日判決言渡(鶴岡裁判長)-

 

◆判決本文

 

【本判決の要旨、若干の考察】

1.特許請求の範囲(請求項1。請求項2及び請求項8は省略)

「1A  記憶媒体に記憶された金額データを読み書きする記憶媒体読み書き手段と,

 1B  前記流体の供給量を計測する流量計測手段と,

 1C1 前記流体の供給開始前に前記記憶媒体読み書き手段により読み取った記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額を入金データとして取り込むと共に,

 1C2 前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記記憶媒体に書き込ませる入金データ処理手段と,

 1D  該入金データ処理手段により取り込まれた入金データの金額データに相当する流量を供給可能とする供給許可手段と,

 1E  前記流量計測手段により計測された流量値から請求すべき料金を演算する演算手段と,

 1F1 前記流量計測手段により計測された流量値に相当する金額を前記演算手段により演算させ,

 1F2 当該演算された料金を前記入金データの金額より差し引き,

 1F3 残った差額データの金額を前記記憶媒体の金額データに加算し,

 1F4 当該加算後の金額データを前記記憶媒体に書き込む料金精算手段と,

 1G  を備えたことを特徴とする流体供給装置。」

 

2.判旨抜粋(「自白」の成否~原審答弁書で「認める」と認否した構成要件につき自白が成立せず、争いが無いとした原判決を取り消した。

「一審原告は,一審被告の非侵害論主張④は,原審の答弁書の認否によって成立した自白の撤回に当たり,許されない旨主張する。しかしながら,自白が成立しているかどうかは,当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきものと考えられるところ,一審被告は,原審答弁書において,構成要件1Cの充足を『認める』としたものの,均等主張に対する認否の項や,一審被告の主張の項において…等の主張をしている。これらは,実質的には,被告給油装置において行われている処理は,本件発明1の構成要件1Cにおいて行われている処理とは異なることを主張するものと理解すべきものであるから,原審が,構成要件1Cの充足につき単純に争いがないとして扱ったのは不相当であったといえる。」

 

 なお、本判決は、無効主張が原審の心証開示後であったが、原審の主張整理に問題があったことを指摘し(自白の成否)、充足論と無効論は切り離して考えることはできないと判示して、無効主張を時機後れ却下しなかった。

「『時機に後れた攻撃防御方法』該当性について 無効主張A,B,Dは,原審における侵害論の心証開示後に主張されたものであり,そのため,原審においては時機に後れたものとして取り扱われたわけであるが,既に充足論に関する項で指摘したとおり,構成要件1C1充足性(非侵害論主張④)及び構成要件1A,1C,1F3,1F4充足性(非侵害論主張⑤)に関する原審の主張整理には,本来は,争いがあるものとして扱うべき論点を争いのないものとして扱ったという不備があったといわざるを得ない。そして,無効論に関する主張の要否や主張の時期等は,充足論における主張立証の推移と切り離して考えることができないのであるから,充足論について,本来更に主張立証が尽くされるべきであったと考えられる本件においては,無効主張が原審による心証開示後にされたという一事をもって,時機に後れたものと評価するのは相当ではない。また,上記無効事由に関する当審における無効主張は,控訴後速やかに行われたといえる。以上によると,一審被告による上記無効主張は,原審及び当審の手続を全体的に見た観点からも,また,当審における手続に着目した観点からも,時機に後れたものと評価することはできない。」

 

3.判旨抜粋(文言非充足論~発明の課題が生じない物は発明の技術的範囲に属しないとして、逆転文言非充足とした)

「①プリペイドカードがカードリーダライタに挿入されてしまうと,外部からプリペイドカードが見えないため,給油終了後にプリペイドカードを挿入してあるのを忘れてしまい,プリペイドカードを置いたまま給油所から退場してしまうおそれがあり,②プリペイドカードが給油中の計量機に設けられたカードリーダライタに挿入されている場合,その間に例えば飲み物の自動販売機等にプリペイドカードを挿入して飲み物を購入するなどの他の用途にプリペイドカードを用いることができず不便であり,③プリペイドカードの一部がカード挿入口からはみ出した状態で給油開始されるように構成された方式では,給油終了後のカード忘れが防止される反面,給油中にプリペイドカードを引き抜くことができるため,プリペイドカードが盗難にあう可能性があり,運転者が計量機から離れられない,という三つの課題(以下「本件3課題」という。)があった。(【0005】~【0007】)

…『媒体預かり」と『後引落し」との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ,本件3課題が生じることはなく,したがって,本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから,上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は,本件発明の『記憶媒体』には当たらない。…

被告給油装置において用いられている電子マネー媒体は,本件発明が解決の対象としている本件3課題を有するものではなく,したがって,本件発明による解決手段の対象ともならないのであるから,本件発明にいう『記憶媒体』には当たらない…。」

 

4.若干の考察

(1)「自白」の成否(及び撤回)について

下記に紹介するとおり、「特許発明の技術的範囲に関する技術的事項の細部にわたる主張とその認否は,主要事実の自白となるものではないから,これについて裁判所も当事者も拘束されることはない」という裁判例はあるものの、答弁書において構成要件1Cの充足を「認める」と答弁した場合に自白が成立していないと判断した裁判例は初めてである。

自白が成立しているかどうかは,当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきものであるとしても、一旦「認める」旨の答弁した後に非充足を争えるとすれば、主張整理が進まないという懸念がある。

他方、実務においては充足性を争う可能性・・・がある構成要件について認否を留保することが多いものの、訴訟進行に伴い、また、特許権者の無効の抗弁に対する応答に応じて新たな非充足理由が生じることもあり、その場合にも一旦「認める」旨の答弁した後に非充足を争えないとするならば、被告としては、すべての構成要件についてその旨の留保をしておく必要があることとなるから、却って主張整理が進まない。

そうすると、答弁書における認否はその時点での認否であり、その後の原告の主張如何で新たな非充足理由が生じたときは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、硬直的に自白と捉えずに、非充足論を争えると考えることも一考であろう。(または、自白の撤回を柔軟に認めるという考え方もあろう。自白の撤回は、自白した事実が真実に合致せず、かつ、自白が錯誤による場合に認められるところ、最高裁判例によれば、反事実の証明によって錯誤が推定されるとされている(最判昭和25年7月11日民集4巻7号316頁)。そうすると、被告がある構成要件について充足を認めると答弁したことで自白が成立するとしても、被告が非充足と証明すれば錯誤が推定されるから、自白の撤回は、単なる立証責任の転換と考えることができる。そうであるところ、クレーム文言解釈及び当て嵌めは、真偽不明となることは殆ど無いから、自白が成立した場合でも、裁判所が非充足と心証を抱けば自白の撤回が許されることとなり、結果的に自白の撤回は柔軟に認められるものと考えられるのである。)

 

(2)文言非充足論について

本件では、原審答弁書では構成要件1Cを「認める」と答弁していたとおり、文字どおり考えれば、被告給油装置において用いられている電子マネー媒体が、いわゆる「記憶媒体」であることは否定できないと思われる。

もっとも、発明の課題との関係で、進歩性・サポート要件などとも絡んで、発明特定事項の構成が、発明の課題を解決する前提として、発明の課題が生じる構成に限定解釈されることは有り得るところである。(※関連して、発明の課題が認識し得ない構成を一般的に含むとして、サポート要件違反と判断された機械分野の裁判例もある。後掲・知財高判平成27年(行ケ)第10026号「回転角検出装置」事件(二次判決)<清水裁判長>。一次判決は、知財高判平成25年(行ケ)第10206号)

本件では、「『媒体預かり』と『後引落し』との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ,本件3課題が生じることはなく,したがって,本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから,上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は,本件発明の『記憶媒体』には当たらない。…」として、構成要件1Cの「記憶媒体」というクレーム文言を限定解釈し、逆転非充足としたものである。

本事案では本件発明の課題を狭く捉えることで発明の技術的範囲が狭く解釈されたが、逆に、下掲・知財高判平成29年(ネ)10092「電力電子装置を冷却する装置」事件<高部>のように本件発明の課題を狭く捉えることで発明の技術的範囲が広くなることもあるので、本件発明の課題を如何なるものとして主張するかは、充足論・無効論を踏まえて、事案毎に検討すべき事項である。

 

【(参考)原判決・東京地判平成29年(ワ)第29228号<柴田>】

*均等論成立、*プログラムの発明は間接侵害成立

*構成要件1Cは自白⇒控訴審は1C非充足

「被告給油装置では,選択された給油量と実際の給油量との差に基づき給油後に記憶媒体に加算を行っているが,これは,内容的には,給油後に,給油前に差し引いた金額との精算をしているということができる…。…

本件発明1は,流体の供給後の精算に当たり,供給前の入金データの額から,流量値に相当する金額を差し引き,それらの差額データの金額を金額データに加算しているのに対し,被告給油装置においては,選択された給油量と実際の給油量の差を計測し,それに油の単価を乗じて返金額を求めていて,それぞれの発明においてそれらを行うための演算手段,料金精算手段を有しているが,これらは,流体の供給の終了後の精算に当たり,当初に入金した額と実際に供給された油に相当する額との差額をどのように計算するかについての違いであり,前記に照らして,本件発明1の従来技術に見られない特有の技術的思想 を構成する特徴的部分であるということはできない。」(均等論第1要件についての判示)

 

【関連裁判例】

1.「自白」の成否について判断した裁判例

 ①知財高判平成31年(ネ)第10010号「導光板」事件

「…控訴人は,原審では,専ら均等侵害の主張をし,均等の第1要件(非本質的部分)を充足しないと判断されたことから,当審においては,被告製品が文言上も本件発明の技術的範囲に属するとの文言侵害の主張を追加した。…

このことについて,被控訴人は,控訴人が,原審においては「被告製品の回折格子はガイドライン表面に設けられているとの事実」を陳述していたのに,当審において,被告製品の回折格子がガイドラインの裏面に設けられているとの事実を主張することは,成立した自白に抵触し許されないと主張する。しかし,特許発明の技術的範囲に関する技術的事項の細部にわたる主張とその認否は,主要事実の自白となるものではないから,これについて裁判所も当事者も拘束されることはない。

よって,控訴人の上記主張は,成立した自白に抵触し許されないものではない。」

 

 ②知財高判平成20年(行ケ)第10235号「…共沸混合物様組成物」事件

「…「約119.0 psia」の蒸気圧の意味につき,審決は「119.0±0.05 psia」であると認定しており,原告も,同認定を争っていなかったところ,被告は,上記「約119.0 psia」が「119.0±0.05 psia」を意味することにつき自白が成立したと主張する。その後,原告が,…本件発明に係る「共沸混合物様組成物」の蒸気圧の範囲に幅があるという主張をしたため,被告は,原告による同主張が上記蒸気圧の範囲について成立した自白の撤回に当たるとして,このような自白の撤回は許されず,信義則にも反する旨主張する。しかし,そもそも,原告が…「約119.0 psia」の範囲につき新たな主張をしたものとは認められないので,仮に,「約119.0 psia」との文言の意味内容,解釈等に関する主張が審決取消訴訟における主要事実に当たり,かつ,審決取消訴訟に弁論主義が適用されるべきであったとしても,原告による上記主張自体が許されないものではない。」

 

2.課題が認識し得ない構成を一般的に含むことを理由に、サポート要件違反とした裁判例

知財高判平成27年(行ケ)第10026号「回転角検出装置」事件(二次判決)<清水裁判長>  

「…訂正明細書によれば,…A 樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製の本体ハウジングに比べて熱膨張率が大きいことにより,カバーの熱変形が生じ,本体ハウジングとの間に横(水平)方向の相対的な位置ずれが生じること(以下「横すべり」ともいう。),B カバーが縦長形状に形成されているため,長手方向の熱変形量が大きく,Aの横すべりの長さ(延び)は,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,C Bの横すべりの結果,カバーに固定された磁気検出素子の位置がずれ,磁気検出素子と金属製の本体ハウジングに固定された磁石との間のエアギャップが変化すること(以下「磁気検出素子と磁石との位置ずれ」ともいう。),D Cの位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,が備われば,当業者は,訂正発明1の上記課題に直面し,これを理解できると解される。…

訂正発明1の特許請求の範囲の特定では,訂正発明1の前提とする課題である「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなること」に直面するか否かが不明であり,結局,上記課題自体を有するものであるか不明である。そして,仮に,磁石と磁気検出素子とのずれが,短尺方向に大きく生じる場合においては,磁石と磁気検出素子との間のエアギャップの磁気検出方向への寸法変化は大きくなってしまうのであるから,訂正発明1の課題解決手段である「磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するよう配置」したとしても,出力変動は抑制されず,回転角の検出精度も向上しない。よって,訂正発明1は,上記課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるから,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり,サポート要件を充足するものとはいえない。」

 

3.本件発明の課題を狭く捉えることで発明の技術的範囲が広く解釈された裁判例

★★★平成29年(ネ)10092「電力電子装置を冷却する装置」事件<高部>

「本件発明1の意義は,熱放散ブリッジ(16)に軸方向空気通路を貫設せずに電力電子回路(15)を冷却することにより,電子構成部品の配置に利用可能な空間を十分に確保するという課題(【0024】)を達成するために,熱放散ブリッジ(16)の底面を冷却流体通路(17)の一方の壁とする構成を採用し,かつ,回転電気機械の内部部品を良好に冷却するために冷却流体全体の流量を増加させることを目的として,横方向(半径方向)の冷却流体通路(17)に加えて軸方向流体通路を併用する構成を採用した点にある。…本件明細書1に記載された冷却流体通路の技術的意義に鑑みると,構成要件1Gの冷却流体通路は,熱放散ブリッジの底面により形成される長手方向壁が全長にわたって設けられることを必要とする一方,後部軸受けにより形成される長手方向壁が全長にわたって設けられることは,必ずしも必要ではない…。…冷却流体通路は,熱放散ブリッジの底面が冷却流体通路の全長にわたり長手方向壁を形成していることを要する一方,後部軸受けにより形成される長手方向壁は冷却流体通路の全長にわたる必要はない…。」

⇒イ号製品の「後部軸受けブリッジ側通路」は長手方向全長でないが、逆転文言充足

※「熱放散ブリッジ」を冷却することに、発明の課題を限定して、発明が広がった!!

 

原審・東京地判平成28年(ワ)13239<柴田>

「特許請求の範囲の記載において,本件発明1には,流体の通り道として複数の部分が存在することが定められ,・・・『冷却流体通路(17)』は,上記の各長手方向壁が対向する空間をいうことが定められているといえる。」⇒非充足

<三段論法>   発明の「課題」 ⇒ クレーム文言解釈 ⇒ イ号製品/方法との対比

<逆・三段論法>  イ号製品/方法の認定 ⇒ クレーム文言解釈 ⇒ 発明の「課題」

 

【本判決の判旨抜粋】

3 争点1(充足論)について
 ⑴ 非侵害論主張④について
  ア 自白の成否
 一審原告は,一審被告の非侵害論主張④は,原審の答弁書の認否によって成立した自白の撤回に当たり,許されない旨主張する。
 しかしながら,自白が成立しているかどうかは,当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきものと考えられるところ,一審被告は,原審答弁書において,構成要件1Cの充足を「認める」としたものの,均等主張に対する認否の項や,一審被告の主張の項においては,例えば,⒜本件発明1の構成要件1Cにおいて引き落とす金額は設定器のシステムが設定するのに対して,被告給油装置の構成要件1cにおいて引き落とす金額は顧客が指定する金額である,⒝被告給油装置では構成要件1cにおいて完結する取引が行われる,⒞本件発明1の構成要件1Fにおいては,給油量に応じた代金額を計算して引落し額との差額を返金するのに対して,被告給油装置の構成要件1fにおいては,給油できなかった量を返品することによる売買代金額を計算している,等の主張をしている。これらは,実質的には,被告給油装置において行われている処理は,本件発明1の構成要件1Cにおいて行われている処理とは異なることを主張するものと理解すべきものであるから,原審が,構成要件1Cの充足につき単純に争いがないとして扱ったのは不相当であったといえる。
 以上によれば,非侵害論主張④が,自白の撤回に当たり許されないとはいえない。
  イ 引き落とされるべき金額について
  (ア) 本件発明1の構成要件1C1において,「先引落し」の金額となる「記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額」,すなわち「カード残高以下の額」を具体的にどのように定めるかは特定されていない。そこで,本件明細書の記載を参酌すると,先引落しの金額は,実施例1においてはカード残高の全額であり(【0037】),実施例2においては「予め決められた設定金額」(以下「事前設定金額」という。)である(【0049】)。
  後者の「設定」を誰が行うかについて,一審原告は,顧客が設定する場合も含まれると主張するが,顧客が設定する金額は,給油の都度変動するはずのものであって,「予め決められた」金額であるということはできないから,上記主張を採用することはできず,上記文言は,設定器のシステムが予め設定した金額を意味するものと解すべきである(ただし,顧客が,個々の給油とは別に,予め定額の引き去り額を設定するというのであれば,これは,「予め決められた設定金額」に当たる可能性はあり得る。しかし,被告給油装置の具体的動作③④において顧客が選択する「給油量又は給油金額」は,まさに,個々の給油の際に指定するものであって,その都度変動するものであるから,上記の定義には当てはまらない。)。
  (イ) このように,「先引落し」の対象として,通常であれば,まず第一に思いついてよいはずの「顧客が指定した金額」が実施例として記載されず,いわば給油所運営者側の都合で設定される「カード残高の全額」又は「予め決められた設定金額」のみが実施例として記載されているのは,構成要件1C1における「先引落し」額が,上記1⑵で指摘したとおり,給油代金の「担保」としての性格を有するものだからであると考えられる。すなわち,本件発明1の構成要件1Cのステップにおいては,給油予定量とは何ら関係なく,担保としての「先引落し」額が決定されるものであり,その後,1Dないし1Fのステップにおいて初めて,「実際の給油→給油量に基づく給油代金の算定→先引落し額から給油代金額の引去り→残額の返還」という,給油が実施されたことを前提とした精算処理が予定されている。このように,「先引落し」額そのものは,実際の給油代金額としてではなく,あくまでも後に支払われるべき給油代金額の担保として決定されるものであるため,その額の決定に当たっては,給油所運営者の側が,給油代金確保の必要性その他の観点から適当な金額を定めれば足りるのであって,その額を決定するのに当たって顧客の意思を反映させる必要はない。このように考えると,実施例が,顧客が先引落し額を決定する場合を記載していないのは,その必要がないからであり,したがって,本件発明1は,顧客が「先引落し」額を決定するという構成を想定していないものと解される。
  これに対し,被告給油装置においては,「先引落し」の金額となる「電子マネー媒体の金額データが示す金額以下の金額」は,顧客が利用に際して指定する給油予定量に対応した給油予定金額である。これは,上記2⑸のとおり,被告給油装置が利用する前払い式電子マネーの決済手続においては,まず,顧客が一定額を支払って「給油ができる権利」を購入する必要があるからである。このため,被告給油装置の構成要件1c1において引き落とされる金額は,担保ではなく給油代金そのものであり,したがって,それが顧客の意思と関わりなく決定されることはあり得ない。
  このように,本件発明1と被告給油装置とでは,先引落し金額が有する意味合いが全く異なり,それを反映して,被告給油装置においては,先引落し金額を,本件発明1の構成要件1C1が想定しない,顧客が定めるという方法で定めることとなっているのであるから,被告給油装置の構成要件1c1は,本件発明1の構成要件1C1を充足しない。
  なお,一審原告は,本件明細書等の【0061】~【0068】及び【図9】には,取り込まれる入金データの額が顧客設定の給油額である(【図9】(B)の「設定した給油額をお預かりします」,(C)の「お預かり金額/3,000円」)実施例も開示されていると主張するが,【図9】の表示が,顧客が指定した金額を「お預かり」していることを表示していると断定することは,その表示自体からしても困難である。むしろ,【0061】~【0068】が実施例1,2を説明する部分であり,【図9】は,その説明の一環として掲げられているものであることを考慮すると,上記【図9】の表示は,顧客が給油額を指定する場合ではなく,実施例1,2どおり,媒体に残された金額全額,あるいは,予め設定された金額が引き落とされる場合を前提として,その説明をしているのにとどまると解する方が遥かに合理的である。したがって,一審原告の主張を採用することはできない。
 ⑵ 非侵害論主張⑤について
  ア 自白の成否及び時機に後れた攻撃防御方法該当性
  一審原告は,非侵害論主張⑤は,原審の答弁書記載の認否によって成立した自白の撤回に当たり,また,時機に後れた主張でもあるから,許されない旨主張する。
  たしかに,一審被告は,原審答弁書における構成要件1A等の認否に際し,被告給油装置の電子マネー媒体が本件発明の「記憶媒体」に当たるとの対比を明確に争っていたわけではないが,従前から,被告給油装置が本件発明の技術的思想を具現化したものでないことを主張しており,非侵害論主張⑤は,これを,使用される決済手段の差異(プリペイドカードと非接触式ICカード)という観点から論じたものであるといえるから,一審被告が充足論全体について単純に認めるとの認否をしていない以上,自白を撤回して新たな主張をしているとはいえないし,この主張を時機に後れたものとして扱うのも相当ではない。
  したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。
  イ 非接触式ICカードの「記憶媒体」該当性
本件明細書において,本件発明の「記憶媒体」の具体的態様としては,磁気プリペイドカード(【0033】)のほか,「金額データを記憶するためのICメモリが内蔵された電子マネーカード」(【0070】)や「カード以外の形態のもの,例えば,ディスク状のものやテープ状のものや板状のもの」(【0071】)も開示されている。このように,本件発明の「記憶媒体」は必ずしも磁気プリペイドカードには限定されない。
  しかしながら,本件発明の技術的意義が上記1のとおりであることに照らして,「媒体預かり」と「後引落し」との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ,本件3課題が生じることはなく,したがって,本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから,上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は,本件発明の「記憶媒体」には当たらない。
  かかる見地にたって検討するに,被告給油装置で用いられる電子マネー媒体は非接触式ICカードであるから,その性質上,これを用いた決済等に当たっては,顧客がこれを必要に応じて瞬間的にR/Wにかざすことがあるだけで,基本的には常に顧客によって保持されることが予定されているといえる。そのため,電子マネー媒体に対応したセルフ式GSの給油装置を開発するに当たって,物としての電子マネー媒体を給油装置が「預かる」構成は想定し難く,電子マネー媒体に対応する給油装置を開発しようとする当業者が本件従来技術を採用することは,それが「媒体預かり」を必須の構成とする以上,不可能である。
  そうすると,被告給油装置において用いられている電子マネー媒体は,本件発明が解決の対象としている本件3課題を有するものではなく,したがって,本件発明による解決手段の対象ともならないのであるから,本件発明にいう「記憶媒体」には当たらないというべきである。むしろ,電子マネー媒体を用いる被告給油装置は,現金決済を行う給油装置において,顧客が所持金の中から一定額の現金を窓口の係員に手渡すか又は給油装置の現金受入口に投入し,その金額の範囲内で給油を行い,残額(釣銭)があればそれを受け取る,という決済手順(これは乙4公報の【0002】に従来技術として紹介されており,周知技術であったといえる。)をベースにした上,これに電子マネー媒体の特質に応じた変更を加えた決済手順としたものにすぎず,本件発明の技術的思想とは無関係に成立した技術であるというべきである。一審被告の非侵害論主張⑤は,このことを,被告給油装置の電子マネー媒体は本件発明の「記憶媒体」に含まれないという形で論じるものと解され,理由がある。
  ウ 一審原告の主張について
  (ア) 一審原告は,本件発明の「記憶媒体」は,構成要件1C及び1Fの動作に適した「記憶媒体」であれば足りる旨主張する。
  しかしながら,発明とは課題解決の手段としての技術的思想なのであるから,発明の構成として特許請求の範囲に記載された文言の意義を解釈するに当たっては,発明の解決すべき課題及び発明の奏する作用効果に関する明細書の記載を参酌し,当該構成によって当該作用効果を奏し当該課題を解決し得るとされているものは何かという観点から検討すべきである。しかるに,一審原告の上記主張は,かかる観点からの検討をせず,形式的な文言をとらえるにすぎないものであって,失当である。
したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。
  (イ) 一審原 は,本件明細書の【0070】に「記憶媒体」として「金額データを記憶するためのICメモリが内蔵された電子マネーカード」を例示する記載があり,非接触式ICカードもこれに含まれる旨主張する。
しかしながら,上記記載は,【0033】の「プリペイドカード71は,磁気カードからなり」等の記載を受けて,カードの記憶素子が磁性材ではなくICメモリであっても良い旨を示すにとどまり,そのカードが非接触で動作することを示す記載ではない。また,上記記載において,ICメモリは「金額データを記憶するための」ものであって,非接触式ICカードのように演算・通信の機能を有することは開示も示唆もされていないから,上記記載を根拠に非接触式ICカードが本件発明の「記憶媒体」に当たるとはいえない。
  したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。
  (ウ) 一審原告は,非接触式ICカードが券売機に取り込まれて使用され得ることは周知であり,本件明細書には設定器内部にカードを取り込んだままとしない記憶媒体を用い得ることが示されているから,非接触式ICカードが本件発明の「記憶媒体」に当たらないとはいえない旨主張する。
  しかしながら,前掲前提事実のとおり,被告給油装置において電子マネー媒体を使用する際には,電子マネー媒体(非接触式ICカード)はR/Wにかざされるだけであって装置に「取り込まれ」ることはない。非接触式ICカード一般に一審原告主張のような使用態様はあり得るものの,被告給油装置ではそのような使用態様によらずに非接触式ICカードが「電子マネー媒体」として用いられているので,被告給油装置における「電子マネー媒体」の技術的意義は,本件発明における「記憶媒体」のそれとは異なる。
  したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。

 

(要約 中村合同特許法律事務所  弁護士・弁理士 高石秀樹)

 

(原告:控訴人・被控訴人)コスモ石油マーケティング株式会社

(被告:控訴人・被控訴人)コモタ株式会社

 

 

執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和3年10月18日の原稿を追記・修正したものです。)

監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)

 

本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp

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中村合同特許法律事務所

 
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