NAKAMURA & PARTNERS
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【特許★★★】①進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法について、均等侵害が成立した事例(Flexible barが柔軟に運用される世界的な傾向に沿っている。)、②「譲渡の申出」が、譲渡人と申出者とが異なり、「譲渡」が外国である事案で成立した。

2021年12月21日

-東京地判平成28年(ワ)第25436号「L-グルタミン酸の製造方法」事件<矢野裁判長>-

 

◆判決本文

 

【本判決の要旨、若干の考察】

1.特許請求の範囲(本件訂正発明2-2)

「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,変異型yggB遺伝子が導入されたことにより非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって、前記変異型yggB遺伝子の変異は,配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列において,100位のアラニンをスレオニンに,及び/または111位のアラニンをスレオニンもしくはバリンに置換する変異である,コリネ型細菌。」

 

2.判旨抜粋①(「均等論」の部分)

(1)本件訂正発明2-2と被告製法4との相違点3個

  「 相違点1 導入されている変異型yggB遺伝子が,19型変異使用構成の菌株ではコリネバクテリウム・グルタミカム由来のもの(変異前のアミノ酸配列は配列番号6)であるのに対して,被告製法4で使用される菌株(⑫,⑬の菌株)では,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のものである点。
  相違点2 yggB遺伝子に導入された変異が,19型変異使用構成の菌株ではyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の100番目のアラニンをスレオニンに置換するもの(A100T変異)であるのに対して,被告製法4で使用される菌株では,yggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の98番目のアラニンをスレオニンに置換するもの(A98T変異)である点。
  相違点3 19型変異使用構成では,yggB遺伝子にはA100T変異のみが導入されているのに対して,被告製法4で使用される菌株では,A100T変異に加えてyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の241番目のバリンをイソロイシンに置換する変異(V241I変異)も導入されている点。」

(2)第1要件(*3つの相違点は、何れも本質的部分ではない。)

「本件明細書2記載の従来技術と比較して,本件発明2における従来技術に見られない特有の技術的思想(課題解決原理)とは,従来,グルタミン酸生産に及ぼす影響について知られていなかったコリネ型細菌のyggB遺伝子に着目し,C末端側変異や膜貫通領域の変異といった変異型yggB遺伝子を用いてメカノセンシティブチャネルの一種であるYggBタンパク質を改変することによって,グルタミン酸の生産能力を上げるための,新規な技術を提供することにあったというべきである…。

したがって,19型変異使用構成と被告製法4との相違点1ないし3は,いずれも,特許発明の本質的部分ではないから,⑫及び⑬の菌株を使用する被告製法4は均等の第1要件を充足すると認められる。」

(3)第3要件(*進歩性判断と同じ枠組みで置換容易性を認めた。均等論第3要件のダブルスタンダードが主張されたが、具体的判断は示されなかった。)

「…19型変異使用構成について,相違点1及び2に係る構成に置換すること,すなわち変異型yggB遺伝子が由来する菌株をコリネバクテリウム・グルタミカムからコリネバクテリウム・カルナエに置き換え,それに伴って,yggB遺伝子のアミノ酸配列のうちアラニンをスレオニンに変更する位置を100番目から98番目に変更することは,当業者が,被告製法4による製造が開始された平成28年7月の時点で,容易に想到することができたと認めるのが相当である。

  被告は,第3要件にいう容易想到とは,当業者であれば,誰もが特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さと解すべきであり,そのような容易さはなかった旨主張するが,上記の事情からすれば,当業者である,本件発明2の属する細菌を用いたグルタミン酸発酵工業における平均的技術者を基準として,相違点1及び2についての容易想到性は認められるというべきであり,この点の被告の主張は採用できない。…」

(4)第5要件(*進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法について、均等侵害が成立した事例(世界的なFlexible barが柔軟に運用される傾向に沿っている。))

「…拒絶理由通知を受けて,2度の補正をした結果,…本件発明2には,被告製法4のように,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成が,文言上,本件発明2の技術的範囲に含まれなくなったことが認められる。また,…出願時の本件明細書2において,コリネバクテリウム・カルナエについての言及は,段落【0012】及び【0013】にのみ存在しており,この部分は上記の補正の際にも補正の対象とされなかったことが認められる。…

 (ア)第5要件において,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するときは,均等の主張は許されないものとしている理由は,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,または外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないというところにある(平成10年最高裁判決,平成29年最高裁判決参照)。

 (イ)…出願時の請求項1は,被告製法4のような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を含み得るものであったところ,補正によって,そのような構成は文言上本件発明2に含まれなくなったものである。

 (ウ)しかしながら,…コリネバクテリウム・カルナエDSM20147株の全ゲノム及びyggB遺伝子のアミノ酸配列の解析がされて利用可能となったのは平成25年3月頃以降であり,本件優先日…あるいは…出願日…において,コリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子のアミノ酸配列を特定することはできなかったものである。そうすると,…出願時において,出願人である原告が,本件発明2の課題を解決し得るような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を用いた具体的な構成を特定し,サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない。

 (エ)また,…出願時の請求項1は,概括的に「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌」という以上に菌種を特定しない記載をしたものであり,特に,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を記載したものではなく,本件明細書2におけるコリネバクテリウム・カルナエへの言及も,本件発明2のコリネ型細菌として利用可能な細菌の例(【0012】,【0013】)として挙げられているものに留まり,コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子を使用した構成についての言及は補正の前後を通じて本件明細書2ではされていない。

 (オ)前記(ウ)及び(エ)の事情に照らせば,前記(イ)の出願及び補正の経過をもって,客観的,外形的に見て,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を特許請求の範囲からあえて除外する旨が表示されていたとはいえず,その他,本件全証拠によっても,被告製法4について,第5要件に係る,特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとは認められない。」

 

3.判旨抜粋②(「サポート要件」、「実施可能要件」の部分)

訂正前は、課題を解決できない部分を含むからサポート要件×。⇒訂正の再抗弁で〇。

「本件発明1-1に記載された発明のうち,少なくともGDH遺伝子,CS遺伝子,ICDH遺伝子及びPDH遺伝子に変異を導入したコリネ型細菌によるアルギニンの製造方法については,本件明細書1の発明の詳細な記載により,当業者が,アミノ酸を高収率で生産する能力を有する変異株を遺伝子組換え又は変異により構築するとの前記の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであるといえる。また,これらの遺伝子の変異を用いたアルギニンの製造方法について,本件明細書1の記載のほかに,当業者が前記の課題を解決できるような出願時の技術常識があったとも認められない。…

訂正前の本件発明1-1は,ICDH遺伝子,PDH遺伝子又はアルギニノコハク酸シンターゼ遺伝子のプロモーター配列に特定の塩基配列を導入したコリネ型細菌を用いた発明を含むものであったが,本件訂正1により,本件訂正発明1-1には,これらの発明が含まれなくなった。したがって,本件訂正発明1-1について,ICDH遺伝子,PDH遺伝子及びアルギニノコハク酸シンターゼ遺伝子のプロモーターへの変異の導入についてのサポート要件違反及び実施可能要件違反は,いずれも認められない。」

 

4.判旨抜粋③(「譲渡の申出」の部分)

(1)譲渡人と申出者とが異なっても、一定の関係にある場合は、「譲渡の申出」成立、(2)「譲渡」が外国でも譲渡の申出が成立とした。(3)外国での売上高を基準として特許法102条2項を適用した。(外国販売分はいずれも日本の買主に対する販売であり,引渡し自体は船積みの際になされるとしても,その後に買主側によって日本国内に輸入されることが予定されていた、という特殊事情があった。)

≪なお、本事案では、被告製造方法は全て外国で使用されており、生産物が日本国内に輸入され、販売されていた。≫

「…CJインドネシア販売分について,本件MSGの譲渡自体が日本国内で行われているとは認められないものの,…CJグループにおける被告とCJインドネシアとの関係,…CJインドネシア販売分の注文書が被告宛に提出され,被告を経由してCJインドネシアに送付されることがあったこと,…被告とCJインドネシアとの間でCJインドネシア販売分の売上高の一部を被告に支払う旨の本件コミッション契約が締結され ていたこと,…CJインドネシア販売分について,被告が日本国内での本件MSGのサンプル配送や不良品の回収を行っていたこと,…被告の会計処理において…CJインドネシア販売分に係る経費が計上されていたことからすれば,被告各製法使用期間中のCJインドネシア販売分について,被告は,日本国内において,CJインドネシアと共同して,CJインドネシア販売分に係る営業活動を行っていたものと認めるのが相当であり,被告による譲渡の申出があったと認められる。そして,…被告各製法使用期間中に製造された本件MSGは被告各製法のいずれかによって製造されたもの(被告各製品)であるから,当該期間中の被告による本件MSGの譲渡の申出は,被告による本件発明1又は本件発明2の実施(特許法2条3項3号)に当たる。…

(a)被告は,『譲渡の申出』は,将来の譲渡人である売主によって行われる行為であり,広告宣伝等の申出行為を行う者が譲渡をする者と異なっている場合は譲渡の申出は成立しないとして,CJインドネシア販売分について,売主ではない被告が何らかの関与をしたとしても,当該行為は譲渡の申出には当たらないと主張する。しかしながら,譲渡の申出が譲渡とは別個に実施行為とされている趣旨からすれば,譲渡の申出をする行為が譲渡人である売主によるものではないとしても,当該売主と一定の関係を有する者による行為であるなどの事情があれば,当該申出行為を譲渡の申出と解し得ると考えるべきである。…CJインドネシアと被告とは,同じ企業グループに属している上,CJインドネシア販売分について,本件コミッション契約を締結して利益の分配を行うなどの密接な関係にあったといえるから,CJインドネシア販売分の売買契約の主体がCJインドネシアであって被告ではないことは,被告の…関与が本件MSGの譲渡の申出に当たるとの認定を妨げるものではない。

(b)被告は,特許法上の『譲渡』は日本国内での譲渡を意味し,その準備行為である「譲渡の申出」も日本国内での譲渡のための申出を意味するから,CJインドネシア販売分についての被告の行為は譲渡の申出には当たらないとも主張する。確かに,…CJインドネシア販売分に係る本件MSGの買主への譲渡は日本国外において行われているものと認められるものの,CJインドネシア販売分はいずれも日本の買主に対する販売であり,本件MSGの引渡し自体は船積みの際になされるとしても,その後に本件MSGが買主側によって日本国内に輸入されることが予定されているものであった。譲渡の申出が譲渡とは別個に実施行為とされている趣旨からすれば,CJインドネシア販売分に係る本件MSGのように,日本国内での営業活動の結果,日本の買主に販売され,日本国内に輸入される商品について,その買主への譲渡が日本国外で行われるか,日本国内で行われているか否かの違いのみで,当該営業活動が,日本における譲渡の申出に当たるかどうかの結論を異にするのは相当ではなく,…日本国内において被告とCJインドネシアが共同してCJインドネシア販売分に係る営業活動を行うことは,被告による『譲渡の申出』に当たると解するのが相当であり,この点の被告の主張は採用できない。…

被告は,CJインドネシア販売分に係る実施行為である『譲渡の申出』による損害額はCJインドネシア販売分の売上高に基づいて算出されるべきではなく,『譲渡の申出』に固有の範囲に留まるべきであると主張する。しかしながら,…CJインドネシア販売分について,被告とCJインドネシアには共同不法行為が成立するため,損害額の算定に当たっては,被告のみならず被告CJインドネシアの利益も考慮されること,…CJインドネシア販売分はいずれも日本の買主に対する販売であり,買主への引渡し後に日本国内に輸入されることが予定されているものであったことからすれば,『譲渡』自体が日本国外で行われているとしても,CJインドネシア販売分の売上高に基づいて算出される被告らの利益は,特許法102条2項の適用において,日本国内での『譲渡の申出』によって被告らが受けた利益と認めるのが相当であり,被告の上記主張は採用できない。」

 

5.若干の考察(「均等論」について)

(1)第1要件について

マキサカルシトール知財高裁大合議判決のメルクマールに沿っている。

⇒相違点が3個あっても、其々について淡々とあてはめている。

 ≪参考≫【特許★★★】化学物質(マキサカルシトール)の製造方法に係る特許発明について、均等侵害を認めた知財高裁大合議判決を維持した最高裁判決

https://www.nakapat.gr.jp/ja/legal_updates_jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E-%E3%80%90%E7%89%B9%E8%A8%B1%E2%98%85%E2%98%85%E2%98%85%E3%80%91%E5%8C%96%E5%AD%A6%E7%89%A9%E8%B3%AA%EF%BC%88%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%82%B5%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B7/

(2)第3要件について

均等論第3要件(置換容易性)は,判断基準時は異なるものの,進歩性の容易想到性と比較して容易に認められにくく,「特許法二九条二項の場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さをいう」という 判断基準が適用されると考えるのが判例・通説である((山田知司「均等論第3要件の意義・機能」,知財管理 Vol.63 No.5 2013))。

このような判断基準を適用すると,多くの事案において,均等論第3要件が否定され,均等論が成立しないという結論になりそうである。しかしながら,過去の裁判例を概観すると,均等論第1要件及び/又は第2要件を認めて,第3要件のみを否定した裁判例は極めて少ない。

⇒均等論第3要件の置換容易性を否定した判決の中には,進歩性の容易想到性より高いハードルである「特許法二九条二項の場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さ」を主張・立証する必要があるとした判決が4件ある。(下掲「均等論に関する裁判例の傾向と対策」(パテント誌Vol. 70 No. 1、54頁)に掲載された3件、及び、東京地判平成28年(ワ)第7763号【分断部分を有するセルフラミネート回転ケーブルマーカーラベル】事件<嶋末>)。

しかしながら,均等論第3要件の置換容易性を認めた判決を検討すると,そこまで論証しておらず,進歩性の容易想到性と同じ判断枠組みを採った判決が多数である。他方,第3要件の置換容易性を否定した判決を見ると,進歩性の容易想到性と異なる判断枠組みを採った判決が多数である。このように,均等論第3要件の置換容易性を判断した判決を網羅的に検討すると,均等論第3要件を認めた事案は,進歩性の容易想到性と同じ枠組みが採られた判決が多く,他方,均等論第3要件を否定した事案は,進歩性の容易想到性とは異なる枠組みが採られ,高いハードルを課されている,という傾向にある。 逆に言えば,均等論第3要件を認める事案では,進歩性の容易想到性と同程度であれば置換容易性を認め,他方,均等論第3要件を否定する事案では「特許法二九条二項の場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さ」を要求して,(公知文献に記載がなくても)当業者が容易に想到し得るか否かの論証に入らない,という傾向にある。

以上のような状況下であったところ、本判決(東京地判平成28年(ワ)第25436号<矢野>「L-グルタミン酸の製造方法」事件)は、「被告は,第3要件にいう容易想到とは,当業者であれば,誰もが特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さと解すべきであり,そのような容易さはなかった旨主張するが,上記の事情からすれば,当業者である,本件発明2の属する細菌を用いたグルタミン酸発酵工業における平均的技術者を基準として,相違点1及び2についての容易想到性は認められるというべきであり,この点の被告の主張は採用できない。」と判示し、均等論第3要件のダブルスタンダードを指摘した被告の主張に対し正面から答えず、恰も両者は同一の基準であるかの如く一行で否定した。

しかしながら、下掲・東京地判平成28年(ワ)第7763号【分断部分を有するセルフラミネート回転ケーブルマーカーラベル】事件<嶋末>は、「第3要件にいう『当業者』が『対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができた』とは,特許法29条2項所定の,公知の発明に基づいて『容易に発明をすることができた』という場合や第4要件の『当業者』が『容易に推考できた』という場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように,すなわち,実質的に同一なものと認識できる程度に容易であることを要するものと解すべきである(東京地裁平成3年(ワ)第10687号同10年10月7日判決・判時1657号122頁参照)。」と判示しており、明らかに進歩性判断とは異なるメルクマールとして、第3要件の成立を否定したものである。

本判決も、均等論第3要件についてダブルスタンダードの懸念があり、何れにしても、今後の裁判例の蓄積を注視する必要があろう。

参考:「均等論に関する裁判例の傾向と対策」(パテント誌Vol. 70 No. 1、54頁)

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201701/jpaapatent201701_054-067.pdf

(3)第5要件について

本判決は、「…出願時において,出願人である原告が,本件発明2の課題を解決し得るような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を用いた具体的な構成を特定し,サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない。」と判示して、進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法について均等侵害を認めたものであり、Flexible barが柔軟に運用される世界的な傾向に沿っている。

更に述べれば、「サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であった」か否かというメルクマールも、下掲する世界の一連のEli Lilly判決群(独国最高裁、英国最高裁、米国CAFC)が、進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた構成(化合物)について均等侵害を認める文脈中で示したメルクマールと同じであるから、国際的なハーモナイゼーションが図られていると思われる。

ここで、予測可能性の基準時を「出願時」としたことは、一つの合理的な説明としては、「補正時」に予測可能であっても、当該予測対象物/方法が明細書に開示されていなければ、新規事項追加となり補正できないから、それを明細書中に記載することが可能であった出願時を基準としたと考えられ、合理性が認められる。仮に、補正時に予測可能であり、当該予測対象物/方法が明細書に開示されていたにもかかわらず更に限定的な補正をしたという出願経緯であったならば、また別の論理で意識的除外として均等論第5要件違反と結論することも可能であろう。

関連情報として、2002年5月の米国連邦最高裁判決「Festo v. Shoketsu Kinzoku」は、『 ① 出願手続中でクレームが減縮された場合,公知資料を回避するための減縮であるか否かを問わず,特許法上の要件を満たす目的で減縮された限り,出願経過禁反言が適用される。(=Warner-Jenkinson米国連邦最高裁) ② クレームが減縮された場合は,特許法上の要件を満たす目的でなされたものと推定される。 ③ クレームの減縮に伴い出願経過禁反言が適用されても,均等論は当然には排除されない(=Flexible Bar)。 ④ 出願経過禁反言が適用された場合の反駁3要件,❶対象物が「出願時」*に予測不能であった、❷減縮補正の根本的理由が対象物に対して殆ど関係ない、❸対象物を記載できなかった合理的理由がある。』というメルクマールを判示した。しかし、その後のCAFC判決は、予測不能かどうかの基準時を「補正時」としたものが多く、その後のCAFC判決が基準時を「補正時」とする流れを作ったといわれている。(「審査経過禁反言・出願時同効材と均等論」(愛知、日本工業所有権法学会年報(2015)))

 

【関連裁判例<第3要件>】

東京地判平成28年(ワ)第7763号【分断部分を有するセルフラミネート回転ケーブルマーカーラベル】事件<嶋末>

*第3要件(製造当初の置換想到性)のみを否定した

*進歩性判断と異なる枠組みで置換容易性を否定した

「…第3要件にいう『当業者』が『対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができた』とは,特許法29条2項所定の,公知の発明に基づいて『容易に発明をすることができた』という場合や第4要件の『当業者』が『容易に推考できた』という場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているのと同じように,すなわち,実質的に同一なものと認識できる程度に容易であることを要するものと解すべきである(東京地裁平成3年(ワ)第10687号同10年10月7日判決・判時1657号122頁参照)。…

 被告製品の構成については,たとえ物品に添付するラベルの技術分野において,ラベルにコの字状を含む非直線状の分断線を形成し,この分断線に沿って当該ラベルを複数の部分に分断することが周知技術であったとしても(…),当業者であれば誰もが,本件発明1に係る特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度に容易であるとはいい難い…。

 なお,原告は,被告製品における「第1接着領域16’」をラベルの両角部の2点固定とする構成について,本件発明1の技術的範囲に含まれるものであるから,かかる構成とする動機付けは不要であると主張するが,ここで問題となるのは,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から,被告製品の本件発明1との相違部分に係る具体的構成が容易に想起できるかという点にあるのであって,その具体的構成には,「第1接着領域」を,ラベル内のどの部分に設けるかという点も当然に問題となるのであるから,被告製品が,本件発明1の「第1接着領域」に当たり得る部分を備えていることと,分断線をコの字状に形成することが周知技術であることのみをもっては,被告製品の構成が,本件発明1に係る特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できるとはいい難いというべきである。」

 

【関連裁判例<第5要件>】

①英国最高裁[2017]UKSC48(Actavis v. Eli Lilly)

均等論を認めた英国最高裁判決。欧州出願手続においてクレームが減縮補正されたが、この補正は、許容できない中間概念化に基づく新規事項追加の拒絶理由を回避する目的であり、補正要件を満たすものに過ぎないとした。⇒均等論成立

②ドイツ最高裁X ZR 29/15(Actavis v. Eli Lilly)

 補正の理由が、先行技術に対して主題を限定した場合は均等論が排除されるが、形式要件(新規事項追加や明確性)が契機となった補正は、特許権者が選択決定したとは見做されず、均等論は排除されない。⇒均等論成立

③米国CAFC / Eli Lilly v. Hospira (Fed. Cir. Aug. 2019)

Eli Lillyは、Claim 12 of ‘209 patentを、出願経過で「pemetrexed disodium salt」にまで不必要に狭く限定してしまったところ、Hospiraが製造・販売する物は「pemetrexed ditromethamine salt」であった。

Festo米国最高裁判決(2002)は、flexible barを採用しており、出願経過で減縮した場合のProsecution History Estoppelの推定を覆すための3要件として以下の3つを示していた。

①Equivalent may have been unforeseeable at the time of the application.

②The rationale underlying the amendment may bear no more than a tangential relation to the equivalent in question.

③Some other reason suggesting that the patentee could not reasonably be expected to have described the insubstantial substitute in question.

本CAFC判決は、”no more than a tangential relation to the equivalent in question”として、米国のCAFCにおいて、Prosecution History Estoppelの推定が覆され、出願経過で減縮したクレームについて均等論が認められた事例として重要である。

このCAFC判決は、英国、独国でファミリー特許について均等論を認めた最高裁判決が出ていたことと無関係でないだろう。(上掲2件)

日本でも、近時、補正で追加された構成要件について均等侵害が認められた裁判例(「骨切術用開大器」事件)東京地判平成30年12月21日、平成29年(ワ)第18184号<佐藤裁判長>がある(下掲)。(控訴審判決(知財高判平成31年(ネ)第10005号<鶴岡裁判長>)は、文言充足を認めた。)

★なお、2019年に、CAFCで均等論が3件認められている。米国の均等論は死んだかとも言われていたが、復活の狼煙が上がったかもしれない。

UCB, Inc. v. Watson Labs. Inc. (Fed. Cir. June 24, 2019)

 Ajinomoto Co. v. USITC (Fed. Cir. Aug. 8, 2019)

 Eli Lilly & Co. v. Hospira, Inc. (Fed. Cir. Aug. 9, 2019)

④日本(東京地判平成30年12月21日、平成29年(ワ)18184<佐藤裁判長>)

「…第5要件に関し,被告は,構成要件Eは本件補正によって追加されたものであるところ,本件拒絶理由通知に対する本件意見書における「本発明は,2組の揺動部材を備える点,および,揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える点において,引用文献1に記載された発明…と相違しています。」との記載によれば,原告は,被告製品のように係合部を別部材とする構成を特許発明の対象から意識的に除外したと理解することができるから,均等侵害は成立しないと主張する。

しかし,本件意見書には,「引用文献1には,端部が回転可能に連結されることにより開閉可能に設けられた一対のジョーを備えた開創器アセンブリが開示されています。」,「このような構成(判決注:本件発明に係る構成)によれば,2組の揺動部材を同時に開かせることにより,骨に形成した切り込みの拡大作業を容易にし,また,切り込みの切断面に局所的に過大な押圧力が作用することを防ぐことができる」,「2つの開創器アセンブリを単に着脱可能に組み合わせただけでは本発明の構成を導くことはできません。」「引用発明1には,切り込みの切断面に作用する押圧力を低減するという課題,および,2つの開創器アセンブリを一体で開動作させるという係合部の作用に対する示唆がありません」などの記載がある。

上記記載によれば,本件意見書の主旨は,特許庁審査官に対し,引用例1が一対の揺動部材を開示していることを指摘し,それに対し,本件発明は,開閉可能な2対の揺動部材を組み合わせ,一方の揺動部材を他方の揺動部材に係合するための係合部を設けることにより,両揺動部材が同時に開くことを可能にするものであることを説明する点にあるというべきである。そして,同意見書には,係合部の構成,すなわち,係合部を揺動部材の一部として構成するか,揺動部材とは別の部材により構成をするかを意識又は示唆する記載は存在しない。そうすると,被告の指摘する「2組の揺動部材を備える点,および,揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える」との記載は,上記説明の文脈において本件発明の構成を説明したものにすぎないというべきであり,同記載をもって,同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に,原告が,係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない。」

https://www.nakapat.gr.jp/ja/legal_updates_jp/%E3%80%90%E7%89%B9%E8%A8%B1%E2%98%85%E2%98%85%E2%98%85%E3%80%91%E6%9D%B1%E4%BA%AC%EF%BC%88%E5%9C%B0%E8%A3%81%E3%80%81%E9%AB%98%E8%A3%81%EF%BC%89%E3%81%A7%E5%88%9D%E3%82%81%E3%81%A6%E3%80%81%E8%A3%9C/?fbclid=IwAR0jJ058kRFhMKK_KcJESCo89MkhyUawJwH-o6Lvtp-vMViNi5NPrILLTVY

⑤2002.05米国連邦最高裁「Festo」 v. Shoketsu Kinzoku

① 出願手続中でクレームが減縮された場合,公知資料を回避するための減縮であるか否かを問わず,特許法上の要件を満たす目的で減縮された限り,出願経過禁反言が適用される。(=Warner-Jenkinson米国連邦最高裁)

② クレームが減縮された場合は,特許法上の要件を満たす目的でなされたものと推定される。

③ クレームの減縮に伴い出願経過禁反言が適用されても,均等論は当然には排除されない(=Flexible Bar)。

④ 出願経過禁反言が適用された場合の反駁3要件,❶対象物が補正時に予測不能であった、❷減縮補正の根本的理由が対象物に対して殆ど関係ない、❸対象物を記載できなかった合理的理由がある。⇒差戻審~審査経過禁反言は裁判官が判断する法律問題

 

【関連裁判例の判旨抜粋~近時の”均等侵害”認容事例】

①平成21年(ネ)第10006号「中空ゴルフクラブヘッド」(飯村)

(1)置換可能性について
…「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」を用いたことによる目的,作用効果(ないし課題の解決原理)は,金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにある…。…被告製品では,金属製外殻部材の接着界面のみならず,その反対面側においても,FRP製下部外殻部材9を当てて加熱・加圧する成形がされているため,帯片8は,金属製外殻部材の接着界面の反対面側においても,繊維強化プラスチック製の外殻部材(FRP製上部外殻部材9)と,一体に接合している…ため,帯片8を,金属製外殻部材に設けた貫通穴に複数回通すことによって強度を確保する必要がない。…目的,作用効果(ないし課題解決原理)を共通にするものであるから,置換可能性がある。

(2) 置換容易性…

(3)非本質的な部分か否かについて

 本件発明の目的,作用効果は,…金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにある。特許請求の範囲及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと,本件発明は,金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け,貫通穴に繊維強化プラスチック製の部材を通すことによって上記目的を達成しようとするものであり,本件発明の課題解決のための重要な部分は,「該貫通穴を介して」「前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」との構成にある…。…「縫合材であること」は,本件発明の課題解決のための手段を基礎づける技術的思想の中核的,特徴的な部分であると解することはできない。

②平成22年(ネ)第10014号「地下構造物用丸型蓋」(中野、東海林)

エ 均等論適用のための第1要件具備の有無

 『閉蓋の際,バールで蓋本体を引きずるようにしたり,蓋本体を後方から押し込むだけで蓋本体を受枠内にスムーズに収めることができる』との作用効果(本件作用効果①)… 『蓋本体のガタツキを防止できるとともに、土砂、雨水等の地下構造物内部への侵入を防止できる』との作用効果(本件作用効果②) … 本件発明が本件作用効果①を奏する上で,蓋本体及び受枠の各凸曲面部が最も重要な役割を果たす…『受枠には凹部が存在すれば足り,凹曲面部は不要である』との控訴人の主張は正当であると認められ,本件発明において,受枠の『凹曲面部』は本質的部分に含まれない…。…明細書…の記載においては、本件作用効果②を奏するにあたり、受枠の凹部が『曲面部』であるかどうかは問題とされていない…、本件作用効果②を奏する上でも、受枠の凹部が『曲面部』であることは本質的部分には含まれない。

オ 均等論適用のための第2要件具備の有無

 …裁判所での実演は,実演者の開閉方法の巧拙等に大きく依存するものではあるが,被告製品Bも,本件作用効果①を一定程度奏するものと認められ,受枠に設けられているのが『凹曲面部』か『凹部』かによって大きな差異がない… 。

③平成22年(ネ)10089「食品の包み込み成形方法及びその装置」(飯村)

ウ 均等侵害の要件①について

…本件発明1は,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程との関連が強く,その後の椀状に形成する工程や封着する工程にとって重要な工程である外皮材の位置調整を,既に備わる封着用のシャッタで行う点,そして,別途の手段を設けることなく簡素な構成でこのような重要な工程を達成している点に,その特徴があるということができる。

 本件発明1においては,シャッタ片及び載置部材と,ノズル部材及び生地押え部材とが相対的に接近することは重要であるが,いずれの側を昇降させるかは技術的に重要であるとはいえない。よって,本件発明1がノズル部材及び生地押え部材を下降させてシャッタ片及び載置部材に接近させているのに対し,被告方法2がシャッタ片及び載置部材を上昇させることによってノズル部材及び生地押え部材に接近させているという相違部分は,本件発明1の本質的部分とはいえない。

エ 均等侵害の要件②について

 ノズル部材及び生地押え部材を下降させてシャッタ片及び載置部材に接近させているのに代えて,押し込み部材の下降はなく,シャッタ片及び載置部材を上昇させてノズル部材及び生地押え部材に接近させる被告方法2によっても,外皮材が所定位置に収まるように外皮材の位置調整を行うことができ,外皮材の形状のばらつきや位置ずれがあらかじめ修正され,より確実な成形処理を行うことが可能であり(【0008】【0013】) ,より安定的に外皮材を戴置し,確実に押え保持することができ(【0011】),装置構成を極めて簡素化することができる(【0012】)といった本件発明1と同一の作用効果を奏する…。

④東京地裁平成23年(ワ)第8085号「洗濯機用水準器」(高野)

本件発明4は,取付けに別部品を必要とせず,当接面に凹凸があっても,安価に精度良く取り付けることができ,視認性にも優れる洗濯機用水準器を提供するという従来技術では達成し得なかった技術的課題を解決するために,ケースと係合部を一体に形成するとともに,ケースの外方にケース及び蓋体よりも下方へ突出する外部ケースを一体に備えさせたものであり,これが本件発明4特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分であると認められる。

そうであるから,…「取付部の内底面」という構成は,本件発明4の本質的部分でない…

 被告らは,本件発明4が外部ケースの下端面を取付部の内底面に当接させて基準面とすることによって取付けの水平度の精度を良くするという課題を解決したものであるから,本件発明4の実質的価値が「取付部の内底面」という構成にもあるとして,本件発明4の本質的部分であると主張する。しかしながら,前記のとおり,取付部の内底面は,凹凸があることによって取付けの精度が悪くなるという問題点があるために,技術的課題を生じさせていた構成であって,課題を解決した構成ではない。

⑤平成25年(ネ)第10017号「オープン式発酵処理装置」(清水)

(1)本質的部分(第1要件)について

 …堆積物の外側への掬い上げ時の拡散,崩れなどの不都合を解消するために,前後一対の板状の掬い上げ部材が,それぞれ回転軸の軸方向に対し所定角度内側(オープン式発酵槽の長尺壁の方向)を向くようにし,掬い上げ部材の内側に向いて傾斜した部材の外側が,その前方に堆積する堆積物の長尺開放面側の外端堆積部に当接し,斜め内側に向けてこれを掬い上げるよう,傾斜板を所定角度内側に向けて配置したことが,本件訂正発明2を基礎付ける特徴的部分である…。…

 本件訂正発明2の攪拌機は,往復動走行に伴って正又は逆回転するものであることから,掬い上げ部が外端堆積部に当接する場合は,回転軸に直交する前後方向のいずれの場合もあり得ることから,そのいずれの場合においても,堆積物を掬い上げる必要があり,そのために,掬い上げ部材を前後にかつ前後方向に対し傾斜させて配置し,その前側の傾斜板の外面は斜め1側前方を向き,その後側の傾斜板の外面は斜め1側後方を向くように配向させて配設されたものと認められる。そうすると,掬い上げ部材が前後の両方向に傾斜されて配置されるとの構成も,本件訂正発明2を基礎付ける特徴的部分である…。
これに対して,本件訂正明細書2には,掬い上げ部材が2枚であることの技術的意義は,何ら記載されておらず,
…傾斜板の外面が正又は逆回転時のそれぞれにおいて,外端堆積部に当接することが重要であるから,本件発明2の掬い上げ部材が2枚で構成されることに格別の技術的意義があるとはいえず,本件訂正明細書2に記載されるように2枚の部材を直接溶接してV字状を形成することと,1枚の部材を折曲してV字状を形成することとの間に技術的相違はないから,この点は本質的部分であるとはいえない。また, …前後に傾斜させる角度が,回転軸5aの中心軸線に対して10°~80°の角度であればよく,逆への字状が含まれることや,掬い上げる部材としても,平面な板状に限定されず,外端堆積部に当接して内側に掬い上げることができればよいことに照らすと,掬い上げ部材が,平面な板状で構成されていることも,本質的部分であるとはいえない。

⑥東京地裁平成24年(ワ)第31523号「流量制御弁」(長谷川)

…被告製品3は, …本件発明が制水駒を接合金具に内嵌するブッシュを介して通水室に内設するものであるのに対し… ,ブッシュを設けることなく制水駒を接合金具に形成されたV型のテーパに圧入することによって通水室に内設する構成を採用しているから, …文言上充足しない。

 明細書の発明の詳細な説明の欄をみてもその具体的な構成やブッシュを設けることによる作用効果に関する記載は見当たらない。そして, …制水駒を通水室に内設することにより,1個の制水駒によって多様の流量制御に対応することができるという本件発明の技術的意義… に照らすと,制水駒は,上記形状の通水室内に下端から落ちることなく止まるよう,また,制水駒と通水室の間から水漏れがしないよう,通水室内に固定されていることを要すると解すべきものとなる。…通水室に制水駒を固定するに当たっては,これらを直接結合するか,他の部材を介して間接的に結合するかのいずれかであるところ,本件発明は後者を採用したものであるが,ブッシュを介在させることの技術的意義は明細書に記載されていない。また,物を製造するに当たり,製造原価を削減する,工程を減らし工期を短くするなどの目的で部品の数を減らすことは,当業者であれば当然に考慮すべき事柄と解される。 (★付加された構成により新たな効果を奏する場合に、第3要件を否定した裁判例も多数ある。後掲「第3」参照)

 そうすると,本件発明の特許請求の範囲及び明細書の詳細な説明の記載に接した当業者であれば,ブッシュを省略し,制水駒を通水室に直接結合する構成への設計変更を試みるものと考えられる。そして,本件発明の実施例に示されたとおり,通水室の断面及び制水駒の形状が円形であること,通水室には上端から下端方向に水が流れることからすれば,制水駒が下端から落ちることなく,かつ,制水駒と通水室の間から水が漏れないように両者を固定するため,接合金具の内側を下端側が狭まったV型のテーパ状に形成し,その円周部分に円盤状の制水駒を直接圧入するように構成することは,当業者にとって容易に想到できたものと考えられる。

⑦大阪地裁平成26年(ワ)第5210号「パック用シート」(高松)

ア 非本質的部分について

…従来のシートでも鼻の上部に切り込みは設けられておらず…,鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたのに対し,本件特許発明の技術的課題は,従来のパック用シートでは,小鼻部分にシートで覆えない大きな隙間が空き,また,シートの小鼻に対応した部分が浮き上がってしまう欠点があったことから,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をもぴったりと覆うことにあり,本件特許発明は,「ほぼ台形の領域」にミシン目状の切り込み線を配するとしたことにより,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,パック用シートが鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がるようにし,隙間を生じることなく小鼻部分をもぴったり覆うようにしたものであると認められる。

 これらからすると,本件特許発明は,鼻部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって,従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果があると認められる。そうすると,被告製品において,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点は,このような本件特許発明の固有の作用効果を基礎付ける本質的部分に属する相違点ではない…。

 イ 置換可能性について

…被告製品は,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていなくとも,小鼻部分を含めた鼻全体に密着するものであると認められる。そうすると,被告製品も,本件特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであると認められる。

⑧知財高判(大合議)平成27年(ネ)10014「マキサカルシトール」事件

<第2要件>控訴人方法における上記出発物質A及び中間体Cのうち訂正発明のZに相当する炭素骨格はトランス体のビタミンD構造であり,訂正発明における出発物質…及び中間体…のZの炭素骨格がシス体のビタミンD構造であることとは異なるものの,両者の出発物質及び中間体は,いずれも,ビタミンD構造の20位アルコール化合物を,同一のエポキシ炭化水素化合物と反応させて,それにより一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造という中間体を経由するという方法により,マキサカルシトールを製造できるという,同一の作用効果を果たしており,訂正発明におけるシス体のビタミンD構造の上記出発物質及び中間体を,控訴人方法におけるトランス体のビタミンD構造の上記出発物質及び中間体と置き換えても,訂正発明と同一の目的を達成することができ,同一の作用効果を奏しているものと認められる。

 控訴人らは,訂正明細書に記載がある効果は,工程数の短縮のみであり,訂正発明の作用効果は,従来技術に比して,シス体を出発物質とした場合のマキサカルシトールの側鎖の導入工程を短縮したことにある,また,工程の短縮としての効率性はトータルとしての製造工程数で決せられるべきであり,総工程数が異なる場合は同じ作用効果を有しない旨主張する。しかし,…明細書に『発明の効果』の記載がない特許発明について,一部の従来技術との対比のみにより発明の作用効果を限定して推認するのは相当ではない。…訂正発明は,ステロイド環構造をビタミンD構造へ転換する工程をも包含しており,特に転換工程の有無を含めた全工程数の違い(少なさ)を,従来技術との違いとして認識しているわけではないことからすれば,訂正発明の作用効果を,従来技術に比して,マキサカルシトール等の目的物質を製造する総工程数を短縮できることと認定することはできない。

⑨大阪地判平成26年(ワ)第4916号「足先支持パッド事件」(高松)

(2) 第1要件(非本質的部分性)

 本件考案の技術的意義からすると,本件考案の本質的な作用効果は,足先支持パッドを足の付け根部下側に嵌め込んで,第2ないし第4指の指頭部と付け根を浮き上がらせて横アーチを形成し,土踏まずを維持して縦アーチを維持し,親指及び小指の指頭部と触球部,踵部の3点で身体を支える点にある…。親指及び小指は,接地して身体を支えるのであるから,それらの指の触球部の上辺から指頭部下辺までの間にパッドを嵌め込むことは,上記の作用効果を奏する上で必須のものとはいえない。…よって,本件考案の構成要件④と被告商品の構成との差異である,パッドの水平部が小指の指頭部下辺までの部分に達しているか否かという点は,本件考案の作用効果を基礎づける本質的部分に属する相違点ではない…。…したがって,…水平部が小指の指頭部下辺まで至り,水平部の上面及び第3凸状部の側面が小指の付け根部の下側と密接できるようになだらかに湾曲していること… に係る差異は,本件考案の固有の作用効果を基礎づける本質的部分に属するものではないというべきである。

⇒同判決も、第1要件の判断において、考案の固有の作用効果を基礎付ける部分を本質的部分と認定しており、第1要件と第2要件との関係は、【マキサカルシトール】大合議判決と整合する。

⑩東京地判平成27年(ワ)第6812号「搾汁ジューサー事件」(長谷川)

本件明細書の記載によれば,圧力排出路の存在は本件発明が解決すべき課題と直接関係するものではない。もっとも,…圧力排出路は,食材が網ドラムの底部で最終的に圧縮され脱水される過程で生じる一部の汁が防水円筒を超えてハウジングの外に流出するのを防ぐことを目的とするものであり,汁を排出するための通路をハウジング底面において防水円筒の下部縁に形成することは発明の本質的部分であるとみる余地がある。しかし,上記の効果を奏するためには,上記通路が防水円筒の下部縁に存在すれば足り,これをどのような部材で構成するかにより異なるものではない。そうすると,上記の異なる部分は本件発明の本質的部分に当たらないと解するのが相当である。

⇒同判決も、第1要件を満たす理由の一つとして、被告製品が有しない「圧力排出路」が発明の解決課題と直接関係ないことを挙げており、【マキサカルシトール】大合議判決と整合する。同判決は、発明と対象製品との相違点に係る構成が、発明の効果に関連するとしても、「どのような部材で構成するかにより異なるものではない」として、本質的部分に当たらないという結論を維持している。

⑪東京地判平成25年(ワ)7478「半導体チップの製造方法」

<第1要件>…本件明細書等には,「第二の割り溝」を形成する方法について,手法は特に問わないとしており,エッチング,ダイシング,スクライブ等の手法を用いることが可能であるとされ,このうち,線幅を狭くすることが可能であるなどの理由から,スクライブが特に好ましいとするにとどまっており…,「第二の割り溝」に関して,その形成の方法は特に限定されていない。

 そして,本件においては,本件明細書等に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分であるという事情は認められない。…本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり,半導体層側にエッチングにより第一の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成し,サファイア基板側にも何らかの方法により第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成するとともに,それらの位置関係を一致させ,サファイア基板側の線幅を狭くした点にあると認めるのが相当であり,サファイア基板側に形成される第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分が,空洞として溝になっているかどうか,また,線状の部分の形成方法としていかなる方法を採用するかは上記特徴的部分に当たらないというべきである。

⑫東京地判平成29年(ワ)第18184号「骨切術用開大器」(佐藤)※一審判決

<第2要件>被告は,揺動部材を閉じる際に,一方の揺動部材を閉じていくと,他方の揺動部材との係合が自動的に解除されるとの点も本件発明の作用効果に含まれるとの解釈を前提に,被告製品の場合,一方の揺動部材を閉じるだけでは,他方の揺動部材との係合は自動的に解除されないことから,本件発明と同一の作用効果を奏さないと主張する。しかし,本件明細書等に記載された本件発明の効果は,「本発明によれば,切込みを拡大した状態に維持しつつ,移植物の挿入を容易にすることができる」(段落【0012】)というものである。このような効果は,2対の揺動部材で切込みを拡大した後に1対の揺動部材を取り外すことにより実現することが可能であり,係合の解除が自動的に行われることは本件発明の効果に含まれない…。

<第5要件>本件意見書の主旨は,特許庁審査官に対し,引用例1が一対の揺動部材を開示していることを指摘し,それに対し,本件発明は,開閉可能な2対の揺動部材を組み合わせ,一方の揺動部材を他方の揺動部材に係合するための係合部を設けることにより,両揺動部材が同時に開くことを可能にするものであることを説明する点にあるというべきである。そして,同意見書には,係合部の構成,すなわち,係合部を揺動部材の一部として構成するか,揺動部材とは別の部材により構成をするかを意識又は示唆する記載は存在しない。そうすると,…同記載をもって,同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に,原告が,係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない。

⑬東京地判平成29年(ワ)第29228号「流体供給装置及び…プログラム」(柴田)

被告給油装置では,選択された給油量と実際の給油量との差に基づき給油後に記憶媒体に加算を行っているが,これは,内容的には,給油後に,給油前に差し引いた金額との精算をしているということができる…。…

本件発明1は,流体の供給後の精算に当たり,供給前の入金データの額から,流量値に相当する金額を差し引き,それらの差額データの金額を金額データに加算しているのに対し,被告給油装置においては,選択された給油量と実際の給油量の差を計測し,それに油の単価を乗じて返金額を求めていて,それぞれの発明においてそれらを行うための演算手段,料金精算手段を有しているが,これらは,流体の供給の終了後の精算に当たり,当初に入金した額と実際に供給された油に相当する額との差額をどのように計算するかについての違いであり,前記に照らして,本件発明1の従来技術に見られない特有の技術的思想 を構成する特徴的部分であるということはできない。

⑭東京地判平成29年(ワ)第32839号「美容器」(田中)

<第1要件、第2要件>本件発明の技術的思想からすれば,分枝部の軸孔とハンドル本体の凹部が連通していない場合であっても,ハンドルを,凹部を有するハンドル本体と,その凹部を覆うハンドルカバーで構成するときには,なお上記の従来の構成の問題点により生ずる技術的課題を解決できることに変わりはなく,この点を置換することによって全体として本件発明とは異なった別の技術的思想となるということはできない。また,新被告製品のように,「連通する軸孔」との構成をとらずに連通していない構成をとった場合にも,ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに,美容器の組み立て作業性が向上されるとの上記作用効果を奏することについては,本件発明と変わらないものと認められる。したがって,本件発明と新被告製品の異なる部分(相違部分)は本件発明の本質的部分ではなく(第1要件の充足),本件発明の構成を新被告製品の構成に置き換えたとしても,本件発明の目的を達成でき,同一の作用効果を奏するといえる(第2要件の充足)。… 

<第4要件>シャインは,新被告製品と全くその構成を異にするものであり, 新被告製品と対比すると,課題解決原理を全く異にする別の技術的思想によるものと評価するほかない。

⑮大阪地判平成31年(ワ)第3273号「学習用具」事件<杉浦>
本件明細書記載の従来技術に加え,甲11発明及び乙6発明をも考慮すると,本件発明のうち,コンピューターを備え,対応する語句が存在する原画を該語句と結びつけて覚えるための学習用具であり,前記コンピューターが,前記原画(乙6発明の完全文字22に相当。以下,本項において括弧内は,乙6発明において相当する構成を意味する。)と,該原画に関連する画像(パーツ関連アニメ24)からなる1セットの画像データが複数個記録された記録部(画像ファイルFV)と,記録部に記録された複数個の1セットの画像データから,表示すべき画像データを選択(1セクション分の英単語のデータを1単位として読み込み)する手段と,選択された画像データにより,原画,該原画に関連する画像を順次表示する画像表示手段(ディスプレイ7)と,前記原画と,原画に関連する画像に対応する語句の音声データ(それぞれ,英単語音声データ,連想文の音声データ)が記憶された記録部(音声ファイルFA)と,記録部から前記語句の音声データを選択(1セクション分の英単語のデータを1単位として読み込み)する手段と,前記選択された語句の音声データを再生する手段(スピーカ6)とを含み,前記画像表示手段が,原画と,該原画に関連する画像の表示を,対応する語句の再生と同期して表示(シンクロ出力処理)する学習用具という点は,従来技術にも見られたものといえる。
他方,乙6発明の完全文字22及びパーツ関連アニメ24は,原画,該原画の輪郭に似たもしくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画,並びに該原画及び第一の関連画に似た若しくは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画といえるような関係性を有するものではない。その再生順も,完全文字22を表示した後にパーツ関連アニメ24を表示するものであって,第一の関連画,第二の関連画,原画の順に表示するものではない。甲11発明においても,漢字,古代文字及び絵文字が相互に似た輪郭を有するものではあっても,その表示の順に定めはなく,古代文字及び絵文字に対応する語句を有するものではなく,また,唱え言葉も,これらに対応する語句を含んだものではない。
したがって,本件発明のうち,組画の1単位として,原画,該原画の輪郭に似た若しくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画,並びに該原画及び第一の関連画に似た若しくは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画から成る組画を組画記録媒体に記録する点,画像表示手段に表示するに際し,前記第一の関連画,前記第二の関連画,及び前記原画の順に表示する点,第一の関連画に対応する語句,第二の関連画に対応する語句,原画に対応する語句から成る語句の音声データを,音声記録媒体に記録し,音声再生手段で再生し,前記画像表示手段が前記第一の関連画,前記第二の関連画,及び前記原画を対応する語句の再生と同期して表示する点は,本件明細書の従来技術に記載されていないことはもとより,甲11文献及び乙6文献のいずれにも記載がない。
そうすると,上記各点が本件発明の本質的部分というべきである。

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【判示事項(抜粋)~本件発明2の均等論に関する判示部分】

  (1) 均等侵害の判断基準について
 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても,①同部分が特許発明の本質的部分ではなく,②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,同対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁(以下「平成10年最高裁判決」という。),最高裁平成28年(受)第1242号同29年3月24日第二小法廷判決・民集71巻3号359頁(以下「平成29年最高裁判決」という。)参照。以下,上記①ないし⑤の要件を,順次「第1要件」ないし「第5要件」という。)。
 そして,第1要件ないし第5要件の主張立証責任については,第1要件ないし第3要件については,対象製品等が特許発明と均等であると主張する者が主張立証責任を負うと解すべきであり,他方,これらの要件により対象製品等が均等の範囲内にあっても,均等の法理の適用が除外されるべき場合である第4要件及び第5要件については,対象製品等について均等の法理の適用を否定する者が主張立証責任を負うと解するのが相当である(知財高裁平成27年(ネ)第10014号同28年3月25日特別部判決・判時2306号87頁参照)。
 以下,被告製法4が本件発明2と均等なものとしてその技術的範囲に属するかについて,まず,本件発明2及びそこに含まれる19型変異使用構成の内容と被告製法4の内容とをそれぞれ検討して,これを対比した上で,均等の法理の第1要件ないし第5要件について順に検討する。
  (2) 本件発明2の内容
   ア 本件明細書2の記載内容
 本件発明2に関する,本件明細書2の発明の詳細な説明の記載は,概要,別紙13本件明細書2の記載のとおりである。
 なお,本件明細書2の【0033】は本件訂正2により訂正されているところ,後記7(1)イのとおり,当該箇所の訂正は誤記によるものと認められるから,以下,特記しない限り,訂正後の記載による。
   イ 本件発明2の概要
 本件発明2に係る特許請求の範囲(別紙5-1),前記アの本件明細書2の記載及び弁論の全趣旨によれば,本件発明2の概要は,以下のとおりであると認められる。
 (ア) 技術分野・背景技術
 本件発明2は,発酵工業に関し,調味料原料等として広く用いられるL-グルタミン酸の製造法及びそれに用いる細菌に関するものである(【0001】)。
 従来から,L-グルタミン酸は,L-グルタミン酸生産能を有するブレビバクテリウム属やコリネバクテリウム属に属するコリネ型細菌を用いて発酵法により工業生産されていた(【0002】)。
 コリネ型細菌の野生株は,一般的にビオチンが存在している条件ではグルタミン酸を生成しないため,コリネ型細菌によるL-グルタミン酸生産は,ビオチン制限,界面活性剤添加,ペニシリン添加等によってグルタミン酸生成を誘導した状態で行われており,これらの方法を適用しなくてもビオチンが十分存在している条件下でL-グルタミン酸を生成できる株として,界面活性剤温度感受性株,ペニシリン感受性株,セルレニン感受性株,リゾチーム感受性株等が開発されていたものの,これらの株は,L-グルタミン酸生産と引き換えに環境変化への適応力の低下を引き起こしている可能性が高く,L-グルタミン酸を著量蓄積できる菌株を開発するには相当の労力を要していた(【0003】,【0004】)。
 そのほか,ビオチン十分条件でL-グルタミン酸を生成する株は,
α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を欠損させることによっても達成されるが,TCAサイクルを途中で遮断するα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ欠損株は生育が遅いことから菌体量の確保が困難などの課題があった(【0005】)。
 コリネ型細菌のyggB遺伝子は,エシェリヒア・コリ(E.coli,大腸菌)のyggB遺伝子のホモログであり,メカノセンシティブチャンネルの一種として解析されているが,L-グルタミン酸に及ぼす影響については知られていなかった(【0006】)。
 (イ) 本件発明2の課題
 本件発明2は,コリネ型細菌を用いたL-グルタミン酸の製造において,L-グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供することを課題とする(【0007】)。
 (ウ) 課題を解決するための手段等
  a yggB遺伝子を用いた改変
 本件発明2は,yggB遺伝子がコリネ型細菌のL-グルタミン酸生産に関与していることを明らかにし,yggB遺伝子を用いてコリネ型細菌を改変することにより,L-グルタミン酸の生産能が大幅に向上することを見いだしたものである(【0008】)。
 本件発明2のコリネ型細菌は,L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,yggB遺伝子を用いて改変されたことにより,非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌である(【0011】)。
 yggB遺伝子を用いた改変としては,yggB遺伝子の発現量を増加させる方法,及び変異型yggB遺伝子を導入する方法が含まれるが,本件発明2は後者の方法である(【0029】)。
  b 変異型yggB遺伝子の導入
 変異型yggB遺伝子の具体例としては,以下のものがあるが,コリネ型細菌においてビオチンが過剰量存在する条件で,L-グルタミン酸生産能を向上させ得る変異であれば特に制限されない(【0069】)。
   (a) C末端側変異
 本件発明2でyggB遺伝子に導入される変異の一形態は,yggB遺伝子のC末端領域に変異を導入するC末端側変異であり,この変異は,配列番号6,68,84,85のアミノ酸番号419-533の配列,又は配列番号62のアミノ酸番号419-529の配列をコードする領域の塩基配列の一部に導入された変異である(段落【0070】)。C末端側変異の一例としては,①転移因子の挿入による変異(2A-1型変異)と②プロリン残基を他のアミノ酸に置換する変異(66型変異,22型変異)がある(請求項1,【0070】~【0072】,実施例2~実施例6,実施例12,実施例13,実施例17)。
   (b) 膜貫通領域の変異
 本件発明2でyggB遺伝子に導入される変異のもう一つの形態は,yggB遺伝子がコードするYggBタンパク質が有すると推測される5個の膜貫通領域(配列番号6,62,68,84,85の野生型のYggBタンパク質のアミノ酸配列において,膜貫通領域はそれぞれ,アミノ酸番号1~23(第1膜貫通領域),25~47(第2膜貫通領域),62~84(第3膜貫通領域),86~108(第4膜貫通領域),110~132(第5膜貫通領域))をコードする部分に変異を導入するものであり,その例として,①第1膜貫通領域の変異(A1型変異),②第4膜貫通領域の変異(19型変異),③第5膜貫通領域の変異(L30型変異,8型変異)が挙げられる(請求項1,【0073】~【0076】,実施例7~実施例11,実施例15,実施例16)。
 (エ) 本件発明2の効果
 本件発明2のyggB遺伝子を用いて改変したコリネ型細菌を用いることにより,L-グルタミン酸を効率よく生産することができる(【0010】)。
   ウ 本件発明2の意義(課題解決原理)
 以上に照らせば,本件明細書2記載の従来技術と比較して,本件発明2における従来技術に見られない特有の技術的思想(課題解決原理)とは,従来,グルタミン酸生産に及ぼす影響について知られていなかったコリネ型細菌のyggB遺伝子に着目し,C末端側変異や膜貫通領域の変異といった変異型yggB遺伝子を用いてメカノセンシティブチャネルの一種であるYggBタンパク質を改変することによって,グルタミン酸の生産能力を上げるための,新規な技術を提供することにあったというべきである。
   エ 本件優先日2当時の従来技術について
 被告は,本件優先日2当時の従来技術につき,乙24文献によれば,コリネバクテリウム・グルタミカムの浸透圧調節チャネル(YggB)がグルタミン酸の排出に寄与することはその当時から知られていた等と主張する。
 (ア) 乙24文献の記載内容
 乙24文献には以下の記載がある(乙24,弁論の全趣旨。表1は,別紙14引用文献の図面参照)。
  a abstract
   (a) 572頁1行~6行
 「細菌は,低浸透圧ストレスに対して,低分子量の溶質を遊離し,一定の膨脹圧を維持することによって応答する。我々は,コリネバクテリウム・グルタミカムにおいて,浸透圧の突然の低下による様々な溶質の排出に関わる,浸透圧調節チャネルの機能を研究している。当該チャネルは,グリシンベタイン及びプロリンのような相溶性の溶質の排出を優先的に媒介する。同じような大きさの分子,例えば,グルタミン酸又はリジンの遊離は,制限され,ATPは,厳しい浸透圧ショックの後であっても,完全に維持された。」
   (b) 572頁13行~14行
 「これらの結果は,大腸菌のメカノセンシティブチャネルに類似の浸透圧調節チャネルが,C.グルタミカムに存在することを示唆する。」
  b RESULTS 
   (a) 表1(575頁)
 「表1.C.グルタミカムでの低浸透圧ショック後の溶質排出の特異性。標識又は非標識の相溶性の溶質(グリシンベタイン,プロリン,エクトイン)の蓄積により,あるいはジペプチド(リジン,アラニン)の添加により,高浸透圧条件下(それぞれ1860mOsm及び2100mOsm)で細胞を溶質に負荷した。細胞は,表に示したように希釈した。シリコンオイルの上清及びペレットにおける低浸透圧ショックの1分後,シンチレーションカウンティング(sc.count.),HPLC,酵素アッセイ,NMR,ルシフェリン/ルシフェラーゼアッセイ,又はフレームフォトメトリー(flame ph.)を用いて排出を測定した。値は
μmol・mgdm-1で示す,なぜなら,変化した細胞質体積に基づく真の内部濃度への補正は,総変化の結果のミスリーディングを起こすためである。全ての値は,少なくとも3回の実験の平均である。等モル希釈及び540mOsmに対する低浸透圧ショックのそれぞれに関し,残存した溶質の相対値を示す。」
   (b) 575頁右欄末行~576頁左欄1行
 「グルタミン酸とリジンの流出は顕著に制限されていた」
  c Discussion
   (a) 578頁左欄38~49行
 「土壌細菌として,C.グルタミカムは,頻繁に起こる緊急事態,即ち,低浸透圧ショックに対して応答する効率的なメカニズムを装備している。浸透圧変化に由来する膜に作用する機械的ストレスは,細胞サイズの有意な変化を定量することにより明らかにされた。我々が研究してきた排出システムは,大腸菌及びL.プランタルムにおいて以前記載したメカノセンシティブチャネル(Berrierら,1992;Schleverら,1993;Glaaskerら,1996)と定性的に類似する方法で低浸透圧ショックに応答する。しかしながら,C.グルタミカムのチャネルは,運搬の特異性と排出活性の制御に関して,いくつかの特異的性質を示す。」
   (b) 578頁右欄30行~33行
 「分子は大きさに関係している,例えば,グルタミン酸,又は小さい無機イオン(ナトリウムイオン,カリウムイオン)でさえ,明らかにこのチャネルをグリシンベタインやプロリンと同じ程度には使用していない。」
   (c) 578頁右欄36行~40行
 「コリネバクテリウム・グルタミカムのチャネルの分子識別性は判明していないが,観察されたコリネバクテリウム・グルタミカムのチャネルを介した透過性の順序については,異なる特異性を有するチャネルの多様性により説明可能である。」
   (d) 578頁右欄46行~55行
 「非特異的チャネル阻害剤Gd3+に対するこのチャネルの感受性の欠如は(Berrierら,1992;Schleverら,1993;Haseら,1995),大腸菌において記載されクローン化されたGd3+感受性MscLチャネルとは異なるものとして,それをさらに定義する(Sukharevら,1994)。しかしながら,この非特異的遮蔽剤が作用しないその他の例も存在する(Berrierら,1996)。したがって,C.グルタミカムのチャネルは,電気生理学的技術を用いることにより大腸菌において同定されたその他のタイプ,即ち,MscSと類似するかもしれない(Martinacら,1987,1990;ZorattiとPetronilli,1988;Berrierら,1996)。」
   (e) 579頁左欄39~46行
 「最後に,ここで強調されるべきは,ここで述べた排出チャネルは,よく知られた特定の代謝条件下で観察されるC.グルタミカムのグルタミン酸排出とは関係がないことである。継続的なグルタミン酸生産の条件下でのグルタミン酸排出は,その活性に関し浸透圧変化に応答しているようにも見えるが(ランバートら,1995年),その排出は,以前から示されているエネルギーに依存する特定の担体系によりなされるものである(グートマンら,1992年,クラマー,1994年)。
 (イ) 検討
 上記のとおり,乙24文献の表1には,コリネバクテリウム・グルタミカムについて低浸透圧ショックを与えた際の溶質の排出を測定した結果,低浸透圧の状態でグルタミン酸が排出されていることが記載されているが,540mOsmの条件下においても20%が排出されているにすぎず,グリシンベタイン(同条件下で70%排出)やプロリン(同条件下で71%排出)などの物質の排出割合とは大きく異なるものであった。グルタミン酸の上記排出割合は,全部で11種類検討されている溶質の中で,ほとんど排出が見られなかったATPに次いで小さいものであり,「グルタミン酸とリジンの流出は顕著に制限されていた」と評価されている。
 そして,このような結果を受けて,乙24文献においては,コリネバクテリウム・グルタミカムにおける浸透圧調節チャンネルの働きについて,グリシンベタインやプロリンの排出を優先的に媒介しているとする一方で,グルタミン酸の排出とは関係がないとし,グルタミン酸の排出については,浸透圧調節チャネルではなく,それ以前から指摘されていた担体による排出であるとの結論を導いている。
 そうすると,乙24文献は,コリネバクテリウム・グルタミカムにE.coliのメカノセンシティブチャンネルと類似する性質を持つ浸透圧調節チャンネルが存在することを示唆するものではあっても,その浸透圧調節チャネルがグルタミン酸の排出に寄与することを示す内容ではない。
 その他,被告が本件優先日2当時の技術常識として引用する文献(乙28,37~40)についても,その中に,コリネ型細菌を用いたアミノ酸の生産においてアミノ酸菌体外への排出量を増やす必要性についての言及は一部見られるものの,コリネ型細菌の浸透圧調節チャンネル(YggB)のグルタミン酸排出との関連性についての言及は認められない。
 したがって,コリネ型細菌のyggB遺伝子について,E.coliのyggB遺伝子のホモログであり,メカノセンシティブチャンネルの一種として解析されているが,L-グルタミン酸に及ぼす影響については知られていなかったこと等を記載する,本件明細書2における従来技術の記載(【0002】~【0006】)が,客観的に見て不十分であるとは認められない。
  (3) 19型変異使用構成について
   ア 19型変異使用構成の内容
 19型変異使用構成は,本件発明2-5に含まれる構成であり,本件特許2の請求項1又は4を引用する請求項6のうち(e)の変異型yggB遺伝子が導入されたコリネ型細菌を使用する,請求項11のグルタミン酸の製造法である。
 19型変異は,本件発明2でyggB遺伝子に導入される変異のうち,YggBタンパク質の第4膜貫通領域をコードする部分に変異を導入するものであり(【0075】),具体的には,配列番号6のコリネバクテリウム・グルタミカム由来のyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の100番目のアラニンがスレオニンに置換された変異(A100T変異)であり,変異後のyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列は配列番号22である(【0033】,【0075】,【0119】)。
   イ 19型変異使用構成の効果
 被告は,本件発明2に含まれる構成の中でも,19型変異使用構成については,グルタミン酸生成量に与える影響はあるとしてもごくわずかであると主張しており,以下,19型変異使用構成の効果について検討する。
 (ア) 実施例10について
 実施例10においては,界面活性剤(Tween40)を添加した条件又はビオチン制限条件という,グルタミン酸生成を誘導する条件下においては,いずれの場合も,19型変異使用構成によって,野生株(非改変株)と比較してグルタミン酸の生産量の増大が確認された(【表9】,【表10】)。
 (イ) 実施例8について
  a 本件明細書2の記載について
 実施例8は,実施例2と同様に,「過剰量のビオチンを含む条件」(【0032】)に該当する300
μg/lのビオチンが存在した上で,界面活性剤等は添加されていない非誘導条件下での実験である(【0120】,【0097】)。
 そして,実施例8の【表7】には,野生株(非改変株)のグルタミン酸生産量が0.5g/Lであったのに対して19型変異を導入した菌株のグルタミン酸生産量が0.7g/Lであったことが示されており,この結果について段落【0120】では,19型変異を導入した菌株において野生株と比べて培養液中のグルタミン酸蓄積が大幅に向上していたと記載されている。
  b 被告は,上記の19型変異を導入した菌株のグルタミン酸生産量は,実施例2,実施例3のブランクの値と一致するような低いものであり,野生型との差も誤差の範囲内に過ぎない旨主張する。
 段落【0097】及び甲第37号証によれば,ブランク値が示しているのは,培養開始時点の培地において含まれている,菌体の培養のために栄養分として培地に添加した大豆加水分解物由来のグルタミン酸の値であると認められるところ,いずれも実施例2の方法で培養したとされる,実施例2,3,6の【表1】,【表2】,【表4】,【表5】において,ブランク値には0.4g/Lから0.7g/Lまでの異なる値が示されている。そうすると,同じく実施例2の方法によって培養をしても,ブランク値は各実験によって異なり得るものであり,異なる実験におけるブランク値と比較して,実施例8における19型変異導入株によるグルタミン酸生産量の向上がないとはいえず,また,異なる実験におけるブランク値や,異なる実験における同一の菌株の培養結果を根拠として,実施例8における19型変異導入株と野生株とのグルタミン酸生産量の差が誤差によるものであったともいえない。
  c 乙第44号証の実験について
 被告は,被告ないしCJCJが依頼して行った乙第44号証の実験においては,19型変異によるグルタミン酸生産能の向上は見られなかったと主張する。
 乙第44号証には,実施例8と同じ培地の条件で,実施例8での菌株と同じく,ATCC13869株の野生型と,ATCC13869株に19型変異が導入されたyggB遺伝子を導入した菌株を用いて培養実験を行った結果,いずれの菌株においてもグルタミン酸は生成されないことが確認されたとの記載がある。
 実施例8は,実施例2と同様の方法で培養を行うものであるが(【0120】),実施例2では,「フラスコ培地」で「振とう培養」する旨の記載はあるものの,フラスコの種類と振とう速度についての特定はされておらず(【0097】),実施例8にもこれらを特定する記載はない。
 証拠(甲37~43)及び弁論の全趣旨によれば,本件優先日2当時の技術常識として,酸素供給量が十分でないと発酵によるグルタミン酸生産が阻害されること,好気性菌の振とう培養によく用いられるフラスコとしては,三角フラスコ,バッフル付き三角フラスコ及び坂口フラスコがあるが,十分な酸素供給をするためには,三角フラスコでは坂口フラスコと比較して高速での振とうが必要となることが認められる。
 乙第44号証の実験では,三角フラスコを用いて115rpmの速度で振とう培養したものと認められるところ(乙44,弁論の全趣旨),本件明細書2においては,実施例15の段落【0146】において,115rpmの速度で振とう培養を行った実験の記載があるが,当該実験は坂口フラスコを用いたものであると記載されており,段落【0146】の記載から,上記の乙第44号証の振とう速度が適切なものであったとはいえない。
 原告が行った甲第37号証の1の実験において,実施例8と同様の培地を使用し,坂口フラスコを用いて115rpmの速度で振とう培養した結果,19型変異を導入したATCC13869株が野生型のATCC13869株よりもグルタミン酸生産能が増えるとの結果が確認され,さらに,同様の実験を,三角フラスコで115rpmの振とう速度という乙第44号証と同様の条件に変更して行った場合には,坂口フラスコを用いた上記実験結果と比較して,19型変異を導入したATCC13869株のグルタミン酸生産量が大きく低下したとの結果が確認されていることも考慮すれば,乙第44号証の実験においては,振とう速度が低かったためにグルタミン酸生産が阻害されたことが考えられ,その実験結果は,前記aの実施例8の記載内容を左右するものとはいえない。
  d したがって,実施例8に記載されたとおり,過剰量のビオチンを含む条件において,19型変異使用構成によって,野生株(非改変株)と比較してグルタミン酸生産が増大すると認められる。
 (ウ) 前記(ア)及び(イ)によれば,19型変異使用構成は,本件発明2の課題を解決する効果を有すると認められ,その影響がごくわずかであるとの被告の主張は採用できない。
  (4) 被告製法4で使用される菌株について
   ア コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子へのA98T変異及びV241I変異の導入について
 証拠(甲54,乙4)及び弁論の全趣旨によれば,⑬の菌株には野生型コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子が導入されており,当該変異型yggB遺伝子は野生型コリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列(野生型コリネバクテリウム・カルナエであるDSM20147株のYggBのアミノ酸配列)において98番目のアラニンがスレオニン(A98T変異)に241番目のバリンがイソロイシンに置換されている変異(V241I変異)が導入されたものであったことが認められる。
 被告は,⑫の菌株については,導入されたコリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子の解析結果を提出していないが,同様にA98T変異及びV241I変異を有するものであったと主張しており,それ以外の点で⑬の菌株に導入された上記変異型yggB遺伝子と異なる点があったとは主張していないから,⑫の菌株についても,同じ変異型yggB遺伝子が導入されていたものと認めるのが相当である。
   イ コリネバクテリウム・グルタミカム由来のyggB遺伝子への変異の導入について
 証拠(甲54,乙2,4)及び弁論の全趣旨によれば,⑫,⑬の菌株には,上記アの変異型yggB遺伝子とは異なるコリネバクテリウム・グルタミカム由来のyggB遺伝子の配列も存在していたところ,そのコードするアミノ酸配列には,
●(省略)●との特徴があったことも認められる。
   ウ 各変異の導入によるグルタミン酸生産能への影響
 ⑫及び⑬の菌株はいずれもコリネバクテリウム・グルタミカムであるが(弁論の全趣旨),そのyggB遺伝子に前記ア及びイの変異が導入されたことによるグルタミン酸生産能への影響について,以下検討する。
 (ア) A98T変異及びV241I変異について
  a 原告による甲第92号証の実験結果
 原告による実験においては,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のyggB遺伝子に,①A98T変異のみを導入した変異型yggB遺伝子をコリネバクテリウム・グルタミカムの染色体上に導入し,実施例8と同様の培地(過剰量のビオチンを含む条件)を使用して,バッフル付き三角フラスコを用いて200rpmの速度(後記cの被告の実験と同じ速度)で振とう培養したところ,当該菌株では,コリネバクテリウム・カルナエ由来の野生型のyggB遺伝子が導入されたコリネバクテリウム・グルタミカムと比較して,グルタミン酸生産量が増大していることが確認された(甲92の実験1)。
 また,上記①の菌株を使用して,実施例10と同様の培地(界面活性剤であるTween40が添加された条件)を使用して,振とう培養した結果,コリネバクテリウム・カルナエ由来の野生型のyggB遺伝子が導入されたコリネバクテリウム・グルタミカムと比較して,上記①の菌株ではグルタミン酸の生産量が増大していることが確認された(甲92の実験2)。
  b 原告による甲第54号証の実験結果
 原告による実験においては,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のyggB遺伝子に,②A98T変異及びV241I変異を導入した変異型yggB遺伝子,並びに③V241I変異のみを導入した変異型yggB遺伝子を,それぞれコリネバクテリウム・グルタミカムにプラスミドとして導入し,実施例8と同様の培地(過剰量のビオチンを含む条件)を使用して,坂口フラスコを用いて115rpmの速度で振とう培養したところ,コリネバクテリウム・カルナエ由来の野生型のyggB遺伝子をプラスミドとして導入したコリネバクテリウム・グルタミカムと比較した場合,上記③の菌株ではグルタミン酸生産量は同様であり,いずれもほとんどグルタミン酸を生産しないが,上記②の菌株では大幅にグルタミン酸生産量が増大することが確認された(甲54の実験2)。
  c 乙第97号証における実験結果
 被告の関連研究機関の実験においては,コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子に,A98T変異のみを導入した変異型yggB遺伝子をコリネバクテリウム・グルタミカムにプラスミドとして導入し,過剰量のビオチン(300
μg/l)を含む培地を使用して,バッフル付き三角フラスコを用いて200rpmの速度で振とう培養したところ,当該菌株からはグルタミン酸の産生は確認されなかった(乙97)。
  d 検討
   (a) 原告の実験と被告側の実験の比較
 前記a及びcのとおり,コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子にA98T変異のみを導入した変異型yggB遺伝子が,過剰量のビオチンが存在する条件下でのグルタミン酸生産能を向上させる効果を持つかどうかについて,原告の実験(甲92)と被告側の実験(乙97)では異なる結果が示されている。
 この点の違いについて,上記の原告の実験の報告書では,その考察部分の中で,被告側の実験では変異型yggB遺伝子がプラスミドとして導入されているが,導入されたプラスミドが菌体内で安定に保持されているかどうかの確認がされておらず,プラスミドが不安定化した結果,変異型yggB遺伝子の効果が確認されなかったことが考えられる旨の記載がある(甲92)。
 本件発明2における変異型yggB遺伝子の導入方法は,細菌の染色体上のyggB遺伝子に変異を導入する方法と,変異型yggB遺伝子を含むプラスミドを菌体内に導入する方法があるが(【0050】),一般的にプラスミドによる遺伝子変異の導入の際には,プラスミド自体が脱落する等の問題があることが指摘されており(本件明細書1の段落【0002】,【0003】),被告が,被告側の上記実験においてプラスミドとして導入された変異型yggB遺伝子の安定性について,具体的な主張立証をしていないことも考慮すれば,コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子にA98T変異のみを導入した場合の効果について,被告側の実験結果(乙97)は採用できない。
   (b) A98T変異とV241I変異の導入の効果
 そうすると,前記a及びbの実験結果によれば,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のyggB遺伝子にA98T変異を導入した変異型yggB遺伝子を導入することによって,過剰量のビオチンを含む条件下でのコリネバクテリウム・グルタミカムのグルタミン酸生産能が向上することが認められ,他方で,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のyggB遺伝子にV241I変異を導入することは,過剰量のビオチンを含む条件下でのコリネバクテリウム・グルタミカムのグルタミン酸生産能の向上には寄与しないことが認められる。
 被告は,コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子にA98T変異のみを導入しても,グルタミン酸生産能は向上せず,A98T変異にV241I変異が加わって初めてグルタミン酸生産能が増加する旨主張するが,前記のa及びbの実験結果に照らして採用できない。
 (イ) コリネバクテリウム・グルタミカム由来のyggB遺伝子への変異の導入について
 証拠(甲54)によれば,コリネバクテリウム由来のyggB遺伝子に前記イの変異を導入した上で,コリネバクテリウム・グルタミカムに当該変異型yggB遺伝子を導入し,実施例8と同様の培地(過剰量のビオチンを含む条件)を使用して,坂口フラスコを用いて115rpmの速度で振とう培養したところ,当該菌株では,グルタミン酸生産能は確認できず,yggB遺伝子を有しないようにした菌株と同様の結果となったことが認められ,その実験結果については,上記変異型yggB遺伝子のコードするアミノ酸配列はYggBとしての機能を有しないとの考察がされている。
 したがって,この変異の導入は,ビオチンが過剰量存在する条件下でのグルタミン酸生産能の向上には寄与しないものといえる。
  (5) 被告製法4と本件発明2との対比
   ア 前記(4)で検討したところからすれば,被告製法4で使用される⑫及び⑬の菌株は,いずれも,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のyggB遺伝子にA98T変異及びV241I変異が導入された変異型yggB遺伝子が導入されたコリネバクテリウム・グルタミカムであり,非改変株と比較して,ビオチンが過剰量存在する条件下でのグルタミン酸生産能が向上しているものといえる。
 したがって,被告製法4で使用される⑫及び⑬の菌株は,文言上,本件発明2-1の構成要件2-A及び2-Bを充足するが,2-Cを充足せず,本件発明2-2及び2-3の構成要件(構成要件2-D,2-E,2-F-1,2-F-2,2-F-3)をいずれも充足しない。また,弁論の全趣旨によれば,被告製法4は,被告製法1ないし3と同様に,文言上,本件発明2-5の構成要件2-Hについて,請求項1から10を引用する部分を除いて充足し,構成要件2-I及び2-Jを充足するものと認められる。
   イ 被告製法4と19型変異使用構成との相違点
 前記(3)及び(4)の検討からすれば,被告製法4と,被告発明2-5に含まれる19型変異使用構成(本件特許2の請求項1又は4を引用する請求項6のうち(e)の変異型yggB遺伝子が導入されたコリネ型細菌を使用する,請求項11のグルタミン酸の製造法)との相違点は,構成要件2-C,2-D,2-E,2-F-1,2-F-2,2-F-3,2
―Hに係る部分(前記アの文言非充足部分)であり,具体的には,使用されている菌株に係る,以下の相違点があるものと認められる。
 相違点1 導入されている変異型yggB遺伝子が,19型変異使用構成の菌株ではコリネバクテリウム・グルタミカム由来のもの(変異前のアミノ酸配列は配列番号6)であるのに対して,被告製法4で使用される菌株(⑫,⑬の菌株)では,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のものである点。
 相違点2 yggB遺伝子に導入された変異が,19型変異使用構成の菌株ではyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の100番目のアラニンをスレオニンに置換するもの(A100T変異)であるのに対して,被告製法4で使用される菌株では,yggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の98番目のアラニンをスレオニンに置換するもの(A98T変異)である点。
 相違点3 19型変異使用構成では,yggB遺伝子にはA100T変異のみが導入されているのに対して,被告製法4で使用される菌株では,A100T変異に加えてyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の241番目のバリンをイソロイシンに置換する変異(V241I変異)も導入されている点。
 前記(4)イのとおり,⑫及び⑬の菌株には,前記のコリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子とは別に,コリネバクテリウム・グルタミカム由来のyggB遺伝子の配列も存在しており,そのコードするアミノ酸配列は,
●(省略)● しかしながら,前記(4)ウ(イ)のとおり,このyggB遺伝子の配列は,ビオチンが過剰量存在する条件下でのグルタミン酸生産能の向上には寄与せず,そのコードするアミノ酸配列がYggBとしての機能を有しないと考えられるものであり,その配列の存在について,当事者双方とも均等侵害の成否に当たって考慮すべき相違点であるとは主張していないものであるから,上記の相違点1ないし3に加えて考慮すべき相違点であるとはいえない。
  (6) 第1要件について(非本質的部分)
   ア 本件発明2(19型変異使用構成)の本質的部分
 上記のとおり,本件において,被告製法4が本件発明2と均等なものとしてその技術的範囲に属するかについては,被告製法4と本件発明2に含まれる19型変異使用構成とを対比するのが相当であるから,第1要件の充足に関して,本件発明2の本質的部分を検討するに当たっても,以下のとおり,具体的には19型変異使用構成の本質的部分を検討することとする。
 (ア) 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にある。特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである(前記知財高裁平成28年3月25日判決参照)。
 (イ) 前記(2)ウのとおり,本件明細書2記載の従来技術と比較して,本件発明2における従来技術に見られない特有の技術的思想(課題解決原理)とは,従来,グルタミン酸生産に及ぼす影響について知られていなかったコリネ型細菌のyggB遺伝子に着目し,C末端側変異や膜貫通領域の変異といった変異型yggB遺伝子を用いてメカノセンシティブチャネルの一種であるYggBタンパク質を改変することによって,グルタミン酸の生産能力を上げるための,新規な技術を提供することにあったというべきである。また,前記(2)エで検討したとおり,本件明細書2における従来技術の記載が客観的に見て不十分であるとは認められない。
 (ウ) 前記(3)アのとおり,19型変異使用構成は,本件発明2-5に含まれる,本件特許2の請求項1又は4を引用する請求項6のうち(e)の変異型yggB遺伝子が導入されたコリネ型細菌を使用する構成であり,前記(イ)の本件発明2における特有の技術的思想ないし課題解決原理に照らせば,19型変異使用構成の本質的部分は,「コリネ型細菌由来のyggB遺伝子に,コリネバクテリウム・グルタミカム由来のyggB遺伝子におけるA100T変異に相当する変異を導入し,当該変異型yggB遺伝子を用いてコリネ型細菌を改変し,ビオチンが過剰量存在する条件下においてもグルタミン酸の生産能力を上げる点」にあると認められる。
 (エ) 被告は,出願経過,本件優先日2当時の技術水準,19型変異使用構成の効果から,19型変異使用構成の本質的部分の認定に当たっては,特許請求の範囲の記載の上位概念化をすべきでなく,特許請求の範囲に記載された「変異後のyggB遺伝子の配列である配列番号22という特定のアミノ酸配列におけるA100T変異」に限定して認定されるべきであると主張する。
 しかしながら,前記(2)ア及びイの本件明細書2の記載内容によれば,本件発明2は,特定の配列のyggB遺伝子を有するコリネ型細菌にのみ存在する課題を対象とするものではなく,また,その解決原理としても,グルタミン酸生産能力を上げるために,C末端側変異や膜貫通領域の変異といった変異型yggB遺伝子を用いてメカノセンシティブチャネルの一種であるYggBタンパク質を改変するという新規な技術を導入するというものであったから,本件発明2の請求項1や請求項4において変異を導入する前のyggB遺伝子のアミノ酸配列が列挙され,請求項において変異後のyggB遺伝子のアミノ酸配列が列挙されていることを考慮しても,本件発明2及びそれに含まれる19型変異使用構成の本質的部分を認定するに当たっては,yggB遺伝子が由来するコリネ型細菌の菌種,yggB遺伝子全体の変異前の具体的配列,あるいは,A100T変異に相当する変異を導入した後のyggB遺伝子の具体的配列は,その本質的部分ではないものと認めるのが相当である。これは,被告が指摘するように,本件特許2の出願当初の請求項1にはyggB遺伝子が由来するコリネ型細菌の菌種や変異前後のyggB遺伝子のアミノ酸配列が特定されていなかったところ,補正によって,現在の請求項1のようにyggB遺伝子のアミノ酸配列の配列番号が,コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・フラバムを含む。)又はコリネバクテリウム・メラセコーラに由来する配列番号6,62,68,84及び85に特定されるようになったこと(【0033】,乙80~84),請求項1に記載された配列番号6,62,68,84及び85のアミノ酸配列が相互に相同性が高いこと(乙85)を考慮しても同様である。また,被告は,出願経過に関連して,本件特許2の再訂正後の請求項の記載も考慮すべきとも主張するが,当該訂正の内容は,少なくとも訂正前の本件発明2の本質的部分の認定には影響しないというべきである。
 そのほか,本件優先日2当時の技術水準や19型変異使用構成の効果についての被告の主張が採用できないことは,前記(2)エ及び(3)イのとおりであり,これらを理由として,19型変異使用構成の本質的部分を特許請求の範囲に記載された変異前後のyggB遺伝子の具体的配列に限定すべきともいえないから,この点の被告の主張も,前記(ウ)の判断を左右するものではない。
   イ 相違点1について
 前記ア(エ)のとおり,19型変異使用構成の本質的部分については,yggB遺伝子が由来するコリネ型細菌の菌種,yggB遺伝子全体の変異前の具体的配列,あるいは,A100T変異に相当する変異を導入した後のyggB遺伝子の具体的配列は,その本質的部分ではないものと認めるのが相当であることに加え,以下の(ア)及び(イ)の点を考慮すれば,相違点1に係る違い,すなわち,導入されている変異型yggB遺伝子が由来する細菌の種類の違い及びそれによるyggB遺伝子の具体的な配列の違いは,19型変異使用構成の本質的部分とはいえない。
 (ア) コリネバクテリウム・カルナエの有する性質
 証拠(甲54~56,78,乙86)及び弁論の全趣旨によれば,コリネバクテリウム・カルナエは,コリネバクテリウム・グルタミカムと比較すると,同じコリネバクテリウム属に属し,その中の分類上でも近縁の細菌であり,コリネバクテリウム・グルタミカムと同様にグルタミン酸を工業的に生産する際に利用される微生物として知られているものと認められ,本件明細書2においても,本件発明2のコリネ型細菌として例示されている(【0012】)。乙第96号証には,同じコリネバクテリウム属に属する細菌であっても,その性質には多様性がある旨の記載があるが,グルタミン酸生産に関し,コリネバクテリウム・カルナエとコリネバクテリウム・グルタミカムの性質に具体的な差があることを示すものではなく,上記認定を左右するものではない。
 (イ) 変異型yggB遺伝子の具体的な配列の同一性,相同性の程度
 証拠(甲54,56,71,乙85)及び弁論の全趣旨によれば,19型変異使用構成で用いられるコリネバクテリウム・グルタミカム由来の変異型yggB遺伝子のアミノ酸配列全体(A100T変異導入後の配列番号22の配列)と,⑫及び⑬の菌株のyggB遺伝子のアミノ酸配列全体を比較すると,両者はアミノ酸配列間の同一性が64%程度であり,類似性のあるアミノ酸による保存的置換も考慮して比較した相同性は91%程度になることが認められる。
   ウ 相違点2について
 証拠(甲54,乙85)及び弁論の全趣旨によれば,19型変異使用構成の菌株に導入されたコリネバクテリウム・グルタミカム由来のyggB遺伝子(変異前のアミノ酸配列の配列番号6)とコリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のyggB遺伝子のアミノ酸配列を一般的なアミノ酸配列の比較方法で比較すると前者の100番目のアラニンは後者の98番目のアラニンに相当するものであり,また,これらのアラニンは,タンパク質の立体構造モデルを比較してもいずれもYggBの膜貫通領域の同等の位置に存在していることが認められる。
 そうすると,相違点2に係る,yggB遺伝子のコードするアミノ酸配列のうちスレオニンに置換するアラニンの位置が,19型変異使用構成の菌株では100番目のアラニンであるのに対して,被告製法4の⑫及び⑬の菌株では98番目のアラニンであることは,19型変異使用構成の本質的な部分における相違点ではない。
   エ 相違点3について
 (ア) 証拠(甲54,56,乙85)及び弁論の全趣旨によれば,前記ウ同様に一般的なアミノ酸配列の比較方法で比較するとコリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のyggB遺伝子の241番目のバリンは,19型変異使用構成の菌株のyggB遺伝子(変異前のアミノ酸配列の配列番号6)の243番目のバリンに相当するものであること,これらのバリンは,本件明細書2に開示された膜貫通領域(【0073】)及びC末端側領域(【0070】)のアミノ酸に相当しないものであり,タンパク質の立体構造モデルを検討しても膜貫通領域及びその周辺には存在していないこと,バリンとイソロイシンは性質が近く,バリンからイソロイシンへの置換はタンパク質構造への影響が少ないことが認められる。
 (イ) また,本件明細書2においては,ビオチンが過剰量存在する条件においてL-グルタミン酸生産能を向上させる機能を有する限り,C末端側変異ないし膜貫通領域の「変異点のアミノ酸以外にさらに,1若しくは数個のアミノ酸の置換,欠失,挿入,または付加を含むアミノ酸配列を有するものであってもよい。」,その置換は「保存的置換(中性変異)が好ましく」,その例としてバリン(val)からイソロイシン(ile)への置換が挙げられるとの記載がされ(【0078】),請求項6の(f)では,19型変異使用構成の菌株の変異型yggB遺伝子のアミノ酸配列(配列番号22)から「1~5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA」についても本件発明2-3に含まれることが示されている。
 (ウ) そして,前記(4)ウのとおり,A98T変異とV241I変異が導入された⑫及び⑬の菌株には,本件発明2の課題である,過剰量のビオチンを含む条件下でのグルタミン酸生産能の向上が見られるが,それに寄与しているのはA98T変異であって,V241I変異はこれに寄与していないことが認められる。
 (エ) これらの点からすれば,相違点3に係る違い,すなわち相違点2に係るA98T変異に加えて,被告製法4の菌株ではV241I変異が導入されているという点は,本件明細書2で開示された本件発明2の課題解決原理である膜貫通領域の変異ないしC末端側変異と関連しない部位の1つのアミノ酸に保存的置換を加えるものであり,A98T変異に加えることで課題解決に影響するものではないから,9型変異使用構成の本質的な部分における相違点ではない。
   オ したがって,19型変異使用構成と被告製法4との相違点1ないし3は,いずれも,特許発明の本質的部分ではないから,⑫及び⑬の菌株を使用する被告製法4は均等の第1要件を充足すると認められる。
  (7) 第2要件について(置換可能性)
 前記(3)イ及び前記(4)ウによれば,被告製法4で使用される⑫及び⑬の菌株には,本件発明2の課題であるグルタミン酸生産能の向上が見られ,過剰量のビオチンを含む条件下でのグルタミン酸生産能の向上という19型変異使用構成と同一の作用効果を奏するものと認められる。
 被告は,19型変異使用構成の本質的部分は,配列番号22という特定の変異であり,その作用効果も配列番号22という特定のアミノ酸配列の作用効果に限定されるから,被告製法4と19型変異使用構成の作用効果は同一でないと主張する。しかしながら,前記(6)ア(エ)のとおり,本件発明2の課題とその解決原理に照らして,19型変異使用構成の本質的部分を変異前後のyggB遺伝子の具体的配列に限定すべきとはいえず,19型変異使用構成の作用効果が配列番号22のアミノ酸配列の作用効果に限定されるともいえないから,被告の主張は採用できない。
 したがって,⑫及び⑬の菌株を使用する被告製法4は均等の第2要件を充足すると認められる。
  (8) 第3要件について(置換容易性)
   ア 相違点1及び相違点2について
 (ア) 本件明細書2におけるコリネバクテリウム・カルナエの記載
 コリネバクテリウム・カルナエは,本件明細書2において,請求項1に記載されたyggB遺伝子の配列番号6,62,68,84及び85が由来する,コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・フラバムを含む。)又はコリネバクテリウム・メラセコーラと同様に,本件発明2のコリネ型細菌として例示されている(【0012】,【0033】)。
 (イ) コリネバクテリウム・カルナエの性質についての技術常識
 証拠(甲54~56,78,乙86)及び弁論の全趣旨によれば,コリネバクテリウム・カルナエは,1963年にそれを用いたグルタミン酸の生産方法について米国特許が登録されるなど,当業者には,古くからグルタミン酸を工業的に生産する際に利用される微生物として知られていたことが認められ,また,コリネバクテリウム・カルナエとコリネバクテリウム・グルタミカムとの関係については,本件優先日2の時点においても,同じコリネバクテリウム属に属し,その中の分類上でも近縁の細菌であることが知られていたものであり,その後に新たなコリネ型細菌が発見されるなどして分類が見直された後も,この点は同様であったことが認められ,これらのコリネバクテリウム・カルナエの性質は,被告製法4による製造が開始された平成28年7月の時点では,技術常識となっていたものと認められる。
 (ウ) コリネバクテリウム・カルナエのゲノム解析の状況
 証拠(甲56,74,84,乙86)及び弁論の全趣旨によれば,本件優先日2において,コリネバクテリウム・カルナエDSM20147株の全ゲノム及びyggB遺伝子のアミノ酸配列は解析がされていなかったが,平成25年3月までにこれらの解析が終了し,同月にいずれもデータベース上に登録されたこと,平成27年1月に公表された論文(Standards in Genomic Sciences(2015)10:5,乙86)において,上記DSM20147株のゲノム解析の結果が報告され,そこでは,コリネバクテリウム・グルタミカムとの関係について以下の記載がされ,相互のゲノム配列の近さから,コリネバクテリウム・グルタミカムにおける知見をコリネバクテリウム・カルナエに応用できる可能性が示唆されていたことが認められる。
  a 5頁目左欄末行~右欄6行
 「コリネバクテリウム・カルナエはコリネバクテリウム・グルタミカムに匹敵する量のL-グルタミン酸を生産することが示されてきたため,そしてクロモソームがコリネバクテリウム・グルタミカム及びコリネバクテリウム・エフィシェンスよりも既に相当に小さいことから(2.84Mbp対それぞれ3.21Mbp及び3.15Mbp),コリネバクテリウム・カルナエは,将来のゲノム・リダクションの努力にとって潜在的な候補として考慮されるかもしれない。」
  b 6頁目左欄10行~14行
 「それゆえ,この細菌(コリネバクテリウム・カルナエ)は,十分に研究されているコリネバクテリウム・グルタミカムに対するそのゲノム配列における高度の類似性により,新しい宿主への知見の移転を容易にするため,将来のプラットフォーム株の開発のための理想的な選択であり得る。」
 (エ) ゲノム解析後のコリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子の一般的なソフトウェア等を利用した分析結果
 証拠(甲54,乙85,98)及び弁論の全趣旨によれば,前記(ウ)のとおり,コリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子がデータベースに登録された平成25年の時点では,インターネットを通じて利用可能な一般的な検索ソフトウェア(Blast)を利用して,データベース上に登録されたyggB遺伝子の中で,1型変異使用構成の菌株のyggB遺伝子の変異前のアミノ酸配列(配列番号6)と同一性の高いアミノ酸配列を検索することが可能であり,前記(ウ)のように登録されたコリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)のyggB遺伝子のアミノ酸配列は,コリネバクテリウム・グルタミカム(現在の分類上コリネバクテリウム・グルタミカムに分類されるブレビバクテリウム・フラバムを含む。)由来のYggB遺伝子に次いで,同一性が上位の配列の一つとして表示される(カバー率90%での同一性が70%)ことが認められ,さらには,配列番号6のアミノ酸配列とコリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)のyggB遺伝子のアミノ酸配列とを,上記ソフトウェアやその他インターネットを通じて入手可能な一般的なソフトウェア(ClustalW)などを用いて比較すると,配列番号6の100番目のアラニンはDSM20147株の98番目のアラニンに相当するものであることが確認できたものと認められる。
 (オ) コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を導入することの困難性等の有無
 証拠(甲54,92)及び弁論の全趣旨によれば,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)のyggB遺伝子のアミノ酸配列と変異を導入するアミノ酸の位置が分かれば,被告製法4による製造が開始された平成28年7月当時,当業者は,本件明細書2に記載された方法を用いるなどして,そのアミノ酸配列にA98T変異を導入した上で,コリネバクテリウム・グルタミカムに導入することをなし得たものと認められ,その点に技術的な困難性があったとは認められない。
 また,証拠(甲75~77)及び弁論の全趣旨によれば,ある菌に由来する遺伝子を同様の遺伝子を持つ別種の菌に導入しても同様に機能する例が,本件優先日2の以前から知られていたことが認められるから,当業者において,菌種が異なることのみをもって,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子をコリネバクテリウム・グルタミカムに導入しても効果を奏しないと考えるとはいえず,その他,このような構成を回避すべきとする知見があったともいえない。
 (カ) 検討
 前記(ア)ないし(オ)で検討したとおり,本件明細書2に本件発明2のコリネ型細菌の例としてコリネバクテリウム・カルナエが言及されていたこと(前記(ア)),コリネバクテリウム・カルナエがグルタミン酸生産菌であり,コリネバクテリウム・グルタミカムと近縁の細菌であることが技術常識であったこと(前記(イ)),コリネバクテリウム・カルナエのゲノム解析が平成25年3月までに終了してそのyggB遺伝子のアミノ酸配列の検索ないし分析が一般的なソフトウェアを使用して可能になり,それによって,配列番号6のyggB遺伝子とコリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)のyggB遺伝子のアミノ酸配列の同一性が高く,配列番号6の100番目のアラニンがDSM20147株の98番目のアラニンに相当することが確認可能となっていたこと(前記(ウ),(エ)),変異を導入するアミノ酸の位置が特定されれば,DSM20147株のアミノ酸配列にA98T変異を導入した上で,コリネバクテリウム・グルタミカムに導入することに当業者に技術的な困難性は認められず,異なる菌種に由来する変異型yggB遺伝子を使用することを回避すべきとの知見があったともいえないこと(前記(オ))からすれば,19型変異使用構成について,相違点1及び2に係る構成に置換すること,すなわち変異型yggB遺伝子が由来する菌株をコリネバクテリウム・グルタミカムからコリネバクテリウム・カルナエに置き換え,それに伴って,yggB遺伝子のアミノ酸配列のうちアラニンをスレオニンに変更する位置を100番目から98番目に変更することは,当業者が,被告製法4による製造が開始された平成28年7月の時点で,容易に想到することができたと認めるのが相当である。
 被告は,第3要件にいう容易想到とは,当業者であれば,誰もが特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さと解すべきであり,そのような容易さはなかった旨主張するが,上記の事情からすれば,当業者である,本件発明2の属する細菌を用いたグルタミン酸発酵工業における平均的技術者を基準として,相違点1及び2についての容易想到性は認められるというべきであり,この点の被告の主張は採用できない。また,被告は,コリネバクテリウム・グルタミカム由来のyggB遺伝子に代えて,あえてコリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子を選択する優先順位は低かった旨も主張するが,前記(ア)及び(イ)の本件明細書2での言及やコリネバクテリウム・カルナエについての技術常識,並びに前記(エ)の利用可能な分析結果に照らして,上記の結論を覆すものとはいえない。
   イ 相違点3について
 (ア) 前記(6)エ(イ)のとおり,本件明細書2(【0078】)及び本件発明2の請求項6の(f)においては,19型変異使用構成の菌株のyggB遺伝子のアミノ酸配列(配列番号22)にバリンからイソロイシンへの置換等の保存的置換を加えても,同様に課題を解決し得ることが示されていた。
 (イ) そして,前記(6)エ(ア)のとおり,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のyggB遺伝子の241番目のバリンは19型変異使用構成の菌株に導入されたyggB遺伝子(変異前のアミノ酸配列の配列番号6)の243番目のバリンに相当するものであるところ,証拠(甲54,乙85,98)及び弁論の全趣旨によれば,前記ア(エ)と同様に,当業者は,コリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子がデータベースに登録された平成25年の時点では,一般的なソフトウェアを用いて上記のバリン相互の対応関係について確認することができ,これらのバリンの位置が,本件明細書2に開示された膜貫通領域(配列番号6のアミノ酸番号1~23,25~47,62~84,86~108及び110~132。【0073】)及びC末端側領域(配列番号6のアミノ酸番号419~533。【0070】)のアミノ酸に相当しないものであることも認識できたと認められる。
 (ウ) また,証拠(甲54)及び弁論の全趣旨によれば,前記ア(オ)同様,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)のyggB遺伝子のアミノ酸配列と変異を導入するアミノ酸の位置が分かれば,被告製法4による製造が開始された平成28年7月当時において,当業者が,本件明細書2に記載された方法を用いるなどして,そのアミノ酸配列にA98T変異と共にV241I変異を導入することは可能であり,その点に技術的な困難性があったとは認められない。
 (エ) そうすると,19型変異使用構成について,相違点1及び2に係る構成に加えて,相違点3に係る構成を取ること,すなわちコリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のyggB遺伝子にA98T変異のほかに,V241I変異を加えることは,本件明細書2及び請求項6の(f)において,19型変異使用構成の菌株のyggB遺伝子に加えても同様に課題を解決し得ることが示されていた保存的置換に相当する変異を加えるものといえるから,コリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子がデータベースに登録された後である,被告製法4による製造が開始された平成28年7月の時点で,当業者が容易に想到することができたと認めるのが相当である。
 (オ) 被告は,被告製法4においては,A98T変異にV241I変異が加わって初めてグルタミン酸生産能が増加するものであり,被告製法4にはこれらの2つの変異の組み合わせが必要であるところ,そのような組み合わせを示唆するものはなかったとして,当業者が相違点1及び2に加えて,相違点3に係る構成を取ることは容易ではなかったと主張するが,前記(4)ウのとおり,A98T変異にV241I変異が加わって初めてグルタミン酸生産能が増加するとはいえず,V241I変異は過剰量のビオチンを含む条件下でのグルタミン酸生産能の向上には寄与していないと認められるから,被告の主張は採用できない。
 また,被告は,膜貫通領域の外にあるアミノ酸の置換であっても,グルタミン酸の排出に影響を及ぼし得るから,V241I変異がグルタミンの排出に影響を与えていないことが明らかとはいえなかったとも主張する。この点につき,被告が指摘する,本件優先日2より後の平成25年に発表された論文(Biosci. Biotechnol. Biochem.(2013)77(5) 1008-1013。甲31,乙87)には,コリネバクテリウム・グルタミカムのyggB遺伝子について,アミノ酸配列のアミノ酸番号221-232の領域を欠失させることや,本件明細書2のC末端側領域に含まれる,アミノ酸番号420-533の領域を欠失させることでグルタミン酸の生産に影響があることが記載されているものの,このような知見が平成28年7月当時にあったとしても,これらの部位の欠失は,V241I変異とは位置や変異の内容が異なるものであるから,当該知見を考慮しても,当業者において,V241I変異を加えることで,本件明細書2に示された保存的置換とは異なる効果が生じると考えるとはいえず,この点も前記(エ)の結論を覆すに足りるものではない。
   ウ したがって,19型変異使用構成について,相違点1ないし3に係る構成に置き換えることは,当業者が,被告製法4による製造が開始された平成28年7月の時点で,容易に想到することができたと認められるから,⑫及び⑬の菌株を使用する被告製法4は均等の第3要件を充足する。
  (9) 第4要件について(対象方法の容易推考性)
 被告製法4について,均等の法理の適用が除外されるべき,第4要件に該当する事情が存在することの主張立証はない。
  (10) 第5要件について(特段の事情)
   ア 出願当初の請求項等の記載と補正の状況
 証拠(甲79~82,乙80~84)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明2の出願当初の請求項1は「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,yggB遺伝子を用いて改変されたことにより,非改変株と比較してL-グルタミン酸生産生産能が向上したコリネ型細菌」(乙80)と記載されており,本件発明2は変異型yggB遺伝子の由来する菌株や変異前後の具体的なアミノ酸配列を特定しない請求項を含んでいたが,その後,拒絶理由通知を受けて,2度の補正をした結果,登録時の請求項1の記載は,別紙5-1特許請求の範囲(本件特許2)の【請求項1】のとおりとなり,変異型yggB遺伝子の変異前のアミノ酸配列の番号が,コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・フラバムを含む。)又はコリネバクテリウム・メラセコーラに由来する配列番号6,62,68,84及び85に特定され,そこに導入される変異の内容も特定され,これによって,本件発明2には,被告製法4のように,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成が,文言上,本件発明2の技術的範囲に含まれなくなったことが認められる。
 また,証拠(甲81,82,乙82~84)によれば,出願時の本件明細書2において,コリネバクテリウム・カルナエについての言及は,段落【0012】及び【0013】にのみ存在しており,この部分は上記の補正の際にも補正の対象とされなかったことが認められる。
   イ 特段の事情の有無の判断
 (ア) 第5要件において,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するときは,均等の主張は許されないものとしている理由は,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,または外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないというところにある(平成10年最高裁判決,平成29年最高裁判決参照)。
 (イ) 前記アの出願及び補正の経過のとおり,出願時の請求項1は,被告製法4のような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を含み得るものであったところ,補正によって,そのような構成は文言上本件発明2に含まれなくなったものである。
 (ウ) しかしながら,前記(8)ア(ウ)のとおり,コリネバクテリウム・カルナエDSM20147株の全ゲノム及びyggB遺伝子のアミノ酸配列の解析がされて利用可能となったのは平成25年3月頃以降であり,本件優先日2である平成16年12月28日の時点,あるいは,本件特許2の出願日である平成17年12月28日の時点において,コリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子のアミノ酸配列を特定することはできなかったものである。そうすると,前記(8)ア(イ)のとおり,本件優先日2より前から,コリネバクテリウム・カルナエがグルタミン酸生産菌であり,コリネバクテリウム・グルタミカムと近縁の細菌であることが知られていたことを考慮しても,本件発明2の出願時において,出願人である原告が,本件発明2の課題を解決し得るような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を用いた具体的な構成を特定し,サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない。
 (エ) また,前記アのとおり,出願時の請求項1は,概括的に「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌」という以上に菌種を特定しない記載をしたものであり,特に,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を記載したものではなく,本件明細書2におけるコリネバクテリウム・カルナエへの言及も,本件発明2のコリネ型細菌として利用可能な細菌の例(【0012】,【0013】)として挙げられているものに留まり,コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子を使用した構成についての言及は補正の前後を通じて本件明細書2ではされていない。
 (オ) 前記(ウ)及び(エ)の事情に照らせば,前記(イ)の出願及び補正の経過をもって,客観的,外形的に見て,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を特許請求の範囲からあえて除外する旨が表示されていたとはいえず,その他,本件全証拠によっても,被告製法4について,第5要件に係る,特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとは認められない。
  (11) 均等侵害の有無についての小括
 以上によれば,⑫及び⑬の菌株を使用する被告製法4については,均等の第1要件から第3要件がいずれも認められ,第4要件及び第5要件に該当する事情は認められないから,特許請求の範囲に記載された19型変異使用構成と均等なものとして,本件発明2-5の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。

 

原告(無効審判請求人):味の素株式会社

被告(特許権者):シージェイジャパン株式会社

 

執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和3年11月15日の原稿を追記・修正したものです。)

監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)

 

本件に関するお問い合わせ先:
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中村合同特許法律事務所

 
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