本件商標
◆判決本文
1. 商標法4条1項7号該当性の判断基準について
商標の構成自体が公序良俗に違反するものでなくとも当該商標が商標法4条1項7号に該当する場合があり得るが、同号に該当するのはその登録の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認できない場合に限られるべきである。
2. 商標法4条1項7号該当性について
これを本件商標についてみると、①本件商標の分割前の商標は、本田技研工業が平成8年6月20日に出願し、平成10年3月27日に登録を受けて適正に保有され続けてきたものであり、原告は、同商標についての正当な権利者である本田技研工業に本件商標の譲受けを申し込み、本田技研工業の承諾を得て本件商標を譲り受け、本件分割移転登録を得たものであること、②本件商標の分割前の商標につき、米国リーダーバイク社や丁は商標法上何らの権利を有していなかったこと、③原告は、本件販売店契約に基づき、平成23年から同28年頃まで、米国リーダーバイク社の我が国における独占的な販売代理店であり、米国リーダー バイク社から本件商品を輸入して販売するとともに、米国リーダーバイク社が販売 地域において登録した商標やそれに関連する米国リーダーバイク社ののれんを維持するために協力する義務を負っていたが、平成28年における米国リーダーバイク社の破産を原因として、本件販売店契約は終了するとともに、米国リーダーバイク社から原告への自転車等の輸入も途絶えることとなり、また、本件販売店契約では、契約関係終了後の原告の義務を規律する規定は存在せず、原告と米国リーダーバイク社との関係は全て終了した状態となっていたこと、④このような状態において、原告は、本件商品の販売を継続する目的をもって、本田技研工業の承諾を得て本田技研工業から本件商標を譲り受け、本件分割移転登録を得たものであることが認められる。
以上によると、米国リーダーバイク社の破産という原告に何ら責任のない原因によって米国リーダーバイク社との取引関係等が全て終了した原告が、当初から米国リーダーバイク社や丁には何らの権利がなかった正当な商標権者である本田技研工業の保有する本件商標分割前の商標のうちの本件商標部分を譲り受け、その分割移転登録を得たことが、著しく社会的妥当性を欠くものであるということはできず、その登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認できないものということもできない。
本件において、原告は、別の業者から部品等を仕入れた「LEADER」の標章を付した自転車を販売するに際し、自らを「LEADER BIKE総代理店」とし、本件商品についてもカリフォルニア発のピストバイクブランドの自転車とウェブサイト上に表示するなど、あたかも米国リーダーバイク社の製造販売していたリーダーバイクと誤認混同させかねない行動をとっていた事実が認められるものの、それらは、米国リーダーバイク社の事業を引き継いだ被告との関係において、不正競争行為に当たるかどうかが問題になり、別途権利の濫用や不正競争防止法等の規律により、民事訴訟等で解決されるべきことがあり得るとしても、商標の分割移転登録自体が、社会通念に照らして著しく社会的妥当性を欠くものとはいえず、商標法の予定する秩序に反するものといえるものでもない。
1. 商標法4条1項7号該当性の判断基準について
商標法4条1項7号該当性の判断基準について、令和6年4月1日施行の特許庁の商標審査基準(改訂第16版)は、審判決要約集122~155掲載の裁判例等を参考に、同号に該当する場合を、以下の通り、例示列挙している。(さらに、商標審査便覧42.107第4条第1項第7号は、国家資格等を表す又は国家資格等と誤認を生ずるおそれのある商標(「××士」「××博士」等)、暴力団に係る標章(代紋等)、歴史上の人物名(周知・著名な故人の人物名)からなる商標、歴史的・文化的・伝統的価値のある標章からなる商標、家紋からなる商標、著名な絵画等からなる商標、国又は地方公共団体と関連する組織又は団体であると誤認を生ずるおそれがある商標(「○○審議会」「○○公団」「○○協会」等)、「会社」等の文字を有する商標、外国の地名等に関する商標、及び外国標章等の保護について、より詳細な取扱いを示している。)
(2) 商標の構成自体が上記(1)でなくても、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合。
(3) 他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合。
(4) 特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合。
(5) 当該商標の出願の経緯に社会的相当性を欠くものがある等、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合。
他方、本判決は、商標法4条1項7号該当性が「商標の構成自体が」原始的又は後発的に「公序良俗に違反する場合」以外にも肯定される余地を認めつつ、その余地が「その登録の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認できない場合に限られる」と判示した。
もっとも、本判決の上記判示は、商標法4条1項7号に該当する場合を上記商標審査基準と同様に判示した知財高判平成22年7月15日(平21(行ケ)10173号)裁判所ウェブサイト〔「パパウオッシュ」商標事件〕や、上記商標審査基準の上記(2)~(4)の場合に同号該当性を肯定した審判決要約集122・124・129・131・134・135・137・143・146・149・151・154等掲載の裁判例、特に私的な利害の調整に留まらない公的な事項に関わる問題として同号該当性を肯定した知財高判平成24年12月19日判時2182号123頁〔「シャンパンタワー」商標事件〕にも鑑みると、上記商標審査基準の上記(2)~(4)の場合における同号該当性を否定する趣旨のものではないと理解するのが相当である。
寧ろ、本判決の上記判示は、上記商標審査基準の上記(5)の特に前半部分による私的な利害の調整が問題となる、いわゆる剽窃的又は悪意の出願に係る事案について、東京高判平成15年5月8日(平14(行ケ)616号)裁判所ウェブサイト〔「ハイパーホテル」商標事件〕、知財高判平成20年6月26日判時2038号97頁〔「コンマ―/CONMAR」商標事件〕、知財高判平成21年5月27日判時2065号106頁〔「新極真会」商標事件〕、知財高判平成22年5月27日(平22(行ケ)10032号)裁判所ウェブサイト〔「MOSRITE」商標事件〕、知財高判平成25年2月6日判時2189号121頁〔「数検/数学検定」商標事件〕等により、同号該当性を肯定することに慎重な態度が示されてきたことにも鑑み、上記商標審査基準の上記(5)の特に後半部分を上記(2)~(4)の場合を包含し得る受け皿的・一般条項的な場合と捉えつつ、上記商標審査基準の上記(5)の特に前半部分について、既存の「ハイパーホテル」商標事件東京高判平成15年5月8日の同旨の判示に沿って、「著しく社会的妥当性を欠く」ことを要求して、厳格に判断されるべきことを判示したものと理解するのが相当である。
2. 商標法4条1項7号該当性について
本件において、原告は、本判決の認定の通り、米国リーダーバイク社の破産という原告に何ら責任のない原因によって米国リーダーバイク社との取引関係等が全て終了した後に、当初から米国リーダーバイク社や丁には何らの権利がなかった正当な商標権者である本田技研工業の保有する本件商標分割前の商標のうちの本件商標部分を譲り受け、その分割移転登録を得たものであり、それ自体としては、本判決のように、いわゆる剽窃的又は悪意の出願に係る事案について上記商標審査基準の上記(5)の場合を厳格に判断する限り、当該場合には当たらず、商標法4条1項7号には該当しないと判断されるべきことになろう。
1. 商標法4条1項7号該当性の判断基準について
「本来、商標法4条1項7号は、商標の構成自体に公序良俗違反がある場合に商標登録を認めない規定であって、商標の構成自体に公序良俗違反がないとして登録された商標について、例えば、社会通念の変化によって、その構成が善良の風俗を害するおそれがある商標となるなど反公益的性格を帯びるようになっている場合、後発的に同号に該当し、同法46条1項6号の規定により無効とすべき場合がないとはいえない。これに加え、商標の構成自体が公序良俗に違反するものでなくとも当該商標が同法4条1項7号に該当する場合があり得るが、商標法は、同項各号において、商標登録を受けることができない商標として各類型を規定しており、一般条項といえる同項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」もその一類型として規定されていることからすると、同号は、他の号に該当せずともなお商標登録を受けることができないとすべき商標が存在し得ることを前提として、一般条項をもって、そのような商標の商標登録を認めないこととしたものと解され、また、商標法においては、商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることを考慮すると、同号に該当するのは、その登録の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認できない場合に限られるべきである。」
2. 商標法3条2項該当性について
「これを本件商標についてみると、前記1のとおり、①本件商標の分割前の商標は、本田技研工業が平成8年6月20日に出願し、平成10年3月27日に登録を受けて適正に保有され続けてきたものであり、原告は、同商標についての正当な権利者である本田技研工業に本件商標の譲受けを申し込み、本田技研工業の承諾を得て本件商標を譲り受け、本件分割移転登録を得たものであること、②本件商標の分割前の商標につき、米国リーダーバイク社や丁は商標法上何らの権利を有していなかったこと、③原告は、本件販売店契約に基づき、平成23年から同28年頃まで、米国リーダーバイク社の我が国における独占的な販売代理店であり、米国リーダーバイク社から本件商品を輸入して販売するとともに、米国リーダーバイク社が販売地域において登録した商標やそれに関連する米国リーダーバイク社ののれんを維持するために協力する義務を負っていたが、平成28年における米国リーダーバイク社の破産を原因として、本件販売店契約は終了するとともに、米国リーダーバイク社から原告への自転車等の輸入も途絶えることとなり、また、本件販売店契約では、契約関係終了後の原告の義務を規律する規定は存在せず、原告と米国リーダーバイク社との関係は全て終了した状態となっていたこと、④このような状態において、原告は、本件商品の販売を継続する目的をもって、本田技研工業の承諾を得て本田技研工業から本件商標を譲り受け、本件分割移転登録を得たものであることが認められる。
以上によると、米国リーダーバイク社の破産という原告に何ら責任のない原因によって米国リーダーバイク社との取引関係等が全て終了した原告が、当初から米国リーダーバイク社や丁には何らの権利がなかった正当な商標権者である本田技研工業の保有する本件商標分割前の商標のうちの本件商標部分を譲り受け、その分割移転登録を得たことが、著しく社会的妥当性を欠くものであるということはできず、その登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認できないものということもできない。
前記1のとおり、本件において、原告は、別の業者から部品等を仕入れた「LEADER」の標章を付した自転車を販売するに際し、自らを「LEADER BIKE総代理店」とし、本件商品についてもカリフォルニア発のピストバイクブランドの自転車とウェブサイト上に表示するなど、あたかも米国リーダーバイク社の製造販売していたリーダーバイクと誤認混同させかねない行動をとっていた事実が認められるものの、それらは、米国リーダーバイク社の事業を引き継いだ被告との関係において、不正競争行為に当たるかどうかが問題になり、別途権利の濫用や不正競争防止法等の規律により、民事訴訟等で解決されるべきことがあり得るとしても、商標の分割移転登録自体が、社会通念に照らして著しく社会的妥当性を欠くものとはいえず、商標法の予定する秩序に反するものといえるものでもない。
そうすると、本件商標の分割移転登録が、商標法4条1項7号に該当するに至ったということはできない。」
【Keywords】商標法4条1項7号、公序良俗を害するおそれ、商標の登録の経緯、著しい社会的妥当性の欠如
※本稿の内容は、一般的な情報を提供するものであり、法律上の助言を含みません。
文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先:k_iida☆nakapat.gr.jp (☆を@に読み替えてください)