◆判決本文
1.結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準等について
複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合は,一つの称呼,観念が他人の商標の称呼,観念と同一又は類似であるといえないとしても,他の称呼,観念が他人の商標のそれと類似するときは,両商標はなお類似するものと解するのが相当である(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決)。
この点に関し,「商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合」,「それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合」以外にも,「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合」には,分離して観察することが許されると解するのが相当である。最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決も,このことを否定するものとは解されない。
2.本願商標の分離・要部観察の許否について
本願商標は,構成要素の性質の違いや,図形部分の上部が文字部分の上部よりも少なからず上にはみ出す形となっていることのほか,文字部分については容易に「サンコ」又は「サンコー」という称呼を有する部分として理解されることからすると,図形部分と文字部分とが,外観上,明確に分離して看取されるものである。そうすると,図形部分及び文字部分について,それらの部分を分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分に結合しているものとはいえない。
また,容易に特定の称呼を有する部分として理解される文字部分は,本願商標の構成の大きな部分(7割以上)を占めている。そして,「SANKO」の文字は,辞書等に載録のない語であるから,特定の観念を生じないものである。そうすると,文字部分は,需要者の印象に残りやすく,強い印象を与えるということができる。
さらに,図形部分については,称呼の有無が一見して直ちに明確とはいい難いが,「S」を図案化したものと理解されて「エス」の称呼が生じ得るとしても,文字部分の冒頭の文字が「S」であることからすると,文字部分と独立した意味を有するものではないとの理解がされることも多いものとみることができる。
以上によれば,本願商標については,文字部分のみによって商標の類否を判断することも許されるということができる。
【判決書別紙1商標目録より引用】
3.本願商標と引用商標の類否について
本願商標と,「SANCO」の文字又は同文字と図形から成る各引用商標は,文字部分の比較において,観念を比較できないとしても,その外観は近似し,称呼を共通にするものであるから,これらを総合的に勘案すると,両商標は互いに紛れるおそれのある類似の商標というべきである。
引用商標1
引用商標2
引用商標4
【判決書別紙2引用商標目録より引用】
1.結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準について,最二小判平成20年9月8日(集民228号561頁)〔つつみのおひなっこや事件〕が,「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されない」旨を判示し,その射程範囲が問題とされ,その後の下級審裁判例(知財高判令和元年9月12日(平成31年(行ケ)第10020号)〔SIGNATURE事件〕等)には,最一小判昭和38年12月5日(民集17巻12号1621頁)〔リラタカラヅカ事件〕を引用して,「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合」にも結合商標の分離・要部観察が許される旨を判示したものがあったところ,判決要旨1は,かかる最一小判昭和38年12月5日〔リラタカラヅカ事件〕における結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準が最二小判平成20年9月8日〔つつみのおひなっこや事件〕後も併存・両立して適用される旨を直接的かつ明示的に判示したものである。
また,判決要旨1は,最一小判昭和38年12月5日〔リラタカラヅカ事件〕を引用して,さらに,結合商標について,一つの称呼,観念が他人の商標の称呼,観念と同一又は類似であるといえないとしても,分離・要部観察により,他の称呼,観念が他人の商標のそれと類似するときは,両商標はなお類似する旨を判示したものである。
2.判決要旨2は,本願商標に判決要旨1に係る結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準をあてはめて,本願商標の分離・要部観察を肯定したものであるが,1つの判断基準のみによることなく,3つの各判断基準に照らしてこれを肯定しているものである。かかる判決要旨2に鑑みると,そもそも,判決要旨1に係る結合商標の分離・要部観察の許否の3つの判断基準は,それぞれ別個・独立の必要十分な要件という訳ではなく,いずれも重複・相関し得る総合考慮の重要な要素と位置付けられ得べきものではないかとも思われる。
3.判決要旨3は,結合商標の分離・要部観察により称呼,観念が類似するときは商標の類似が肯認される旨の判決要旨1を応用して,分離・要部観察による文字部分の外観の近似と称呼の共通とにより本願商標と引用商標の類似を肯認したものである。
1.結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準等について
「商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合は,一つの称呼,観念が他人の商標の称呼,観念と同一又は類似であるといえないとしても,他の称呼,観念が他人の商標のそれと類似するときは,両商標はなお類似するものと解するのが相当である(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁参照)。」
「この点について,原告は,結合商標の一部を分離,抽出して商標の類否を判断することは,『商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合』や,『それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合』などの場合に限られるべきであると主張する。しかし,原告が挙げる上記の場合以外にも,『各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合』には,分離して観察することが許されると解するのが相当である。原告が引用する最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁も,このことを否定するものとは解されない。」
2.本願商標の分離・要部観察の許否について
「(1) 本願商標は,朱色の半楕円と同色縞模様の半楕円を斜めに接するように組み合わせてなる図形を配した本願図形部分と,その右にやや図案化された『SANKO』の欧文字を本願図形部分と同様の朱色で横書きした本願文字部分からなるところ,図形と文字という構成要素の性質の違いや,本願図形部分の上部が本願文字部分の上部よりも少なからず上にはみ出す形となっていることのほか,本願文字部分については容易に『サンコ』又は『サンコー』という称呼を有する部分として理解されることからすると,本願図形部分と本願文字部分とは,外観上,明確に分離して看取されるものであるといえる。そうすると,本願図形部分及び本願文字部分について,それらの部分を分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分に結合しているものとはいえない。
(2) 上記のとおり容易に特定の称呼を有する部分として理解される本願文字部分は,本願商標の構成の大きな部分(7割以上)を占めている。そして,『SANKO』の文字は,辞書等に載録のない語であるから,特定の観念を生じないものである。そうすると,本願文字部分は,需要者の印象に残りやすく,強い印象を与えるということができる。
(3) これに対し,本願図形部分については,その形状に照らし,称呼を有しない図形であるのか,一定の文字を図案化したものであるのか,一見して直ちに明確なものであるとはいい難いが,商標において,企業等の名称の文字の一部が図案化される例は少なからずあると解されることや,本願文字部分の冒頭の文字が『S』であることからすると,本願図形部分は,『S』を図案化したものであると理解することも可能であるといえ,その場合には本願図形部分から『エス』の称呼が生じ得る。
もっとも,本願文字部分の冒頭の文字が『S』であることからすると,本願図形部分が『S』を図案化したものと理解される場合においては,本願文字部分の冒頭の『S』を取り出して特に図案化して配置したものにすぎず,本願文字部分と独立した意味を有するものではないとの理解がされることも多いものとみることができる。
(4) 上記(1)~(3)からすると,本願商標については,本願文字部分のみによって商
標の類否を判断することも許されるということができる。」
3.本願商標と引用商標の類否について
「引用商標1,2及び4の『SANCO』の欧文字は,本願文字部分である『SANKO』と,外観の全体的な印象において近似するものであるといえる。
そうすると,本願商標と引用商標1,2及び4は,文字部分の比較において,観念を比較できないとしても,その外観は近似し,いずれも『サンコー』又は『サンコ』の称呼を共通にするものであるから,これらを総合的に勘案すると,両商標は互いに紛れるおそれのある類似の商標というべきである。」
【Keywords】商標の類否判断の方法,全体観察,結合商標,分離観察,要部観察
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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