知財高判令和7年3月25日(令和5年(ネ)第10057号)(清水響裁判長)
【判決要旨】
1.事案の概要
控訴人(原告)(平成10年設立)及び被控訴人会社(被告会社)(平成18年設立。なお、令和元年7月30日まで登記簿上の本店所在地が控訴人と同一であった。)は、いずれもインターネット競馬新聞の提供等を目的とする株式会社であり、それぞれ競馬の勝ち馬を数値で予想する「指数」を算出して掲載している。控訴人元従業員の被控訴人Y1及びY2(被告Y1及びY2)は、在職時、控訴人事務所内のパソコン等を使用して、被控訴人会社の競馬新聞の発行業務に従事していたが、令和元年10月27日深夜から同月28日未明までにパソコン等を持ち出し、控訴人を退職した上、その後も、被控訴人会社の提供するインターネット競馬新聞(ハイブリッド競馬新聞、マキシマム競馬新聞)の発行を継続した。
かかる事案において、原判決(大阪地判令5・4・24(令2(ワ)4948号)裁判所ウェブサイト)は、被告らに対する原告の請求をいずれも棄却した。
これに対し、原告が控訴し、控訴人は、被控訴人会社・被控訴人Y1及びY2等に対し、(ア-1)控訴人の営業秘密であるIDM指数作成プログラム・指数作成手法・IDM構成要素データ等の情報(本件情報)が記録されたパソコン等を事務所から持ち出し、不正の利益を得る目的で本件情報を使用するなどした行為は、不正競争行為(不競法2条1項4号又は7号)に該当すると主張して、本件情報の使用開示等の差止め・記録媒体からの削除・印刷物の廃棄等(不競法3条1項・2項)を求め、(ア-2)控訴人が著作権を有するIDM指数作成プログラム(本件プログラム)を利用して競馬新聞を作成し顧客に提供した行為は、著作権侵害行為(著作権法21条、23条、27条)に該当すると主張して、本件プログラムの使用開示等の差止め・記録媒体からの削除を求め(著作権法112条1項・2項)、(ウ-1)被控訴人会社・被控訴人Y1及びY2等は、共謀の上、利益の隠匿による請求権侵害の不法行為並びに不正競争行為及び著作権侵害行為に及んだと主張して、損害賠償(民法709条、719条、不競法5条2項・3項、著作権法114条2項・3項)を求め、(ウ-2)被控訴人会社に対する予備的請求として、利益分配契約の債務不履行による損害賠償を求めた。
これに対し、本判決は、不競法違反を否定した原判決を変更し、(ア-1)被控訴人らが不正の利益を得る目的で控訴人の営業秘密である本件情報を使用した行為は、不正競争行為(不競法2条1項7号)に該当するとして、差止・削除・廃棄請求を認め、(ア-2)本件プログラムは、控訴人の著作物ではあるが、創作性を認め難いとして、著作権に基づく請求は理由がないとし、(ウ-1)利益の隠蔽による不法行為及び不正競争行為による損害賠償請求は、1億5039万9456円及び遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある((ウ-2)被控訴人会社に対する債務不履行による損害賠償請求は、(ウ-1)を超える認容額は認められないとした。)と判断した。
2.本件情報は営業秘密(不競法2条6項)に当たるかについて
本件情報1(IDM 指数作成プログラム〔本件プログラム〕及び指数作成手法)及び本件情報3(IDM 構成要素データ)は、レース結果における考慮要素に係るデータを数値化した点数を計算要素とし、原告独自のロジックとデータとプログラムに基づき競走馬及びレースごとの総合得点を算出して数値化し、これを前提に、開催されるレースの条件も勘案した補正等を加えて予想値となる数値をIDM 指数(IDM 結果値)として算出するものであり、これに基づき、原告独自のレース予想値として、IDM 予想値を原告が発行するインターネットによる競馬新聞に掲載しているのであるから、本件情報1及び3は、「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」(不競法2条6項、有用性)に該当する。また、本件情報1及び3は、「社外秘」とされて原告社内のコンピュータ等に格納され、業務の必要から従業員全員がアクセスすることができるが、社内ID 及びパスワードの入力を必要とし、退職者がいる場合には一斉にパスワードが変更されるのであるから、「秘密として管理され」かつ「公然と知られていないもの」(不競法2条6項。秘密管理性、非公然性)に該当する。よって、本件情報1及び3は、原告の営業秘密に該当するというべきである。
また、本件情報2は、原告の発行するインターネットによる競馬新聞を作成するためのプログラムであるから、本件情報2は「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」(不競法2条6項、有用性)に該当し、本件情報1及び3と同様の情報管理がされているから、「秘密として管理され」かつ「公然と知られていないもの」(不競法2条6項。秘密管理性、非公然性)に該当する。よって、本件情報2は、原告の営業秘密に該当するというべきである。
また、本件情報4(顧客管理名簿)は、形式的には被告会社に帰属する情報であるが、被告会社は実質的には原告の一事業部門であったというべきであり、その性質に照らし、本件情報1から3までと同様の情報管理がされていたことが推認されるから、原告の営業秘密に該当するものというべきである。
したがって、本件情報は、原告の営業秘密に該当する。
3.被告らは、本件情報を不正の手段により取得等し(不競法2条1項4号)、又は図利加害目的で使用した(同項7号)か、被告らに利益分配に係る共同不法行為があったかについて
原告は、従前から、原告の従業員が形式的に会社を設立することを認め、売上の70%を原告に支払うこと等を条件に原告のデータやノウハウその他原告の物的・人的設備を使用することを認めていたのであり、平成18年2月に被告Y1を代表者として設立された被告会社におけるハイブリッド競馬新聞の発行も、その実体は原告の従業員が従前と同様の方法でハイブリッド競馬新聞の発行を継続していたにすぎない。そして、平成20年5月にハイブリッド競馬新聞が有料化された後は、被告会社から、原告に対し、約10年余の長期にわたり、その売上の70~75%が原告に支払われていたことがそれぞれ認められるから、原告と被告会社間においては、売上の70~75%相当額を支払うことを条件として、原告のシステムであるプログラムやデータを含む原告の物的・人的設備を使用することを認める旨の黙示の合意による本件分配契約があったものと推認される。
また、ハイブリッド競馬新聞の作成には原告のシステムが使用されていたものであり、平成24年3月頃には、被告会社のシステムのプログラム言語が変更されたものの、ハイブリッド競馬新聞の作成は引き続き原告の社内で原告のシステムを使用して行われていたこと、被告Y1及び被告Y2が原告を退社した後の令和元年11月以降も、原告の発行するインターネットによる競馬新聞におけるIDM 指数と、被告会社の発行するハイブリッド競馬新聞におけるハイブリッド指数とは類似性・相関性があることが認められる(甲69~73)。これらの経緯に照らすと、令和元年11月以降、令和6年8月末までの間においても、被告会社のハイブリッド競馬新聞は、原告の営業秘密であるIDM 指数作成のための具体的な考慮要素及びその数値化並びにその計算を実行するためのプログラムを利用して発行されていたことが推認されるというべきである。
しかるところ、被告Y1及び被告Y2の退社に至る経緯等をみると、令和元年6月頃、被告会社の経費が高額になったことを不審に感じたEが被告Y1と面談し、通帳の写し等の関係資料の開示を求めても、被告Y1はこれに応じず、程なくして、被告Y3が、原告と被告Y1との面談に出席するようになったり、被告Y2が、同年7月頃、原告のAccess97 の大量のデータを被告会社の用いるAzure 上のSQLserver に複製したりする中、被告Y1と被告Y2は、同年10月27日深夜から同月28日未明には、本件パソコン等や私物を原告の社内から搬出して、同年11月11日頃原告を退職するに至ったこと、被告会社は、その後もハイブリッド競馬新聞の発行を継続し利益を得ていることが認められる。なお、被告Y3は、自らも「y」の名前で競馬情報を有償で提供するなどしており、遅くとも株式会社TDSを設立した平成26年2月の時点では被告Y1と被告Y2を同社の役員に就任させ、被告Y2の住所を同社の本店所在地とするような関係にあったのであるから、令和元年6月頃の前記面談の数年前から被告Y1及び被告Y2とは密接な関係にあり、両名の原告からの退社及び独立についても関与していたことが強く推認されるというべきである。
これらの事実を総合すると、被告らにおいては、共謀の上、被告Y1及び被告Y2の原告からの退職前においては、財産を隠匿するなどして同年9月及び10月における被告会社の原告に対するハイブリッド競馬新聞の売上の75%相当額の支払を免れさせ(民法709条、719条)、また、原告からの退職後においては、同年11月以降もハイブリッド競馬新聞の発行を継続することにより不正の利益を得る目的又は原告に損害を加える目的で原告の営業秘密を使用した(不競法2条1項7号)ものと認めるのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。
他方、被告会社は、平成29年10月以降、地方競馬に係るマキシマム競馬新聞を作成発行(平成30年2月から有料化)しているが、原告は地方競馬に係る競馬新聞を作成発行したことはない。原告のシステムにおいて、マキシマム競馬新聞の作成に用いられるデータが存在したり、プログラムが組み込まれたりするなど、被告会社がマキシマム競馬新聞の作成において原告のシステムを使用していたことを窺わせるような証拠も提出されていない。ただし、令和元年10月以前においては、マキシマム競馬新聞の発行は、原告の社内の設備を利用して行われていたのであるから、被告会社は、原告に対し、本件分配契約に基づき、少なくともその売上の70%相当額を支払う義務があり、これを履行しなかったことによる損害賠償責任を免れないというべきである。しかし、同年11月以降は、被告会社において、本件情報等を利用してマキシマム競馬新聞を作成していたことを認めるに足りる証拠がない以上、不競法違反行為があると認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、マキシマム競馬新聞の作成に関し、原告の不競法に基づく請求は認められない。
【コメント】
1.判決要旨3について
原判決は、➀被告Y1は、自らが考案した概念を用いて勝ち馬を予想する知識やノウハウ等を活用して原告の活動とは別個の勝ち馬予想や著作等の活動を行ってきたことに加え、➁被告Y1は、原告退職までの間、原告従業員の地位と被告会社代表取締役の地位とを併有し、原告は、被告Y1や被告会社の活動等に関し、利益の分配を要求するほかには、指揮命令や業務管理を明確に行っていないことも勘案すると、➂ハイブリッド新聞の発行やそのためのシステムの整備などは原則として被告会社独自のものであったというべきであり、これらの事情に照らすと、④被告会社が原告に属する本件情報を本件パソコン等に保存していたとは認められないことはもとより、被告Y1らが本件パソコン等を持ち出した前後を通じ、被告らが本件情報を使用等していたものとは認めるに足りない、また、⑤原告が被告Y1と利益分配契約を締結したものとは認められない、等と判示して原告の請求を棄却した。これに比して、判決要旨3は、原審・控訴審で提出・審理された証拠の相違によるものか、原告と被告Y1及び被告会社並びにそれらの活動との関係さらには利益分配契約の成否を真逆に認定評価しており、かかる点での認定評価の相違が原判決と判決要旨2の結論の相違に大きな影響を与えたものと理解される。
2.判決要旨2について
判決要旨2における本件情報、特に形式的には被告会社帰属の本件情報4(顧客管理名簿)、に係る原告保有の営業秘密性、特に秘密管理性の肯定は、秘密管理性の要件に係る行政解釈を緩和した平成27年営業秘密管理指針全部改訂後でも、同改訂前後を通じて、裁判例上、被疑侵害者である(元)営業担当者自身に由来・化体する顧客情報については、保有企業の秘密管理性が否定されることが多い(大阪地判平22・10・21(平20(ワ)8763号)裁判所ウェブサイト、大阪地判平23・4・28(平21(ワ)7781号)裁判所ウェブサイト、東京地判平24・6・11(平22(ワ)23557号)判時2204号106頁、傍論に係る名古屋高判令3・4・13(令2(う)162号)2021WLJPCA04136005等)ことからは、一見すると緩過ぎるように思われなくもない。この点も原告と被告Y1及び被告会社並びにそれらの活動との関係に係る判決要旨3と同様の認定評価が大きな影響を与えたものと理解される。
【Keywords】競馬新聞、IDM指数、ハイブリッド指数、営業秘密、秘密管理性、不競法2条1項7号
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文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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