東京地決令和6年(ヨ)30029【加齢黄斑変性症事件】<中島>(民事40部)
★不正競争防止法違反に基づく差止仮処分申立事件(医薬用途発明の実施を専ら基準により非充足とし、一定割合でよいという特許権者の主張によれば新規性を欠くとして、特許権侵害を否定した事例)
※ただし、「専ら」という語は100%を意味するわけではない。
1.裁判所の判断①(用途発明の侵害論)
本判決は、以下のとおり判示して、医薬用途発明の実施を専ら基準(特許法2条3項にいう「実施」とは、専ら請求項で特定された医薬用途に用いるために(本件発明では本件特定患者群に投与するために)生産、使用、譲渡等をする場合に用途充足となる)により非充足とし、一定割合でよいという特許権者の主張によれば新規性を欠くとして、特許権侵害を否定した。
『用途発明とは、既知の物質について未知の性質を発見し当該性質に基づき顕著な効果を有する新規な用途を創作したことを技術的特徴とするものである。そうすると、用途発明についての特許法2条3項にいう「実施」とは、専ら新規な用途に使用するために既知の物質を生産、使用、譲渡等をする行為をいうものと解するのが相当である。これを本件発明についてみると、本件発明に係る特許請求の範囲の記載及び本件明細書(【0005】、【0006】、【0018】)の記載によれば、既知の物質である抗VEGF剤は、従来、全病変サイズの少なくとも50%を占めるクラシック主体型活動性中心窩下CNV領域を有するwAMD患者(pCNVwAMD患者)に有効なものとして認識されていたところ、本件発明は、一定の組入基準及び除外基準を満たす全病変サイズの50%未満の活動性CNV病変サイズを有するwAMD患者(sCNVwAMD患者。以下「本件特定患者群」ともいう。)において、pCNVwAMD患者よりも優れた治療効果を発揮するという抗VEGF剤の未知の性質の発見に基づき、本件特定患者群に投与することによって顕著な効果を有する新規な用途を創作したことを特徴とするものと認められる。そうすると、本件発明における特許法2条3項にいう「実施」とは、専ら本件特定患者群に投与するために、抗VEGF剤を生産、使用、譲渡等をする行為をいうものと解するのが相当である。・・・
これを本件における債権者製品についてみると、前記前提事実によれば、債権者製品は、そもそも債務者製品のバイオ後続品であり、本件承認申請時に提出された債権者製品の添付文書案には、適応症として「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性」という記載があるにとどまり、【効能又は効果】及び【用法及び用量】の各欄においても、本件特定患者群に関する記載は一切認められず、本件特定患者群に投与することによって顕著な効果を有する趣旨をいう記載も一切認めることはできない。上記認定事実によれば、債権者製品は、本件発明の構成要件A2、B、Cによって規定される患者群(本件特定患者群)に投与するものとして承認申請がされているものとはいえない。そうすると、債権者が、本件承認申請とは異なる用途で債権者製品をあえて販売等する蓋然性が認められる特段の事情があれば格別、本件全疎明資料によっても、当該特段の事情を明らかに認めるに足りない。これらの事情の下においては、債権者による債権者製品の製造販売等は、専ら本件特定患者群に投与するために抗VEGF剤を生産、使用、譲渡等をする行為とはいえず、本件特許権を侵害するものと認めるに足りない。
のみならず、仮に債権者製品が結果的に一定割合の本件特定患者群に投与される可能性を理由として、債権者製品の製造販売等が本件特許権を侵害するという債務者の見解に立ったとしても、前記前提事実によれば、債権者製品は、債務者製品のバイオ後続品であって、債務者製品と同等性、同質性を有するものであり、かつ、債務者製品は、本件優先日よりも前の時点において製造販売されていたのであるから、債務者製品についても、債権者製品と同様に、一定割合の本件特定患者群に投与されていたものと認められる。そうすると、債務者製品の製造販売は、特許法29条1項2号にいう公然実施に該当し、本件特許が無効にされるべきものであることは、自明である。』
2.裁判所の判断②(不正競争防止法/虚偽事実の告知について)
本判決は、特許権者が厚労省等“債務者製品のバイオ後続品を製造販売すれば本件特許を侵害する”旨を回答した行為(本件告知)は虚偽事実の告知に当たるが、以下のとおり判示して、「パテントリンケージの趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められる特段の事情がある場合」に限り、不正競争防止法違反となるとして、本件事案では不正競争防止法違反と認めなかった。
『仮に、パテントリンケージの下で、上記特許権者等が、その後に確定した裁判所の判断とは異なり、先発医薬品に係る特許と後発医薬品との特許抵触がある旨の回答をする行為が、虚偽の事実を告知するものとして直ちに違法になるのであれば、上記特許権者等は、医薬品特許情報報告票に特許抵触の有無につき自己の見解を十分に記載することができなくなる。そのため、厚労省等が後発医薬品の安定供給を確保し得るか否かの判断を的確に行うことができず、ひいてはパテントリンケージの趣旨目的を阻害するおそれがある。もっとも、パテントリンケージは、後発医薬品の安定供給を確保する観点から、後発医薬品の承認審査に当たり先発医薬品に係る特許と後発医薬品との特許抵触の有無を確認することを趣旨目的とするものであるから、先発医薬品に係る特許権者等に対し恣意的な情報提供を許容したり、これに広く免責を与えたりするものではないことは明らかである。そうすると、パテントリンケージの下において、先発医薬品に係る特許権者等が先発医薬品に係る特許と後発医薬品との特許抵触がある旨の虚偽の回答をする行為が、外形的にはパテントリンケージの下における情報提供という形式をとりつつも、実質的には後発医薬品の製造販売承認を申請する者を不利な立場に置き、自ら競争上有利な地位に立とうとするものである場合には、上記行為は、事業者間の公正な競争を阻害するものとして、不競法2条1項21号の上記趣旨目的に鑑み、不正競争の一類型に含まれると解するのが相当である。以上の観点からすると、先発医薬品に係る特許権者等がパテントリンケージにおいて先発医薬品に係る特許と後発医薬品との特許抵触がある旨の虚偽の回答をする行為は、パテントリンケージの趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められる特段の事情がある場合には、競争関係にある後発医薬品の製造販売承認を申請する者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知するものとして、不競法2条1項21号に掲げる不正競争に該当すると解するのが相当である。』
3.若干の考察
(1)「用途発明」の定義
先ず議論のベースとして、「用途発明」を定義する必要がある。(日本の)特許判決を網羅的に考察した結果、特許権侵害訴訟において「用途」を標榜して製造・販売していなければ侵害にならないという発明は、「~用」という用途部分以外の物の構成部分のみでは新規性・進歩性が無く、「~用」という用途の特定により初めて新規性・進歩性が認められる場合であると言える 。
本判決は、「用途発明とは、既知の物質について未知の性質を発見し当該性質に基づき顕著な効果を有する新規な用途を創作したことを技術的特徴とするものである。」と判示して、「用途発明」とは、用途部分以外の物の構成部分のみでは新規性が無い発明を意味すると定義しているから、用途の特定により初めて新規性・進歩性が認められる場合であり、「用途」を標榜して製造・販売していなければ侵害にならない上記場合に含まれる。
(2)投与対象を特定した「(医薬)用途発明」の技術的範囲
投与対象を限定した医薬用途発明は、本判決の「専ら」基準に拠れば、投与対象が「60歳以上」「乳癌を再発していない」「アレルギー性喘息を発症していない」者であることを、「ラベル」ないし「プロモーション」等により標榜して製造・販売していない限り非充足となると考えられる。
また、近時のホットトピックである、新たに見出したメカニズムを発明特定事項とした発明に係る知財高判平成30年(行ケ)10036で新規性が認められた特許第5705483号は「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するためのインビボ処理方法において使用するための、インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む組成物。」という請求項であるところ、同発明も用途発明であると考えられるから、「IL-17産生を阻害するため」に販売等した場合、すなわち、投与対象が「IL-17濃度の上昇が見られる患者」であることを「ラベル」ないし「プロモーション」により標榜して製造・販売していない限り非充足という整理になると考えられる。
(3)多機能型間接侵害の「知りながら」要件(25%ルール)との対比的考察
多機能型間接侵害の「知りながら」要件(特許法101条2号及び5号)は、間接侵害者が、直接侵害品の生産に用いられることを「知りながら」間接侵害品を製造販売等することであり、後掲裁判例のように「例外的とはいえない範囲の者」が直接侵害品の生産に用いることを知っていれば充足するとされており(最決平成23年12月19日刑集65巻9号1380頁【Winny事件】で採用された基準を参考にしたものと認められる。)、約『25%』で「例外的とはいえない範囲の者」を満たすとした裁判例が3件ある。(なお、最決【Winny事件】は「著作権侵害のために利用する者の割合が,…4割程度といった例外的とはいえない範囲の者に広がっていることを認識,認容していたとまでは認められない」として、故意を否定して無罪としたものである。民事では、被告は口頭弁論終結時には認識することになるから、少なくとも差止請求権は免れない。)
用途発明についても、「ラベル」ないし「プロモーション」により当該用途を標榜して販売している場合に限らず、販売者が「結果的に一定割合の本件特定患者群に投与される可能性」を理由として、用途発明の実施となるという考え方もあり、本事案においても特許権者はそのように主張した。仮にかかる考え方を前提とすると、販売者が販売した物のうち何%が特許発明の用途に使用されることを販売者が認識していると用途発明の侵害となるのか、100%であるか、99%であるか、「例外的とはいえない範囲の者」(≒25%?)なのかが未解決論点であった。
これに対し、本判決は、「専ら」基準を立てたものであるから、形式的に言えば1%でも用途発明の用途以外に用いられる場合は用途非充足であり、いわゆるOff-Label Use(医薬品が承認された適応症や使用方法とは異なる方法で使用されること。ラベル(添付文書)に記載されていない使い方をすること)は、(当該適用外の用途をプロモーションしている等の事情が無い限り、)用途発明の侵害とならないことになってしまうと思われる。(最も、「専ら」という語は100%を意味するわけではないから、依然として、どの程度の割合ないし量が「用途発明の用途以外に用いられる」場合に用途非充足となるかは、残された未解決論点である。)
そのような結論の是非については、本判決は、「仮に債権者製品が結果的に一定割合の本件特定患者群に投与される可能性を理由として、債権者製品の製造販売等が本件特許権を侵害するという債務者の見解に立った」場合は新規性欠如の無効理由があると判示している。
ただし、本判決のような考えを前提とすると、医薬用途発明に限らず、特に効果が高い物の範囲を限定した選択発明において、従来から選択された範囲も出願前に実施されていた場合は、(用途発明でない以上、)新規性が否定される結果となるおそれがある。そのような考え方も不合理ではないが、これまでのプラクティスと必ずしも整合しない面もあるため、整合的理解を試みるための更なる検討が必要であろう。
更に言えば、予測できない顕著な効果を理由として進歩性が認められた場合、いわゆる用途発明と同様に当該効果を標榜して販売等した場合にのみ特許権侵害となるのか、それとも、当該効果の標榜と関わりなく特許権侵害となるのか、という問題が提起されている(清水節,特許判例百選〔第5版〕69事件「進歩性(5)-顕著な効果の独立要件説〔シュープレス用ベルト事件〕」)。
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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