平成28年2月3日(平成27年(行ケ)第10035号)(知財高裁4部、高部裁判長)
本件発明は「破袋機とその駆動方法」に係る発明であり、引用発明との相違点は、固定側刃物の位置が、本件発明は「可動側刃物に水平方向から対向する位置」であったのに対し、引用発明は「可動側刃物に水平方向」であった点である。
本判決は、本件発明における固定側刃物の位置から、引用発明における固定側刃物の位置という“構成”が容易想到であるかという、“構成”自体の容易想到性に終始するのではなく、本件発明及び引用発明の効果を認定した上で、引用発明の構成及び効果から、本件発明の技術思想(構成及び効果)を読み取ることができないことを論じて、固定側刃物の位置を「可動側刃物に水平方向から対向する位置に配置するように変更する動機付けがない」と判断した。(具体的な判示部分は、下掲判決抜粋の、下線部分参照)
本判決は、容易想到性を判断する文脈において、本件発明及び引用発明を、構成のみならず「効果」を踏まえた「技術思想」として捉えている。
すなわち、発明は「技術思想」であるところ(特許法2条1項)、本判決は、本件発明を、形式的に構成のみで捉えることなく、“そのような構成を採用することにより、効果①②③を奏するようにする”と理解した上で、引用発明の構成及び効果からは、本件発明の技術思想(構成及び効果)を読み取ることができないという論理を展開した。
容易想到性の議論において、「効果」をどのように主張するかは難しいので、本判決の論理は参考になると思われる。
★「課題」と「効果」との関係
本件発明及び引用発明の「技術思想」を、「効果」でなく、「課題」に基づいて把握する裁判例が多い。
もっとも、「解決課題及び解決手段が提示されているか否かは,『発明の効果』がどのようなものであるかと不即不離の関係がある」から、両者は、実質的な相違があるとまではいえないと考える。
(参考)知財高判平成22年7月15日(平成21年(行ケ)第10238号)「日焼け止め剤組成物事件」
「出願に係る発明の効果は,現行特許法上,明細書の記載要件とはされていないものの,出願に係る発明が従来技術と比較して,進歩性を有するか否かを判断する上で,重要な考慮要素とされるのが通例である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは,解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から,出願に係る発明が,公知技術を基礎として,容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ,上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは,『発明の効果』がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。」
(参考)容易想到性判断における「効果」の位置付け
この点については争いがあり、①構成の容易想到性と独立した要素であると考える説と、②構成の容易想到性は判断する際の一要素であると考える説がある。(①は、「独立要件説」と呼ばれることが多い。②は、長沢幸男「進歩性の認定(4)–顕著な作用効果」特許判例百選〔第3版〕40頁は「間接事実説」と呼んでいる。)
特許庁審判部「進歩性検討会報告書」124頁(2007)に、下掲の「進歩性の判断手順例」が掲載されておる。この図表では、進歩性判断における「効果」の位置付けは、①独立要件説のように整理されている。
2015年9月改訂審査基準(第III部 第2章 第2節)には、下掲の表が掲載されており、「有利な効果」は「進歩性が肯定される方向に働く要素」の一つとして挙げられており、②容易想到性を否定する方向に働く一要素と位置付けられていると理解することも可能である。
①独立要件説に立ったと考えられる裁判例としては、例えば、東京高判平成12年(行ケ)第312号「焼き菓子事件」、東京高判平成13年(行ケ)第499号「コンクリート製品の製造方法事件」、知財高判平成24年(行ケ)第10207号「光学活性ピペリジン誘導体の酸付加塩及びその製法事件」などがある。
②効果は容易想到性判断の一要素という説に立ったと考えられる裁判例としては、例えば、知財高判平成24年(行ケ)第10004号「シュープレス用ベルト事件」、知財高判平成22 年(行ケ)第10122号「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤事件」などがある。
本判決は、構成の容易想到性を判断する文脈中で本件発明の「効果」を論じているから、上記②の考え方に親和的であると思われる。
(3) 取消事由1–1(相違点1に係る容易想到性の判断の誤り)について
ア 本件発明1における固定側刃物の配置位置について
…本件発明1における固定側刃物は,…可動側刃物に水平方向から対向する位置に,回転軸方向に所定間隔で固定配置されることによって,可動側刃物に対して回転でなく正・逆転パターンの繰り返し駆動を行うことと相俟って,①破袋室へ投下される袋体を確実に捕捉し,可動側刃物の両側に形成した各破袋空間で交互にかつ連続して効率よく破袋することができ,②袋体のブリッジ現象の発生を防止することができ,③破袋後の袋破片が回転体,固定側刃物に絡みつくことがない等の効果を奏するものである。…
本件発明1は,上記固定側刃物の配置と,可動側刃物に対して回転でなく正・逆転パターンの繰り返し駆動を行うこととが相俟って,前記…の効果を奏するものであるから,これらの効果が,平行な対向壁面から凸設された両側の固定側刃物が水平状態とされた構成のみによる自明な効果にすぎないということはできない。
イ 引用発明における固定側刃物の配置位置について
引用発明における固定側刃物は,①破袋室Bの対向壁面間に,回転体Cと平行に設けられた非回転体Eに,板厚みを水平に凸設配置された垂直板から成る複数の板状刃物と,②回転体Cの非回転体E側と反対側斜め上方から下方に向けて板厚みを水平に凸設配置された垂直板から成る複数の板状刃物と,により構成される。
そして,…引用発明の固定側刃物Fのうち,回転体Cの非回転体E側と反対側斜め上方から凸設された板状刃物は,負荷による逆転が発生すると,ゴム製の抜け止めスクレーパーの保持力が弱いために背面から抜けが見られるという問題に対する解決手段として設けられたものであって,ゴム製スクレーパーが設けられていた位置にそのまま配置されたものである。
ウ 相違点1の容易想到性について
…引用発明の固定側刃物Fのうち,回転体Cの非回転体E側と反対側斜め上方から凸設された板状刃物は,前記イのとおり,負荷による逆転が発生すると,ゴム製の抜け止めスクレーパーの保持力が弱いために背面から抜けが見られるという問題に対する解決手段として設けられたものであって,ゴム製スクレーパーが設けられていた位置にそのまま配置されたものであるから,引用発明において,上記板状刃物は,負荷による逆転が発生した際に背面からの抜けが生じないように袋体を保持するという作用効果を奏するものであるということができる。
これに対し,引用発明から,固定側刃物を,可動側刃物に水平方向から対向する位置に,回転軸方向に所定間隔で固定配置するとともに,可動側刃物に対して,回転でなく正・逆転パターンの繰り返し駆動を行うことによって,可動側刃物の両側に形成した各破袋空間で交互にかつ連続して効率よく破袋するようにする,袋体のブリッジ現象の発生を防止するようにする,あるいは,破袋後の袋破片の回転体や固定側刃物への絡みつきを防止するようにする,という技術的思想を読み取ることはできない。
そうすると,引用発明において,固定側刃物Fのうち回転体Cの非回転体E側と反対側斜め上方から凸設された板状刃物に関し,負荷による逆転が発生した際に背面からの抜けが生じないように袋体を保持するという作用効果を奏する上記板状刃物の配置位置を,可動側刃物に水平方向から対向する位置に配置するように変更する動機付けがない。…
(Keywords)進歩性、容易想到、技術思想、課題、効果、審査基準、破袋機、刃物、大原、NED
文責:弁護士・弁理士 高石 秀樹(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先:h_takaishi@nakapat.gr.jp