平成28年3月25日(平成27年(ネ)第10014号)(知財高裁大合議、設樂裁判長)
「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」に係る特許発明について、特許発明は出発物質及び中間体がシス体であるのに対し、イ号方法はこれが幾何異性体であるトランス体であるという相違がある事案において、均等論による侵害を認めた第一審判決(東京地判平成25年(ワ)第4040号、嶋末裁判長)を維持した。
本判決は、第一審判決と異なり、均等論の第1要件及び第5要件について、詳細な一般論を展開した。
第1要件については、まず、従来技術と比較して特許発明の貢献が大きいと評価されるときは、第1要件が認められる可能性が高くなるという一般論を示した。続いて、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであるが、明細書中の課題の記載が客観的に不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、「当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。」と判示した。
第5要件については、出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるときは、第5要件における「特段の事情」に当たると判示して、例示として、(i)出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,(ii)出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときを挙げた。
この他に、第2要件(置換可能性)のあてはめも重要である。
イ号方法は出発物質及び中間体がトランス体であるため、目的物質に至る過程でトランス体をシス体に変化させる工程が必要となる。本件特許明細書には、「上記方法は,ステロイド基の側鎖にエーテル結合及びエポキシ基を導入するのに一工程より多くの工程を必要とし,従って所望の化合物の収率が低くなる。」との記載があったが,同記載は,明細書に従来技術として挙げられている複数の発明のうち一つのみについての記載である上,方法全体の工程数のことを意図するものではないし,そもそも乙46公報記載の方法は,マキサカルシトールの側鎖を導入する製造方法でもないとして、本件発明の作用効果が「従来技術に比して,シス体を出発物質とした場合のマキサカルシトールの側鎖の導入工程を短縮したこと」であるということはできないと判示した。
本判決は、第一審判決と異なり、均等論の第1要件及び第5要件について、詳細な一般論を展開した点で注目される。
これらの一般論は、ボールスプライン最判平成10年2月24日以降の下級審判決の蓄積と整合するが、更に踏み込んだ内容と評価できる。
第1要件については、従来技術と比較して特許発明の貢献が大きいかどうかが第1要件の成否に影響する点については、最高裁判所判例解説 民事篇(平成10年度)142頁において、設樂判事の論文を引用した上で、「特定の技術的課題を解決する手段を初めて開示したいわゆるパイオニア発明の場合には、当該特許発明により初めて開示された解決手段は基本的な構成であり、発明を基礎づける技術思想は広範な範囲のものであるから、その構成の一部を置換することによって、特許発明の技術思想の範囲を出ることは困難である。これに対して、既に当該技術的課題についていくつかの解決手段が公知技術として存在するような成熟した技術分野では、個々の発明の特有の技術思想は狭い範囲で認められるにとどまるから、特許発明の構成の一部を他の構造に置き換えるだけで、容易に当該発明の技術的範囲を外れることとなろう。」と説明されていることと整合する。
また、特許発明の本質的部分は、明細書の記載に基づいて認定されることを原則としつつ、明細書に記載されていない従来技術を参酌することも許容する一般論を述べた点も重要である。この点、特許発明の技術的範囲を文言解釈するときは、明細書に記載されていない事項が参酌されることがあるとしても、技術的範囲を狭く解釈する方向に働くことが専らであると思われる。本判決に従って、明細書に記載されていない従来技術を参酌される場合があるとしても、過去の下級審裁判例の蓄積からすれば、第1要件を否定する方向に解釈されることが専らであるかもしれない。
第5要件については、(i)については、第一審判決が「明細書に他の構成の候補が開示され,出願人においてその構成を記載することが容易にできたにもかかわらず,あえて特許請求の範囲に特定の構成のみを記載した場合には,当該他の構成に均等論を適用することは,均等論の第5要件を欠くこととなり,許されないと解するべきであるところ(知財高裁平成24年9月26日判決・判時2172号106頁[医療用可視画像の生成方法事件])」と適示したとおり先行判決が存在したが、(ii)について判示した判決は初めてであると思われる。
第2要件(置換可能性)については、明細書中の記載を一見すると「工程」を短縮したことが作用効果であり、イ号方法は当該作用効果を奏しないとも思えるところである。このように、一見すると同じ「工程」短縮について記載されているように見えても、詳細に検討する必要がある
均等の第1要件(非本質的部分)について
…本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり,そして,①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され(後記ウ及びエのとおり,訂正発明はそのような例である。),②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時(又は優先権主張日。以下本項(3)において同じ)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。
均等の第2要件(置換可能性)について
控訴人らは,訂正明細書に記載がある効果は,工程数の短縮のみであり,訂正発明の作用効果は,従来技術に比して,シス体を出発物質とした場合のマキサカルシトールの側鎖の導入工程を短縮したことにある,また,工程の短縮としての効率性はトータルとしての製造工程数で決せられるべきであり,総工程数が異なる場合は同じ作用効果を有しない旨主張する。しかし,控訴人らの同主張は,次の理由により採用することができない。
平成6年法律第116号による特許法の改正は,同改正前の特許法36条4項が「発明の目的,構成及び効果」を明細書の発明の詳細な説明の必要的記載事項としていたところ,同改正後の同項,特許法施行規則24条の2により,「課題及びその解決手段」等を必要的記載事項としたものであり,発明の効果は明細書の発明の詳細な説明の必要的記載事項として規定されていない。現在では,実務上も,国際出願等に係る特許発明について「発明の効果」の記載のない明細書も多数存在しており(当裁判所に顕著な事実である。),訂正明細書にも「発明の効果」を記載した部分がないのは,この改正に適合するものである。そして,明細書に「発明の効果」の記載がない特許発明について,一部の従来技術との対比のみにより発明の作用効果を限定して推認するのは相当ではない。
訂正明細書には,従来技術のうち,乙46公報記載の発明について「上記方法は,ステロイド基の側鎖にエーテル結合及びエポキシ基を導入するのに一工程より多くの工程を必要とし,従って所望の化合物の収率が低くなる。」との記載がある(前記(3)イ(ア))。しかし,同記載は,訂正明細書に従来技術として挙げられている複数の発明のうち一つのみについての記載である上,エーテル結合によるエポキシ基の導入という特定の側鎖導入の工程について意図するものであり,これらの工程を含めた方法全体の工程数のことを意図するものではないし,そもそも乙46公報記載の方法は,マキサカルシトールの側鎖を導入する製造方法でもないから,これをもって,従来技術に比して,シス体を出発物質とした場合のマキサカルシトールの側鎖の導入工程を短縮したことが訂正発明の作用効果であるということはできない。また,前記(3)カ(ア)のとおり,訂正発明は,ステロイド環構造をビタミンD構造へ転換する工程をも包含しており,特に転換工程の有無を含めた全工程数の違い(少なさ)を,従来技術との違いとして認識しているわけではないことからすれば,訂正発明の作用効果を,従来技術に比して,マキサカルシトール等の目的物質を製造する総工程数を短縮できることと認定することはできない。
均等の第5要件(特段の事情)について
(ア) この点,特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。
なぜなら,①上記のとおり,特許発明の実質的価値は,特許請求の範囲に記載された構成以外の構成であっても,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及び,その理は,出願時に容易に想到することのできる技術であっても何ら変わりがないところ,出願時に容易に想到することができたことのみを理由として,一律に均等の主張を許さないこととすれば,特許発明の実質的価値の及ぶ範囲を,上記と異なるものとすることとなる。また,②出願人は,その発明を明細書に記載してこれを一般に開示した上で,特許請求の範囲において,その排他的独占権の範囲を明示すべきものであることからすると,特許請求の範囲については,本来,特許法36条5項,同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件等の要請を充たしながら,明細書に開示された発明の範囲内で,過不足なくこれを記載すべきである。しかし,先願主義の下においては,出願人は,限られた時間内に特許請求の範囲と明細書とを作成し,これを出願しなければならないことを考慮すれば,出願人に対して,限られた時間内に,将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を作成することを要求することは酷であると解される場合がある。これに対し,特許出願に係る明細書による発明の開示を受けた第三者は,当該特許の有効期間中に,特許発明の本質的部分を備えながら,その一部が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを,特許請求の範囲と明細書等の記載から容易に想到することができることが少なくはないという状況がある。均等の法理は,特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れるものとすると,社会一般の発明への意欲が減殺され,発明の保護,奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず,社会正義に反し,衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって,上記に述べた状況等に照らすと,出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない。
(イ) もっとも,このような場合であっても,出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。
なぜなら,上記のような場合には,特許権者の側において,特許請求の範囲を記載する際に,当該他の構成を特許請求の範囲から意識的に除外したもの,すなわち,当該他の構成が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと理解することができ,そのような理解をする第三者の信頼は保護されるべきであるから,特許権者が後にこれに反して当該他の構成による対象製品等について均等の主張をすることは,禁反言の法理に照らして許されないからである。
(Keywords)均等論、大合議、シス、トランス、中外製薬、ビタミンD、ステロイド、中間体、マキサカルシトール
文責:弁護士・弁理士 高石 秀樹(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp