平成27年12月24日(平成27年(行ケ)第10083号)(知財高裁2部、清水裁判長)
被告による本件商標の登録無効審判請求に対し,審決は,引用商標(「エマックス」,「Eemax」及びこれらの各文字を同時に表した標章)との関係で本件商標の登録が商標法4条1項10号に違反してされたものであるとして,本件商標登録を無効とした。
これに対して,本判決は,以下の理由に基づき,引用商標の周知性を否定し,審決を取り消した。
(1) 引用商標が表示する本件電子瞬間湯沸器の需要者又は取引者として想定すべき者は,電気を熱源とする瞬間湯沸器の需要者又は取引者に限られるものではなく,ガスを熱源とするものも含む家庭用の壁掛型の瞬間湯沸器全体の需要者又は取引者である。
(2) 被告自身による引用商標に関する宣伝広告等は活発とはいえない上,新聞・雑誌等によりこれが報道された機会も少ないと認められる一方,全国的規模の市場に対する引用商標を付した本件電子瞬間湯沸器の販売実績は極めて少ないものと推測されることを考慮すると,家庭用の壁掛型の瞬間湯沸器又は電気を熱源とする同瞬間湯沸器の市場規模を子細に確定するまでもなく,いずれの引用商標も,本件商標の登録査定時において周知性を有していたとは認め難い。
なお,原告のエマックス(標準文字)の商標の有効性について同一当事者間で争われ,本件と同時に審理され,同じ期日に同旨の判決が言い渡された事件として,知財高裁平成27年(行ケ)第10084号審決取消請求事件がある。
(被告標章)
他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であって,その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用するものは,商標登録を受けることができない(商標法4条1項10号)。
同号所定の商標の周知性は,一般に周知地域と当該地域における商標の浸透程度を関連させて判断されている。判例は,全国的に流通する日常使用の一般的商品について,全国にわたる主要商圏の同種商品取扱業者の間に相当程度認識されているか,あるいは,狭くとも一県の単位にとどまらず,その隣接数県の相当範囲の地域にわたって,少なくとも同種商品取扱業者の半ばに達する程度の層に認識されていることを要すると解釈している(東京高判昭和58年6月16日、最判昭和60年9月17日)。
本判決は,原告の主張立証もあり,引用商標が表示する本件電子瞬間湯沸器の需要者又は取引者が広範囲に及ぶものと解したうえで引用商標の周知性を否定した判決であり,周知性判断の前提となる需要者又は取引者の範囲の認定,及び周知性が認められるために必要とされる立証の程度に関して,事例的意義を有するものと思われる。
3 周知性の有無について
(1) 前提
商標法4条1項10号にいう「広く認識されている」とは,業務に係る商品等とこれと競合する商品等とを合わせた市場において,その需要者又は取引者として想定される者に対して,当該業務に係る商品等の出所が周知されていることであり,その周知の程度は,全国的に知られているまでの必要性はないものの,通常,一地方,すなわち,一県の全域及び隣接の数県を含む程度の地理的範囲で知られている必要があると解される。
ところで,前記第3の1及び第4の1によれば,本訴当事者間においては,本件電子瞬間湯沸器の需要者又は取引者として想定すべき者は,電気を熱源とする瞬間湯沸器の需要者又は取引者に限られるものではなく,ガスを熱源とするものも含む家庭用の壁掛型の瞬間湯沸器全体の需要者又は取引者であることで争いがないところ,電気を熱源とする瞬間湯沸器とガスを熱源とする瞬間湯沸器とは,同じ用途に使用され,熱源の相違によって利用者が異なるとする事情は認められないから,上記当事者の主張のとおり解すべきものである。また,本件電子瞬間湯沸器が特定の地方で集中的に又は専属的に販売されるものであるとする事情はないから,引用商標が,全国のいずれかの地域において,上記に説示した地理的範囲において周知であるか否かを考慮することになる。
(2) 検討
そこで,上記を前提に検討するところ,上記2の認定のとおり,被告が本件電子瞬間湯沸器の販売を開始したと認められる平成7年5月から,本件商標の登録査定がされた平成22年10月までの間においては,?被告が,自ら引用商標と共に本件電子瞬間湯沸器の宣伝広告をしたのは,わずかに3回であること,?引用商標と共に本件電子瞬間湯沸器が新聞・雑誌及びテレビ放送に取り上げられたことは10回であって,必ずしも多数といえないばかりか,それらは,平成6年?平成9年,平成14年?平成16年及び平成20年・平成21年と3つに分かれるなど,取り上げられ方が散発的なものにすぎないこと,?被告が引用商標と共に本件電子瞬間湯沸器の実演展示をしたことは52回あるものの,これは,年平均では3?4回にすぎず,その場所もおおむね西日本各地に散在していること,?被告による当該期間における本件電子瞬間湯沸器の販売台数は,全く明らかにされておらず,新聞記事等から推測される販売台数は,本件商標登録出願直前の新幹線車両への納入(2(4)?)を除けば,年間数百台程度であり(2(4)?は,被告の販売先の社内報であり,客観的裏付けを欠くものと解される。),需要者又は取引者の範囲を家庭用の壁掛型の瞬間湯沸器の需要者又は取引者とした場合,一見して僅少であること(なお,本件電子瞬間湯沸器には,「EemaX」との引用商標と類似する標章が付されていたことは推認できる。),また,その納入先も全国に散在しているとみられ,特定の傾向はないこと,?被告により開示された広告宣伝費及び展示会費は,引用商標を付した本件電子瞬間湯沸器に係る費用に限定されない会社全体としての宣伝広告費及び展示会費である上,金額も,前者は百万円台,後者は百万円以下が多く,壁掛型瞬間湯沸器という全国的な市場において需要者又は取引者に印象を残すための費用としては,明らかに少ないものであること,以上の事実を導くことができる。
そうすると,本件証拠上,被告自身による引用商標に関する宣伝広告等は活発とはいえない上,新聞・雑誌等によりこれが報道された機会も少ないと認められる一方,引用商標を付した本件電子瞬間湯沸器の販売台数等は明らかではなく,全国的規模の市場に対する販売実績は極めて少ないものと推測される。このような宣伝広告及び販売実績等を考慮すると,家庭用の壁掛型の瞬間湯沸器又は電気を熱源とする同瞬間湯沸器の市場規模を子細に確定するまでもなく,いずれの引用商標も,本件商標の登録査定時において周知性を有していたとは認め難い。なお,被告が自社ホームページで宣伝活動をしたことは,ホームページを開設することが誰でも直ちに行える以上,それのみで周知性を裏付けるものとはならない。そのほか被告のるる主張するところも,採用することはできず,上記適示した証拠以外の証拠も,上記認定を左右するものではない。
(3) 小括
したがって,引用商標が我が国において周知である旨を認定した審決の認定判断には誤りがあり,本件商標は,商標法4条1項10号に該当する商標であることを理由としては,その登録を無効とすることはできない。
以上によれば,取消事由には,理由がある。
(Keywords)商標、周知性、商標法4条1項10号、エマックス、EemaX
文責:弁護士 松野 仁彦(第二東京弁護士会)
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中村合同特許法律事務所