平成28年2月9日(平成27年(ネ)第10109号)(知財高裁1部、設楽裁判長)
一審被告のプレスリリースは、本件製品(白色LED)の製造会社であるX社に対する特許権侵害訴訟を提起した後に掲載されたものであり、全体として、一審原告がX社製の本件製品を輸入、販売したことにより特許権を侵害している、と思わせる内容になっていたが、一審原告はX社製の本件製品を輸入、販売したことはなかったため、その内容は虚偽である。
そこで、一審被告が本件プレスリリースをしたことに過失があるか否かを検討するに、1)一審原告とX社との間には取引関係があったこと(ただし本件製品の取引については立証なし)、2)一審原告のウェブサイトには、X社のウェブサイトへのリンクのほか、かつてはX社の製品案内を含むページなどが存在したこと、3)リンク先のX社ウェブサイトでは、本件製品を含む製品説明のページが存在すること、4)訴外A社が一審原告を通じて、X社の有色LEDの納品を受けたこと等の各事実に鑑みれば、一審原告のような商社が上記のようなウェブサイトを有していれば、本件製品を含むX社の製品について譲渡の申出をしていると判断したことは無理からぬところであり、不正競争防止法4条の過失があったとは認められない。
不正競争防止法2条1項14号「虚偽事実の告知流布行為」については、近年、告知流布行為が、正当な権利行使の範囲内の行為として違法性阻却事由があるか、が争点とされる事例が多く、一審被告も一審で「正当行為であり違法性が阻却されること(又は、故意・過失の不存在)」を主張していたようであるが、本判決では、不正競争防止法4条の過失の有無のみが検討されている。このことから、知財高裁において、違法性阻却事由の有無を判断する手法が定着しているとまでは評価できないため、今後の判例の動向を注目すべきであろう。
一審判決は、「プレスリリースの注意義務」として「あらかじめ、他者の実施行為等について、事実の調査を尽くし、特許権侵害の有無を法的な観点から検討し、侵害しているとの確証を得た上で、プレスリリースを行うべき注意義務がある。」と判示して、一審被告に対し、本件製品の取扱いがあるか否かを一審原告に問い合わせるなどして確認すべき注意義務まで要求したのに対し、本件判決は、「プレスリリースの注意義務」について一般的な基準を示すことはしなかったものの、本件においては、譲渡の申出があると判断したことは無理からぬところである、とした。本判決では、一審被告が商社である点も考慮されたようにも読める。プレスリリースに当たり、どの程度の注意義務(調査義務)まで求められるかについては、実務上も重要であるが、本件においては、知財高裁の方が緩やかな注意義務を課したと言える。
「特許法2条3項1号は,物の発明について,その物の生産,譲渡,輸入又は譲渡等の申出をする行為を,実施行為と定義している。
本件においては,一審原告がE&E社等を経由してエバーライト社から本件製品を輸入,販売したことを認めるに足りる証拠はない。また,上記認定事実によれば,一審被告も,本件プレスリリース当時,一審原告による本件製品の輸入,販売を立証し得る直接的な証拠を有していたわけではない。しかし,譲渡等の申出については,製品のカタログやパンフレット等を示して販売の申出をする行為がその典型的な例であると解されており,製品のカタログ等については,商社や代理店等がこれを作成する場合があるとしても,製造メーカーがこれを作成し,販売会社がそのカタログを利用して譲渡の申出をする場合等が多いと推認される。
そして,現代の社会においては,カタログだけではなく,インターネットのウェブサイトに製品を掲載してこれを宣伝広告し,販売することも多いことからすれば,仮に一審原告のような商社が,自社のウェブサイトに,取扱製品と同製品の販売に必要な情報を直接掲載し,その販売をする趣旨の記載をしていれば,同製品について,譲渡等の申出をしていることになると解されるところである。また,そうでなくとも,一審原告のような商社が,自社のホームページにおいて,特定の複数の製造メーカーを紹介した上で,その製品を販売する旨を記載し,その趣旨で当該製造メーカーのウェブサイトにリンクを貼り,同サイトにおいて各製品の種類と仕様等の販売に必要なデータが説明されている場合にも,製造メーカーのウェブサイトを利用する形での同製品について譲渡の申出をしているものと解される。すなわち,商社がそのウェブサイトにおいて製造メーカーのウェブサイトにリンクを貼るだけで,同メーカーのウェブサイトに掲載されている製品のすべてについて常に譲渡の申出をしていると解することはできないけれども,その商社と製造メーカーとが取引関係にあることが記載され,当該商社に問い合わせれば当該製造メーカーの製品を購入することができる趣旨の記載があり,かつ,製造メーカーのウェブサイトには,製品の種類や仕様等の販売に必要な情報が開示されているなどの状況があれば,製造メーカーのウェブサイトにリンクを貼り,これを利用している場合でも,製造メーカー作成のカタログを利用する場合と同様に,製造メーカーのウェブサイト掲載の製品について,譲渡の申出をしていると解される。」
「一審被告の本件プレスリリースの掲載については,一審被告が,一審原告のウェブサイトから,一審原告が本件製品について譲渡等の申出をしていると判断したことは無理からぬところである。そして,一審被告は,その後本件製品と本件製品に使用されているLEDチップの構造,構成材料等を分析し,本件特許発明の当時の請求項1の技術的範囲に属することなどを確認した上で,先行訴訟を提起し,本件プレスリリースを掲載したのであり,一審被告が本件プレスリリースを掲載したとしても,一審被告には不正競争防止法4条の過失があったものとは認められない。
よって,一審原告による同法4条に基づく損害賠償請求は理由がない。」
(Keywords)不正競争防止法2条1項14号、虚偽事実の告知流布、正当な権利行使、違法性阻却事由、過失、プレスリリース、日亜化学、立花エレテック
文責:弁護士・弁理士 相良 由里子(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先: y_sagara@nakapat.gr.jp