令和6年(ネ)10026【熱可塑性樹脂組成物】<宮坂> ※数値の四捨五入・均等論
被控訴人製品(分子量699.91848)が、分子量「700以上」という数値限定を充足するかが問題となった。
⇒結局、出願人が『あえて』「700以上」と整数で区切っている以上、四捨五入論は使えないし、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したものとして均等論第5要件×。
この判示からすれば、「700.0以上」とクレームしてあれば四捨五入論により699.95以上は充足となったのか?
整数でなく、有効数字3桁であることを明示するために、「7.00×10^2以上」と書けばよいのか? 確かに、特許は科学と全く同じではなく、請求項の記載の文言解釈であるから、切りよく「700」と書かれている場合と、「7.00×10^2以上」と書かれている場合で同じではないかもしれない。
ただ、「分子量」は物質固有の値であり、測定のぶれがあるわけでもないから、本件特許発明は、四捨五入論が適する類型ではなかったかもしれない。
何れにしても、数値の均等論は第5要件×になってしまうから、これまでの裁判例と同じく、数値については、均等論よりも四捨五入論の方がまだ可能性があるだろう。
そうはいっても、第三者の予見可能性を考えると特許では、四捨五入論も均等論も、科学のように柔軟に解釈することもできず、本判決の結論が妥当なのかもしれない。
※大阪地判平成14年(ワ)10511が、測定誤差論を斥ける文脈で、『有効数字の桁数とは別に、実施例を根拠として、特許請求の範囲に技術的範囲の上限を「3ミクロン」とクレームした場合に、実施例における誤差の最大の範囲が権利範囲に含まれるとすることにも疑問があるところである。なぜなら、実施例において、0.5ミクロンの誤差があるのであれば、その誤差の範囲まで、すなわち、「3.5ミクロン未満」を上限として特許請求の範囲に記載すればよいのである。ところが、これをせずにおいて、特許請求の範囲に上限を「3ミクロン」と記載しておきながら、「3.5ミクロン未満」が技術的範囲であるとすることは、特許請求の範囲の記載の明確性を損なうものである。』と判示したことと通ずる。
・・・もっとも、そのようにすればよかったことは判決文を見て初めてわかることなので、当該具体的事案においては特許権者に酷である。ただ、我々実務家は、今後の出願については、本判決を意識してクレーム作成するべきであろう。
★結論~『科学における数値(範囲)と、特許における数値(範囲)は異なる!!』
(令和6年(ネ)10026の判旨抜粋)
①文言充足について(四捨五入論)⇒非充足
『本件で問題となっている(紫外線吸収剤の分子量)「700以上」という数値範囲は、権利者(出願人)が、権利範囲を画定するために自ら定めたものであり、特許発明の技術的範囲(独占の範囲)に属するものと属さないものを、一線をもって区分する線引きにほかならない。そうである以上、上記数値範囲の下限である「700」は、切り下げられた小数点以下の端数も、切り上げられた小数点以下の端数も持たない、本来的な意味での整数値と解釈するのが相当である。 数値範囲にこれと異なる趣旨、役割を持たせたいのであれば、特許請求の範囲又は明細書に、分子量の計算方法や小数点以下の数値の処理等を説明しておくべきである。本件明細書等にそのような記載がないことは前述のとおりであり、以上によれば、「分子量が700以上」という構成要件は、分子量が700をたとえ0.00001でも下回れば、これを充足しない(その技術的範囲に属さない)ものと解すべきことになる。』
②均等論~第1要件〇だが、第5要件×
『上記数値範囲は、臨界的意義を有するものではなく、本来、本件各発明の作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、かなり広い幅にまたがる数字と考えられるところ、いわば「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したものと理解される…。そして、紫外線吸収剤としての性質が分子量699.91848の場合と700の場合とで実質的に異なるとは考え難い…。そうすると、上記分子量の相違は、本件各発明の本質的部分に関するものとはいえないと解される。本件で、均等論の第1要件は充足する。』
『「700以上」という整数値をあえて使用しており、分子量700という数値に臨界的意義も認められないから、当該数値は控訴人がいわば任意に選択して定めたものといえる。また、控訴人としては、その数値範囲を「699.5以上」とすることや、分子量の小数点以下の数値の取扱いについて定めることも容易にできたのに、あえてそのような手当もしていない。これは、小数点以下の数値は、技術的に意味のある数字でないという理解に加え、法的にも特段の含意がない(特別な意味を持たせない)ことを前提とするものである。そうすると、控訴人が特許請求の範囲において分子量を「700以上」とする数値範囲を定めたということは、「700以上」か「700未満」かという線引きをもって特許発明の技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当であり、均等論の第5要件は充足されない。』
*原審・大阪地判令和4年(ワ)9521は、「数値に設定することに意義のある発明は、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定が特許発明の本質的部分に当たる」として、均等論第1要件も否定していた。
https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/860/093860_hanrei.pdf
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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