令和5年(行ケ)10091【バリア性積層体】<宮坂>
*数値限定に係る相違点について、技術的意義と構成の容易想到性は直結しないとした。
*3つの要素(炭素,酸素,珪素)で技術的意義を示す引用発明から、2つの要素(炭素,酸素)の数値範囲のみを抽出できなかった。
⇒取消決定取消
(判旨抜粋)
本件発明の内容は…、ポリプロピレンフィルムと蒸着膜との間に、密着性に優れた極性基を有する樹脂材料を含む表面コート層を備えることにより、層間の剥離を防止し、また、シランカップリング剤とともに用いられる場合も含め金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物からなるバリアコート層を蒸着膜上に設けることで、蒸着膜のクラック発生をも防止し、さらには、ボイル又はレトルト処理が行われる場合であってもガスバリア性の低下の抑制が図られるように、バリアコート層表面の珪素原子と炭素原子との割合を特定の範囲にしたものであって、高いガスバリア性を有するボイル又はレトルト用バリア性積層体を提供するという技術的意義を有するといえる。そして、本件明細書によれば、珪素原子と炭素原子の比(Si/C)の上限は、バリア性積層体を屈曲させてもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められ、下限は、バリア性積層体を加熱してもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められているのであるから…、ボイル又はレトルト用であるか否かに係る相違点1-3と、珪素原子と炭素原子の比の数値範囲に係る相違点1-2は、一体として検討されるべきものである。…
当業者において、甲3発明の食品包装材料についてボイル又はレトルト用途とすることを想起したとしても、甲4におけるオーバーコート層を構成する原子における金属原子の比率は加熱によってもガスバリア性が維持されるかどうかとは関わりのないものであること、甲4には、炭素原子と金属原子の比率と、膜質の脆性について、甲3と正反対の記載があることに鑑みても、甲3発明とは技術分野も積層構造も異なる真空断熱材用外包材に関する甲4の積層体の中から、オーバーコート層付き フィルムの中のオーバーコート層及び無機層に関する記載に着目した上、オーバーコート層における炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)を参酌して、甲3発明に適用する動機付けを導くには無理があるというほかなく、本件決定の判断には誤りがある。…
被告は、Si/Cの数値範囲に特段の技術的意義はなく、層構成に係る共通の技術について「Si/C」を用いて数値範囲を検討することが甲4にあるとおり公知であることを併せると、甲3発明において甲4記載事項を参考にして、相違点1-2に係る本件発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得た旨主張する。…
…しかし、上記①についていえば…技術的意義がないとは直ちにいえないし、そもそも、技術的意義が裏付けられているかどうかと、構成が容易想到といえるかどうかの問題は直結するものではない。
また、上記②についていえば、甲3発明の…数値範囲は、本件発明1の数値範囲である「0.90以上1.60以下」を包含するからといって、炭素と酸素と珪素の数値範囲で一定の技術的意義を示している甲3の記載から、炭素と珪素だけを抽出すべき合理的な理由、技術的な必然性は認められない。
甲4の表1には…本件発明1の数値範囲内のものが開示されているが、同表では膜特性は示されておらず、このSi/C比率で、本件発明1の数値範囲外の他の質量部より優れていることが示されているわけでもないから、当業者が当該数値に着目するともいえない。そして、甲3とは「層構成に係る発明である」という程度の共通性しかない甲4に「Si/C」を用いて数値範囲を検討することが記載されていたからといって、当業者において甲4記載事項を参考にして相違点1-2、相違点1-3に係る構成とすることが容易に想到できるとはいえない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/977/092977_hanrei.pdf
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執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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