令和5年(行ケ)10014【ナビゲーション装置】<東海林>
*クレーム文言を追加して、実質的変更と判断された!!
「地点候補の」との文言を加えることにより、位置情報を取得し得る「地点」についての「制限」をなくし、…発明特定事項の一部を削除するものということができる。
(判旨抜粋)
⑵ 訂正事項が実質上特許請求の範囲を変更するものであるか否かについて
ア 特許法126条6項は、訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとなると、第三者に不測の不利益が生じる恐れがあるため、そうした事態の発生を防ぐ趣旨の規定であるから、同条項の「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」であるか否かの判断は、訂正の前後の特許請求の範囲の意義を基準としてされるべきであり、「実質上」の拡張又は変更に当たるかどうかは訂正により第三者に不測の不利益を与えることになるかどうかの観点から決するのが相当である。
イ 本件明細書の用語の解釈
これを本件についてみると、本件訂正の前後を通じ、その請求項1に係る発明において、その特許請求の範囲の記載によれば、地図画面上にシンボルマーク表示される地点候補は、候補抽出手段で抽出された後の「地点候補」である一方、位置情報取得手段により位置情報を取得し得るのは「地点」についてのものであり、その取得し得る「地点」をシンボルマークに対応する「位置」に制限するとするものである。
ところで、明細書の用語は、その有する普通の意味で使用し、かつ明細書及び特許請求の範囲全体を通じて統一して使用することが求められるものであるから(特許法施行規則24条、様式第29備考8)、この観点から、以下、本件明細書における用語の意味を検討する。
まず、本件明細書における「地点」については、「経由地等の地点を設定する」(段落【0003】、【0004】)、「この従来のナビゲーション装置においては、表示装置に表示される地図画面の中から所望地点の位置情報を取得するものである」(段落【0005】)、「地図画面上のカーソルで地点を指定することによって対象位置の位置情報を取得する」(段落【0030】)、「縮尺の大きい地図画面であっても不要な地点を誤って設定してしまうことがない」(段落【0040】)及び「地図画面上のシンボルマークに対応する地点以外の位置情報を取得できないようにしている」(段落【0042】)との各記載から、もっぱら地図画面上に表示された地理的範囲の中の任意の場所をいい、シンボルマーク表示のされていないものも含むと解される。
次に、本件明細書における「位置」については、「地点候補をリスト表示してユーザーがその中から地点候補を選択する場合、ユーザーは地図上における地点候補の位置を確認することができない」(段落【0003】)及び「こうしてシンボルマークが表示されると、その表示のある間は、位置情報を取得し得る地点がシンボルマークに対応する位置に制限され、他の位置からは位置情報が取得されなくなる。」(段落【0007】)の各記載のように、「地点の地球上の所在地」を指すものとしても用いられるほか、「車両の現在位置と目的地」(段落【0002】)及び「人工衛星を利用して車両の位置を測定する」(段落【0024】)の各記載のように、「車両の現在地」を指すものとしても用いられ、いずれにしても、これらについての地球上の所在地を指すものと解される。
そして、本件明細書における「位置情報」については、「記憶部41は、現在位置検出部11から出力される現在位置情報」(段落【0029】)及び「図5のステップS101において、表示装置51に地図画面を表示し、ステップS102で目的地設定処理によって目的地の位置情報を取得するとともに、つづくステップS103において、現在位置と目的地の位置情報を基にして経路探索を行い、ステップS104において、探索した経路を地図画面に表示する。このとき、地図画面上には、例えば、図8に示すように現在位置oを示すカーソルcと目的地pを意味するマークが、複数の候補経路とともに表示される。ユーザーはこのとき適宜希望の経路R1を選択する。」(段落【0032】)との各記載から明らかなとおり、地図画面上の位置(画面座標)ではなく、現実世界の位置を表す情報と理解される。そのうち、地点についての位置情報をいう場合には、前記「現在位置と目的地の位置情報を基にして」(段落【0032】)との記載によれば、目的地も含まれることが明らかである。
ウ 本件訂正前の特許請求の範囲請求項1の発明の意義
以上の用語の意味を前提として、本件訂正前の特許請求の範囲請求項1の発明の意義を検討する。
本件明細書における発明の詳細な説明の【課題を解決するための手段】には、「上記の課題を解決する請求項1に記載の発明は、・・・表示手段の地図画面上から対象地点の位置情報を取得する場合には、候補抽出手段によって地点候補が絞り込まれ、抽出された地点候補が地図画面上にシンボルマークで表示される。こうしてシンボルマークが表示されると、その表示のある間は、位置情報を取得し得る地点がシンボルマークに対応する位置に制限され、他の位置からは位置情報が取得されなくなる。」(段落【0007】)と記載されているところ、この段落【0007】の「位置情報を取得し得る地点がシンボルマークに対応する位置に制限され、他の位置からは位置情報が取得されなくなる」の記載は、請求項1の特許請求の範囲の「前記位置情報取得手段によって位置情報を取得し得る地点を、前記シンボルマークに対応する位置に制限する」との記載と同義であると解される。その意については、「地点」について本件明細書の意味するところの、もっぱら地図画面上に表示された地理的範囲の中の任意の場所であってシンボルマーク表示のなされていないものを含むとのことからすれば、位置情報取得手段によって位置情報を取得し得るのは、そのような地図画面上に表示された任意の地点であったものが、表示画面上にシンボルマークが地点候補として表示されている間については、現実世界の位置を表す位置情報を取得し得るのがシンボルマークに対応した位置に制限されることにより、それ以外の画面上に表示された地点に係る位置情報は取得し得なくなることを意味するものということができる。
そうすると、訂正前の請求項1の発明においては、地点候補がシンボルマークで表示がされている間は、位置情報を取得し得る地点は、このシンボルマークに対応した位置に限られ、それ以外の地点の位置情報は取得し得ないこととなる。これは、本件明細書の発明の詳細な説明の【発明の効果】に、「請求項1に記載の発明によれば、候補抽出手段によって地点候補を絞り込み、絞り込まれた地点候補を地図画面上にシンボルマークで表示するとともに、そのシンボルマークの表示のある間、位置情報を取得可能な地点をシンボルマークに対応する位置に制限するので、表示されたシンボルマークを選択するだけで、地図画面上から所望の位置情報を取得することができる。」(段落【0015】)と記載され、シンボルマークが表示されている間に位置情報が取得可能な地点は、シンボルマークが表示されている位置のみとされていることからも明らかである。さらには、前記⑴イのとおり、本件発明はユーザーに煩雑な操作を強いることなく地図画面上から所望の位置情報を取得することのできるナビゲーション装置を提供するものとし、そのため「地図画面上のカーソルで地点を指定することによって対象位置の位置情報を取得する位置情報取得手段46を備え」(段落【0030】)、「地点候補以外のシンボルマークが消失する大縮尺の地図表示になっても、地点候補を示すシンボルマークが残るように設定されており、それによって利便性の向上が図れている」(段落【0038】)、「経由地を設定する際には、シンボルマークに対応する位置以外は位置情報の取得が制限されるため、縮尺の大きい地図画面であっても不要な地点を誤って設定してしまうことがない」(段落【0040】)及び「地図画面上のシンボルマークに対応する地点以外の位置情報を取得できないようにしているが、単に、取得できないだけでなく、位置情報の選択カーソルを地点候補(シンボルマーク)以外には移動できないようにしても良い」(段落【0042】)とする本件明細書の各記載の内容にも沿うものである。
エ 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の発明の意義
これに対し、訂正後の請求項1の発明は、「前記地点候補がシンボルマークで表示されている間は、」「地点候補の位置情報を取得し得る地点を前記シンボルマークに対応する位置に制限する」とするものであるところ、前記イのとおり、特許請求の範囲の記載によれば、候補抽出手段で抽出された後の地点候補が地図画面上にシンボルマークで表示されているのであるから、「前記シンボルマークに対応する位置」とは、すなわち地図画面上にシンボルマークで表示されている地点候補の地球上の所在地であり、これは、地図画面上における「地点候補の位置情報を取得し得る地点」と同じものを意味している。そうすると、訂正後の請求項1においては、位置情報を取得し得る地点についての「制限」は何らなされていないこととなる。
加えて、前記イのとおり、位置情報取得手段は地点についての位置情報を取得するものであり、地点候補についての位置情報を取得するものではないから、訂正後の請求項1においては、地点候補以外の地図画面上に表示された任意の場所である地点について、地点候補がシンボルマークで表示されている間、位置情報取得手段により位置情報を取得し得るのか否かについて、明らかにしないものとなる。
すなわち、訂正後の請求項1の発明では、「地点候補の」との文言を加えることにより、位置情報を取得し得る「地点」についての「制限」をなくし、位置情報を取得できる範囲を不明とするものであり、特許請求の範囲の記載のうち、「前記表示手段の地図画面上に前記地点候補がシンボルマークで表示されている間は、前記位置情報取得手段によって位置情報を取得し得る地点を、前記シンボルマークに対応する位置に制限する」との文言(構成要件G)を無意味とし、発明特定事項の一部を削除するものということができる。
オ 本件訂正前の請求項1の発明と本件訂正後の請求項1の発明の対比
そうすると、訂正事項1により、請求項1に係る発明は、本件訂正前の請求項1に記載される地点の位置情報を取得し得るのがシンボルマークに対応した位置に限られ、それ以外の地点の位置情報は取得し得ないこととなるものから、位置情報を取得し得る地点についての「制限」をなくし、位置情報の取得範囲を不明として、発明特定事項の一部を削除するものに変更されることになるから、この変更は、特許請求の範囲を変更するものであるところ、その変更は、減縮的な変更には当たらず、また、「明瞭でない記載の釈明」を目的としたものともいえず、本件訂正前の請求項1の記載の表示を信頼した第三者に不測の不利益を与えることになることは明らかである。
したがって、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を変更するものと認められるから、特許法126条6項の要件に適合しないというべきである。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/616/092616_hanrei.pdf
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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