日本の判例上、均等侵害が成立するための要件は以下の5つとされている。(最判平成10年2月24日「ボールスプライン事件」、最判平成29年3月24日「マキサカルシトール事件」)
1.特許発明の構成中、対象製品等との相違部分が特許発明の本質的部分ではないこと。(非本質的部分)
2.相違部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏すること。(置換可能性、作用効果の同一性)
3.相違部分を対象製品等におけるものと置き換えることが、対象製品等の製造等の時点において容易に想到できたこと。(置換容易性)
4.対象製品等が、特許発明の出願時における公知技術と同一、または公知技術から容易に推考できたものではないこと。
5.対象製品等が特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと。
従前の日本の裁判例では、出願経過において新規性・進歩性欠如の拒絶理由通知を受けて、手続補正で追加した構成要件については、いわゆる「包袋禁反言」の法理により、第5要件で均等不成立とされていた。
これに対し、進歩性欠如の拒絶理由通知に応答して手続補正で追加した構成要件について、第5要件をクリアして、均等侵害が認められた裁判例が二つ出たため、諸外国(米国、ドイツ、英国)の状況と対比しつつ、以下に紹介する。
東京地判平成29年(ワ)第18184号「骨切術用開大器」は、「同意見書には,係合部の構成,すなわち,係合部を揺動部材の一部として構成するか,揺動部材とは別の部材により構成をするかを意識又は示唆する記載は存在しない。そうすると,…同記載をもって,同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に,原告が,係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない。」と判示して、均等侵害を認めた(均等論第5要件クリア)。
東京地判平成28年(ワ)25436「L-グルタミン酸の製造方法」は、「出願時において,出願人である原告が,本件発明2の課題を解決し得るような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を用いた具体的な構成を特定し,サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない…。…特段の事情が存するとは認められない。」と判示して、均等侵害を認めた(均等論第5要件クリア)。
ここで重要なことは、予測可能性の基準時が「出願時」とされたことである。判決文中では、理由が述べられていないが、補正時に「サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であった」として、補正は当初明細書の範囲内でしか行うことができないため、この基準時を「補正時」とすることは出願人に酷であるためと考えられる。
予測可能性の基準時が「出願時」とされたことは、2002年5月のFesto米国連邦最高裁判決と合致する。すなわち、Festo米国連邦最高裁判決は、Flexible Bar を採りながら、『出願経過禁反言が適用された場合の反駁3要件,❶対象物が「出願時」に予測不能であった、❷減縮補正の根本的理由が対象物に対して殆ど関係ない、❸対象物を記載できなかった合理的理由がある。』というメルクマールを判示した。(しかし、その後のCAFC判決は、予測不能かどうかの基準時を「補正時」としたものが多く、その後のCAFC判決が基準時を「補正時」とする流れを作ったといわれている。(「審査経過禁反言・出願時同効材と均等論」(愛知靖之、日本工業所有権法学会年報(2015))))
このような、(Flexible Barを前提として)進歩性欠如の拒絶理由通知に応答して手続補正で追加した構成要件について均等侵害を認める傾向は、上記2件の日本の裁判例が出る直前に、各国裁判所に係属していた「Eli Lilly」事件で、英国最高裁、ドイツ最高裁がこれを認めていたことから、日本も続くのではないかと言われており、実際にそうなったという経緯がある。
米国、英国、ドイツの「Eli Lilly」事件 ⇒何れも、減縮補正したクレームで均等論〇
●英国最高裁[2017]UKSC48(v. Actavis )~英国で初めて均等論を認めた最高裁判決
⇒欧州出願手続においてクレームが減縮補正されたが、この補正は、許容できない中間概念化に基づく新規事項追加の拒絶理由を回避する目的であり、補正要件を満たすものに過ぎないとした。
●ドイツ最高裁[2016]X ZR 29/15 (v. Actavis )
⇒補正の理由が、先行技術に対して主題を限定した場合は均等論が排除されるが、形式要件(新規事項追加や明確性)が契機となった補正は、特許権者が選択決定したとは見做されず、均等論は排除されない。
●米国CAFC[2019.8.9](Eli Lilly and Company v. Hospira, Inc.)
⇒特許出願人が実質的に特許性に関連する理由により審査過程においてクレームの範囲を減縮した場合、審査経過禁反言が生じる。このような減縮補正をした場合、当初のクレームと補正後のクレームとの間の範囲にあるすべての均等物が放棄される、との推定が働く。この推定は、例えば、当該補正の理由が問題の均等物と殆ど関係がない(”tangential”である)ことを特許権者が立証すれば、覆すことができる。
最後に、最判平成29年3月24日「マキサカルシトール事件」は、均等論第5要件について判示した重要判例であるから紹介しておくが、上掲した「包袋禁反言」に関する判示ではなく、Dedicationの法理(=典型的には、明細書で開示したがクレームしなかった構成は、Dedicateしたと見做され、均等論が成立しないという法理。)に関する判示である。
同最高裁判決は、「出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,それを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときは,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなど特段の事情が存する…。」と判示した。
もっとも、「マキサカルシトール事件」の事案を含めて、日本では、Dedicationの法理により均等論第5要件を否定した裁判例が殆ど無く(存在しない可能性もある)、最高裁判決が示した一般論ではあるものの、被疑侵害者側として依拠すると危険な泥船である。
以 上
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)
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