-東京地判令和元年(ワ)第31214号「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」事件<田中裁判長>-
◆判決本文
【本判決の要旨、若干の考察】
1.特許請求の範囲(請求項1)
(ABDが「物性値」。その他が「組成値」。⇒主引例は「組成値」が全て一致し、「物性値」が不明である。)
A TD方向(ラップフィルムの幅方向)の引裂強度が2~6cNであり,かつ,
B MD方向(ラップフィルムの流れ方向)の引張弾性率が250~600MPaである
C 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムであって,
D 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であり,
E 塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,
F エポキシ化植物油を0.5~3重量%,クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有し,かつ,
G 厚みが6~18μmである,
H 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。
2.パラメータ発明の進歩性(関連裁判例を後掲する)
*本判決は、パラメータに着目することの容易性を否定して、進歩性を認めた(=令和元年(行ケ)第10137号【セレコキシブ組成物】事件<大鷹>[i]
*臨界的意義を認めたが決定打ではない(=令和2年(行ケ)第10043号【架橋アクリル系樹脂粒子】事件<森>)。
*本件発明の課題が知られていたことは証拠上認められないと判示した。
(判旨抜粋)
…被告は,本件発明の組成値を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」は,当然に本件発明の物性値(構成要件A,B,D)も満たす旨を主張する。しかし,…本件発明におい て上記のような関係は認められないから,引用発明1-2が,本件発明の組成値を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」に当たるからといって,当然に本件発明の物性値も満たすものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。…新規性を欠くとはいえない。…
主引例である引用例1-2(乙12)には,ラップフィルムの性能としての「密着性」や「カット性」についての記載はあるものの,これらと関係する物性としての「引裂強度」や「引張弾性率」についての記載はなく,それらの数値範囲の設定が課題であるとの示唆もないから,引用例1-2に接した当業者において,様々な物性の中からあえて「引裂強度」及び「引張弾性率」に着目して,引用例2を適用する動機付けがあるとはいい難く,上記相違点を容易に想到し得たとはいえない。…
被告は,仮に本件発明と引用発明1-2との間に本件発明の 構成要件Dの物性値(低温結晶化開始温度が40~60℃)に係る相違点があるとしても,上記物性値に係る数値範囲に臨界的意義はないから,本件発明の進歩性を基礎付けるものとはいえない旨を主張する。しかし,本件明細書によれば,本件発明は,従前のラップフィルム の「低温結晶化開始温度」が60℃を上回っていたところを,フィルムの延伸環境・延伸倍率・延伸速度,緩和環境・緩和比率,原反の保管環境等の調整によって「40~60℃」に制御する(40℃を下回ることはない。)ことにより,裂けトラブルを抑制するという課題を解決しようとするものであり,その効果も実施例及び比較例を通じて実証されている…。そうすると,本件発明の構成要件Dの物性値に係る数値範囲に臨界的意義がないということはできない。そして,引用例1-2及び引用例2には,「低温結晶化開始温度」についての記載はなく,その数値範囲の設定が課題であるとの示唆もないから,引用例1-2(及び引用例2)に接した当業者において,様々な物性の中からあえて「低温結晶化開始温度」に着目する動機付けがあるとはいえず,上記相違点を容易に想到し得たとはいえない。被告の上記主張は採用できない。…引用発明1-2に基づき,進歩性を欠くともいえない。
3.サポート要件における「組成値」及び「物性値」の在るべき関係
*本判決は、「組成値」を満たしても「物性値」を満たすか分からない場合に、(「組成値」で特定されるフィルムが高い蓋然性をもって「物性値」を満たし得ることを要求せずに、)サポート要件も認めた(平成28年(行ケ)第10189号【光学ガラス】事件<鶴岡>と正反対!!)。
*平成28年(行ケ)第10189号【光学ガラス】事件<鶴岡>は、「本願組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって本願物性要件を満たし得るものであることを,発明の詳細な説明の記載や示唆又は本願出願時の技術常識から当業者が認識できることが必要」と判示していた(※ただし、【光学ガラス】事件判決は、結論は権利者有利)。[ii]
*平成24年(行ケ)第10151号【高強度高延性容器用鋼板】事件<芝田>も、炭素の重量%のみを限定した「合金」が、明細書に記載された組成以外でもクレーム所定の数値限定を満足することが問題となり、サポート要件違反と判示された。
(判旨抜粋)
…被告は,仮に本件発明の組成値を満たすラップフィルムであれば本件発明の物性値も満たすという関係が否定されるのであれば…サポート要件を満たさない旨を主張する。…そこで検討するに,…本件明細書の「発明が解決しようとする課題」には,従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムでは,カット性を良くするためにフィルムの引裂強度を低くすれば裂けトラブルが多発し,これを低減するためにフィルムの引裂強度を高くすればカット性が悪化するなど,裂けトラブルの抑制とカット性の向上の両立が課題となっていた旨の記載がある…。また,「課題を解決するための手段」には,本件発明は,上記課題の解決手段として,TD方向の引裂強度が2~6cNであること,MD方向の引張弾性率が250~600MPaであること,温度変調型示差走査熱量計によって測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であることという 物性値を満たす構成の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを採用した…旨の記載がある…。…そうすると,…本件発明の課題が,裂けトラブルの抑制とカット性の向上を両立させた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することにあるところ,本件発明は,その解決手段として,本件発明の組成値に加えて,本件発明の物性値を満たすものを採用したものであり,その結果,裂けトラブルの抑制とカット性の向上を両立させた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを得ることができるものと優に認識できるというべきである。…
以上によれば,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載され,その記載から,本件発明の課題を解決することができると認識できる範囲のものであるといえ,本件特許には,サポート要件(特許法36条6項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)があるとはいえない。
4.パラメータ発明の充足性
*原告の測定条件等は適切であり、被告の測定条件は不適切。⇒充足。
*数値の測定条件により測定結果が異なる場合,測定条件が明細書の記載又は出願当時の 技術常識から導かれるのであれば,当該測定条件による測定結果に基づいて属否が決まる。この類型に関わる留意点として,従来より知られた測定条件が複数あり,明細書において測定条件が一義的に特定されていない場合,具体的な測定条件をクレームアップされていない方が発明の技術的範囲が狭くなる(通常の感覚とは逆である)。何故なら,具体的な測定条件がクレームアップされていないと,「従来より知られた測定条件」の何れでも充足しなければならないからである。[iii]
(判旨抜粋)
…被告は,本件発明の構成要件Aの「TD方向の引裂強度」に関し,「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)」を使用し,「JIS-P-8116」記載の方法に準拠して測定する方法は明らかでなく,第三者機関を通じて「JIS-P-8116」記載の方法に準拠して測定したところ,約7cN という結果が得られた旨を主張する。しかし,…本件明細書の段落【0057】の記載によれば,当業者において,「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)」を使用してラップフィルムの「TD方向の引裂強度」を測定する方法を理解することができるといえるところ,被告が提出した一般財団法人カケンテストセンター作成の試験証明書…の「試験方法」欄には「JIS P 8116準用」と記載され,その試験片の重ね枚数が16枚であることからすると,上記においては本件明細書…記載の「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)」…ではなく,「JIS P 8116」…記載の「エルメンドルフ形引裂試験機」…を用いたものと考えられ,その測定方法自体が本件明細書から理解できる測定方法と異なっている…。
【関連裁判例の紹介(パラメータ発明の進歩性)】[iv]
数値限定発明・パラメータ発明の進歩性判断について、特許庁審査基準は、予測できない有利な効果であり、引用発明と比較して「異質な効果」又は「同質であるが顕著な効果」がある場合には進歩性を認め、そのような効果を有しない発明は進歩性を否定するという判断手法を提示している。
過去の裁判例を振り返ると、平成22年頃までは、特許庁審査基準と同じく数値限定発明・パラメータ発明の進歩性判断において発明が「異質な効果」又は「同質であるが顕著な効果」を有するか否かにより判断する裁判例も一定数存在した。この判断基準によれば、権利者側が効果を主張・立証する必要があり、立証責任は権利者側に課されることとなる。[v]
しかしながら、近時の裁判例を見ると、「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」事件<飯村>(知財高判平成23年1月31日裁判所HP参照(平成22年(行ケ)10239号))が「一般に,当該発明の容易想到性の有無を判断するに当たっては,当該発明と特定の先行発明とを対比し,当該発明の先行発明と相違する構成を明らかにして,出願時の技術水準を前提として,当業者であれば,相違点に係る当該発明の構成に到達することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くのが合理的である。…この点は,当該発明の相違点に係る構成が,数値範囲で限定した構成を含む発明である場合においても,その判断手法において,何ら異なることはなく,当該発明の技術的意義,課題解決の内容,作用効果等について,他の相違点に係る構成等も含めて総合的に考慮すべきであることはいうまでもない。」と判示した頃から、特許庁審査基準と異なり、パラメータ・数値を発明特定事項と捉えて、当該パラメータ・数値の設定及びその範囲の容易想到性を問題として、これが容易想到でなければ進歩性ありという枠組みで判断する裁判例が大多数である。このような判断枠組みは、通常の進歩性判断と同じく、進歩性を否定する側が当該パラメータ・数値の設定及び範囲の容易想到性を主張・立証する責任を負うから、新しいパラメータ・数値が設定されてしまうと、既存のそれと一義的に変換できるような場合は格別(その場合は、パラメータ・数値が新しいとは言い難い。)、容易想到性を立証することは多くの場合は困難であり、進歩性を否定しきれなかった裁判例が多数存在する。[vi]
すなわち、①当該パラメータ・数値自体が新しく、これに着目できた動機付けが論証できないという場合は、発明特定事項の容易想到性が否定され、進歩性を肯定する裁判例が近時の主流である。これに対し、②パラメータ・数値自体が知られていた又はこれに着目できたと認定された事案に目を移すと、近時の裁判例においても、(設計事項であるとか、当該パラメータ・数値が開示されている副引用発明と組み合わせることが容易想到であるなどの論理付けにより、)当該パラメータ・数値の範囲は容易想到と判断され、進歩性が否定された事案が多数である。
したがって、①新しい「数値」ないし「パラメータ」により範囲を特定した発明の進歩性判断の勝負所は、出願当時の当業者が当該「数値」ないし「パラメータ」に着目することが容易想到であったか否かである。この点については、後掲・「ストレッチ包装フィルム」事件(知財高判平成17年9月26日裁判所HP参照(平成17年(行ケ)10222号))が、パラメータ発明の進歩性を否定するための論理付けの一般論として、「パラメータに着目すべき動機付けが存在し,かつ,要件B及び要件Cを達成するための具体的な手段が当業者に知られている必要がある。」と判示していることと通ずるものがある。また、後掲・「回路接続用フィルム状接着剤及び回路板」事件(知財高判平成17年4月12日裁判所HP参照(平成17年(行ケ)10091号))が数値範囲の上限値・下限値がそれぞれ特定の課題を解決することを進歩性を肯定する根拠としたこと、更に、後掲・「ランフラットタイヤ」事件<高部>(知財高判平成29年12月21日裁判所HP参照(平成29年(行ケ)10058号))が、①パラメータに着目できた⇒②主/副引例の組合せは動機付けあり⇒③数値に顕著な効果なし⇒④数値範囲は設計事項という論理付けで進歩性を否定したことも参考になる。この他にも、全ての裁判例を分析した結果、キーワードは「発明の課題」であると考える。優先日当時の当業者に本件発明の課題が知られていたか又はこれに着目することができたことを論証することが出来れば、本件発明の課題から当該「数値」ないし「パラメータ」に着目することも容易想到であったという論理付けが成り立つ可能性があるからである。他方、優先日当時の当業者が本件発明の課題に着目することができなかったとなると、当該新しい「数値」ないし「パラメータ」に着目することが容易想到であったという論理付けは成り立ち難く、進歩性〇とされ易い。
②パラメータ・数値自体が知られていたか又はこれに着目できたと認定された事案においても、本件発明の課題が知られていたか又はこれに着目することができた事案では、当該「数値」ないし「パラメータ」の範囲は設計事項であると判断され易いし、副引例に当該「数値」ないし「パラメータ」が開示されている場合には、主引例と組み合せることが容易想到と判断され易い。
以上の考察は、数値限定発明・パラメータ発明に特化したものではなく、むしろ、全ての発明に関する近時の裁判例の傾向と軌を一にするものである。すなわち、近時の裁判例は、主引例と副引例の組合せの容易想到性を判断する際に、特許庁審査基準が示す主引例と副引例の課題の共通性のみならず、本件発明と主引例の課題の共通性も相当程度重視しており、これが異なる場合には、主引例から出発して本件発明に到達することが容易想到でなかったとして進歩性〇と判断される傾向である。[vii]
⇒近時の裁判例は、主引例と副引例の組合せの容易想到性を判断する際に、特許庁審査基準が示す主引例と副引例の課題の共通性のみならず、本件発明と主引例の課題の共通性も相当程度重視しており、これが異なる場合には、主引例から出発して本件発明に到達することが容易想到でなかったとして進歩性〇と判断される傾向である。
数値限定発明・パラメータ発明においても、当該「数値」ないし「パラメータ」を発明特定事項としてその容易想到性を問題とする限り、通常の発明と同様に、主引例から出発して当該「数値」ないし「パラメータ」に到達することが容易想到であったか否かが問題とされ、その際に本件発明と主引例の課題の共通性も相当程度重視されている傾向にあるものであり、「数値」ないし「パラメータ」を発明特定事項として捉えるという近時の裁判所の傾向と相俟って、数値限定発明・パラメータ発明においても本件発明の課題がクローズアップされている。
最後に、特許庁審査基準の判断枠組みと近時の裁判例の判断枠組みとの関係性、どちらの判断枠組みが進歩性〇と判断され易いかについて考察する。厳密に考察するために先ず前提として、発明の「課題」と「効果」との関係を確認しておくと、「解決課題及び解決手段が提示されているか否かは、『発明の効果』がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる」としても、[viii] 両者は一対一対応ではない。課題A、課題B、課題Cの何れを解決しても効果αを奏する場合、効果αを奏することができる解決課題としては課題A、課題B、課題Cの3通りが存在する。そうすると、特許庁審査基準のように「効果」の異質性を問題とすると、本件発明の課題(例えば、課題A)と異なる課題(例えば、課題B又は課題C)を解決する引用例との関係で効果が異質でないとして進歩性が否定されることがあり得る。他方、近時の裁判例の判断枠組みでは、そのような場合でも、本件発明と異なる新規の課題Aを解決するために当該「数値」ないし「パラメータ」に着目することは容易想到でなかったとして進歩性〇と判断される余地があるから、先ず第一に、発明の「課題」と「効果」との関係という意味で、後者(近時の裁判例)の判断枠組みの方が進歩性〇と判断される場合が広いと考えられる。(もっとも、「効果」が異なる場合は、発明の「課題」も異なることが多い。)
考察を続けると、特許庁審査基準の判断枠組みで「異質な効果」が認められる場合はパラメータ・数値が新しくそれに着目することが容易想到でないという関係が成り立つ。また、「同質であるが顕著な効果」が認められる場合はパラメータ・数値が公知であったとしてもその範囲が容易想到でないという関係が成り立つ。したがって、「異質な効果」又は「同質であるが顕著な効果」が認められるときは、どちらの判断枠組みでもパラメータ・数値発明の容易想到性が否定され、進歩性〇と判断される。他方、「異質な効果」又は「同質であるが顕著な効果」が認められない場合を考えると、特許庁審査基準の判断枠組みでは直ちに進歩性×となるが、近時の裁判例の判断枠組みでは、本件発明の課題を踏まえて、当該「数値」ないし「パラメータ」に着目すること、及び、その範囲を画定することまでが容易想到でなければ進歩性〇と判断されるから、近時の裁判例の判断枠組みの方が進歩性が認められ易い。実際に筆者が全ての裁判例を検討して考察しているところ、このような裁判所の判断傾向は、平成20年以降の審決取消訴訟判決に進歩性×の審決を取り消した判決が多いことがわかり、このことからも上記の考察が裏付けられる。[ix]
以上の考察の裏返しとして、近時の裁判例の判断枠組みにおいてパラメータ・数値の進歩性を否定する論理付けとしては、①”パラメータ・数値自体が知られていた”ことを立証するか、先ず本件発明の課題が知られていたことを立証した上でこれを足掛かりとして“パラメータ・数値自体に優先日当時の当業者が着目できたこと”を立証するという第一段階に注力すべきであり、これに続いて、②同じく本件発明の課題を足掛かりとして、当該パラメータ・数値の範囲が設計事項であるとか、副引例に開示されており組み合わせが容易である等の論理付けを試みる第二段階に進むという段取りとなる。このように、2段階(本件発明の課題が知られていたことを立証することを含めると3段階)の論理付けが必要となる。
以下、パラメータ・数値を発明特定事項と捉えた裁判例のうち進歩性を肯定した(容易想到でないとした)裁判例を紹介し、5項においては、進歩性を否定した(容易想到であるとした)裁判例を紹介する。4項と5項の各裁判例を対比することで、数値限定発明・パラメータ発明の進歩性を否定するための上述した論理付け・主張方針が読み取れる。
(1)パラメータ・数値が知られておらず、着目可能でもなかった。
《重要判決》「ストレッチ包装フィルム」事件(知財高判平成17年9月26日裁判所HP参照(平成17年(行ケ)10222号)) 「引用発明1に要件B及び要件Cの構成を加えて本件発明に到達することが容易であるというためには,少なくとも,積層フィルムからなるストレッチフィルムにおいて要件B及び要件Cのパラメータに着目すべき動機付けが存在し,かつ,要件B及び要件Cを達成するための具体的な手段が当業者に知られている必要がある。」⇒パラメータ発明の進歩性を否定するための論理付けの一般論を示した。=当該パラメータに着目する動機付けがあり,これを達成するための具体的な手段が当業者に知られていなければ容易想到でない。 |
「回路接続用フィルム状接着剤及び回路板」事件(知財高判平成17年4月12日裁判所HP参照(平成17年(行ケ)10091号)) 「相違点に係る本件発明1の構成において規定された弾性率の数値範囲は,その上限値及び下限値の双方において,特定の課題を解決し,所期の効果を奏するという技術的意義があり,…容易に想到し得たというためには…特定の課題の解決や特定の効果の発現との間に関連性があることを,当業者が容易に想到し得たことが必要である…。」⇒パラメータ・数値限定発明について、上限値・下限値がそれぞれ特定の課題を解決することが進歩性〇の根拠とされた。 |
「流動化処理土の製造方法」事件(知財高判平成20年11月27日裁判所HP参照(平成20年(行ケ)10035号)) 「甲1…においては,浚渫土から礫などのような粒径の大きなものをスクリーニングして建設汚泥を分離すること,そして,その建設汚泥を流動化処理する際に,あらかじめ,建設汚泥の含水率を調整しておくこと,乾燥や脱水等を施し,細粒土に含まれている水分量を調整することについての記載や示唆はない。」⇒引用例において、当該パラメータに着目する示唆がない。 |
「紙容器用積層包材」事件(知財高判平成23年12月8日裁判所HP参照(平成23年(行ケ)10139号)) 「引用例1には,スウェリング率について何ら記載がないから,引用例1に接した当業者は,引用発明1をスウェリング率という特性パラメータによって特定するという構成について着想を得る前提ないし動機付けがなく…」⇒新たなパラメータを引用例から着想する動機付けなし。 |
「ティシュペーパー製品」事件(知財高判平成25年2月28日裁判所HP参照(平成24年(行ケ)10165号)) 「本件補正発明において,静摩擦係数の下限値0.20及び上限値0.28にどの程度の臨界的意義があるかは明らかとはいえないものの,引用例2の静摩擦係数とは技術的意義が異なる」⇒新たなパラメータを引用例から着想する動機付けなし。 |
「繊維強化成形体」事件(知財高判平成21年4月15日裁判所HP参照(平成20年(行ケ)10300号)) 「【請求項1】 …内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上であるホースからなる繊維強化成形体 甲4,甲5記載の技術は,加硫時に発生する補強糸の棚落ちという特定の課題を解消するために,135℃における50%モジュラスが約1.96~3.92MPaという値のエラストマー組成物を採用したものである。」⇒パラメータ自体の容易想到性を否定した(顕著な効果を判断せず)。 |
「誘導体磁気及びこれを用いた誘導体共振器」事件(知財高判平成26年9月25日裁判所HP参照(平成25年(行ケ)10324号)) 「【請求項1】…1GHzでのQ値に換算した時のQ値が40000以上であることを特徴とする誘電体磁器 本件発明1とは,Q値が40000以上であるか否かの点でのみ相違する…。本件発明1は,上記結晶構造を有し,Q値が39000である試料No.35の誘電体磁器に基づいて,容易に想到することができたものとは言い難い。」⇒パラメータ自体の容易想到性を否定した。 |
「タイヤ」事件<高部>(知財高判平成28年11月16日特許ニュース14458号1頁(上)、14459号1頁(下)) 「【請求項1】…Ms/Miは0.01以上1.0未満であり,前記表面ゴム層の厚さは0.01mm以上1.0mm以下であり,…前記表面ゴム層のゴム弾性率Msが前記内部ゴム層のゴム弾性率Miに比し低いことを特徴とするタイヤ …本願発明…引用発明は,…具体的な課題が異なり,表面層に関する技術的思想は相反する…」⇒本願発明と主引例の具体的課題が異なる。当該数値に着目することは容易想到でない。 |
「空気入りタイヤ」事件<高部>(知財高判平成29年2月7日特許ニュース14506号1頁) 「引用例2に記載された技術事項の目的を達成するために必要なベルトの折り返し幅は,低弾性率のコードを比較的浅い角度で配置することによって生じるベルトのトレッド両端部に対する拘束力の低下を防ぐ程度のものが必要であり,かつ,その程度のものであれば十分である。」⇒本願発明と主引例の具体的課題が異なる。数値範囲の好適化は容易想到でない。クレームアップされてないが、発明の詳細な説明から、本件発明は航空機用のタイヤであると認定し、自動車用タイヤの周知技術を適用しなかった。 |
「ランフラットタイヤ」事件<高部>(知財高判平成29年7月11日裁判所HP参照(平成28年(行ケ)10180号)) 「【請求項1】…ゴム補強層に,動的貯蔵弾性率の170℃から200℃までの変動が2.9MPa以下であり,天然ゴムを含むサイドウォール部補強用ゴム組成物を用いたことを特徴とするランフラットタイヤ。 本件特許の原出願日当時,ランフラットタイヤの補強用ゴム組成物において,170℃から200℃までの動的貯蔵弾性率の変動に着目することを,当業者が容易に想到することができたということはできない。」⇒特定の数値範囲の特性に着目することの容易想到性を問題として、パラメータ自体の容易想到性を否定した (JP5361064)。(別件訴訟(知財高判平成29年8月22日特許ニュース14696号1頁(上)、14697号1頁(下))の同一特許権者の特許発明と数値範囲が異なる。) |
「ランフラットタイヤ」事件<高部>(知財高判平成29年8月22日特許ニュース14696号1頁(上)、14697号1頁(下)) 「【請求項6】…動的貯蔵弾性率の温度による変化を示す図において,180℃から200℃における貯蔵弾性率の最大値と最小値の差ΔE’が2.3メガパスカル(MPa)以下であり,天然ゴムを含むゴム組成物を含むランフラットタイヤ。 本件特許の原出願の優先日当時,ランフラットタイヤのサイド部の補強用ゴム組成物において,180℃から200℃における貯蔵弾性率の差に着目することを,当業者が容易に想到することができたということはできない。」⇒特定の数値範囲の特性に着目することの容易想到性を問題として、パラメータ自体の容易想到性を否定した (JP5361064)。(別件訴訟(知財高判平成30年3月28日裁判所HP参照(平成29年(行ケ)第10180))の同一特許権者の特許発明と数値範囲が異なる。) |
「炭酸飲料」事件<鶴岡>(知財高判平成28年12月6日裁判所HP参照(平成27年(行ケ)10150号)) 「可溶性固形分含量を操作することで,植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)のバランスを調整することが可能であると記載又は示唆されているわけではない。」⇒数値を調整して課題を解決できる示唆が無いとして、パラメータ自体の容易想到性を否定した。 |
「低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管」事件<高部>(知財高判令和2年1月28日特許ニュース15126号1頁(上)、15127号1頁(下)) 「【請求項1】…(1)式を満足し,前記鋼管の周方向を引張方向とした際,前記鋼板の引張強度が570~825MPaであることを特徴とする低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管。0.1≦L2/L1≦0.86 ・・・ (1) 引用発明のW2/W1は,鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件下での溶接金属内での残留応力を根拠として最適化されたものであり,引用例1には,これを850MPa未満のものに変更することの記載も示唆もない…。」⇒関連する数値限定は併せて判断する。本願発明と引用発明とは課題が異なる。前提となる数値を置き換える動機付けがなく、パラメータ自体の容易想到性を否定。 |
「セレコキシブ組成物」事件<大鷹>(知財高判令和2年10月28日特許ニュース15371号1頁(上)、15372号1頁(下)) 「甲1には,甲1発明の『セレコキシブを300mg含む経口投与用カプセル」にいう『セレコキシブ』について,その調製方法を示した記載はなく,また,粉砕により微細化をしたセレコキシブを用いることや,その微細化条件を『セレコキシブのD90粒子サイズ』で規定することについての記載も示唆もない。…甲9及び10には,特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,『所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合』で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であることについての記載や示唆はなく,ましてや,セレコキシブの微細化条件として『セレコキシブのD90粒子サイズ』で規定することや,『セレコキシブのD90粒子サイズ』を『約200μm以下』とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることについての記載も示唆もない。」⇒パラメータに着目することの容易想到性を否定した。(別件知財高判令和元年11月14日特許ニュース15121号1頁(上)、15122号1頁(下)<大鷹>は、サポート要件×) |
「(メタ)アクリル酸エステル共重合体」事件<鶴岡>(知財高判令和3年2月8日裁判所HP参照(令和2年(行ケ)10001号)) 「本件発明と引用例1発明とでは技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではない…。引用例1発明において,グリシジルメタクリレートの配合量を本件発明における数値範囲内である0.45質量%以下とするためには,第3成分の配合量の下限値とされている値である0.5質量%を下回る量まで減少させる必要があるところ,…このような調整を行うべき技術的理由を見いだすことはできない。」⇒本願発明と引用発明とは課題が異なる。引用発明の数値を変更する動機付けがなく、容易想到性否定。 |
「創傷被覆材」事件<菅野>(知財高判令和3年2月4日裁判所HP参照(平成31年(行ケ)第10041号)) 「甲1発明に甲7に記載された発明を適用することによる相違点6Bの容易想到性の判断の誤りについて本件発明6は,貫通孔に関し,開孔率が3.07%以上であって,深さが100~2000μmであり,50個~400個/㎠の密度で存在し,開口面積が直径280~1400μmの円形であるとの発明特定事項(相違点6B)を有する…。…甲1発明に甲4に記載された発明又は甲7に記載された発明をそれぞれ適用する動機付けはなく,また,甲1発明に甲7に記載された発明を適用しても相違点6Bの構成に想到し得ない」⇒パラメータの相違点は発明特定事項である。副引例を主引例に組み合わせても本件発明に到達しない。 |
(2)パラメータ・数値の”範囲”が容易想到でないから進歩性〇の裁判例(⇒本件発明の課題が知られていなかったため、範囲の設定は容易想到でなく進歩性〇という裁判例が多い。)
「強化導電性ポリマーの製造方法」事件(知財高判平成21年3月12日裁判所HP参照(平成20年(行ケ)10205号)) 「【請求項1】 ポリマー組成物の製造方法であって,…35μmよりも小さい径を有するまで,この凝集体を分解させる。 引用発明に定めた要件に反して,炭素フィブリルの凝集体の実質的全部についての径の大きさを0.10mm(100μm)よりも小さくすることの動機付けが必要であり,少なくとも他の公知文献等において,炭素フィブリルの凝集体の実質的全部について径の大きさを0.10mm(100μm)よりも小さくした場合に十分な導電性と機械的強度が得られることの教示ないし示唆が存在することが必要である。」⇒数値範囲という発明特定事項自体の容易想到性を問題とし、教唆ないし示唆を否定した。(顕著な効果を判断せず) |
≪重要判決≫オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」事件<飯村>(知財高判平成23年1月31日裁判所HP参照(平成22年(行ケ)10239号)) 「一般に,当該発明の容易想到性の有無を判断するに当たっては,当該発明と特定の先行発明とを対比し,当該発明の先行発明と相違する構成を明らかにして,出願時の技術水準を前提として,当業者であれば,相違点に係る当該発明の構成に到達することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くのが合理的である。…この点は,当該発明の相違点に係る構成が,数値範囲で限定した構成を含む発明である場合においても,その判断手法において,何ら異なることはなく,当該発明の技術的意義,課題解決の内容,作用効果等について,他の相違点に係る構成等も含めて総合的に考慮すべきであることはいうまでもない。」⇒数値範囲という発明特定事項の容易想到性を問題とすることを一般的に判示した。 |
「ガラス溶融物を形成する方法」事件(知財高判平成25年3月21日裁判所HP参照(平成24年(行ケ)10262号)) 「引用発明は,1850℃で清澄が行われるものであるが,…このような高温において化学的清澄を行うことが通常のこととはいえず,また,このような高温で使用できる清澄剤が知られているともいえない。」⇒数値範囲という発明特定事項の容易想到性を否定した。 |
「食品及び飼料サプリメント」事件(知財高判平成25年12月 5日特許ニュース13763号1頁(上)、13764号1頁(下)) 「1日当たりのビタミンB12の投与量を約1~1500μgとする乙1及び乙2の技術事項を,ビタミンB12が安定化されていない引用発明に直ちに適用することは困難である。」⇒数値範囲という発明特定事項の容易想到性を否定した。(顕著な効果を判断せず) |
「…単位用量の洗剤製品」事件(知財高判平成25年12月25日裁判所HP参照(平成25年(行ケ)10076号)) 「【請求項1】 …0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合に少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有する…洗剤製品 本組成物が20s-1以下の剪断速度において非ニュートン流動を示すことを前提に,同組成物の0.5s-1の剪断速度における粘度を推定することはできないというべきである。」⇒数値範囲という発明特定事項の容易想到性を否定した。(顕著な効果を判断せず) |
「骨代謝疾患の処置のための医薬の製造のための,ゾレドロネートの使用」事件(知財高判平成26年12月24日特許ニュース14045号1頁) 「引用例1及び2において安全性が確認されたゾレドロン酸4mgの5分間投与という投与時間を,更に延長する動機付けがあると認めることは困難である。」⇒数値範囲という発明特定事項の容易想到性を否定した。(顕著な効果を判断せず)(※差戻後、優先権主張不適法の拒絶がされ、出願を取り下げた。) |
「斜面保護方法」事件(知財高判平成28年3月10日裁判所HP参照(平成27年(行ケ)第10080号)) 「『400~2000N/mm2』の数値範囲に含まれる甲5ないし7記載の『塩化ビニル被覆鉄線』及び『亜鉛めっき鉄線』で製作した金網を選択して,甲3発明に適用する動機付けがあるものと認めることはできない。」⇒数値範囲という発明特定事項の容易想到性を否定した。数値を開示する副引例と組み合わせる動機付けなし。(顕著な効果を判断せず) |
「発光装置」事件(知財高判平成28年3月8日裁判所HP参照(平成27年(行ケ)第10097号)) 「最適化等により内部量子効率を80%以上とすることは困難」⇒数値範囲という発明特定事項の容易想到性を否定した。(顕著な効果を判断せず)。親出願の実施可能要件も肯定された(知財高判平成25年1月31日判時2178号88頁) |
「導電性材料の製造方法」事件<大鷹>(知財高判平成31年2月26日特許ニュース15093号1頁(上)、15094号1頁(下)) 「引用発明4の銀の粒子の粒径の構成を『2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)』の数値範囲に含まれる構成…に置換する動機付けは存在せず…」⇒数値範囲という発明特定事項の容易想到性を否定した。 |
「遺伝子産物の発現を変更するためのCRISPR‐Cas系」事件<高部>(知財高判令和2年2月25日特許ニュース15244号1頁(上)、15245号1頁(下)) 「本願優先日当時,tracr配列の長さが大きければ大きいほど,好ましいことを示す技術常識は存在せず…」⇒数値範囲という発明特定事項の容易想到性を否定した。 |
(1)一見すると異なるが、従来技術のパラメータ・数値と対応している類型
「トランスフェクションおよび免疫活性化のためのRNAの複合化」事件(知財高判平成28年3月8日裁判所HP参照(平成27年(行ケ)10043号)) 「N/P比とモル比とは互いに連動するものであること,引用発明において,N/P比として前記アの0.5~50の値を用いれば,技術常識として知られたmRNAの長さを前提とした場合,当然にそのモル比が相違点(2)のモル比の構成を包含することになることに照らすと,引用発明においても,当業者はそのモル比を適宜選択することができた…。」⇒計算により設計事項と認めて、進歩性× |
(2)パラメータ・数値が知られていた(⇒本件発明の課題が知られていれば、範囲の設定も容易想到であり進歩性×という裁判例が多い。副引例に開示されていた事例も含む。)
「静電荷像現像用トナー」事件(知財高判平成20年11月20日裁判所HP参照(平成19年(行ケ)第10322号)) 「各種パラメータの持つ意味が,それぞれ基本的に知られている…。臨界的な意義があるとはいえない…。」⇒各種パラメータの持つ意味がそれぞれ基本的に知られており、本件発明の課題も知られていた。数値範囲も容易想到。 |
「低屈折率膜形成用塗料」事件(知財高判平成20年5月28日裁判所HP参照(平成19年(行ケ)10319号)) 「従来のシリカ(屈折率1.46)よりも低い屈折率物質であることを特定したものであると解されるにとどまる…。」⇒当該パラメータが知られており、本件発明の課題も知られていた。数値範囲も容易想到。 |
「単位製剤」事件(知財高判平成28年3月24日裁判所HP参照(平成27年(行ケ)第10113号)) 「甲10に記載された用量の下限値である0.5mgから段階的に量を増やしながら臨床試験を行って,最小の副作用の下で最大の薬効・薬理効果が得られるような投与計画の検討を行うことは,当業者が格別の創意工夫を要することなく,通常行う事項である…。」⇒医薬品の用量・用法変更の動機付けあり。 |
「抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ」事件(知財高判平成30年10月11日裁判所HP参照(平成29年(行ケ)10165号、10192号))⇒医薬品の用量・用法・投与期間変更の動機付けあり。⇒進歩性× |
「高コントラストタイヤパターン」事件<鶴岡>(知財高判令和 2年2月20日特許ニュース15224号1頁(上)、15225号1頁(下))⇒相違点に係るパラメータを開示していた副引用発明を、主引用発明に組み合わせることの容易想到性が問題とされた。⇒組み合わせの動機付けあり。 |
《重要判決》「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」事件<鶴岡>(知財高判平成30年5月15日特許ニュース14783号1頁(上)、14784号1頁(下)) 「甲1発明におけるSiO2粒子(非磁性材)の含有量を『3重量%』(3.2mol%)から『6mol%以上』とすることについて,当業者が容易に想到できるといえるか否かを検討する。…本件特許の優先日当時,垂直磁気記録媒体において,非磁性材であるSiO2を11mol%あるいは15~40vol%含有する磁性膜は,粒子の孤立化が促進され,磁気特性やノイズ特性に優れていることが知られており,非磁性材を6mol%以上含有するスパッタリングターゲットは技術常識であった。そして,…優れたスパッタリングターゲットを得るために,材料やその含有割合,混合条件,焼結条件等に関し,日々検討が加えられている状況にあったと認められる。そうすると,甲1発明に係るスパッタリングターゲットにおいても,酸化物の含有量を増加させる動機付けがあった…。…格別の効果を奏するものと認めることはできない。」⇒①数値範囲に技術常識が含まれる⇒②引用発明の数値を増加する動機付けあり⇒③数値に技術的意義・格別な効果なし⇒④数値範囲は容易想到。(※訂正後知財高判令和2年10月22日(特許ニュース15361号1頁(上)、15362号1頁(下))<鶴岡>は、進歩性及びサポート要件〇) |
「多成分物質の計量及び混合装置」事件<鶴岡>(知財高判平成30年11月26日裁判所HP参照(平成30年(行ケ)第10016号))⇒当該パラメータは知られていた。数値範囲は設計事項。(※容易の容易でもない。) |
「油または脂肪中の環境汚染物質の低減方法」事件<鶴岡>(知財高判平成31年1月28日特許ニュース14961号1頁(上)、14962号1頁(下))⇒当該パラメータは知られていた。数値範囲は設計事項。 |
「酸味のマスキング方法」事件<高部>(知財高判令和元年8月28日特許ニュース 15027号1頁(上)、15028号1頁(下))⇒当該パラメータは知られていた。数値範囲は従来技術と重複しており、容易想到。 |
「気道流路および肺疾患の処置のためのモメタゾンフロエートの使用」事件<鶴岡>(知財高判令和元12月25日裁判所HP参照(平成31年(行ケ)10006号、10058号) 「200~440μg/日といったオーダーの用量が用いられているといった情報を参考にしつつ,モメタゾンフロエートの1日当たりの用量としてそれより低い100~200マイクログラムを選択することは,当業者が容易に想到し得た…。」⇒パラメータは知られていた。 |
「樹脂組成物」事件<森>(知財高判令和 2年6月3日裁判所HP参照(令和1年(行ケ)10096号) 「多少の試行錯誤を要するとしても,甲1に記載された0.1質量%以上3質量%以下の範囲から,0.2~2重量%の添加量を見いだすことは当業者が容易になし得た…。」⇒同じパラメータで、引用発明の数値範囲内で限定しただけ。 |
「包装体及び包装体の製造方法」事件<森>(知財高判令和3年3月11日裁判所HP参照(令和2年(行ケ)10075号))⇒主引例自体に当該パラメータが実質的に記載されており、設計事項。 |
(3)パラメータ・数値が知られていなかったが、着目可能であった場合(上記(2)と同じく、本件発明の課題が知られていれば、範囲の設定は容易想到であり進歩性×という裁判例が多い。)
⇒このカテゴリーに属する裁判例が少ないことは、新しいパラメータと新規な課題をセットで出願すると進歩性が否定されない傾向を示す。
《最重要判決》「ランフラットタイヤ」事件<高部>(知財高判平成29年12月21日裁判所HP参照(平成29年(行ケ)10058号)) 「本件特許の優先日当時,当業者は,乱流による放熱効果の観点から,タイヤ表面の凹凸部における,突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係について,当然に着目するものである。そして,甲2技術は,凹部の形成により,乱流を発生させ,温度低下作用を果たすものであるから,当業者は,甲2技術の凹部における,突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係に着目する…。…引用例2には,甲2技術として,放熱効果の観点から,『5≦p/h≦20,かつ,1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する凹部30』が記載されていると認められる。…引用発明に甲2技術を適用する動機付けは十分に存在する…。…本件特許の優先日前に頒布された…には,流体の再付着する部分,すなわち溝部の熱伝達率の向上によって,乱流による放熱効果の向上に至ることが記載されており,本件発明1の効果は異質なものではない。また,本件明細書の…のグラフから,本件発明1のパラメータの全てを満たす数値範囲において,熱伝達率が顕著に向上しているということはできないから,本件発明1の作用効果が,当業者にとって,従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。」⇒①パラメータに着目できた⇒②主/副引例の組合せは動機付けあり⇒③数値に顕著な効果なし⇒④数値範囲は設計事項。⇒進歩性× |
《重要判決》「導光フィルム」事件<鶴岡>(知財高判平成30年5月22日特許ニュース14775号1頁(上)、14776号1頁(下)) 「本願発明においては,『接着部分』の形状に関し,それぞれ,①『前記第1最小寸法の10%未満の第2最小寸法を有する第2底面』,②『各第2側面が,前記導光フィルムの平面に対して70度超の角度をなす』及び③『前記第2最大高さの前記第2最小寸法に対する比が少なくとも1.5である』という数値範囲による特定(限定)がされている。しかしながら,これらの数値範囲については,いずれも,本願明細書においては多数列記された数値範囲の中の一つとして記載されているにすぎず,本願発明においてこれらの数値範囲に限定する根拠や意味は全く示されていない。…上記①の数値範囲に関しては,引用例1には,引用発明に係る凹凸部の頂部の接合部幅(Pw)を凹凸部の配列ピッチ(P)の20%以下になるようにすることが記載されている…。上記②の数値限定に関しては,引用例2においては,起状の固定部は,多角柱,円柱,円錐台,角錐台が好ましいとされ,引用例2記載技術の固定部として平面に対して70度超の角度をなすものが当然に想定されているといえる…。上記③の数値限定に関しては,引用例2記載技術の出射光制御板の凸部形状は,「所望の視野角特性に合わせて決定され」るものであるから…凸部の頂部及び頂部に設けられた固定部の幅にも自ずと制限があるところ,引用例2には…接着面積を確保するために固定部を縦長とすることが示唆されている…。本願発明の『接着部分』の形状に関する上記①ないし③の数値範囲に臨界的な技術的意義が認められないことからすれば,引用発明の集光シートの凸部の頂部に,引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用した構成において,①突起状の固定部の底面(Pw)を凸部の底部(P)の10%未満とすること,②突起状の固定部の各側面を導光シートの平面に対して70度超の角度を成すようにすること,③突起状の固定部を縦長として,固定部の高さの底面に対する比を少なくとも1.5とすることは,いずれも,当業者が適宜調整する設計事項というのが相当である。以上によれば,引用発明に引用例2記載技術を適用し,相違点に係る構成とすることは,当業者が容易になし得たことである…。」⇒①副引用発明を、主引用発明に組み合わせることの動機付けあり⇒②相違点に係る各パラメータ3個は副引例が示唆しており着目可能であった⇒③数値に臨界的意義なし⇒④数値範囲は設計事項。⇒進歩性× |
原告(特許権者):旭化成株式会社
被告(被疑侵害者):株式会社シーズワン
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和4年1月24日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
本件に関するお問い合わせ先:h_takaishi@nakapat.gr.jp
〒100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6階
中村合同特許法律事務所
[i] 中村合同特許法律事務所HP「セレコキシブ組成物」事件https://www.nakapat.gr.jp/ja/legal_updates_jp/%E3%80%90%E7%89%B9%E8%A8%B1%E2%98%85%E2%98%85%E3%80%91%E3%80%8C%E3%82%BB%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%96%E7%B5%84%E6%88%90%E7%89%A9%E3%80%8D%E4%BA%8B%E4%BB%B6-%EF%BC%8D-%E6%95%B0%E5%80%A4/
[ii] 中村合同特許法律事務所HP「【特許★】機能的に表現されたリーチスルークレームの充足論、進歩性、サポート要件。(「PCSKに対する抗原結合たんぱく質」事件)」
https://www.nakapat.gr.jp/ja/legal_updates_jp/%E3%80%90%E7%89%B9%E8%A8%B1%E2%98%85%E3%80%91%E6%A9%9F%E8%83%BD%E7%9A%84%E3%81%AB%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AC/
[iii] 高石秀樹「数値限定発明の充足論,明確性要件 (複数の測定条件が存在する場合,その他の類型について)」(パテント2018 Vol.71 No.6) https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3011
[iv] 高石秀樹「パラメータ発明の進歩性判断」(2021年、日本工業所有権法学会年報第44号)https://45978612-36b0-4db6-8b39-869f08e528db.filesusr.com/ugd/324a18_ed5f0d7975c342ecb2530c6041d32cc5.pdf?fbclid=IwAR3AhVeBVnIRmQkkzHJhM9YY5eJBhPBL6OHJpryAoCX7cxwJwQD3BGagQrQ
[v] 高石秀樹「『数値限定』発明の進歩性判断」パテント2010、Vol. 63 No. 3
[vi] 高石秀樹「進歩性判断における『異質な効果』の意義-容易想到性判断における「課題」と「異質な効果」との融合的理解-」別冊パテント69巻5号39頁
[vii] 高石秀樹「特許法上の諸論点と,『課題』の一気通貫」パテントVol. 72 No. 12(別冊 No.22)) https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3401
⇒近時の裁判例は、主引例と副引例の組合せの容易想到性を判断する際に、特許庁審査基準が示す主引例と副引例の課題の共通性のみならず、本件発明と主引例の課題の共通性も相当程度重視しており、これが異なる場合には、主引例から出発して本件発明に到達することが容易想到でなかったとして進歩性〇と判断される傾向である。
[viii]「日焼け止め剤組成物」事件<飯村>(知財高判平成22年7月15日判時2088号124頁)
[ix] 高石秀樹「論点別特許裁判例事典 第三版」(経済産業調査会、2021年)