-知財高判令和4年(行ケ)第10057号、第10054号【ランプ】<本多裁判長>-
◆判決本文
【本判決の要旨、若干の考察】
1.特許請求の範囲(請求項1)
「…複数のLEDチップの各々の光が前記ランプの最外郭を透過したときに得られる輝度分布の半値幅をy(mm)とし、隣り合う前記LEDチップの発光中心間隔をx(mm)とすると、1.09x≦y≦1.49xの関係を満たす、ランプ。」
2.判旨抜粋
「本件明細書に接した当業者は、…本件パラメータが1.09<y/xであれば、粒々感を抑制するという課題を解決できると認識するものである。他方、本件訂正後の特許請求の範囲に特定された本件各発明における本件パラメータについてみると、1.09<y/xの範囲で、y/xの下限や上限を適宜特定し、さらには、x値(請求項5~8)の範囲を特定するものであるから、本件…発明は、輝度均斉度がおおよそ85%以上となる範囲を特定するものであることを理解できる。…
原告は、本件明細書の実験結果【図7A】には、y=1.09xの段階で輝度均斉度が85%に達していない試料…が記載されていること等から、実験結果から当業者が課題を解決できると認識できないなどと主張するが、…当業者は、直線近似式と実測データには残差が存在するという出願時の技術常識を踏まえて、本件各発明を理解するところ、原告が指摘する試料番号10、13等についても、このような技術常識を踏まえて、おおよそ所望の輝度均斉度が得られ、本件各発明の課題を解決できると理解できるものである。」
3.若干の考察
実施可能要件及びサポート要件は、請求項に記載された発明の範囲に含まれる全部が、パラメータ発明・数値限定発明であれば数値の端から端まで実施可能であり且つサポートされている(当業者が発明の課題を解決できると認識できる)必要があるという考え方が、裁判例の大勢である。
他方、請求項に記載された発明の範囲に含まれる全部、数値の端から端まで実施可能でない、または、サポートされていない(当業者が発明の課題を解決できると認識できない)場合であっても実施可能要件及びサポート要件を満たすと判断した裁判例も相当数存在し、本判決もその一つであると言える。
各裁判例は背景事実の違い故に整合的理解は困難であるし、この論点を厳格に考えると実施可能要件及びサポート要件が過度に厳格になってしまうことから、発明の技術的意義に鑑みて例えば「下限値付近」「数値範囲の極限」では課題を解決できなくてもよい等とした裁判例の結論は一理ある。他方、そうであるならば、そのような発明の範囲に形式的には含まれるが課題を解決できない「下限値付近」「数値範囲の極限」の対象製品が充足となり特許権侵害となることは不合理であるから、作用効果不奏功の抗弁ないし限定解釈により、結論として非充足と判断される枠組みとセットであるべきであろう。i
4.関連論点(効果のクレームアップ)
なお、関連論点として、効果のクレームアップにより、構成ないし数値の端から端まで作用効果を奏しなくても(発明の課題を解決できなくても)、クレームアップされた効果を奏しない範囲は発明の範囲外であるからサポート要件を否定しないという考え方がある。
例えば、PCSK9第一次判決群(知財高判平成31年(ネ)第10014号<高部裁判長>、東京地判平成29年(ワ)第16468号<柴田裁判長>、知財高判平成29年(行ケ)第10225号<大鷹裁判長>、被告サノフィ)はそのように判断してサポート要件が認められたが、PCSK9第二次判決(知財高判令和3年(行ケ)第10093号<菅野裁判長>=知財高判令和3年(行ケ)10094号<菅野裁判長>、被告リジェネロン)は、第一次判決群では主張・立証されなかった技術事項を理由として、一転してサポート要件を否定した。
その他、知財高判令和元年(行ケ)第10136号〔パロノセトロン液状医薬製剤事件〕<鶴岡裁判長>においては、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」という課題・作用効果自体をクレームアップしていたが、クレームアップされた課題・効果も明細書に記載され、課題解決が認識できる必要があるとして、サポート要件違反と判断された。この考え方は、知財高判平成28年(行ケ)10189〔光学ガラス事件〕<鶴岡裁判長>も、「本願組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって本願物性要件を満たし得るものであることを、発明の詳細な説明の記載や示唆又は本願出願時の技術常識から当業者が認識できることが必要というべきである」と判示して、課題がクレームアップされている場合、クレームされた組成が同課題を高い蓋然性で満たすと当業者が認識できる必要があると判示しており同旨である(〔光学ガラス事件〕判決は、一般論は権利者に厳しいが、結論はプロパテントであった。)。
このように、発明が解決する課題をクレームアップした場合、それが発明特定事項となってサポート要件を満たすか、 事案毎であるとするならばどのように切り分けられるか、その境界線は必ずしも明らかではないが、一つの選択肢として使えるように、各裁判例を把握しておくことは実務上有用であろう。ii
【関連裁判例の紹介】
1.サポート要件
1-1.クレームに含まれる全範囲でサポートされている必要がないとした裁判例
(1)平成26年(行ケ)第10254号【青果物用包装袋】<高部裁判長>
*下限値付近で効果がない場合があっても、サポート要件○
*実施可能要件○
*明確性要件○(別掲)
『…原告は,本件明細書には,全ての青果物において「L/Tが16以上250以下」という数値範囲が良好な鮮度保持効果をもたらす根拠は示されておらず,当業者において,その効果を予測し得るに足る根拠も示されていないから,「切れ込み1個あたりの長さL(mm)/フィルムの厚みT(mm)の比(L/T)が16以上250以下」という数値範囲に含まれる発明の全てが,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているとはいえない旨主張する。しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1において,青果物用包装袋を,その特許請求の範囲に記載された所定範囲の長さの切れ込みを同所定範囲の厚さのフィルムに設けることによって,包材のガス透過速度,透過量を調整し,包装内のガス濃度(酸素濃度,二酸化炭素濃度)を,青果物の種類やフィルムの材質に関わらず,青果物の保存に適した雰囲気とすることを可能とし,かつ,フィルムへの加工が容易であり,加工を施してもフィルムの見栄えが悪くなることなく,簡易な仕組みで安価に,しかも小ロットで製造することができることが記載されており,また,包装内のガス濃度(酸素濃度,二酸化炭素濃度)を青果物の保存に適した雰囲気にすることにより,青果物の鮮度保持が可能となることも,当業者であれば理解できる事項であるから,サポート要件を充足するというべきである…。なお,本件発明1の特許請求の範囲が青果物の種類を限定しないものであるからといって,本件発明1が全ての青果物において良好な鮮度保持効果をもたらすことを実施例をもって示さなければ,サポート要件の充足性が認められないというものではない。…
原告は,本件発明1がその特許請求の範囲の全領域において,全ての青果物について良好な鮮度保持効果を有するとはいえないことの根拠として,原告の行った実験結果…を挙げる。しかし,このうち,甲13,22及び23の実験は,それぞれ本件発明1の「青果物100gあたりの切れ込みの長さの合計が0.08mm以上17mm以下である」構成の下限値付近の実験例1例を示すものにすぎず,これらの実験結果をもって,前記…の認定を左右するに足りない…。また,本来,青果物100g当たりの切れ込みの長さの合計は,袋内の酸素濃度と比例し,袋内の二酸化炭素濃度と反比例する関係にあると考えられるが,甲88ないし92の実験結果の一部には,この関係があるとは認められないものが存することに鑑みれば,上記実験結果をもって,前記…の認定を左右するに足りないというべきである。』
(2)平成24年(行ケ)第10365号【回転歯ブラシの製造方法】
*想定され得る全ての実施態様の記載がなくても直ちにサポート要件違反ではない
『特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。…サポート要件に適合するか否かは,前記(1)で述べた基準により判断されるべきものであり,発明の詳細な説明に,想定され得る全ての実施態様についての記載がないからといって,そのことが直ちにサポート要件違反を構成するものではない。』
(3)平成23年(行ケ)第10254号【減塩醤油類事件<一次判決>】<滝澤裁判長>
*一つのパラメータの下限付近のとき他方は上限付近であると当業者が理解するとして、サポート要件○
*数値範囲の極限で課題解決出来なくてもOK
*実施可能要件も○
Cf.H22(行ケ)10247⇒H26(行ケ)10155<清水><二次判決>は、同一特許サポート要件×~実施例から塩味のメカニズムを理解できるかの認定が結論を分けた。
『…本件明細書に接した当業者は,本件特許の優先権主張日当時の技術常識に照らして,食塩濃度が本件発明で特定される範囲の下限値の7w/w%の減塩醤油の場合,カリウム濃度を本件発明で特定される範囲の上限値近くにすることにより,塩味をより強く感じる減塩醤油とするものであることから,特許請求の範囲において特定された数値範囲の極限において発明の課題を解決できない場合があるとしても,本件発明がサポート要件を満たさないということは適切ではない。』
(4)平成23年(行ケ)第10010号【ヒートポンプ式冷暖房機】
*全ての条件で効果を奏する必要はない
『…一般に,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された実施例とは異なる条件で実施された場合にあっては,発明の詳細な説明に記載された効果を奏しないことがあることは想定されるのであって,全ての設計条件,環境条件の下で常にその効果が奏するものでないからといって,発明の詳細な説明には,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識し得る程度の記載がないとして,サポート要件が否定されるべきものとはいえない。』
(5)平成24年(行ケ)第10332号【アーク放電陰極】
*発明を合目的的に認定して、出願時の当業者が実施可能として、サポート要件を認めた。
『本願発明の請求項1はスリットの幅や長さ等を数値によって特定していない。しかしながら,「スリット」という用語自体に「細長い切れ目」という意味が存在するし,技術的思想として,第1側面における第1スリットの開口部と,第2側面における第2スリットの開口部との間でアーク放電が安定的に得ることが,本願明細書の発明な詳細な説明に記載されているから,本願発明におけるスリットは,そのような目的を実現できるだけの幅や長さに自ずと限定されるものと解すべきである。すなわち,請求項1における「スリット」とは,基本的には,グロー放電を生起させるために設けられていて,ひいては,そのグロー放電によって放出された電子が供給されて,アーク放電電極となる幅や長さを有するスリットと解すべきであって,このことは当業者が出願時の技術常識に照らして実施可能である。』
1-2.クレームに含まれる全範囲でサポートされている必要があるとした裁判例
(1)平成30年(行ケ)第10110号、第10112号、第10155号【セレコキシブ組成物】<大鷹裁判長>
『…難溶性薬物については,溶媒による濡れ性が劣る場合には,粒子径を小さくすると凝集が起こりやすくなり,有効表面積が小さくなる結果,溶解速度が遅くなることがあり,また,粒子を微小化することにより粉体の流動性が悪くなり凝集が起こりやすくなることがあることは周知又は技術常識であったことに照らすと,難溶性薬物であるセレコキシブについて,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」の構成とすることにより,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理解することはできない。
また,本件明細書の記載を全体としてみても,粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について具体的に説明した記載はない。
しかるところ,「D90」は,粒子の累積個数が90%に達したときの粒子径の値をいうものであり,本件発明1の「D90が200μm未満である」とは,200μm以上の粒子の割合が10%を超えないように限定することを意味するものであるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,化合物によって様々な形態を採ること…に照らすと,200μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば,90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても,生物学的利用能が改善されるとものと理解することはできない。
以上によれば,本件明細書の…記載から,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には,その数値範囲全体にわたり,セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識することはできない。』
(2)平成30年(行ケ)第10084号<大鷹裁判長>、平成30年(ネ)第10040号【アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法】<大鷹裁判長>
『本件発明1の対象とするワインに含まれる塩化物の濃度範囲(300ppm未満)及びスルフェートの濃度範囲(800ppm未満)の全体にわたり「ワインの味質」が保存中に著しく劣化しないことが味覚パネルによる官能試験の試験結果により確認されたものと認識することはできない…。…
アルミニウム缶の腐食原因である「塩化物」の濃度を300ppmよりも低くすればするほど,同腐食原因である「スルフェート」の濃度を800ppmよりも低くすればするほど,アルミニウム缶の腐食防止効果がより高まるといえるとしても,…アルミニウム缶に保存されたワイン中のアルミニウム含有量とワインの味質の劣化との具体的な相関関係は明らかではなく,本件発明1の上記課題を解決できるかどうかを確認する方法は,味覚パネルによる官能試験の試験結果によらざるを得ない。』
(3)東京地判平成29年(ワ)第13797号【気体溶解装置】<佐藤裁判長>
『本件明細書等の上記記載によれば,本件訂正発明の課題である過飽和状態の安定的な維持のためには,過飽和の濃度が2.0ppmより大きいことを要すると解されるところ,管状路(細管)の長さについては,比較的長尺が好ましいとの記載が存するのみで,具体的にどのような長さであれば本件訂正発明の課題を解決することができるかは明らかではない。
そこで,本件明細書等に開示された実施例及び比較例を参酌すると,実施例1~13については,長さ1.4mから4mまでの長さの細管を使用し,過飽和の状態の水素水を得ることができ,かつ,持続的に維持できたとされている。他方,比較例においては,0.4m及び0.8mの長さの細管を使用したところ,2.0ppm以上の過飽和状態の水素水を得ることができなかったとされている。…本件明細書等の実施例及び比較例…を参酌すると,長さ1.4mから4mまでの長さの細管を使用した場合には本件訂正発明の課題を解決することができ,0.8m以下の長さの細管を使用した場合には同課題を解決することができないことが示されているが,長さが0.8mより長く,1.4mより短い細管については,本件訂正発明の課題を解決し得るような水素水を得られるとの結果は示されていない。』
(4)平成28年(ワ)第25956号、平成29年(ワ)第27366号【磁気記録媒体】<柴田裁判長>
*数値に上限/下限無し⇒メカニズム非公知&明細書に記載なし。⇒サポート要件×
*訂正で実施例が減り課題解決の裏付け×
『…式(1)には,Hc×(1+0.5×SFD)の値の上限値がないところ,実施例で示されているのは前記の範囲であって,その値が実施例で示されたものよりも大きくなった場合などを含めた,式(1)の関係が満たされることとなる場合において,当業者が,前記の課題を解決できると認識できたとはいえない…。』
(5)平成30年(行ケ)第10073号【インクカートリッジICチップ】<森裁判長>
*クレーム中に課題を解決できない構成も含まれている
『…本願発明1は,インクカートリッジICチップに関し,…インクカートリッジ位置の検出過程における誤報率を減らすことを課題とする(【0001】,【0006】)。…は…本願発明7及びこれを更に限定した本願発明8~13に係る実施例であって,インクカートリッジICチップの状態が実行可能な状態と実行不可能な状態とを含むものではない点において,本願発明1に含まれる実施例とは認められない。…本願明細書に接した当業者は,本願発明1のうち,上記実施例(【0020】,【0024】,【0084】~【0091】)に該当するものについては,本願発明1の課題を解決できると認識するが,本願発明1のうち,その余の構成のものについては,本願発明1の課題を解決できると認識することはできない…。』
(6)平成29年(行ケ)第10200号【回転数適応型の動吸振器を備えた力伝達装置】<鶴岡裁判長>
*クレーム(数値範囲)に課題を解決できない構成も含まれている
『…本件明細書の発明の詳細な説明には,…ことが示され,この記載の対応する限度では,当業者は,本件発明の課題…を解決できるものと認識できる…。しかし,…特許請求の範囲には,次数オフセットqFについての具体的な設定の手法等を特定する記載はなく,…任意に設定された次数オフセットqFだけ高い次数値への次数オフセットをする場合も含まれるというべきであるが,このような任意に設定した次数オフセットqFをとった場合については,本件明細書の記載から当業者が本件発明の課題を解決できるものと認識できるとはいえない。』
(7)平成30年(行ケ)第10034号【液晶表示デバイス】<高部裁判長>
*明細書に課題として記載されたとおり、課題を(限定的に)認定した
*実施例同士が矛盾
『発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,特許出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合,サポート要件に適合するとはいえない。
…本件訂正発明におけるメソゲン化合物a,a1,a2を定義する式I ないしI’は,その組合せによって膨大な数の化合物を表現し得るものとなっている。他方,本件訂正発明の実施例である例1A~例3においてメソゲン化合物として用いられている化合物⑴~⑻は,…化学構造が類似するごく限られた化合物に限られる。
例えば,重合性基Pがメタクリレート基であるモノマーを含むと安定な配向を得にくくなる場合が生じてくることが知られている(乙4)。また,例えばスペーサー基Spを構成する(その一部の置換えも含む。)アルキレン基として炭素数が1の場合と20の場合とでは化合物の特性が大きく異なることが予測されることなど,配合するメソゲン化合物の化学構造がその配向性や配向膜の特性に影響することは,現に引用例において様々な構造の化合物につき検討されていることからもうかがわれるように,本件優先日当時における当業者の認識であったと考えられる。そうすると,本件訂正発明に係る式I で表される広範な重合性メソゲン化合物のいずれかを含む混合物とした場合に,これによって,前記認定に係る本件訂正発明の課題を解決するような補償膜として好適なフィルムが得られるとはいえない。…また,本件訂正明細書で同様に「高融点を有し,従って配向および重合に高温を要」するものとして例示されたHeynderickx, Broer 等の刊行物(乙2)に記載されている’Scheme 1’の化合物については,引用例にも,「一般式(R-2)において,R5がメチル基の化合物80重量部及びR5が水素原子の化合物20重量部から成る液晶組成物は,80~121℃と室温よりかなり高い温度範囲でネマチック層を示し,また予期しない熱重合に起因してこのような重合性液晶組成物を用いて作製される光学異方フィルムのメソゲンの配向が不均一となるという欠点があった。」と記載されている。ところが,これらの化合物はいずれも,本件訂正発明に係る式I で定義される広範な化合物に含まれるのであって,本件訂正明細書の内部でいわば記載内容に矛盾を生じている。』
(8)平成28年(行ケ)第10147号<森裁判長>
*官能試験による実施例、数値範囲の下限でも課題を解決できると認識できない。⇒サポート要件×
(9)平成28年(行ケ)第10042号【潤滑油組成物】<高部裁判長>
*課題を限定的に認定した。
*数値範囲の下限でも課題を解決できないとサポート要件×
(10)東京地判平成28年(ワ)第25436号【L-グルタミン酸の製造方法】<矢野裁判長>
*課題を解決できない部分を含むからサポート要件×。⇒訂正の再抗弁で〇
『訂正前の本件発明1-1は,ICDH遺伝子,PDH遺伝子又はアルギニノコハク酸シンターゼ遺伝子のプロモーター配列に特定の塩基配列を導入したコリネ型細菌を用いた発明を含むものであったが,本件訂正1により,本件訂正発明1-1には,これらの発明が含まれなくなった。したがって,本件訂正発明1-1について,ICDH遺伝子,PDH遺伝子及びアルギニノコハク酸シンターゼ遺伝子のプロモーターへの変異の導入についてのサポート要件違反及び実施可能要件違反は,いずれも認められない。』
(11)平成20年(行ケ)第10357号【レベルシフタ】
*クレームに含まれる態様の一つにつき、当業者が本件課題が解決されたと認識する記載が無い。⇒サポート要件違反
(12)平成19年(行ケ)第10308号【被覆硬質部材】
*数値範囲の上限が無い場合で、全範囲に亘って発明の目的を達成できることを裏付け不充分。⇒サポート要件違反
(13)平成18年(行ケ)第10448号【エアーフィルター用不織布】
*効果を奏しないものが請求項に含まれていることを実験で示した。⇒サポート要件違反
2.実施可能要件
2-1.クレームに含まれる全範囲で実施可能でなくてもOKとした裁判例
(1)平成18年(行ケ)第10232号【低融点光学ガラス】
*効果を奏しないものが請求項に含まれたが、例外的な事例として、実施可能要件を認めた。
『甲15資料は,本件発明1の組成の中であっても屈伏点要件及び液相温度要件を満たさない光学ガラスが得られたことを示すものであるが,例1においては,…屈伏点が590℃,液相温度が1073℃となったというものであり,例2については,…屈伏点が627℃,液相温度が948℃となったというものであるが,その組成が本件発明1の組成の臨界値に近い数値に設定されていることからすれば,いまだ例外的な事例であって,本件発明1の組成内で「屈伏点570℃以下」及び「液相温度930℃以下」という特性要件としたことの合理性を左右するに足りない。そうすると,本件明細書には,本件発明1の組成要件及び特性要件が記載されているのであるから,この組成要件を満たすガラスを製造し,製造したガラスの屈伏点と液相温度を測定して特定要件を満たしているか否かを確認すればよいのであり,大半は,特定要件を満たしているガラスとなるが,仮に特性要件を満たしていなかった場合には,組成の割合を適宜調整するという作業をくり返せば容易に「屈伏点570℃以下」及び「液相温度930℃以下」のものを見いだすことが期待でき,このような調整作業は,格別の工夫を要するものとはいえない。』
(2)平成24年(行ケ)第10020号【発光装置】
*出願時に「80%」を未実現でも、出願後に最適化すれば実現可能として、出願後に実現できた事実も引用して実施可能要件OK(出願後の追試結果も考慮した)
⇒ 子出願の進歩性も肯定された。(平成27年(行ケ)10097号)
『確かに,…本件明細書の発明の詳細な説明には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体として使用できる具体的な物質が,内部量子効率を含む各特性を含めて記載されているところ,本件明細書に開示されている緑色蛍光体の内部量子効率は80%以上であるが,赤色蛍光体の内部量子効率は80%未満であり,したがって,本件明細書には,内部量子効率が80%以上の緑色蛍光体については記載されているが,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体については,直接記載されていないというほかない。
しかしながら,…本件明細書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体の製造方法について,その原料,反応促進剤の有無,焼成条件(温度,時間)なども含めて具体的に記載されているのみならず,赤色蛍光体の製造方法については,本件出願時には製造条件が未だ最適化されていないため,内部量子効率が低いものしか得られていないが,製造条件の最適化により改善されることまで記載されているものである。そうすると,研究段階においても,赤色蛍光体について60ないし70%の内部量子効率が実現されているのであるから,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が高いものを得ることができることが記載されている以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が80%以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。
証拠(甲5,12~17)によれば,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化として,結晶中の不純物を除去すること,結晶格子の欠陥を減らすこと,結晶粒径を制御すること,発光中心となる付活剤の濃度を最適化すること等により,蛍光体の効率を低下させる要因を除去することは,本件出願時において当業者に周知の事項であったと認められる。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に内部量子効率が80%未満の赤色蛍光体が記載されているにすぎなかったとしても,当業者は,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化を行うことにより,赤色蛍光体についても,その内部量子効率が80%以上のものを容易に製造することができるものと解される。実際,証拠(甲18)によれば,本件出願後ではあるが…内部量子効率が86ないし87%のCaAlSiN3:Euの赤色蛍光体が製造された旨が発表されたことが認められる。
以上によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の開示が存在するものというべきである。』
2-2.クレームに含まれる全範囲で実施可能である必要があるとした裁判例
(1)平成17年(行ケ)第10013号【体重のモジュレーター,対応する核酸およびタンパク質】
*特許請求の範囲内の一部の核酸分子が有用性なし⇒×
(機能的クレーム、遺伝子の事案だが、判旨は一般化OK)
*実施可能要件及びサポート要件とは、表裏一体の関係であり同じ理由で×
『必ずしも,特許請求の範囲に包含されるすべての本件核酸分子について,その有用性,すなわち,明白な識別性を実験により明らかにされなければならないというわけではなく,特許請求の範囲に包含される一部の「核酸分子」の有用性,すなわち,明白な識別性が発明の詳細な説明に具体的に記載されている場合であっても,その記載から,当業者において,本件出願の原出願優先日当時の技術常識を勘案し,それ以外の核酸分子についても同様の有用性,すなわち,明白な識別性が認識できる程度のものとなっていれば足りる…。…
50余りの実施例については,上記のとおり塩基配列が明らかになっており,これらの塩基配列によって化学物質を特定し,プライマーとして利用できたとしているから,当該実施例に関する限り,その塩基配列及びその有用性,すなわち,明白な識別性が明細書に開示されているということができる。ところが,上記50余りの実施例を除いた,残りの膨大なものとなると推測される核酸分子については、…概括的な記載があるのみで,発明の詳細な説明のその余の記載部分にも,具体的な記載は見当たらない。また,本件明細書の全体を検討し,その他本件記録から把握できる従来技術や本件出願の原出願優先日当時の技術常識を勘案しても,発明の詳細な説明において,上記50余りの実施例の結果から,当業者にその有用性,すなわち,明白な識別性が認識できる程度のものとなっているものと認めるに足りない。かえって,本件においては,以下のとおり,一部の核酸分子について,それが本件OB遺伝子との特異的なハイブリダイズを期待できない客観的な事情が存在する。…そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,特許請求の範囲記載の構成を満たす,すべての「核酸分子」について,その有用性,すなわち,プローブやプライマーとして利用して本件OB遺伝子を特異的に検出,増幅することができることが明らかであるように記載されていなければならないところ,…本件明細書の発明の詳細な説明が,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえないことは明らかであって,特許法旧36条4項の記載要件を満たしていない。
特許法36条6項1号の記載要件は,特許請求の範囲に対して発明の詳細な説明による裏付けがあるか否かという問題であり,…同条4項の記載要件の議論とは,いわば表裏一体の問題ということができる。』
(2)平成20年(行ケ)第10276号【フルオロエーテル組成物及び,ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法】
*「ルイス酸」全てが同様に効果を奏するとは認められない。⇒実施可能要件×
『…一口に「ルイス酸」といっても,その中には,強いルイス酸・ルイス塩基,弱いルイス酸・ルイス塩基のように,ルイス酸,ルイス塩基にはその強さに差があり,また,それらの酸と塩基の反応の成否や速度は,さまざまな要素及び条件に影響されることが認められるから,酸化アルミニウム,ガラス,Si-OHが「ルイス酸」に該当するからといって,「ルイス酸」に該当する他の化合物のすべてがセボフルランに対してこれらと同様に作用すると認めることもできない。
確かに,本件明細書の段落【0007】には,セボフルランのSi-OHによる分解メカニズムが記載されているが,このような分解メカニズムが理解できたとしても,そもそも,どのようなルイス酸化合物がこのような分解を生じさせるかについては,当業者は具体的に理解することはできない。
以上のとおり,本件発明における「ルイス酸」の概念は極めて不明確であるといわざるを得ず,…本件発明を実施しようとする当業者は,貯蔵中のセボフルランの貯蔵状況に応じたあらゆる事態を想定した実験をしない限り,本件発明を実施することは容易ではないと認められる。そうである以上,本件明細書には,当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に「ルイス酸」及び「ルイス酸抑制剤」が記載されていると認めることはできない。』
(3)平成22年(行ケ)第10090号【遠赤外線放射セラミックス】
*明細書中に特定の条件下の効果のみが記載されても☓
『…図8については,その前提となる燃費試験において使用された車種と年式,排気量については記載されているものの,それ以外の試験条件(計測方法,走行条件等),用いられた試料の作製条件等,再現性に係るデータが全く示されておらず,本件補正によっても,本願発明により生産されたセラミックスが燃費向上効果を有することについて,なお不明であるというほかない。…本件審決が本願発明について実施可能要件を充足しないとした判断は,相当である。』
以 上
(第1事件・原告)株式会社遠藤照明
(第1事件・被告)パナソニックIPマネジメント株式会社
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和4年12月23日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
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i 作用効果不奏功の抗弁に近い限定解釈で非充足とした裁判例
(1)東京地判平成11年(ワ)第3942号【艶出し洗浄方法】
『…「泡調整剤」の意味は明確でなく,本件明細書に記載された作用効果を奏するものを「泡調整剤」と解するほかない。すなわち,基剤に2wt%を越えない範囲で配合され,発生した泡を消泡させる作用を奏するもの,と考えるべきである。』
※東京地判平成22年(ワ)26341<大須賀裁判長>【油性液状クレンジング用組成物】は、「油性液状クレンジング用組成物」というクレーム文言解釈として、発明の詳細な説明を考慮して、「透明性」という作用効果を構成要件とした。⇒透明度は、従属項の数値より低くても足りるとして、充足。
(2)東京地判平成27年(ワ)第11434号<沖中裁判長>=控訴審平成29年(ネ)10066<高部裁判長>同旨
『…本件発明1は,請求項1の構成を採用することによって従来技術の問題点を克服し,上記各作用効果を奏するとされているところ,構成要件Fを除く本件発明1の構成要件(AないしE及びG)の構成は,従来技術である乙9発明に開示されていると解される。そうすると,本件発明1の本質的部分は,構成要件Fであり,上記各作用効果を奏する構成は,構成要件Fに規定された構成であると解される。…本件明細書(…)には,上記各作用効果を奏するためには,ピン7の前方部7aが斜め前方向に第2縦方向壁面9の前方部9aに向かって延在することと記載されている。この点,特許請求の範囲やその他の本件明細書の記載を見ても,具体的な「斜め前方向」の角度や程度に関する記載は見当たらないが,ピン7が作動可能位置にある際に案内面12で第2縦方向壁面9の前方部9aと接触する構成が好適であるとされていること(…)や従来技術の内容に照らせば,極めてわずかな程度の傾きがあるだけで,上記各作用効果を奏することできるとは解し難い。そして,原告測定結果における約0.15ミリメートルという傾きの程度は,製造誤差としても生じ得る程度の極めてわずかな程度であり,このような程度の傾きをもって,上記各作用効果を奏するとはいえ…ない。』
ii https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/4042
https://www.youtube.com/watch?v=-w3mbeWXA_M
https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3788