1.特許請求の範囲(特許第3563036号)
「…10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み,一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって,粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する製薬組成物。」
2.(判旨抜粋)
本件明細書…の記載は,未調合のセレコキシブを粉砕し,「セレコキシブのD90粒子サイズ」を「約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されること,ピンミリングのような衝撃粉砕を用いることにより,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせることを示したものといえる。しかるところ,甲1には,甲1発明の「セレコキシブを300mg含む経口投与用カプセル」にいう「セレコキシブ」について,その調製方法を示した記載はなく,また,粉砕により微細化をしたセレコキシブを用いることや,その微細化条件を「セレコキシブのD90粒子サイズ」で規定することについての記載も示唆もない。…
…甲9及び10には,特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であることについての記載や示唆はなく,ましてや,セレコキシブの微細化条件として「セレコキシブのD90粒子サイズ」で規定することや,「セレコキシブのD90粒子サイズ」を「約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることについての記載も示唆もない。他に特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると,甲1に接した当業者において,甲1発明のセレコキシブを300mg含む経口投与用カプセルにおいて,経口吸収性(生物学的利用能)の改善及び薬効成分の含量均一性の改善のために,薬効成分のセレコキシブの粒子サイズを小さくすることに思い至ったとしても,セレコキシブの微細化条件として「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」との構成(…)を採用することについての動機付けがあるものと認めることはできない…。
3.本判決<令和元年(行ケ)第10137号>の考察
(1)本発明はパラメータ発明・数値限定発明である。特許庁の審査基準は、数値限定発明の進歩性判断基準として、以下のとおり説明している。
「請求項に数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合において、主引用発明との相違点がその数値限定のみにあるときは、通常、その請求項に係る発明は進歩性を有していない。実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、通常、当業者の通常の創作能力の発揮といえるからである。しかし、請求項に係る発明の引用発明と比較した効果が以下の(i)から(iii)までの全てを満たす場合は、審査官は、そのような数値限定の発明が進歩性を有していると判断する。
(i) その効果が限定された数値の範囲内において奏され、引用発明の示された証拠に開示されていない有利なものであること。
(ii) その効果が引用発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れたものであること(すなわち、有利な効果が顕著性を有してい ること。)。
(iii) その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。
なお、有利な効果が顕著性を有しているといえるためには、数値範囲内の全ての部分で顕著性があるといえなければならない。」
(2)しかしながら、近時の裁判例を見ると、パラメータ・数値範囲を発明特定事項と捉えて、当該パラメータ・数値範囲の容易想到性を問題とし、これが容易想到でなければ進歩性ありという枠組みで判断する裁判例が大多数となっている。[i]
本判決も、クレームアップされた「セレコキシブ粒子のD90が200μm未満」というパラメータ・数値に着目することの容易想到性を問題としたうえで、この容易想到性を否定し、顕著な効果云々の議論に入るまでもなく、進歩性〇と判断したものである。
この別件判決では、サポート要件が問題となり、数値限定発明は数値の全範囲で課題を解決できると認識できる必要があるとして、サポート要件×と判断した。近接した時機に、同じ大鷹裁判長がサポート要件×、進歩性〇と判断したことから、サポート要件と進歩性との関係についても考察可能である。
1.特許請求の範囲(特許第3563036号)
同上
2.(判旨抜粋)
特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載に際し,発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり,その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を請求することになって妥当でないため,これを防止することにあるものと解される。そうすると,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について,特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
…難溶性薬物については,溶媒による濡れ性が劣る場合には,粒子径を小さくすると凝集が起こりやすくなり,有効表面積が小さくなる結果,溶解速度が遅くなることがあり,また,粒子を微小化することにより粉体の流動性が悪くなり凝集が起こりやすくなることがあることは周知又は技術常識であったことに照らすと,難溶性薬物であるセレコキシブについて,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」の構成とすることにより,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理解することはできない。
また,本件明細書の記載を全体としてみても,粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について具体的に説明した記載はない。
しかるところ,「D90」は,粒子の累積個数が90%に達したときの粒子径の値をいうものであり,本件発明1の「D90が200μm未満である」とは,200μm以上の粒子の割合が10%を超えないように限定することを意味するものであるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,化合物によって様々な形態を採ること…に照らすと,200μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば,90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても,生物学的利用能が改善されるとものと理解することはできない。
以上によれば,本件明細書の…記載から,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には,その数値範囲全体にわたり,セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識することはできない。
3.本判決<令和元年(行ケ)第10137号>と<平成30年(行ケ)第10110号、第10112号、第10155号>とを合わせた、パラメータ発明・数値限定発明の進歩性、サポート要件に関する若干の考察
(1)<令和元年(行ケ)第10137号>に関して述べたとおり、進歩性判断の判断基準は、①審査基準は予測できない異質ないし顕著な効果を要求しているが、②近時の裁判例ではパラメータ・数値範囲の容易想到性が問題とされている。
進歩性判断の判断基準として、①であれば数値の全範囲で顕著な効果が要求されるが、②であれば要求されないという関係にある。
(2)<平成30年(行ケ)第10110号、第10112号、第10155号>において、サポート要件の判断基準は、「(サポート要件)に適合するか否かは,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか否かを検討して判断すべき」と判示された。
ここで、発明の課題を解決することができるということは、課題が新規のものであれば異質な効果に通ずるものがあるし、また、課題解決の程度が顕著なものであれば顕著な効果を奏するということに通ずるものがある。
パラメータ発明・数値限定発明のサポート要件判断において、数値の全範囲において発明の課題を解決できると認識できることまでは要求していない裁判例もあり、サポート要件の判断基準のみを見ると、必ずしも整合しない判決も存在すると思われる。
(3)そうであるところ、パラメータ発明・数値限定発明の進歩性・サポート要件を総合的に捉えると、少なくとも、進歩性判断か、サポート要件判断のどちらかでは数値の全範囲で課題を解決することないし効果を奏することが要求されるべきという論理も成り立ちうる。
上掲した2件の判決は別件であるが、同一特許について、同一裁判体<大鷹裁判長>が進歩性とサポート要件について判断し、進歩性は効果を問題とせずに進歩性ありと判断し、サポート要件は数値の全範囲に亘り課題を解決できると当業者が認識できる必要があるとしてサポート要件違反と判断したものであり、両判決の進歩性及びサポート要件の判断手法を併せて考察するとバランスが取れていると理解することも可能ではないだろうか。この点について、すなわち、進歩性及びサポート要件の判断手法の相関関係については、更なる検討・研究が必要であろうと思われる。
(2)相違点1-2の容易想到性の判断の誤りについて
原告らは,①本件優先日当時,「経口吸収性(生物学的利用能)の改善,添加剤を含めた原料粉粒体間の混合の均一性の向上及び打錠時の成形性向上を図る」ことは,医薬品の製剤化における一般的な課題であり,「薬効成分の粒子サイズを小さくする」ことは,当該課題を解決するために汎用されている周知技術であったこと(甲5,6,8ないし10,15),②溶解速度を増大させるためには,単に粒子径を細かくして表面積を増加させるだけでは足らず,有効表面積(薬物が試験液に接触する表面積)を増加させる必要があり,疎水性物質では微粉化が進むと凝集により有効表面積が逆に小さくなり,溶解速度が小さくなることがあるが,界面活性剤があると,溶媒が薬物粉末の表面をよく濡らすようになり,凝集が抑制されて粒子径が小さくなるほど溶解速度が増大することは,本件優先日当時の技術常識であったこと(甲9,10),③甲1記載の試験で使用されているカプセル剤は,SC-58635(セレコキシブ)を有効成分とする医薬品開発を目的とする臨床薬理試験の治験製剤であるから,医薬品の製造に係る周知技術を適用する動機付けがあり,また,カプセル剤間の薬効成分含有量のばらつきが大きい場合には,一定の薬理効果が得られなくなるため,試験そのものの信頼性が損なわれるから,試験において適切にデータを取得するため,カプセル剤間の薬効成分含有量のばらつきを低減させる動機付けがあること,④粗大粒子は目的の効果を奏さず,特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であり,また,セレコキシブの粒子サイズを最大長のD90で規定し,最大長「D90が200μm未満」とすることは,単なる設計事項であることからすると,当業者は,甲1発明のカプセル剤において,経口吸収性(生物学的利用能)の改善及び薬効成分の含量均一性の改善のために,「薬効成分の粒子サイズを小さくする」という周知技術を適用する動機付けがあり,セレコキシブの粒子サイズを最大長「D90が200μm未満」とすることは,単なる設計事項であるから,甲1発明のカプセル剤に含有するセレコキシブを「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」微粒子セレコキシブ(相違点1-2に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到し得たものであり,これと異なる本件審決の判断は誤りである旨主張する。
ア そこで検討するに,本件明細書には,「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」との構成(相違点1-2に係る本件発明1の構成)に関し,「粒子サイズは,セレコキシブの臨床的効果に影響を与える重要なパラメータであると考えられる。よって,別の実施例では,発明の組成物は,粒子の最長の大きさで,粒子のD90が約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下であるように,セレコキシブの粒子分布を有する。通常,本発明の上記実施例によるセレコキシブの粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改良される。」(【0022】),「カプセル若しくは錠剤の形で経口投与されると,セレコキシブ粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改善されるを発見した。したがって,セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは25μm以下である。例えば,例11に例示するように,出発材料のセレコキシブのD90粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると,組成物の生物学的利用能は非常に改善される。加えて又はあるいは,セレコキシブは約1μmから約10μmであり,好ましくは約5μmから約7μmの範囲の平均粒子サイズを有する。」(【0124】),「湿式顆粒化は,本発明の製薬組成物の好ましい調製方法である。湿式顆粒化過程にて,(必要ならば,一つ又はそれ以上のキャリア材料とともに)セレコキシブは先ず粉砕される若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざなま粉砕器若しくは破砕器が利用することが可能であるが,セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせる。例えば,液体窒素を利用してセレコキシブを冷却することは,セレコキシブを不必要な温度へ加熱させることを回避するために,粉砕中に必要なことである。前記にて議論したように,上記粉砕工程中にD90粒子サイズを約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下に小さくすることは,セレコキシブの生物学的利用能を増加させるためには重要である。 」(【0135】)との記載がある。
これらの記載は,未調合のセレコキシブを粉砕し,「セレコキシブのD90粒子サイズ」を「約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されること,ピンミリングのような衝撃粉砕を用いることにより,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせることを示したものといえる。
イ しかるところ,甲1には,甲1発明の「セレコキシブを300mg含む経口投与用カプセル」にいう「セレコキシブ」について,その調製方法を示した記載はなく,また,粉砕により微細化をしたセレコキシブを用いることや,その微細化条件を「セレコキシブのD90粒子サイズ」で規定することについての記載も示唆もない。
次に,原告らが挙げる甲9(「経口投与製剤の設計と評価」株式会社薬業時報社,平成7年2月10日)には,①「溶解速度が小さいため吸収が悪い難溶性薬物の溶解性および吸収性の改善は,製剤設計者が直面する最も重要な解決課題の1つである。…溶解速度を改善するために製剤側で制御可能なファクターは,表面積と溶解度であることがわかる。」(168頁2行~6行),②「1)微細化 表面積を増大する方法として,薬物粒子を微細化する手段が最もよく利用される。一般に数μmのオーダーまでは機械的な破砕・粉砕方式が有効であるが,1μm以下になると反応による結晶の析出などが有効な手段となる。」,「(1)粉砕 薬物粒子は多くの場合,粉砕機を用いて粉砕される。…通常有機薬物結晶では十数μmから数μm程度まで微細化できる。 微細化により粒子径が小さくなると,表面積の増加により溶解速度が増大する。…しかし,粒子サイズの減少により溶解度に大きな影響を与えるためには,サブミクロン以下のサイズであることが必要であり1,2),多くの医薬品の通常の粉砕ではサイズによる溶解度増加効果はあまりないと考えてよい。微細化によりバイオアベイラビリティーを改善できることが多くの難溶性薬物,…で報告されている。…しかし,微粉になればなるほど凝集が起こりやすく,粉砕により水に接する表面積(有効表面積)が逆に小さくなり,溶解速度が小さくなることがある。特に疎水性物質は凝集性が強い。…ここに,界面活性剤が存在すると,微粒子は凝集せずに均一に溶液中に分散され,粒子サイズが小さいほど溶出速度は大きくなる。また,この例では界面活性剤の可溶化効果も認められている。このような場合,凝集を防ぐ目的で,流動化剤や界面活性剤を微細化助剤として加えて粉砕する手段が取られる。この手法を発展させ,微細化に応用したのが混合粉砕である。」(以上,168頁9行~169頁4行)との記載がある。
また,甲10(「医薬品の溶出」株式会社地人書館,昭和52年10月30日)には,①「4.1 溶出速度に及ぼす薬物の粒子径の影響 次式は,薬物の溶解速度が薬物の表面積に正比例することを示している。 …粒子径を細かくして表面積を増加させると,溶解速度を増大させることができるはずである。しかし,単に表面積を増やすだけでは不十分で,増加すべきなのは有効表面積である。有効表面積とは薬物が試験液に接触する表面積である。薬物が疎水性で溶媒による濡れが劣る場合には,粒子径を小さくすると凝集が起こり,有効表面積がかえって小さくなる結果,溶解速度が遅くなることがある。」(104頁4行~11行),②「われわれ(9)は実験薬物として,フェノバルビタール(…),アスピリン(…)およびフェナセチン(…)を用いて,この現象を明らかに示した。…図示した3例では,いずれも溶解速度は予期に反し,粒子径が大きくなるにつれて増加している。…すなわち,研究に使用した3つの薬物の表面はいずれも疎水性なので,粒子径が小さくなるほど全表面積が,したがって吸着空気量が増加する。その結果,試験液に触れる面積が減少し,溶解速度が低下するのである。ここで,溶出液にポリソルベート80を0.2%加えると,フェナセチンは速やかに溶けるようになり,この場合には溶解速度は粒子径が小さくなるにつれて増大する。ポリソルベート80を添加すると,溶媒が薬物粉末の表面をよく濡らすようになるため,溶解速度が粉砕の程度に従って増すものと考えられる。」(104頁12行~106頁6行)との記載がある。
これらの記載は,溶解速度を改善するために製剤側で制御可能なファクターは,表面積と溶解度であり,表面積を増大する方法として,薬物粒子を微細化する手段が最もよく利用されていること,薬物粒子は多くの場合,粉砕機を用いて粉砕され,通常有機薬物結晶では十数μmから数μm程度まで微細化できること,微細化により粒子径が小さくなると,表面積の増加により溶解速度が増大し,また,微細化によりバイオアベイラビリティーを改善できることが多くの難溶性薬物で報告されていることなどを示すものである。
一方で,甲9及び10には,特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であることについての記載や示唆はなく,ましてや,セレコキシブの微細化条件として「セレコキシブのD90粒子サイズ」で規定することや,「セレコキシブのD90粒子サイズ」を「約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることについての記載も示唆もない。他に特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,甲1に接した当業者において,甲1発明のセレコキシブを300mg含む経口投与用カプセルにおいて,経口吸収性(生物学的利用能)の改善及び薬効成分の含量均一性の改善のために,薬効成分のセレコキシブの粒子サイズを小さくすることに思い至ったとしても,セレコキシブの微細化条件として「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」との構成(相違点1-2に係る本件発明1の構成)を採用することについての動機付けがあるものと認めることはできないから,甲1及び技術常識ないし周知技術に基づいて,当業者が上記構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。
したがって,原告らの前記主張は,採用することはできない。
(3)小括
以上のとおり,本件審決における相違点1-2の容易想到性の判断に誤りはないから,相違点1-1の容易想到性について判断するまでもなく,本件発明1は,甲1発明及び技術常識ないし周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
したがって,原告ら主張の取消事由1-1は理由がない。
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和3年3月15日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp
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中村合同特許法律事務所
[i] 高石秀樹「『数値限定』発明の進歩性判断」(パテント2010、Vol. 63 No. 3)は10年前の論稿であるが、この論稿で検討した裁判所の傾向は現在も続いている。追って、工業所有権法学会の学会誌において、2021年に新たな論稿を執筆する予定である。