【本判決の要旨、考察】
1.本件発明
本件発明等の積層体の各シート状物の「第1の中間片」は所望とする積層体の幅寸法と略同じ長さに形成され(構成要件B)、「第2の中間片」は第1の中間片の略1/2の幅に形成され(構成要件C),「第1の折片」は第2の中間片と略同じ幅に形成される(構成要件D)ものと特定されている。
これらの「第1の中間片」「第2の中間片」「第1の折片」は、原告が作成した被告製品説明書添付の図面を見ると、以下のとおりである。
2.争点(「第2の中間片」は第1の中間片の略1/2の幅に形成され(構成要件C)の充足性)
(1)「略」の解釈についての判示
構成要件C等にいう「略」(ほぼ)とは,一般に,数値との関係で用いられる場合は「おおかた,おおよそ」といった意味を有し,正確又は完全にその数値と一致しないとしても,その数値と同様ということができる程度に近似することを表す語であり,本件発明等における寸法に関する発明特定事項としての「略」という語も同様の意味を有するものと解するのが自然である。
(2)原告の主張
本件発明等の課題,解決手段及び効果に鑑みれば,…本件発明等における「略1/2」の語は,1/2を超える場合は含まないが,1/2より短いものは,前記aに規定する範囲で広く許容する意味と解釈すべきである。(「前記a」=「a 所定の幅より短い場合」 例えば,シート状物の幅が約200mm,所望とする積層体の幅寸法(第1の中間片の幅)を約100mmとすると,本件発明をより限定した本件訂正発明において規定された「第2の折片の幅は,第1の中間片の幅の1/2未満で,かつ,第1の折片の幅より短い幅」であるという条件を満たしながら,第2の折片が調整できる範囲は,第2の中間片50~34mm,第1の折片50~34mm,第2の折片0~32mmとなるから,本件発明等の課題,解決手段及び効果に鑑みれば,かかる範囲内であれば「略」の許容範囲に含まれると解すべきである。)
(3)被告の主張
①第2の中間片の幅が,第1の中間片の幅に1/2を乗じた値の90%を下回る場合又は同値の110%を上回る場合,②被告各製品が本件発明の作用効果を奏しない場合のいずれかに該当する場合には,そのような第2の中間片の幅の「略1/2」とは認められず,被告各製品は構成要件Cを充足しないと解すべきである。
(4)裁判所の判断
≪「略1/2」のクレーム文言解釈≫
本件発明の課題を踏まえて、「略」という語の通常の意義及び構成要件Cにおいて第2の中間片の幅寸法が規定されている技術的意義に照らすと,同構成要件にいう「略1/2」とは,正確に2分の1であることは要しないとしても,可能な限りこれに近似する数値とすることが想定されているものというべきであり,各種誤差,シート状物の伸縮性等を考慮しても,第1の中間片の2分の1との乖離の幅が1割程度の範囲内にない場合は「略1/2」に該当しないと解するのが相当である。
≪被告製品の充足性(極一部が乖離幅1割未満であっても非充足)≫
【被告製品②】については…90%~100%の範囲内にあるものは,全80枚のうち3枚にすぎず,その平均値(…)も83%にとどまるものと認められる。また,被告PPJが…測定した結果…によれば,第2の中間片の比率が90%~100%の範囲内にあるものは,全80枚のうち30枚であるものの,同比率がその範囲内にあるものは,いずれも偶数番目のシート状物であって,奇数番目のシート状物にはこれが存在しない上,全体の平均値も84%にとどまるものと認められる。⇒非充足。
【被告製品③】については…90%~100%の範囲内にあるものの枚数及び平均値は,原告測定に係るもので6枚及び82%…,被告PPJ測定に係るもので1枚及び81%…であると認められる。⇒非充足。
(5)若干の考察
「略1/2」のクレーム文言解釈については、原告の主張に根拠がないという論評も見掛けるが、当該クレーム文言自体の巧拙・是非は別として、当該主張自体は、本件発明の課題を主張したうえで、当該課題は「1/2」以下であれば90%未満でも解決できるのであるから、同クレーム文言解釈は「1/2」以下であればよいと解釈すべきと主張したものであり、(原告は主張しなかったが均等論も念頭に置けば、)論理がないとまではいえないという印象であった。判決では、原告の主張する課題が明細書に記載されていないとして斥けられたが、逆に言えば、発明の課題がどのように認定されるかという土俵に持ち込んだものであるから、原告として有り得る主張は尽くしたのではないか。
なお、本件明細書によれば、構成要件Cの「略1/2」に関連する本件発明の課題は「①包装体の大きさを従来と同様に維持しつつ,より大きなサイズのシート状物を積層できる構造を提供すること,②包装体同士を積み重ねた際の安定感のあるシート状物の積層体を提供すること」であるところ、「本件発明等の第1の中間片の幅は積層体の幅と略同じ長さと規定されているところ,第2の中間片及びこれと略同じ幅の第1の折片の長さを第1の中間片の幅の2分の1より小さくすると,第2の折片を設けたとしても,シート状物全体のサイズがその分だけ従来のものよりも小さくなってしまい,上記①の課題を解決して上記③の効果を得ることができなくなる一方,第2の中間片の幅を第1の中間片の2分の1よりも長くすると,第2の中間片同士が中央部で重なり合い,全体の嵩高状態が不安定なものになってしまい,上記②の課題解決に支障が生じることとなる。そうすると,本件発明等の上記課題①及び②を解決し,所期の効果を奏するには,第2の中間片の幅を,第1の中間片の1/2を超えない範囲でこれに限りなく近づけることが望ましいものと認められる。」と判示されている。
上記クレーム文言解釈を前提としても、被告製品の中には、80枚中数枚は2分の1との乖離の幅が1割以内のシートが存在していた。この数枚について特許権侵害が成り立つという主張はなかったし、本件発明は「シール状物の積層体」である以上、仮にそのように主張しても侵害は認められなかったと思われるが、本件事案とは異なり、発明が積層体中の一枚一枚のシートであり、被告製品が可分である場合であれば、当該可分の物(一枚一枚のシート)其々を被告製品として特定することで、少なくともその物の範囲で特許権侵害が成り立つという場面は有り得る。その意味で、特に数値限定が技術的意義をなす発明においては、何を発明として権利化するか、そして、特許権侵害訴訟においても被告製品をどのように特定するかについても検討する必要がある。
★数値(パラメータ)が多義的な場合の、明確性要件、充足性について(筆者がパテント誌Vol.71, No.6, p21-32「数値限定発明の充足論、明確性要件」において述べた内容を若干敷衍する。)
1.「十分に」「略」「実質的に」等の程度を表わすクレーム文言と充足論・明確性要件
特許請求の範囲に“程度を表わす文言”が含まれており、明確性が問題となる事案は多いが、この点のみで明確性要件違反とされたり、非充足とされた裁判例は多くない。
(1)充足論については、以下のような裁判例がある。
例えば、東京地判平成22年(ワ)第23188号(「外科医療用チューブ」事件)は、「…距離は,分泌物の性質,吸引孔からの吸引力,分泌物の除去期待度等に照らして適宜設計される」として、「直近上部」というクレームの充足性を認めた。また、知財高判平成24年(ネ)第10023号(「レーザー加工装置」事件)は、「フォーカス円錐先端範囲において,レーザービームの一部がノズル壁を損傷しないところまで,熱レンズの形成が抑圧される」程度に流速が高いことを意味すると解釈して、「流速が十分に高く」というクレーム文言の充足性を認めた。これら2件の裁判例は、何れも、発明の課題を解決できるか否かという観点から当業者がその範囲を理解可能であった事案であった。
他方、大阪地判平成23年(ワ)第10590号(「家具の脚取付構造」事件)は、被告製品が発明の作用効果を奏しないことを重視して、「緊密に挿嵌」というクレーム文言の充足性を否定した。同裁判例は、発明の課題を解決できるか否かという観点から当業者がその範囲を理解可能でなかった事案である。
(2)明確性要件については、以下のような裁判例がある。
知財高判平成24年(行ケ)第10007号(「レーザー加工装置」事件)は、上掲平成24年(ネ)第10023号と同じ理由で、「流速が十分に高く」というクレーム文言が明確であるとした。知財高判平成25年(行ケ)第10121号(「洗濯機の脱水槽」事件)は、基準となる長さが明示されている以上、発明の技術的意義に基づき「充分に小さな寸法」を適宜設定できるとして明確であるとした。知財高判平成26年(行ケ)第10243号(「大便器装置」事件)は、発明の課題解決手段と直接関係ない「略水平」「略一周」というクレーム文言が明確であるとした。知財高判平成21年(行ケ)第10329号(「溶剤等の攪拌・脱泡方法」事は、発明の技術的意義との関係において課題を達成するための構成が不明瞭となるものではないとして、「近傍」というクレーム文言が明確であるとした。知財高判平成23年(行ケ)第10106号(「マッサージ機」事件)は、発明の作用効果を奏するために必要十分な時間を意味することは明らかであるとして、「一定の時間」というクレーム文言が明確であるとした。
これに対し、“程度を表わす文言”を理由に明確性要件違反とした裁判例は意外と少ない。例えば、知財高判平成20年(行ケ)第10247号(「…三次元の巨視的集合体」事件)は、「円筒軸に対して実質的に垂直」というクレーム文言は明細書に説明が無いとして、明確性要件違反とした。また、知財高判平成17年(行ケ)第10749号(「地震時に扉等がばたつくロック状態となる方法」事件)は、「わずかに」というクレーム文言は当業者が技術常識を勘案しても理解困難であるとして、明確性要件違反とした。
(3)小括
以上の各裁判例を概観すると、「直近」「十分に」「緊密に」「充分に」「略」「近傍」「一定の」等の程度を表わすクレーム文言の充足性・明確性は、発明の課題を解決できるか否かという観点から当業者がその範囲を理解可能であるならばその範囲として明確であり、被告製品がその範囲に含まれる限り充足性が認められると整理できる。
このような整理は、「発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」という、サポート要件の判断基準に近いと理解することも可能であると思われる。
2.被告製品中に数値範囲に含まれない要素が混在する場合
この類型は、当該1個の製品が発明の技術的範囲に属するか否かという充足論の問題となる。(この類型は、製品全体が数値範囲に含まれるべき発明であることが前提となる。)
この点について、東京地判平成12年(ワ)第22926号(「顆粒状ウィスカー」事件)は、一般論としては、実施例が許容する程度であれば数値範囲外の物が含まれていても充足する余地があるとした(結論は、非充足とされた。)。
同裁判例に照らせば、1個の製品中に数値範囲に含まれない要素が混在しても直ちに非充足となるわけではないが、混在が許容される程度は明細書の開示によることとなる。同事案では許容される非充足要素の割合を解釈するための手懸りが実施例のみであったが、明細書中に課題解決(作用効果)のメカニズムを説明した上で、許容される非充足要素の割合を一般的に記載しておけば、クレーム解釈の問題として考慮されるであろう。何れにしても、被告製品中の全ての要素が例外なく数値範囲に含まれる必要があると解釈されないように、クレーム文言と発明の詳細な説明を記載することを試みるべきであろう。
なお、東京地判平成24年(ワ)第15613号(「曲げ加工性が優れたCu-Ni-Si系銅合金条」事件)は、僅かな測定部位等の違いにより測定結果が有意に異なる可能性があるという事案で、被告製品全体に亘り数値範囲に入る旨の立証を特許権者に課しても不合理でない事情があるとした上で、立証不十分と判断した。数値範囲の主張・立証にかかわる問題として、被疑侵害者としては、特許権者が測定した部位と違う部位の測定結果が有意に異なる場合は、特許権者の立証責任を加重する根拠として、同裁判例を援用できると思われる。
(1) 構成要件Cの解釈について
ア
イ
ウ
エ
オ
(2) 被告各製品との対比
上記(1)に基づき,被告各製品が構成要件Cを充足するかどうかについて,以下検討する。
ア
イ
ウ
エ
(3) 小括
以上のとおり,被告各製品における第2の中間片は,構成要件Cの「第1の中間片の略1/2の幅」との要件を充足するとは認められないので,被告各製品が本件発明等の技術的範囲に属するということはできない。
原告(特許権者):株式会社フクヨー
被告:株式会社PPJ、株式会社Life-do.Plus、株式会社大創産業
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和2年7月16日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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