◆判決本文
本判決の事案では、「給電『用』筒状部」は、実際に給電に用いられるものに限られると解釈され、被告製品は筒状部を給電に用いていないから非充足とした。
原告は,「~用」という表現は,その物が当該用途で実際に使用されていなくとも,当該用途で使用するのに適した形状等を備えている場合にも広く用いられることを意味すると主張した。実際、特に医薬・化学以外の電気・機械分野においては、「~用」という用途発明のように見えるクレーム文言を原告主張のように解釈して充足とした裁判例も多数存在するため、原告の主張は必ずしも不合理なものではなかった。(以下に、裁判例を紹介する。)
もう一つの比較的観点として、サブコンビネーション発明である「~に用いられ」というクレーム文言解釈が問題となった、知財高判平成31年(ネ)第10009号「薬剤分包用ロールペーパ」事件(大鷹裁判長)は、「用いられ」とは用いることが可能であれば足りるとして、充足性を認めた原審大阪地判平成28年(ワ)第6494号と同様に充足と判断した。
本東京地判と知財高判平成31年(ネ)第10009号とは、「~用」と「~に用いられ」であり、前者は用途発明かのような文言であり、後者はサブコンビネーション発明である点において相違するが、実質的な相違とは言い難いし、そもそもサブコンビネーション発明は用途発明の一場合と考えることもできるから、両者の整合性を検討するとともに、どちらの裁判例も念頭に置いて特許実務にあたることが望ましいと思われる。(以下に、同判決を紹介する。)
なお、本件の発明は「~用アンテナ」ではなく、「~用●●を有するアンテナ」であるから、対象物が何用に使われるかという場面ではなく、対象物が有する構成要素の一つが「~用●●」(具体的には、「給電『用』筒状部」)であるから、いわゆる用途発明の技術的範囲の解釈という問題ではなく、物の発明が有する構成要素の一つの解釈であるから、「給電『用』筒状部」とは、給電に使われている筒状部という意味であると理解することも可能であろう。すなわち、「給電『用』筒状部」という物の発明であれば、必ずしも給電のために使われるとは限らなくても給電に適していればよいと解釈する余地もあり、他方、「給電に用いられる筒状部を有するアンテナ」という物の発明であれば本件発明と同様に筒状部は給電も用いられている必要があると解釈する余地もあるから、そうであれば、本東京地判と知財高判平成31年(ネ)第10009号とは、整合すると理解することも可能である。
【請求項1】「底面に給電用筒状部を有するベース体と,ベース体の上側を覆うカバーと,前記ベース体に設けられる仮固定用ホルダとを備え,前記仮固定用ホルダは,可撓性樹脂で成形されており,前記給電用筒状部の外壁面に沿って下方に延びる複数のメインアーム部と,前記メインアーム部に対して下端部にて繋がったサブアーム部とを有し,前記サブアーム部は前記下端部が前記サブアーム部の撓みの支点となり,前記サブアーム部の上端部は前記メインアーム部の外側面よりも外方向に突出した係止爪をなし,かつ前記係止爪は上端に向かって肉厚が増加している,アンテナ。」
『…被告製品の突出部が「給電用」の部材であるかどうかに関し,原告は,「~用」という表現は,その物が当該用途で実際に使用されていなくとも,当該用途で使用するのに適した形状等を備えている場合にも広く用いられるので,被告製品の実装時に給電線を通すのが突出部の空洞とは別の穴部であるとしても,「給電用」との構成を充足すると主張する。しかし,「給電用筒状部」とは,その文言の通常の意味に照らして,「給電」に「用」いられる「筒状部」と解するのが自然であり,本件明細書等の段落【0004】にも「給電用筒状部11は前記回路基板及びアンテナ素子部に接続する図示しない給電線(同軸ケーブル等)を通すために中空である。」と記載され,実際に給電線を通すことが前提とされている。上記の特許請求の範囲及び本件明細書等の記載によれば,「給電用筒状部」とは,給電線を通すために用いられるものであり,給電線を通すことができるものであれば足りると解することはできない。原告の主張によれば,給電線を通すことができる形態を持つ部材は,それが電力を供給する機能や目的を有しなくとも,すべて「給電用」に当たることになり,相当ではない。これを前提に被告製品をみると,同製品には給電線を通すために,突出部とは別の位置に穴部が存在し,実装時には突出部の空洞ではなく,当該穴部を給電に用いていると認められる(乙1,12)ので,被告製品の突出部の空洞が「給電用」に該当するということはできない。』
-知財高判平成31年(ネ)第10009号、令和元年6月27日判決(大鷹裁判長)-
<原判決>大阪地判平成28年(ワ)第6494号も結論同旨
被告製品は,プラスチック製の筒部に薬剤分包用シートを巻いたものであり,ユーザが,この筒部の軸芯中空部分に,原告製の薬剤分包用ロールペーパの使用済み中空芯管を輪ゴムを巻いた状態で挿入することにより,両者が一体化される(=「一体化製品」)。本件では、この「一体化製品」が“サブコンビネーションクレーム”発明の技術的範囲に属するかが問題となった。
本控訴審判決は、「●●●に用いられる~」というクレーム文言は、物の発明の構造,機能等を特定する発明特定事項であり、●●●に「用いることが可能」であれば充足すると判示したうえで、●●●に実際に使用されるか否かは充足性判断に影響しないとして、“サブコンビネーションクレーム”特許の(間接)侵害を認めた。(結論は原判決と同じであるが、●●●に「用いることが可能」であれば充足することを明確に判示した。)
大阪地判昭和55年10月31日・昭和54年(ワ)第4824号「子供乗物用タイヤーの製造方法事件」は、「本件特許発明は製造方法の発明すなわちタイヤの製造手段に特徴を有する発明であつて、用途に発明の特徴を有するいわゆる用途発明ではない。したがつて、本件特許発明の…『子供乗物用タイヤ』を右に表現されている用途にのみ限定して解釈することは相当でない。」と判示して(直接)侵害を認めた。用途以外の発明特定事項に特徴が認められる発明について、「~用」というクレーム文言は発明の技術的範囲を限定しないと判断した。⇒充足。
大阪地判平成23年(ワ)第13469号「ペットのトイレ仕付け用サークル事件」も、同様の判断をした裁判例として挙げられる。同裁判例は、「本件発明において,『収容したペットのトイレの仕付けを行う』,『住居スペースとトイレスペースに区画』とされているのは,本件発明のペット用サークルの用途に関するものであるところ,本件発明は,既知の構成に新規の用途を見出したことを特徴とする発明ではなく,ペット用サークルの構成自体を特徴とする発明と解されるから,上記各文言は,当該ペット用サークルについて,トイレの仕付けのために住居スペースとトイレスペースとに分けて使用することが可能な構成であることを意味するにすぎず,当該用途に使用されることが必須であるとは解されない。」と判示した判決であり、「既知の構成に新規の用途を見出したことを特徴とする発明」でないことを理由に、「ペットのトイレ仕付け用」というクレーム文言は、ペットのトイレ仕付け用に使用することが可能な構成を有していれば足り、当該用途に使用されるものとして販売される必要性はないと判示したものであり、用途以外の発明特定事項に特徴が認められる発明については、いわゆる用途発明として、当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならない類型に属しないと判断したものである。⇒充足。
大阪地判平成23年(ワ)第6878号「着色漆喰組成物の着色安定化方法事件」は、用途限定的な方法の発明において、構成要件を客観的に充足すれば、被告方法が別の目的であっても侵害とした事例である。同事案においては、「【請求項1】 …を含有する着色漆喰組成物の着色安定化方法であって,当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用いることを特徴とする方法。」というクレーム文言につき、『本件特許発明1の構成要件A1には,「着色漆喰組成物の着色安定化方法」との記載はあるものの,その手順等が経時的に記載されているわけではない。しかし,「着色安定化方法」との文言の後には,「であって,」と繋がれた上で,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用いる」(構成要件C1)「ことを特徴とする方法。」(構成要件D1)と説明されており,これら記載の全体に照らせば,本件特許発明1の「着色漆喰組成物の着色安定化方法」とは,当該着色漆喰組成物に構成要件B1記載の物質を含有させ,かつ,その「白色成分」を構成要件C1で特定されている物質の組み合わせとする方法を意味すると解するのが自然である。しかも,本件明細書1において,本件特許発明1が解決しようとする課題の項に,従来の漆喰の現場調合の問題または漆喰の着色の問題を解決することを目的とし,具体的には,予め水や着色剤を配合して調整した漆喰塗材又は漆喰塗料を安定して供給するための方法を提供する旨記載されていることからしても,構成要件A1の内容である「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」について,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し」(構成要件B1),「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせ」(構成要件C1)るよう調整,調合する方法が,「着色漆喰組成物の着色安定化方法」として示されていると解される。したがって,構成要件A1を充足する着色漆喰組成物について,構成要件B1記載の物質を含有させ,かつ,構成要件A1中の「白色成分」を構成要件C1で特定されている物質の組み合わせとすることが,本件特許発明1の「着色漆喰組成物の着色安定化方法」に当たることになる。被告は,被告製品1で酸化チタンを配合するのは,光触媒機能を得るためであって着色を安定させるためではないとして,前記構成要件A1の非充足を主張するが,…着色漆喰組成物の組成が上記各構成要件を客観的に充足するよう調整,調合すれば,着色安定化方法を使用したというべきであり,酸化チタンを配合する目的が光触媒機能を得ることにあったとしても,この結論を左右するものではない。』と判示された。
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【判示事項(抜粋)~充足論に関する判示部分(均等論を含む)】
(1) 争点1-1(被告製品が構成要件1A及び1Dを充足するか)について
ア 被告製品の突出部が「給電用」の部材であるかどうかに関し,原告は,「~用」という表現は,その物が当該用途で実際に使用されていなくとも,当該用途で使用するのに適した形状等を備えている場合にも広く用いられるので,被告製品の実装時に給電線を通すのが突出部の空洞とは別の穴部であるとしても,「給電用」との構成を充足すると主張する。
しかし,「給電用筒状部」とは,その文言の通常の意味に照らして,「給電」に「用」いられる「筒状部」と解するのが自然であり,本件明細書等の段落【0004】にも「給電用筒状部11は前記回路基板及びアンテナ素子部に接続する図示しない給電線(同軸ケーブル等)を通すために中空である。」と記載され,実際に給電線を通すことが前提とされている。
上記の特許請求の範囲及び本件明細書等の記載によれば,「給電用筒状部」とは,給電線を通すために用いられるものであり,給電線を通すことができるものであれば足りると解することはできない。原告の主張によれば,給電線を通すことができる形態を持つ部材は,それが電力を供給する機能や目的を有しなくとも,すべて「給電用」に当たることになり,相当ではない。
これを前提に被告製品をみると,同製品には給電線を通すために,突出部とは別の位置に穴部が存在し,実装時には突出部の空洞ではなく,当該穴部を給電に用いていると認められる(乙1,12)ので,被告製品の突出部の空洞が「給電用」に該当するということはできない。
したがって,被告製品の突出部は,「給電用」のものに該当しないから,構成要件1A及び1Dを充足しない。
イ これに対し,原告は,甲12を根拠に,アンテナを車体パネルに取り付ける際は給電線を給電用筒状部の空洞に一旦通してから側面の切溝から取り出すことが通常であると主張する。
しかし,甲12はそもそも給電用筒状部に関する証拠ではない上,甲12において,信号ケーブル6および電源ケーブル7を取付孔50aに挿入してから外部に導出させる構成が開示されているとしても,そのことから,アンテナを車体パネルに取り付ける際は給電線を給電用筒状部の空洞に通してから側面の切溝から取り出すことが通常であり,また,被告製品が同様の構成を有すると認めることはできない。
また,原告は,「給電用筒状部」が給電のために実際に用いられるか否かは本件各発明の作用効果とは関係がないとも主張するが,本件特許請求の範囲及び本件明細書等の記載に照らし,同一の作用効果を奏するかどうかにかかわらず,給電に使用することが可能であれば「給電用」に該当するとの解釈を採用し得ないことは,前記判示のとおりである。
ウ 以上のとおり,被告製品の突出部は「給電用筒状部」との構成に該当しないので,同製品は構成要件1A及び1Dを充足しない。
(2) 争点1-3(被告製品が構成要件1Fを充足するか)について
ア 原告は,被告製品のサブアーム部の爪部は,構成要件1F(「前記サブアーム部の上端部は前記メインアーム部の外側面よりも外方向に突出した係止爪をなし,」)の「係止爪」に該当すると主張する。
しかし,構成要件1Fの文言及び本件明細書等の段落【0029】における「サブアーム部63の上端部はメインアーム部の外側面よりも外方向に突出した係止爪65をなしている」との記載によれば,「係止爪」がサブアーム部の「上端部」に位置するものであることは明らかである。そして,「端」とは「物の末の部分。先端」を意味するので(乙3),構成要件1Fの「係止爪」はサブアーム部の「先端」に位置するものと解される。
上記解釈を前提にして被告製品についてみるに,被告製品のサブアーム部においては,爪部より上方にフック部が存在しており,爪部は最上端(フック部の先端)と最下端(サブアーム部の付け根)の中間付近に位置していると認められ,爪部が「上端部」に位置しているということはできない。
これに対し,原告は,「上端」が最上端を意味すると解する必要はなく,係止爪の上面が車体パネルの内側面に当たってサブアーム部が撓む程度の上方であれば足りると主張するが,「上端」との文言の通常の意味に照らして,そのように解することはできない。
したがって,サブアーム部の爪部は「係止爪」に該当しない。
イ 原告は,被告製品のコの字型部材におけるサブアーム部の爪部とフック部が全体として「係止爪」に該当すると主張する。爪部とフック部を全体として「係止爪」に相当するとした場合,係止爪はサブアーム部の「上端部」に位置するということができ,被告製品を車
体パネルに挿入すると,爪部及びフック部は協働して車体パネルに引っかかって抜け力を増大させる作用を果たしていると認められるので,爪部及びフック部は全体として「係止爪」に該当すると解することができる。さらに,被告製品のフック部はメインアーム部の外側面から外方向に約0.4mm程度はみ出していることからすると,「メインアーム部の外側面よりも外方向に突出し」ているということができる。
したがって,爪部及びフック部は「係止爪」に該当する。
ウ 以上によれば,爪部を係止爪と構成する場合,被告製品は,構成要件1Fを充足しないが,爪部及びフック部を係止爪と構成する場合,構成要件1Fを充足する。
(3) 争点1-4(被告製品が構成要件1Gを充足するか)について
続いて,上記(2)のとおり,被告製品のサブアーム部の爪部とフック部が全体として「係止爪」に該当した場合において,同製品が構成要件1G(「かつ前記係止爪は上端に向かって肉厚が増加している,」)を充足するかどうかについて検討する。
上記のとおり,構成要件1Gは「係止爪は上端に向かって肉厚が増加している」と規定するところ,被告製品の爪部及びフック部についてこれをみるに,爪部及びフック部のうち,その下部に位置する爪部は,上端に向かって肉厚が増加していると認められるが,フック部については,水平方向の肉厚はほぼ一定であり,その肉厚は爪部の上部の肉厚の半分以下である上,その先端(上端)では減少していることが認められる。そうすると,爪部とフック部から形成される「係止爪」が「上端に向かって肉厚が増加している」ということはできない。
これに対し,原告は,構成要件1Gの技術的意義からすれば,係止爪は全体が上端に向かって肉厚が増加している必要がなく,挿入時に車体パネルの外側面に接する部分及び抜け方向の荷重が加わった際に車体パネルの内側面に接する部分,すなわち爪部のみが上端に向かって肉厚が増加していれば足りる旨主張する。
しかし,構成要件1Gは,係止爪が「上端に向かって肉厚が増加している」ことを要件とするものであり,係止爪を爪部とフック部が一体となったものと解する場合,係止爪の「上端」がフック部の上端に位置することは明らかであり,同構成要件の文言に照らすと,爪部のみが上端に向かって肉厚が増加していれば足りると解することはできず,フック部の上端に向かって肉厚が増加していることを要するものというべきである。
前記判示のとおり,被告製品はフック部の上端に向かって肉厚が増加しているものではないので,同製品の爪部とフック部から構成される部分が「係止爪」に当たるとしても,構成要件1Gを充足しない。
(4) 小括
以上のとおり,被告製品は構成要件1A及び1Dを充足せず,また,爪部を係止爪とした場合には構成要件1Fを,爪部及びフック部を係止爪とした場合には構成要件1Gを充足しないので,本件特許の文言侵害に基づく原告の請求は,いずれも理由がない。
3 争点2(被告製品による均等侵害の成否)について
前記2のとおり,被告製品は構成要件1A及び1Dを充足せず,この点について均等侵害の主張はされていないから,構成要件1F及び1Gに係る均等侵害の主張について判断するまでもなく,原告の請求は棄却されるべきであるが,念のため,上記の均等侵害の主張について判断する。
(1) 特許請求の範囲に記載された構成に,相手方が製造等をする製品又は用いる方法(対象製品等)と異なる部分が存する場合であっても,①当該部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件),②当該部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(第2要件),③そのように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件),④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者が当該出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件),かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は,当該対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁,最高裁平成28年(受)第1242号同29年3月24日第二小法廷判決・民集71巻3号359頁参照)。
本件発明1と被告製品との相違点は,本件発明1では,係止爪がサブアーム部の上端部に位置するものであるのに対し,被告製品では,爪部の上部にフック部が設けられ,爪部がサブアーム部の上端部に位置するとはいえない点にあるところ,被告は,原告の均等侵害の主張に対し,第4要件を充足することは争わないものの,その余の要件の充足性を争うので,以下検討する。
(2) 第1要件(非本質的部分)について
ア 均等侵害が成立するための第1要件にいう本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であり,このような特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではないと解される。
イ 原告は,本件発明1のうち,挿入力の増加の防止のための構成がその本質的部分であるとした上で,被告製品は少なくともその課題の解決原理を利用しているのであるから,被告製品のサブアーム部にフック部が付属しているかどうかにかかわらず,同製品は本件発明1の本質的部分を備えていると主張する。
しかし,本件発明1は,特に車載用等のアンテナの仮固定用ホルダについて,従来例の仮固定用ホルダでは抜け力が弱いという問題があり,他方,抜け力を強くするために係止爪の引っ掛かり量を多くすると,挿入力が強くなり作業性が悪化することから,挿入力は弱いままで,抜け力を強くするという課題を解決するためのものであると認められる(本件明細書等の段落【0009】,【0013】~【0015】)。そうすると,本件発明1の本質的部分は,挿入力は弱いままで,抜け力を強くするための構成にあり,従来技術との対比でいうと,特に抜け力の強化のための構成が重要であるというべきである。
そして,本件発明1は,上記課題の解決のため,①メインアーム部と,メインアーム部の下端部で繋がったサブアーム部を有し,②当該下端部がサブアーム部の撓みの支点となり,③サブアーム部の上端部を,上端に向かって肉厚が増加する係止爪からなるものとすることなどにより,取付孔への挿入性の向上を図るとともに,アンテナ上方向(抜け方向)に荷重が加わったときは,係止爪が外側に撓んで拡がることにより抜け力の増大を可能にするものであると認められる(特許請求の範囲,本件明細書等の段落【0017】,【0029】,【0032】,【0033】,【0036】,【0037】)。
ウ 他方,被告製品においては,サブアーム部の爪部の上部にフック部が設けられ,当該フック部と車体のルーフ孔の距離が0.3mmであると認められるから(乙13),抜け方向に荷重が加わった際に,フック部は0.3mm程度以上は撓むことなくすぐに車体のルーフの内側面に当たり,爪部がそれ以上に外側に撓ることは抑制されるものと認められる。
そして,被告製品における抜け力に関し,被告が実施した実験結果(乙5)によれば,本件発明1の実施品の抜け力は186Nであるのに対し,被告製品の抜け力は,215.8N,227N,271N,295Nであり,最小でも約30N,最大で約110Nの差が生じたことが認められる。
また,被告が実施した,被告製品のコの字型部材(サンプル①)と,被告製品のコの字型部材を加工してフック部を除いたもの(サンプル②)を用いた実験結果(乙14)によれば,前者の抜け力の平均値は227.60N,後者の抜け力の平均値は73.51N(いずれも10回実施)であり,フック部を備えたコの字型部材の方が,抜け力において約150N大きいことが認められる。
前記のとおり,被告製品の爪部は外側への撓みが抑制されていると認められるところ,これに上記の各実験結果を併せて考慮すると,被告製品は,本件発明1の実施品に匹敵する抜け力を備えているということができ,その抜け力の大きさは,同製品がフック部を備えることに起因しているものと考えるのが自然であり,少なくとも爪部の外部への撓みによるものではないということができる。
なお,原告は,乙14実験はサンプル②のフック部のカット加工の際にメインアーム部とサブアーム部の接続部の耐久性が損なわれた可能性があるとして,乙14実験の信用性を争うが,サンプル②はフック部を爪部からカットするものであり,上記接続部の耐久性が損なわれたことをうかがわせる事情は見当たらない。前記判示のとおり,乙14実験はサンプル①と②のそれぞれについて10回ずつ実験を行っているところ,数値にばらつきはあるものの,サンプル①は200N以上であり,サンプル②は概ね60~100程度であり,全体的に100N以上の差が生じていることに照らすと,その差が誤差や実験方法の不適切さに由来するものとはいうことはできない。
エ 前記判示のとおり,抜け力の増大という課題を解決するための構成は本件発明1の本質的部分ということができるところ,本件発明1はこの課題をアンテナ上方向(抜け方向)に荷重が加わったときに係止爪が外側に撓んで拡がることにより解決しているのに対し,被告製品は爪部に加えてフック部を備えることにより抜け力を保持しているものと認められ,そうすると,被告製品は本件発明1と異なる構成により上記課題を解決しているということができる。
そうすると,本件発明1と被告製品はその課題解決のための特徴的な構成において相違し,本件発明1と被告製品との相違点は,この課題解決に必要な構成に関するものであるから,同相違点は本件発明1の本質的部分に関するものであるということができる。
オ したがって,本件発明1と被告製品の相違点は,本件発明1の本質的部分に関するものではないということはできないので,被告製品は第1要件を充足しない。
(3) 小括
以上によれば,その余の要件を検討するまでもなく,均等侵害に関する原告の主張は理由がない。
原告(無効審判請求人):株式会社ヨコオ
被告(特許権者):原田工業株式会社
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和2年8月17日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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中村合同特許法律事務所