-知財高裁大合議判決令和2年(ネ)第10024号【椅子式マッサージ機】事件-
1.充足論(逆転充足)
1-1.原判決=一審判決(非充足)
原判決(大阪地判平成30年(ワ)第3226号)は、「…補正における原告の説明は,請求項2の追加にかかわらず,本件発明C-1の『空洞部』につき,その全体にわたって『内側立上り壁』が存在する構成を前提としていたと理解される」などと理由を述べて、「本件発明C-1の『空洞部』は、その全体にわたって『内側立上り壁』を備えるものをいうと解される。」と限定的に解釈して、非充足と判断した。
2-2.本判決=控訴審判決(充足)
これに対し、本判決(知財高裁大合議判決令和2年(ネ)第10024号)は、「本件発明C-1の特許請求の範囲(請求項1)には、『空洞部』を形成する『内側立上り壁』が空洞部の長さ方向全域に設けられる必要があることを規定した記載はない。…図8には、内側立上り壁が存在せず、外側立上り壁622a及び底面部624aによりL型に形成された空間に空洞部を表す符号『62a』が示されており、また、図14には、内側立上り壁が存在せず、底面部624a、外側立上り壁622a及び手掛け部65aによりコ型に形成された空間に空洞部を表す符号『62a』が示されている。一方で、本件明細書Cには、『空洞部』を形成する『内側立上り壁』が空洞部の長さ方向全域に設けられる必要があることについての記載や示唆はなく、かえって、…施療者の腕部をマッサージする前腕部施療機構として肘掛部の長さ方向全域に左右一対の立上り壁を設けた、従来の椅子式マッサージ機には、施療者側の内側立上り壁が上腕部内側の肘関節付近を圧迫して、施療者に不快感を与えたり、前腕部施療機構における腕部の載脱行為を妨げたりするなどの欠点があることの開示がある。…『空洞部』は、『肘掛部の幅方向左右に夫々設けた外側立上り壁及び内側立上り壁と底面部とから形成』され、かつ、『前腕挿入開口部から延設して肘掛部の内部に施療者の手部を含む前腕部を挿入保持』する部分であるが、その長さ方向全域に内側立上り壁が存在することを必須のものとするのではなく、その長さ方向の一部に内側立上り壁が存在する構成のものも、『空洞部』に該当するものと解される。」として、逆転充足とした。
原判決も、本発明の課題解決との関係を突き詰めたというより、補正時の出願人自身の前提となっていたことを限定解釈の根拠としていたものであり、限定解釈の根拠としては十分ではないから、限定解釈する根拠が無いとした本判決(控訴審判決)が妥当である。
2.損害論(損害論一般部分の判旨抜粋)
2-1.特許権者による「競合品」の販売・輸出と特許法102条2項の適用
(1)知財高裁大合議判決平成24年(ネ)第10015号〔ごみ貯蔵機器事件〕が提唱した、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許権者がその侵害行為により損害を受けたものとして、特許法102条2項の適用が認められる」という判断枠組みを踏襲した。この判断枠組みは、裁判例上確立している。
(【椅子式マッサージ機】大合議判決の判旨抜粋)「特許法102条2項…の趣旨は、特許権者による損害額の立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定し、これにより立証の困難性の軽減を図ったものであり、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許権者がその侵害行為により損害を受けたものとして、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである…。」
(2)特許権者が「競合品」を日本国内で販売又は日本国内から国外へ輸出していれば、特許発明の実施品を販売・輸出していなくても、特許法102条2項の適用が認められる。【椅子式マッサージ機】大合議判決以前からこの判断枠組みを採る裁判例が大多数であったところ、【椅子式マッサージ機】大合議判決もこの判断枠組みを採ったことで、裁判例上確立した。
(【椅子式マッサージ機】大合議判決の判旨抜粋)「特許法102条2項…の規定の趣旨に照らすと、特許権者が、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ輸出又は販売することができたという競合関係にある製品(以下「競合品」という場合がある。)を輸出又は販売していた場合には、当該侵害行為により特許権者の競合品の売上げが減少したものと評価できるから、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと解するのが相当である。また、かかる事情が存在するというためには、特許権者の製品が、特許発明の実施品であることや、特許発明と同様の作用効果を奏することを必ずしも必要とするものではないと解すべきである。」
(3)特許権者による「競合品」の輸出・販売が事後的に他人の特許権侵害と判断されても、特許法102条2項の適用は否定されない。
(【椅子式マッサージ機】大合議判決の判旨抜粋)「競合品が事後的に他人の侵害品であると判断されたとしても、現に、当該競合品が市場において侵害品と同じ時期に流通していた事実が認められる以上は、侵害者の侵害品に向けられていた需要が当該競合品に向かうという関係性が認められるから、特許権者に、侵害者による特許権侵害がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在することを否定することはできない。」
(4)特許権者による「競合品」が日本国外で「競合」している場合も特許法102条2項が適用されることを前提として、「競合」関係にあるか否かは仕向け先の市場ごとに判断する。
(【椅子式マッサージ機】大合議判決の判旨抜粋)「特許権者の製品と侵害品が市場において侵害者の侵害行為がなければ輸出することができたという競合関係にあるかどうかは、仕向け先の当該仕向国における市場ごとに判断するのが相当である。」
2-2.特許権者が特許製品/競合品を販売・輸出していない場合の特許法102条2項の適用
本判決の事案では特許権者が「競合品」を輸出していたため顕在化しなかったが、近時の重要論点として、特許権者自身が特許製品・競合品を販売・輸出していない場合の特許法102条2項の適用という論点があり、この論点も「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許権者がその侵害行為により損害を受けたものとして、特許法102条2項の適用が認められる」という判断枠組みにより判断されている。
これが認められた裁判例としては、知財高裁大合議判決平成24年(ネ)第10015号〔ごみ貯蔵機器事件〕と、知財高判令和3年(ネ)第10091号〔骨折固定システム〕事件<本多裁判長>がある。この論点は本判決の焦点ではないから、関連裁判例として後掲する。
2-3.特許法102条2項による推定の覆滅部分に係る3項の重畳適用可能範囲
本判決は、2項による推定の覆滅割合を9割と認定したため、同覆滅部分について3項を重畳適用できるかが更に検討された。
令和元年改正法で特許法102条1項が改正され、同2項も1項と同様の場合に推定覆滅した部分に3項の重畳適用を認めた裁判例が多数であったところ、第三者が競合品を販売している場合に侵害者の侵害行為が無くても侵害者の売上げの一部は当該第三者が市場占有率(シェア)の割合に応じて獲得するであろうからその分だけ推定覆滅するという事案においては、1項についてもi、2項についてもii、1項及び2項の覆滅部分に3項の重畳適用できるのは「推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるとき」であるという規範のあてはめとして、3項の重畳適用を否定した知財高裁判決が出ているiii。これは、最高裁判決が示した「差額説」ivとの法的整合性を重視したものと理解できる。
本判決(知財高裁大合議判決【椅子式マッサージ機事件】)は、以下のとおり判示して、侵害者の生産・販売量が特許権者の実施の能力を超える場合や、競合しない出荷先地域の割合に応じて推定覆滅された分については、「推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められる」として3項の重畳適用を認めた。(他方、本件発明が侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については3項の重畳適用を認めなかった。)
特に、競合しない出荷先地域の割合に応じて推定覆滅された分については、令和元年改正法以前も、数量部分ごとに、出荷先地域ごとに、2項適用の主張と3項適用の主張を分けて主張することにより同じ計算結果を得ることが出来た類型であるから、法改正による損害額の増額という観点からは、令和元年改正法の意義が減殺されているという懸念もある。
(【椅子式マッサージ機】大合議判決の判旨抜粋)「特許法102条2項の規定により推定される特許権者が受けた損害額は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益に相当するものであるのに対し、同項による推定の推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、特許権者は、売上げの減少による逸失利益とは別に、実施許諾の機会の喪失による実施料相当額の損害を受けたものと評価できるから、特許権者の損害を二重に評価することにはならない。」
「特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。」
「市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、被控訴人による被告製品1の各仕向国への輸出があった時期において、控訴人製品1は当該仕向国への輸出があったものと認められないことから、当該仕向国のそれぞれの市場において、控訴人製品1は、被告製品1の輸出がなければ輸出することができたという競合関係があるとは認められないことによるものであり、控訴人は、当該推定覆滅部分に係る輸出台数について、自ら輸出をすること ができない事情があるといえるものの、実施許諾をすることができたものと認められる。一方で、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、その推定覆滅部分に係る輸出台数全体にわたって個々の被告製品1に対し本件各発明Cが寄与していないことを理由に本件推定が覆滅されるものであり、このような本件各発明Cが寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものと認められない。そうすると、本件においては、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についてのみ、特許法102条3項の適用を認めるのが相当である。」
【関連裁判例の紹介(特許権者自身が特許製品/競合品を販売・輸出していない場合の特許法102条2項の適用)】
(1)両判決の事案概要
知財高裁大合議判決平成24年(ネ)第10015号〔ごみ貯蔵機器事件〕は、特許権者が日本国内で特許実施品又は競合品を販売する者と販売代理店契約を締結していた事案であり、侵害者の販売行為により販売代理店の日本国内における売上げが減少していたという事案であった。
知財高判令和3年(ネ)第10091号〔骨折固定システム〕事件<本多裁判長>の事案は、特許権者及び特許発明の実施者が何れも共通する最終親会社の100%子会社であり、其々が最終親会社の管理及び指示の下で本件特許権の管理及び権利行使をし、本件特許権を利用して原告製品を製造していたという事案であった。
(2)〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決の射程範囲
上記のとおり、〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決は、代理店が販売していれば得られたであろう特許権者の収入(代理店からの売り上げの一定割合で確定する金額と考えられる。)は、代理店の販売により得られる粗利よりも少ないと想定されるが、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」に当たるとして特許法102条2項を適用した。したがって、特許権者が得られたであろう利益の額が、販売者が得る利益額よりも少ないこと自体は、特許法102条2項適用を妨げるものではない。
なお、〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決と類似する想定事案として、特許権者がランニングロイヤルティで実施許諾し、ライセンシーが特許製品ないし競合品を製造/販売している場合には、侵害者の販売によりライセンシーの売上げが下がることにより、特許権者が受領できるライセンス料が下がるから、形式的には、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する」と言え、〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決の事案と実質的な差異は無いとみる余地もあり、これを認める見解もあるv。
〔ごみ貯蔵機器大合議事件〕判決の理解については、「特許法102条2項の立法趣旨に照らすと、条文上に規定がない『特許発明の実施』を同項の適用要件とすることには十分な理由を見出しがたい。むしろ、同項の推定が及ぶ範囲を広く認め、特許権者と侵害者の業務内容に相違が存在するなどの諸事情は、推定された損害額を覆滅する事情として個別具体的に考慮することにより、妥当な結論を得ることができるものと思われる。」とする解説記事があるvi。
なお、特許権者が実施許諾しているに過ぎない場合に特許法102条2項の適用を否定した見解もあるがvii、ランニングロイヤルティではなく、実施料を契約時に一括で支払う場合を想定して特許法102条2項の適用を否定したとも理解可能である。
(3)〔骨折固定システム〕事件控訴審判決の射程範囲
先ず、知財管理会社であっても、特許権者及び特許発明の実施者が何れも共通する最終親会社の100%子会社であり、其々が最終親会社の管理及び指示の下で本件特許権の管理及び権利行使をし、本件特許権を利用して原告製品を製造していたという本事案と同じ価値判断が働く想定事案、例えば、発明実施法人と知財管理法人とが100%親子会社であり、親会社の管理及び指示の下で子会社が製造/販売、又は、特許権の管理/権利行使をしていた場合は、〔骨折固定システム〕事件控訴審判決の射程範囲内であり、特許法102条2項の適用が認められると思料する。
問題は、過半数株式を保有するが100%子会社ではない会計上の連結子会社のような場合が、本判決の射程範囲内であるかである。この点については、本判決が「Zimmer Inc.の管理及び指示の下でグループ全体として本件特許権を利用した事業を遂行していると評価することができる。そうすると、ジンマー・バイオメットグループにおいては、本件特許権の侵害行為である一審被告製品の販売がなかったならば、一審被告製品1~3を販売することによる利益が得られたであろう事情があるといえる。」と判示しており、親会社の管理及び指示の下でグループ全体として本件特許権を利用した事業を遂行していると評価できるか否かを問題としているから、必ずしも100%子会社でなくても、51%であっても、親会社の(本件特許権の管理及び権利行使、製造/販売に関する)決定方針に従うという関係が構築されているならば、グループにおいて「特許権の侵害行為…がなかったならば…販売することによる利益が得られたであろう事情がある」と認められる余地はあると思料する。この点については、親会社の(本件特許権の管理及び権利行使、製造/販売に関する)決定方針に子会社が従っていたことを取締役会議事録等に証拠化しておき、これを証拠として主張・立証することが考えられ、(グローバルな)グループ全体のガバナンスとして、親会社の管理及び指示系統を改めて確認するとともに、議事録等において適宜証拠化しておくことが望ましい。
さらに、近時、知財信託専門会社が(資本関係のない)顧客の特許権等の権利者となり管理する態様が増えてきている。この場合、原告側は知財信託専門会社が事業会社の管理及び指示の下で両者合計として本件特許権を利用した事業を遂行していると評価できると主張するであろうが、そのような実態が立証できるかが問題となるうえに、そもそも、特許権侵害行為がなかったならば知財信託専門会社が”信託手数料を超えて更に”利益が得られたという事情があるかという根本的な問題もあり、知財信託専門会社による特許権行使に特許法102条2項の適用を認めることは、親子会社の事案よりも、また、ランニングロイヤルティで実施許諾している事案よりもハードルが高いと考えるviii。ix
以 上
(控訴人/一審原告/特許権者)株式会社フジ医療器
(被控訴人/一審被告)ファミリーイナダ株式会社
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和5年5月15日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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i 知財高判平成31年(ネ)第10007号【プログラマブル・コントローラにおける異常発生時にラダー回路を表示する装置事件】は、以下のとおり判示した。
「特許法102条1項2号は、特定数量がある場合、その数量に応じた実施料に相当する額を損害の額とすることができると定める一方で、同号括弧書きは、特許権者等が当該特許権者等の特許権について実施権の許諾をし得たと認められない部分を除く部分を除外しているから、侵害者の侵害行為により特許権者がライセンスの機会を喪失したとはいえない場合には 実施料に相当する額の逸失利益が生じるものではないことが規定されている。…本件において認められた特定数量は本件発明1の特徴的技術部分が被告表示器A及び被告製品3の販売量に貢献しているとは認められない数量、機能上の制約あるいは一審原告のシェア割合からみてユーザの需要が原告の製品に向かず、一審原告以外の他社への購入に振り向けられる数量、直接侵害品の生産に向けられず本件発明1の技術的範囲に属しない表示器となる数量を合わせたものであるから、そのように本件発明1が販売数量に貢献し得ていない製品や一審被告以外の他社が販売する製品について、一審原告が一審被告に本件発明1をライセンスし得るとは 認められない。そうすると、特許法102条1項2号の損害を認めることはできない。…
仮に、特許法の解釈上、特許法102条2項と3項の重畳適用が排除されていないとしても、その適用は同条1項2号の趣旨にかなったものとなるのが相当と思料されるべきところ、本件においては、同条2項の覆滅事由は前記…のとおり、そもそも同条1項2号の適用のない場合であるから、同条3項を重畳適用できる事案ではない。」
ii 知財高判令和3年(ネ)第10088号【情報通信ユニット事件】は、以下のとおり判示した。
「被控訴人は、…競合品の存在を理由とする特許法102条2項の推定覆滅に相応する侵害品の譲渡数量に対して、同条3項を重畳適用して、被控訴人の許諾機会の喪失に係る逸失利益を想定すべきである旨主張する。しかし、競合品の存在を理由とする同項の推定の覆滅は、侵害品が販売されなかったとしても、侵害者及び特許権者以外の競合品が販売された蓋然性があることに基づくものであるところ、競合品が販売された蓋然性があることにより推定が覆滅される部分については、そもそも特許権者である被控訴人が控訴人に対して許諾をするという関係に立たず、同条3項に基づく実施料相当額を受ける余地はないから、重畳適用の可否を論ずるまでもなく、被控訴人の主張は採用できない。」
iii 2023年度大阪弁護士会知的財産シンポジウムのパネルディスカッション(2023年4月6日開催)において、大鷹一郎知財高裁所長は、「市場における競合品の存在」による2項推定覆滅部分に対する3項の重畳適用について肯定説で発言した。
iv 最判昭和39年1月28日(民集18巻1号136頁)は、「民法上のいわゆる損害とは,一口に云えば侵害行為がなかったならば惹起しなかったであろう状態(原状)を(a)とし,侵害行為によって惹起されているところの現実の状態(現状)を(b)とし a-b=x そのxを金銭で評価したものが損害である。」と判示した。
v 牧野利秋=磯田直也「損害賠償(3)」牧野利秋ほか編「知的財産訴訟実務体系Ⅱ」37頁、森本純=大住洋「実務的視点からみた特許法102条2項の適用要件及び推定覆滅事由」(知財管理63巻9号1381頁)
vi 判例時報2179号39頁「紙おむつ処理容器事件知財高裁大合議判決(知的財産高判平25・2・1)」
vii 知財高裁詳報「特許法102条2項の適用要件」(Law and Technology 59号61頁)は、「…同条3項の存在等に照らすと、特許権者が実施料のみを得ているような場合は除外されるものと解されるが、それ以外にどのような場合が上記事情が存在する場合に当たるかは、事案ごとに判断するほかないものと思われる。」と説明している。
viii 高部眞規子「特許法102条2項の適用をめぐる諸問題」(知財ぷりずむ2016年1月号)では、「特許管理会社やいわゆるパテントトロールのような特許不実施主体など、権利者がおよそ市場における市場における製造販売行為を行っていない場合は、製造販売による逸失利益があり得ないので、これらの場合については2項の適用が想定されていないと解される。」と解説している。同論稿にいう「特許管理会社」とは、グループ内の知財管理法人ではなく、(資本関係のない)他社の知的財産を管理する法人を意味しており、近時の「知財信託会社」を意味するものと理解できる。
ix 潮海久雄「特許権侵害に基づく損害賠償―ドイツ法からの示唆―」(工業所有権法学会第41号、131頁)は、経済産業省産業構造審議会知的財産政策部会流通・流動化委員会の立場を引用しながら、「形式的な特許権者が不実施でも、委託者が実施していれば、102条2項の適用の余地を認めるべきと考えられる」としている。