-東京地判令和元年(ワ)第23164号「画像形成装置」事件<田中裁判長>-
【本判決の要旨、付随論点についての関連裁判例】
1.本判決(「画像形成装置」事件判決)の抜粋(規範部分+あてはめ部分)
「…本件特許出願は,本件出願1の分割出願である本件出願2に係る,更にその分割出願である本件出願3に係る,更にその分割出願に係る特許出願であるところ,被告は,本件出願2が分割要件違反になる旨を主張するので,この点について検討する。
…分割出願が適法な場合には,その効果は原出願の出願日に遡及する(特許法44条2項本文)が,分割出願が不適法な場合には,分割出願をした時点を基準として実体審査が行われることになる。そして,分割出願の出願日が原出願の出願日へ遡及するためには,①分割出願の明細書等に記載された事項が,原出願の出願当初の明細書等に記載された事項の範囲内であること,及び,②分割出願の明細書等に記載された事項が,原出願の分割直前の明細書等に記載された事項の範囲内であることを要するものと解するのが相当である。なお,原出願の明細書等について補正をすることができる時期に特許出願の分割がされた場合には,上記①の要件が満たされれば,上記②の要件も満たされるものと解されるところ,本件出願2は…本件出願1の明細書等について補正をすることができる時期…にされたものではないことからすれば,本件出願2の分割要件としては上記①の要件とは別に,上記②の要件を満たすことも必要となると解される。…
…本件出願2が分割出願された時点における本件出願1の明細書等,すなわち,本件出願1の特許査定時の明細書等…と,本件出願2の明細書等(本件出願2分割時明細書…)とを比較すると,本件出願2分割時明細書は,例えば,指定キープ指示部によって,電源OFF後も加工条件をキープし,次回以降最初に表示される画面に表示することに関する記載が追加されている点(段落【0100】),倍率を指示する「一つ上」や「一つ下」の表示によって,使用頻度の高い加工条件である倍率の設定数を減らし,メニューの設定数を減らすことに関する記載が追加されている点(段落【0105】),登録されたメニューを変更不可にロックする手段を設けることによって,安易なメニュー変更による誤指示を防止することに関する記載が追加されている点(段落【0145】),図7ないし図15及びこれに関連する記載が追加されている点(段落【0041】…)で,本件出願1査定時明細書の記載と相違しており,本件出願2分割時明細書は,本件出願1査定時明細書には存在しない記載事項を含むものであるから,本件出願1査定時明細書に記載された事項の範囲内であるとはいえない…。そうすると,本件出願2は,…②の分割要件を満たさないから,分割要件違反となるものというべきであり,本件出願2には特許法44条2項の適用がない。
…以上によれば,本件特許出願が本件出願3に対して分割要件を満たし,本件出願3が本件出願2に対して分割要件を満たすとしても,本件出願2は本件出願1に対して分割要件を満たしていないから,本件出願2の出願日は,本件出願1の出願日まで遡及せず,現実の出願日…であることとなり,同様に,本件特許出願の遡及する出願日は,本件出願2の出願日…となる。」
すなわち、親・子・孫と分割出願したとき、子出願に分割要件違反/新規事項追加の違法があると、孫の出願日は、この現実の出願日までしか遡らず、親の出願日まで遡らない。
この点は裁判例が確立しており、近時の知財高判平成28年(行ケ)第10263号「配線ボックス」事件<髙部裁判長>(未来工業v.日動電工)も、「分割出願が適法であるための実体的要件としては,①もとの出願の明細書又は図面に二以上の発明が包含されていたこと,②新たな出願に係る発明はもとの出願の明細書又は図面に記載された発明の一部であること,③新たな出願に係る発明は,もとの出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であることを要する。本件出願は,第1出願から数えて5世代目になる分割出願であるため,本件出願が第1出願の出願時にしたものとみなされるには,本件出願,第4出願,第3出願及び第2出願が,それぞれ,もとの出願との関係で,上記①ないし③の分割の要件を満たし,かつ,本件発明が第1出願の出願当初の明細書等に記載した事項の範囲内のものであること,という要件を満たさなければならない。」と判示しているとおりである。
(⇒「配線ボックス」事件では、出願当初明細書の2か所に記載された夫々の変更例が、互いに反するものではなく,同一の配線ボックスにおいて併存し得る変更であるとして、当業者は両方の変更例を含む発明も第1出願の出願当初明細書に実質的に記載されていたと認識すると判断され、途中世代の出願も第1出願の出願日に遡ると認められた。(最終的に、進歩性あり。))
なお、「配線ボックス」事件はクレーム文言の追加が新規事項追加か否かが問題となった事案であり、本件では発明の詳細な説明の追加が新規事項追加か否かが問題となったが、ここでの一般論は同様に妥当する。
2.(本件では問題とならなかったが、)子出願後に補正した場合⇒遡及効あり
この点は裁判例が確立しており、子出願が出願時に新規事項追加が無かったとしても、出願後に補正して新規事項追加となった場合は、補正の遡及効により、子出願は分割要件違反/新規事項追加の違法があり、孫の出願日は、親の出願日まで遡らない。
東京地判平成16年(ワ)第14649号「話の通話制御システム」事件<設樂裁判長>は、「本件出願2第1補正及び第2補正は,本件出願当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内において,本件分割出願における当初明細書の特許請求の範囲を増加し減少し又は変更した補正であるとは認められないから,本件分割出願は旧特許法44条1項の分割出願の要件を満たさないものであり,平成9年5月7日に出願されたものとみなされる。そして,本件出願2第1補正及び第2補正は,本件分割出願の当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものと認めることもできないため,特許法17条の2第3項に反する…」と判示して、分割要件を補正後のクレームで判断した。
東京高判平成15年(行ケ)第65号「コンクリート埋設物」事件<篠原裁判長>(未来工業v.日動電工)は、「子出願に係る発明は,平成5年10月29日付け手続補正書(甲17)により補正され,親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないこととなり,いったん特許権の 設定登録がされた後,当該補正がされた発明のまま,その無効審決が確定し,子出願に係る特許権は,初めから存在しなかったものとみなされた。したがって,当該補正がされた発明はもはや訂正される余地はなく,子出願に係る発明は,親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないこととなったから,子出願が分割の実体的要件を満たさないことは明らかである。そうすると,孫出願の分割の適否を検討するまでもなく,孫出願である本件特許出願の出願日が親出願の出願日まで遡及する余地はない…。」と判示して、子出願の分割要件を補正後のクレームで判断し、孫の出願日は、親の出願日まで遡らないとした。
大阪高判平成14年(ネ)第2776号「コンクリート埋設物」事件<若林裁判長>(未来工業v.日動電工)も、「原告は,子出願が特許法44条により適法に分割された分割出願であり,…手続補正書による補正により,特許法40条に基づき,出願日が…繰り下がったに過ぎず,子出願の分割自体が不適法,無効となるものでない旨主張するが,…そもそも子出願の分割は分割要件を具備しておらず不適法であることは明らかであって,原告の上記主張は採用することはできない。…本件出願1(孫出願)は,子出願を親出願とする分割出願としては,その他の分割の要件も満たしているといえるから適法といえる。しかしながら,親出願との関係では,…子出願が親出願から適法に分割されたものとはいえない以上,本件出願1(孫出願)も親出願の時に出願したとみなされることはなく,子出願の時に出願したとみなされることとなり,子出願の出願日とみなされる…日に出願したとみなされることになる」と判示して、子出願の分割要件を補正後のクレームで判断し、孫の出願日は、親の出願日まで遡らないとした。同判決は、「補正の遡及効により分割不適法の事態などが生じる場合でも,補正を行った者はさらにこれを修正する補正を行うことにより不適法理由の解消を行うことなどが可能である。これらの点を考慮すると,親出願,子出願,孫出願と順次分割がされた場合において,子出願から孫出願への分割が分割要件に欠けるところがなかったとしても,子出願についての補正の有無,内容いかんにより,子出願の親出願からの分割がその要件を具備するか否かの帰趨が変動し,そのために,子出願の出願日が変動し,さらに孫出願の出願日が変動するような事態が生じることもやむを得ない」とも判示しており、子出願が新規事項追加の拒絶理由を受けたときに、子出願をさらに分割して孫出願を行うときには、絶対に放置してはならず、子出願が最終的に拒絶されるにしても、新規事項追加の拒絶理由は解消する補正をしておくべきである。(同判決は、それが可能であると判示している。)
逆に、東京高判昭和50年(行ケ)第75号は、「もつとも、本件特許出願に関し、その後の補正によつて、右分割の要件が満たされるに至つたときには、これにより改めて出願日の遡及が認められることとなる場合があるので、本件補正がこの場合に当るかどうかについて検討する。」と判示して、分割要件を補正後のクレームで判断し、補正により分割要件違反が治癒される場合があることを判示した。もっとも、同事案では、当該補正も補正要件を満たしておらず、分割要件違反が治癒されていないと判断され、「適法な分割出願であるということはできず、したがつて、出願日の遡及は認められず、現実の出願日…に出願したものとして、取り扱われることとな」ってしまった。
3.分割要件と補正要件の異同⇒裁判例では同じ
この論点は学説が分かれており、両者を異なって理解する学説もある。
しかし、裁判例を見ると、例えば東京地判平成15年(ワ)第9215号「止め具及び紐止め装置」事件<三村裁判長>は、「分割出願はもとの特許出願の時にしたものとみなされ(同条2項),新規性・進歩性の判断等については分割出願の基になった特許出願時を基準とすることになることなどにかんがみると,出願の分割は補正(特許法17条)と類似した機能を持つものであるといえるから,分割出願をすることができる範囲についても,もとの出願について補正をすることが可能である範囲に限られるものと解すべきであって(補正の要件を欠く場合にも出願の分割をなし得るとすれば,実質的には分割手続により補正の要件を潜脱することを許すことになり,不合理である。)」と判示して、分割要件と補正要件は同じとした。
この点は、東京地判平成10年(ワ) 第8345号「養殖貝類の耳吊り装置」事件<三村裁判長>も同様に判示した。その他、裁判例を概観するも、分割要件と補正要件とで異なるメルクマールを立てた裁判例は見当たらない。
4.子出願の拒絶確定、無効確定、取下げの孫出願への影響⇒なし
子出願が特許化されなくても、新規事項追加の無効理由を抱えたままでの拒絶確定、無効確定、取下げでなければ、特許法44条1項に基づいて子出願の出願日が親出願日に遡る効果自体は失われないから、孫出願の出願日が親出願日に遡る効果も影響なく、失われない。
例えば、東京地判平成27年(ワ)第8517号「畦塗り機」事件<嶋末裁判長>は、原出願⇒第1世代⇒第2世代⇒第3世代という経緯における第3世代の特許が権利行使された事案であり、第2世代の出願は取り下げられていたが、第3世代の出願日が、第1世代、原出願の出願日に遡及できることは当然視され、そもそも争われなかった。
上掲した東京高判平成15年(行ケ)第65号、大阪高判平成14年(ネ)第2776号も、子出願の無効が確定したこと自体は、孫出願の出願日が親の出願日に遡らないことと関係ないと明示的に判示している。
この点は、特許庁の実務も同様である。(例えば、「畦塗り機」事件の第3世代である特許の特許査定を見ると、第2世代の特許が取り下げられているが、出願日が原出願の出願日に遡及することが明記されている。他にも、同様の事案は多数あり、これと異なる事案はない。)
5.考察<一般論>(子出願が新規事項追加の拒絶理由を受けた場合の対応方策)
上記紹介した各裁判例に鑑みれば、子出願が新規事項追加の拒絶理由を受けたときに、子出願をさらに分割して孫出願を行うときには、絶対に放置してはならず、子出願が最終的に拒絶されるにしても、新規事項追加の拒絶理由は解消する補正をしておくべきである。(上掲・東京高判昭和50年(行ケ)第75号は、それが可能であると判示している。)
そうであるとすれば、子出願から孫出願を分割するときは、子出願を補正するコストを厭わずに、必ず手続補正をし、新規事項追加ではないクレームにして終わるべきである。このとき、子出願が拒絶確定しても孫の出願日が親出願日に遡及することを妨げないから、補正後の子出願は、新規事項追加を免れればよく、例えば新規性欠如でも差し支えない。
もっとも、最後の拒絶理由通知以降において、限定的減縮のみが認められる場面においては、新規事項追加ではないが新規性欠如のクレームにする手続補正が限定的減縮違反とされる可能性もある。最後の切り札として考えられるのは、全請求項を削除する補正をして終わることかもしれない。特許法44条1項の要件は「もとの出願の明細書又は図面に二以上の発明が包含されていたこと」であるから、請求項が無くても分割要件を満たすという考え方もあるかもしれない。補正後の子出願が「新たな特許出願」(特許法44条)に該当するかは懸念が残るが、新規事項追加のまま子出願が終われば一巻の終わりであるから、最終手段としては全請求項を削除する補正をするしかないだろう。
この点、東京高判平成13年(行ケ)第421号「側溝構造」事件も、「本件訂正によって請求項の全部が削除されたことにより,本件実用新案登録は,初めから存在しなかったものとみなされる…」と判示して、実用新案登録は初めから存在しなかったものとみなされるが、実用新案登録出願が初めから存在しなかったものとみなされるとは述べていない。
同様に、東京高判平成15年(行ケ)第65号「コンクリート埋設物」事件<篠原裁判長>(未来工業v.日動電工)も、「無効審決が確定し,子出願に係る特許権は,初めから存在しなかったものとみなされた。」と判示して、特許権は,初めから存在しなかったものとみなされる…」と判示して、特許権は初めから存在しなかったものとみなされるが、特許出願が初めから存在しなかったものとみなされるとは述べていない。
もっとも、請求項を全部削除する訂正自体は観念し得るとしても、上記のとおり、補正後の子出願が「新たな特許出願」(特許法44条)に該当するかは懸念が残ることに加え、この点について裁判例が存在しないため、一巻の終わりを避けるために万策尽きた場面を除き、念のため避けておきたい方策である。
他の方策としては、例えば以下のようなものがある。
1つには、子出願を補正するとき(又は子出願の分割出願時)に、”絶対に新規事項追加にあたらない請求項を1個用意しておく”ことである。(この”絶対に新規事項追加にあたらない請求項は、独立特許要件を満たす必要がある。何故なら、そうでないとこの請求項を理由に、子出願全体が拒絶されてしまうからである。)そうすれば、最悪でも当該1個の請求項を残して子出願を終えることができるから、上掲した問題を全て解決できる。ただし、親が特許査定されて広くチャレンジする場面であれば格別、親出願が拒絶された後の分割出願においては、絶対に新規事項追加にあたらず、且つ、独立特許要件を満たす請求項を設けることは困難である場合も多いと思われる。(例えば、実施例の1点のみをクレームアップした請求項を設けることが考えられる。)
また、子出願について、限定的減縮でなくても兎に角新規事項追加を含まない手続補正書を提出し、判断される前に出願を取下げるという発想も有り得る。ただし、補正の遡及効がいつ発生するのか(=補正要件違反であっても、手続補正書提出時に補正の遡及効が直ちに発生するのか)という論点があり、裁判例がないところが気になるところである。
最後に、子出願について、審判請求後、審判官に(最初の=限定的減縮の縛りが無い)拒絶理由を通知してもらい、新規事項追加でないように補正するという発想も有り得る。審判官に拒絶理由を通知する義務がないことが懸念材料であるが、実務上、審判官は事情を話せば拒絶理由を通知することもあり、そうであればここでの問題は解決できる。
6.考察<本件事案について>
本件は、親(本件出願1)・子(本件出願2)・孫(本件出願3)…と分割出願したとき、子出願(本件出願2)に分割要件違反/新規事項追加の違法があると認定され、孫(本件出願3)の出願日は、子(本件出願2)の現実の出願日までしか遡らないとして、親(本件出願1)出願日後、子(本件出願2)の現実の出願日以前に公知となった公知文献により進歩性が否定された事例である。
ここで、子出願(本件出願2)が分割要件違反/新規事項追加の違法があると認定された理由は、「本件出願2分割時明細書は,例えば,指定キープ指示部によって,電源OFF後も加工条件をキープし,次回以降最初に表示される画面に表示することに関する記載が追加されている点(段落【0100】),倍率を指示する「一つ上」や「一つ下」の表示によって,使用頻度の高い加工条件である倍率の設定数を減らし,メニューの設定数を減らすことに関する記載が追加されている点(段落【0105】),登録されたメニューを変更不可にロックする手段を設けることによって,安易なメニュー変更による誤指示を防止することに関する記載が追加されている点(段落【0145】),図7ないし図15及びこれに関連する記載が追加されている点(段落【0041】…)で,本件出願1査定時明細書の記載と相違しており,本件出願2分割時明細書は,本件出願1査定時明細書には存在しない記載事項を含むものであるから,本件出願1査定時明細書に記載された事項の範囲内であるとはいえない」というものである。
一般に、分割時(補正・訂正の遡及効によるものも含む)明細書中の特許請求の範囲に記載された発明が親出願の明細書中に開示がないとして分割要件違反/新規事項追加と判断されることが典型的な類型であり、分割出願時に明細書中の発明の詳細な説明を追記したことによる分割要件違反/新規事項追加は珍しい。
この点、国内優先権主張の事案であったが、東京高判平成14年(行ケ)第539号【人工乳首事件】は、国内優先権主張時に明細書に実施例を追加した(特許請求の範囲は変更なし)ことで新規事項追加と判断された点において共通する。本件は分割出願時、人工乳首事件は国内優先権主張時という違いはあるが、発明の詳細な説明に追記したことが新規事項追加と判断されたという点においては共通しており、非常に珍しい。
人工乳首事件判決以降、特許請求の範囲の変更が無ければ、発明の詳細な説明の追記が新規事項追加になると判断された裁判例は無かったが、本件裁判例を踏まえて、分割出願戦略も軌道修正する必要があるかもしれない。
もっとも、分割出願時に発明の詳細な説明及び図面に追記することは、(審査官へのアピールという事実上の利点は別として、)論理的には百害あって一利なしではないだろうか。何故なら、それが新規事項追加でないならば追記しなくても原明細書に開示があることとなり、逆に、原明細書に開示がない事項を追記すれば新規事項追加となるからである。したがって、分割出願のクレーム文言(特許請求の範囲の文言)を追記・変更することは発明を減縮・変更するという実利がある以上チャレンジする価値があるが、他方、分割出願時に発明の詳細な説明及び図面を追加することは止めておくべきである。
最後に、本件における子出願(本件出願2、特許第5842210号)は維持されているから、発明の詳細な説明に子出願時に追記した記載を、今後訂正審判で全て削除するという救済策が有り得る。すなわち、上掲・東京高判昭和50年(行ケ)第75号は、補正の遡及効により新規事項追加の違法を解消し得るとしているところ、この点は訂正の遡及効も同様と考えられる。この意味でも、孫出願時に、子出願が特許化されず拒絶確定するときが最も問題であり、そのときは必ず新規事項追加ではない拒絶理由で終わるようにすべき(新規性欠如でよい)ことは上記のとおりである。このことは、同じ特許権が対象とされたの令和2年(行ケ)第10131号判決<大鷹裁判証>が、「上記追加部分を削除するなどの補正をすることによって,本件出願2の分割要件違反の状態を解消する機会があったことが認められることを総合考慮すれば,本件出願2の審査官が上記分割要件違反を看過したことは適切ではなかったが,」「このことが『重大かつ明白な行政の瑕疵』に当たり,これにより本件出願2の特許査定やその後の手続が当然に無効となるものと認めることはできない。」と判示していることからも、本件出願2及び3における発明の詳細な説明中の追加記載を削除することで、訂正の遡及効により、新規事項追加の違法を解消し得る可能性はあると考えられる。
【関連裁判例(発明の詳細な説明への追記が、新規事項追加とされた裁判例、新規事項追加とされなかった裁判例)】
1.東京高判平成14年(行ケ)第539号【人工乳首事件】<篠原>
優先権主張出願で、実施例を追加した。⇒優先権否定。⇒拡大先願(特許法29条の2)違反
「特許法41条2項は,同法29条の2の適用に係る優先権主張の効果について「…優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち,当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面…に記載された発明…についての…第29条の2本文,…の規定の適用については,当該特許出願は,当該先の出願の時にされたものとみなす」と規定し,後の出願に係る発明のうち,先の出願の当初明細書等に記載された発明に限り,その出願時を同法29条の2の適用につき限定的に遡及させることを定めている。後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは,単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから,後の出願の特許請求の範囲の文言が,先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に,先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。
…本件において,後の出願に係る本願発明1の当初明細書等の記載と先の出願の当初明細書等の記載とを対比すると,後者の図面には,「本発明(注,先願発明)の実施の形態にかかる人工乳首」として【図1】が記載されているだけであったところ,前者の図面には,「本発明(注,本願発明1)の第4の実施の形態に係る人工乳首」として先の出願の図面には記載されていなかった【図11】が加えられるとともに,当該図面に関する説明の記載が明細書の発明の詳細な説明中に加えられた…。
そうすると,後の出願の当初明細書等に本願発明1の実施例として記載された,伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した図11実施例に係る人工乳首は,先の出願の当初明細書等に明記されていなかったばかりでなく,先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた,伸長部である肉薄部を環状に形成した【図1】の実施例に係る人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の効果を奏するものである。したがって,当該伸長部である肉薄部を螺旋形状にした人工乳首の実施例(図11実施例)を後の出願の明細書に加えることによって,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかである…。」
<基礎出願の実施例>
<追加された実施例>
<優先期間中の他人の出願>
2.東京高判平成16年(ネ)第1563号【レンズ付きフィルムユニット事件】<塚原>
優先権主張出願で、実施例を追加した。⇒優先権肯定。⇒特許法39条の3違反なし
「…本件発明におけるフイルムの巻込み,巻取りないし巻上げについては…構成要件E及びFに記載された程度の特定によって構成されているのであって,それ以上に,具体的にどのような構成の装置により,どのようなメカニズムでフィルムを的確に巻き込み,巻き取りないし巻き上げるかなどという手段等に関する構成については,特段の限定はない…。…第3実施例の特徴としては,フィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関する詳細な構成とそのメカニズムが記載されている点がある。しかしながら,…優先出願③の出願日以前から,フィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関する構成については種々の周知技術が存在し,第3実施例によって示された機能や効果は,上記証拠によって認められる周知技術によって達成される機能,効果と比べて格別のものであるとは認められない。本件発明は,当然に上記のような周知技術を踏まえているものと解され,その上で,構成要件Fは,上記のように「…フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としている」とのみ記載し,具体的にどのような構成の装置により,どのようなメカニズムでフィルムを的確に巻き込み,巻き取りないし巻き上げるかなどという手段等に関する構成については,特段の限定はしなかったものと解するのが相当である。そうすると,第3実施例は,上記のように認定される本件発明の要旨の範囲内で,フィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関して具体的な1態様を示したものにすぎないのであり,上記の要旨認定を変更すべきようなものではないというべきである(…本件発明は,第1実施例により十分に裏付けられているものと認められ,仮に,第3実施例の記載がなくても,その裏付けに欠けるところはない。)。…
結局,本件発明の技術的事項は,全て優先出願③の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されている。…
以上によれば,本件発明は,「優先出願③の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明」であるといえるので(換言すれば,「本件発明のうち,『優先権の主張の基礎とされた優先出願③の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明』」とは,本件発明(の全体)そのものであるといえるので),平成5年改正前の特許法42条の2第2項に基づき,優先出願③の出願時である昭和61年10月17日に出願されたものとみなされるのであるから,本件考案の実用新案登録出願が存在したからといって,本件特許が特許法39条3項に違反し,無効であることにはならない。」
<基礎出願の実施例>
<追加された実施例>
(原告・特許権者)個人
(被告)キヤノン株式会社
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和4年12月19日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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中村合同特許法律事務所