-知財高判令和4年(ネ)第10008号【情報提供装置】事件 <大鷹裁判長>-
(原審・東京地方裁判所令和元年(ワ)第25121号<田中裁判長>)
(同日同ヶ部の知財高裁判決・知財高判令和3年(行ケ)第10027号<大鷹裁判長>)
【2つの知財高裁判決の関係、各知財高裁判決の要旨、若干の考察】
1.2つの知財高裁判決の関係
(1)新規性ありとした、審決取消訴訟判決(同日同ヶ部の別件知財高裁判決)⇒進歩性も〇
令和4年11月29日判決言渡【情報提供装置】事件
令和3年(行ケ)第10027号 <大鷹裁判長>
口頭弁論終結日 令和4年9月22日
特許第6538097号
主引用文献~特開2015-102994号公報(甲1)
⇒審決は、甲1発明の「学習・生活支援システム1」は、本件発明の「情報提供装置」と異なると判断した。
⇒判決も同じ。(新規性ありとした審決を維持した)
(判決文の引用)甲1発明の「学習・生活支援システム1」は、「ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2と、複数の受講生・生徒が使用するユーザ端末3とを備え」るものであり、複数の要素(装置)から成るものであって、前記のとおり単独の装置を意味する本件発明1の「情報提供装置」とは異なるものである。したがって、本件審決における相違点3の認定に誤りはない。
(2)新規性なしとした、侵害訴訟の控訴審判決(本判決)
令和4年11月29日判決言渡【情報提供装置】事件
令和4年(ネ)第10008号 <大鷹裁判長>(原審・東京地方裁判所令和元年(ワ)第25121号<田中裁判長>)
口頭弁論終結日 令和4年9月22日
特許第6538097号
主引用文献~特開2015-102994号公報(乙8)
⇒被告(被控訴人)は、審決が相違点とした、本件発明の「情報提供装置」は単独の装置であるという点を踏まえて、(侵害訴訟の控訴審における補充主張として、)「学習・生活支援サーバの発明」(乙8発明1)を主張した。要するに、引用例の「学習・生活支援システム1」が「学習・生活支援サーバ2」と「ユーザ端末3」とを含むことが相違点とされたことを踏まえて、無効審判とは異なり、「学習・生活支援サーバ2」のみが引用例であると対比し直すことにより、同相違点を一致点に変えることに成功した!!
※もっとも、原判決も「乙8発明の学習・生活支援サーバ」と対比しており、控訴審から対比を変えたものではない。
2.特許請求の範囲(請求項1)
ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段と、
前記第1受付手段によって受け付けていない個人情報に対応する属性の質問を行う質問手段と、
前記質問手段による質問に対する返答である個人情報を受け付ける第2受付手段と、
前記第1及び第2受付手段によって受け付けられた個人情報と当該個人情報に対応する属性とが紐付けた状態で格納される格納媒体と、
前記第1又は第2受付手段によって受け付けられた個人情報に基づいて前記ユーザに対して提案を行う提案手段と、を備え、
前記提案手段は、
前記個人情報に基づいてウェブサイトから前記ユーザに対して提案すべき情報を取得する手段と、
前記個人情報に基づいてユーザに注意を促す手段と、を有する情報提供装置。
3.2つの知財高裁判決の判示引用
(1)新規性ありとした、審決取消訴訟判決(同日同ヶ部の別件知財高裁判決)⇒進歩性も〇(令和3年(行ケ)第10027号 <大鷹裁判長>)の判旨抜粋
(相違点3)情報提供システムが、本件発明1は「情報提供装置」であるのに対し、甲1発明は、ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2とユーザ端末3とを備える「学習・生活支援システム1」である点。
…(3)相違点3の認定の誤りについて
原告は、本件発明1の「情報提供装置」は、単独の装置によって各手段を有するものではなく、技術的にはユーザ端末、ネットワーク、ウェブサーバを備えた「情報提供システム」であり、本件発明1の「情報提供装置」は、甲1発明の「学習・生活支援システム1」と同一であるから、本件審決の相違点3の認定には誤りがある旨主張する。
ア 本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載から、本件発明1は、「第1受付手段」、「質問手段」、「第2受付手段」、「格納媒体」、「提案手段」とを備えた「情報提供装置」であることを理解できる。
しかるところ、「システム」とは、一般に、「複数の要素が有機的に関係しあい、全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体」(広辞苑第七版)、「複数の要素が体系的に構成され、相互に影響しながら、全体として一定の機能を果たすもの」(IT用語辞典バイナリ)等を意味するところ、請求項1には、本件発明1の「情報提供装置」が、端末やサーバなどの複数の要素で体系的に構成されることを規定した記載はない。一方で、本件特許の特許請求の範囲の請求項4には、「請求項1記載の情報提供装置を複数有しており、当該情報提供装置が相互にネットワークを介して接続された場合に、最新の個人情報が格納されている格納媒体の内容で、他方の格納媒体の内容を更新する、情報提供システム」との記載がある。上記記載においては、請求項1記載の「情報提供装置」は、「情報提供システム」を構成する複数の要素の一つとして記載されていることを理解できる。
次に、本件明細書には、「本発明」の実施形態1として、「情報提供装置」の例示として、スマートフォン、腕時計型のリスト端末、パーソナルコンピュータ、タブレット、ロボットなどが記載されているところ(【0015】、【0016】)、これらはいずれも、単独の装置である。他方、「情報提供システム」は、スマートフォン等のユーザ端末100Aないし100E、ロボット200、ウェブサーバ300及びネットワーク400を備えるものと説明されており(【0014】)、複数の要素(装置)から構成されるものと説明されている。
以上の本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び4の記載並びに本件明細書の記載によれば、本件発明1の「情報提供装置」とは、単独の装置を意味し、複数の要素(装置)から成る「情報提供システム」とは異なるものであると解される。
しかるところ、甲1発明の「学習・生活支援システム1」は、「ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2と、複数の受講生・生徒が使用するユーザ端末3とを備え」るものであり、複数の要素(装置)から成るものであって、前記のとおり単独の装置を意味する本件発明1の「情報提供装置」とは異なるものである。
したがって、本件審決における相違点3の認定に誤りはない。
イ これに対し、原告は、本件発明1の「情報提供装置」が「情報提供システム」と同義であると解される根拠として、本件明細書の【0094】、【0115】の記載や本件特許の出願経過を指摘する。
しかし、本件明細書の【0094】には、「図16は、本発明の実施形態2における情報提供システムの制御部101の動作を示すフローチャートであ」るとの記載があるが、「なお、本実施形態の情報提供システム及びユーザ端末100の構成は、図1及び図2に示したものと同様である」との記載からすれば、制御部101は、情報提供システムを構成するユーザ端末に備えられた制御部を指すものと解され、また、【0115】の「制御部101」の記載についても同様に解される。したがって、これらの記載は、原告の上記主張の根拠となるものではない。
また、本件特許の出願経過(甲24ないし27)において原告の上記主張の根拠となるものは認められない。
したがって、本件発明1の「情報提供装置」が「情報提供システム」と同義であるとの原告の主張は、採用することができない。
ウ 以上によれば、本件発明1と甲1発明の相違点3を認定した本件審決の認定の誤りをいう原告の主張は理由がない。
(4)小括
よって、本件発明1と甲1発明とは同一の発明とはいえないとした本件審決の判断に誤りはないから、原告主張の取消事由1-1は理由がない。
(2)新規性なしとした、侵害訴訟の控訴審判決(本判決)(令和4年(ネ)第10008号 <大鷹裁判長>)の判旨抜粋
(2)乙8を主引用例とする本件発明1の新規性の欠如について
…イ 本件発明1と乙8発明1の対比
…(ウ) 構成要件1Hについて
a 乙8発明1の学習・生活支援サーバ2は、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」に相当するものである。
b これに対し、控訴人らは、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」は、「ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段と、」という構成要件1Aを含む各手段等を備えるものであり、本件明細書の【0029】の記載から、構成要件1Aの「第1受付手段」は、「タッチパネル114」と「制御部101」と「記憶部102」とが協働して実現することができるものと解釈すべきであるところ、乙8発明1の構成1hの「学習・生活支援サーバ」は、「タッチパネル114」のようなユーザインタフェースを有していないから、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」と、乙8発明1の構成1hの「学習・生活支援サーバ」は、ユーザインタフェースの有無という点で相違すると主張する。
しかるところ、本件発明1の構成要件Hの「情報提供装置」は、構成要件1Aの「第1受付手段」を備えるものであるが、前記(ア)bのとおり、本件特許の特許請求の範囲(請求項1)には、本件発明1の「ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段」を「タッチパネル」のようなユーザインタフェースを有するものに限定する記載はないから、控訴人らの上記主張は、その前提において採用することができない。
したがって、控訴人らの上記主張は、理由がない。
ウ まとめ
以上によれば、乙8発明1は、本件発明1の構成要件1Aないし1Hの構成を全て有するから、本件発明1は、乙8発明1と同一の発明であるものと認められる。
4.若干の考察
(1)引用発明の認定(引用発明の上位概念化・具体化の限界。本事案では、具体化の限界)
引用例と本件発明とを対比するにあたり、被控訴人(=審決取消訴訟の原告、無効審判請求人)は、単数複数の相違点を回避するために、引用例が複数要素を含む場合に、そのうちの発明との対比に必要な一つの要素に絞ることにより、相違点を一致点に変えることに成功した。(阻害事由と主従引例の入れ替えと同様に、同一の引用文献でも論理付け次第で新規性・進歩性判断が異なり得るという一類型である。)
もちろん、引用例から、一つの要素に絞った引用例´を認定できるか(引用発明の上位概念化・具体化の限界。本事案では、具体化の限界)という論点がある。本事案では、原告が本人訴訟であったこともあり、「引用発明の認定」という論点を持ち出さず、「乙8発明1」という引用発明を認定できるか(主引用文献から、「学習・生活支援システム1」でなく、「ユーザ端末3」を捨象して、「学習・生活支援サーバ2」のみを主引用発明として認定できるか否か)を徹底的に争わなかった。
新規性・進歩性判断時の引用発明の上位概念化・具体化の限界は、裁判例を概観すると、引用文献(や公然実施品等)から「ひとまとまりの技術事項」を把握することが出来るか否かで決まるとされており、新規事項追加の判断時における本件明細書中の開示の内容の認定とパラレルである。
(2)時機後れ却下(控訴審における控訴理由書提出後の新たな主張)
特許権者は、侵害訴訟の控訴審(本判決)の最初の段階で(控訴理由書提出時までに)訂正の再抗弁を主張せず、控訴審の口頭弁論終結後に訂正の再抗弁を主張し始めたことから、訂正の再抗弁は、時機後れとして却下された。
同一の主引用発明で新規性・進歩性を認める維持審決が出ていることから、訂正せずに新規性・進歩性が認められることを期待して訂正の再抗弁をしないでチャレンジしようと考えた特許権者の方針も理解できるところがあり、厳しい判決とも思える。しかしながら、審決が特許維持(新規性・進歩性〇)と判断した決定的な「相違点3」について、被告が同審決の「相違点3」が一致点に変わるように対比を変えて新規性欠如を主張した結果、原判決で新規性欠如と判断されたという状況であったから、特許権者としては侵害訴訟の控訴審の最初の段階で(控訴理由書提出時までに)訂正の再抗弁を主張するべきであったとした控訴審判決も厳し過ぎるとは言い難い。(技巧的には、控訴審の最初から、一部の請求項だけ訂正の再抗弁を主張しておくことも可能であった。)
本事案は、同一の主引用発明で新規性・進歩性を認める維持審決が出されているという特殊な事案であったが、一般に、控訴審で新たな主張(新たな無効理由、訂正の再抗弁、均等論、その他の主張)を始めた事案では、控訴審の最初の段階で(控訴人については、控訴理由書提出時までに)主張した場合は時機後れ却下されなかった事案が多数であり、他方、控訴人が控訴理由書提出後(控訴審の第1回口頭弁論後)に主張した事案においては時機後れ却下された事案が多い。
何れにしても、控訴審で新たな主張をするときは、(一部の請求項だけ主張するなどの工夫をしながら、)控訴理由書において主張するべきであろう。
【関連裁判例の紹介】
1.引用発明の認定(引用発明の上位概念化・具体化の限界)
1-1.引用発明の認定が否定された(特許権者有利)裁判例
(1)平成25年(行ケ)第10248号【排気ガス浄化システム】事件(判旨抜粋)
*引用例の作用効果を奏するための必須の構成を省いて引用例を認定してはならない。
=H24(行ケ)10005、=H26(行ケ)10251(後掲)
「刊行物に記載された『発明』」である以上は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法2条1項)であるべきことは当然であって,刊行物においてそのような技術的思想が開示されているといえない場合には,引用発明として認定することはできない。
本件において,審決は,…引用発明として,「HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる」との効果を認定しておきながら,その作用効果を奏するための必須の構成である「Ce-Zr-Pr複酸化物」を欠落して認定したものである。したがって,審決は,前記作用効果を奏するに必要な技術手段を認定していないこととなり,審決の認定した引用発明を,引用例1に記載された先行発明であると認定することはできない。
(2)令和2年(行ケ)第10066号【2軸ヒンジ】事件<森裁判長>(判旨抜粋)
*副引用発明の一部のみを取り出して、主引用発明に適用する動機付けなし。
…機能的に連動しており、一体的に構成され、…上記の一体的に構成された部材から、支持片511及び支持片512のみを取り出して、一対の支持片を有するという構成を甲2発明に適用する動機付けはない…。…甲2発明は、甲1発明のストッパ機構に相当する部材を備え…甲2発明は、選択的回転規制手段を有し…甲1発明の上記の一体的に構成された部材は、ストッパ機構と選択的回転規制手段を含むものであるから、甲1発明の上記の一体的に構成された部材を甲2発明に適用しようする動機付けもない…。
(3)平成31年(行ケ)第10041号【創傷被覆材】事件<菅野裁判長>(判旨抜粋)
*副引用発明の一部のみを取り出して、主引用発明に適用する動機付けなし。
…甲4に記載された発明は,創傷面と第2層との間において適度な貯留空間を形成して創傷面上に適度な滲出液を保持するとともに,滲出液が面内方向に広がるのを防止する機能を有する多数の孔が設けられた第1層と,初期耐水圧シート材である第2層,水を吸収し保持することが可能なシート材(第3層)を一体化させた構造を有することにより,創傷面の湿潤状態を保つ技術的意義を有するものであるから,甲4に記載された発明のうち第1層のみを取り出して,甲1発明に適用する動機付けはない。
(4)令和2年(行ケ)第10106号【読取装置】事件<森裁判長>(判旨抜粋)
*引用発明適格否定(「甲1発明2」)~単独で用いられることが想定されないと引用発明適格×。
…甲1発明の「読取り/書込みモジュール200」は,「防壁」が存在しない状態で単独に用いられること,すなわち,「読取り/書込みモジュール200」だけで電波の漏えい又は干渉を防止することは想定されていないものと認められるところ,外部への電波の漏えい又は干渉を防止する機能は,本件発明と対比されるべき「読取装置」には欠かせないものであるから,甲1発明の「読取り/書込みモジュール200」が単体で,本件発明と対比されるべき「読取装置」であると認めることはできない。以上によると,本件審決のように甲1発明2を認定して,これを本件発明と対比することはできないというべきである。
…被告は,読取装置を独立した発明として把握する公知文献等として…を挙げるが,甲1発明の「読取り/書込みモジュール200」の構成は,これらの先行文献に記載された技術とは異なるものであるから,被告の主張は,上記…の判断を左右するものではない。
1-2.引用発明の認定が肯定された(特許権者不利)裁判例=*引用発明の構成の一部を独立して抽出できた事例
(1)平成15年(行ケ)第348号【べら針】事件(判旨抜粋)
甲5公報及び甲6公報…に接した当業者は,半抜き加工により被加工材を塑性変形させて凹部を形成する際,当該凹部の溝底の形状を平坦にするという技術手段を理解するに当たって,原告主張に係る甲5公報及び甲6公報記載の発明の目的や他の構成要素を,本件技術手段と一体不可分なものとして理解しなければならない理由はないから,当業者は,本件技術手段を,一般の金属板半抜き加工技術として,任意に転用可能な技術手段であると理解する…。
(2)平成17年(行ケ)第10024号【フェンダーライナ】事件(判旨抜粋)
原告は,引用例1の実施例1によると,吸音材の厚さは30mmであり,この厚さから密度を計算すると,密度は約0.03g/cm3となり,硬質繊維板どころか,JISに定義されている中質繊維板の密度よりもはるかに小さい旨主張する。しかし,審決が引用発明としているのは,数値による定量的な事項を捨象した「PET繊維を熱可塑性樹脂バインダー(バインダー繊維)で融着結合してなるPET不織布をコールドプレスし,所定形状に賦形した自動車のエンジンルーム内に適用される防音材」という発明である。そして,引用発明を,実施例1に記載されている定量的な事項によって限定されなければならないような事情は見当たらない。
(3)平成17年(行ケ)第10672号【高周波ボルトヒータ】事件(判旨抜粋)
…引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができるのであって,その際引用刊行物に記載された具体的な実施例の記載に限定されると解すべき理由はない。
…甲1自体には実現できるように記載されてない高周波誘導加熱の具体的な構成そのものは,…本件特許出願当時,…技術常識であったのであるから,当業者は,甲1の「…高周波加熱トーチ」の高周波誘導加熱に上記技術常識であった誘導加熱体の具体的な構成を参酌し,高周波誘導加熱を実現することができるものとして,甲1発明を把握することができたものと認められる。
(4)平成16年(行ケ)第159号【遊技機における制御回路基板の収納ケース】事件(判旨抜粋)
制御回路基板を同基板の収納ケースの底板部に固定する技術と制御回路基板の収納ケースに静電気(電磁波)対策を施す技術とは技術的に関連性がないことは刊行物2,3の記載及び技術常識に照らして明らかであり,刊行物2,3の上記技術事項を刊行物1発明に適用する際に,静電気対策上悪影響があるか否かの問題は生じない…。
(5)平成22年(行ケ)第10160号【封水蒸発防止剤】事件(判旨抜粋)
Cf.H22(行ケ)10162
引用発明2は,…粘着剤層(2a)が担う軽剥離が可能とするとの機能は,粘着剤層(2b)とは独立した機能の併存によって達成されるものであるから,粘着剤層(2b)が存在することによって影響を受けるものではなく,粘着剤層(2a)のみによって独自に発揮されるものということができる。そうであるから,…当業者は,引用発明2の構成に係る粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)とをそれぞれ別個の構成のものとして認識することができ,それぞれが有する技術的意義も個別に認識することができるから,粘着剤層(2a)について,チップ状ワークを粘着剤層から剥離する時の軽剥離性に着目し,この粘着力が相対的に弱いものとして,独立して抽出することができるものということができる。
(6)平成22年(行ケ)第10220号【携帯型家庭用発電機】事件(判旨抜粋)
=H17(行ケ)10105〔レンジ用炊飯器〕
Cf.H22(行ケ)10162
なるほど,引用発明は,引用例記載の「携帯用扇風機」における,太陽光発電及び充電時の一態様であって,一義的には当該扇風機の駆動に供するものであるといえる。しかし,引用発明が開示する太陽光発電,充電時の開示された構造及びその機序は扇風機の駆動と直接関係しているものではなく,それ自体が技術的に独立し,技術的に扇風機の駆動と分離して論ずることができる…。したがって,引用例におけるこのような記載事項に接した当業者は,引用例に記載された事項を総合的にみて,独立した技術思想として,多目的活用可能な太陽電池である引用発明を読み取ることができる…。
(7)平成18年(行ケ)第10499号【無線式ドアロック制御装置】事件<篠原裁判長>(判旨抜粋)
*引用例に複数の技術が記載されていた。
引用例2には,1つの技術のみが記載されているというものではなく,…種々の発明が記載されているところ,その中から,引用発明2Aという公知技術を把握することもできれば,付随事項①及び②を含めた公知技術を把握することもできる。そして,前者は,後者の上位概念に当たることが明らかであるが,公知技術との対比における進歩性の認定判断においては,本件発明に最も近い技術を選択するのが常道である。…スイッチが露出して設けられている場合,意図しない接触等により,スイッチの誤操作が生じ得ることは,経験則上明らかな事項であり,露出して設けられているスイッチによって施錠したり解錠したりする構造のものにおいては,スイッチの無意識的な誤操作によりロックが解除されるという事態が起こり得るという技術常識は,当業者が当然に気が付くものであり,かつ,その問題意識を持っているべきものである。したがって,引用例2に接した当業者が,引用発明2Aに着目し,これを選択することは,ごく容易なことというべきである。…
(8)平成30年(行ケ)第10151号【ギャッチベッド用マットレス】事件<鶴岡裁判長>(判旨抜粋)
*引用発明は,引用例に記載されたひとまとまりの構成ないし技術的思想として把握可能であれば足りる。
…引用文献1には,「マットレス装置452は家庭または他の療養施設での個人使用の為にユーザにより購入されることもある」…と記載されており,このように個人が使用する場合には,適切な感触を得られる硬さの部材の組合せが既に決定されているのであるから,多種多様な部材の選択及び組合せ並びに4通りの使用方法があることは想定されない。したがって,小売用テスト装置(店舗内のテスト用マットレス)に用途を限定しない引用実施例のマットレス装置452において,多種多様な部材の選択及び組合せ並びに4通りの使用方法があることは,一体不可分の必須の技術思想に当たらず,その中から一つの組合せ及び使用方法を抽出した例を引用発明とすることに支障はない。引用発明は,引用例に記載されたひとまとまりの構成ないし技術的思想として把握可能であれば足りるところ,審決で認定された引用発明は,この要件を充たしているといえる。
…引用発明は,引用文献1に接した当業者が特段の「深読み」を要せずして把握し得る構成を備えたものであるから,審決に,事後分析的な認定をしたという誤りもない。…4通りの使用方法があることを引用発明1の認定において考慮しなかったことに誤りがあるとはいえない。
2.時機後れ却下(控訴審における新たな主張)
2-1.時機後れ却下とされなかった裁判例(大多数は、控訴理由書提出前)
2-1-1.新たな無効理由が時機後れ却下とされなかった裁判例(特許権者不利)
(1)知財高判大合議平成17年(ネ)第10040号【情報処理装置】(一太郎)事件(判旨抜粋)
攻撃防御方法の提出が時機に後れたものとして民事訴訟法157条により却下すべきであるか否かは,当該訴訟の具体的な進行状況に応じて,その提出時期よりも早く提出すべきことを期待できる客観的な事情があったか否かにより判断すべきものであるところ,控訴人が主張する前記事情は,いずれも,被控訴人の請求に係る本件訴訟の具体的な進行状況とは関係のない事情をいうものにすぎない。
(2)平成29年(ネ)第10055号【連続貝係止具】事件<森裁判長>(判旨抜粋)
*時機後れであるが、次回期日が指定され訴訟の完結を遅延させない。⇒却下せず⇒新規性×
控訴人らは,無効理由3(新規性欠如)に係る抗弁を,遅くとも平成29年1月26日までに提出することは可能であったといえるから,これは「時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法」(民訴法157条1項)に該当することが認められる。
しかし,控訴人らは,本件の控訴審の第1回口頭弁論期日…において,控訴人シンワは,本件特許が出願されたとみなされる日より前に,本件各発明の構成要件を充足する製品を販売したので,本件特許は新規性を欠く旨の主張をしたものであって,上記期日において,次回期日が指定され,更なる主張,立証が予定されたことからすると,この時点における上記主張により,訴訟の完結を遅延させることとなると認めるに足りる事情があったとは認められない。
(3)平成30年(ネ)第10033号【スプレー缶製品】事件<大鷹裁判長>(判旨抜粋)
…原審の受命裁判官は,被控訴人の上記申立てを容れて,控訴人の上記無効の抗弁に係る主張及び証拠を却下した。特許庁は,…サポート要件違反…及び本件無効の抗弁に係る無効理由が存在するとして,上記特許を無効とする別件審決をした。…
控訴人の当審における本件無効の抗弁の主張は,原審において侵害論の審理を終了し,損害論の審理に入った段階で提出されたため,時機に後れた攻撃防御方法として却下された主張と同旨のものであるが,控訴人は,原審口頭弁論終結前に本件無効の抗弁に係る無効理由の存在等を認めて本件特許を無効とする旨の別件審決がされたのを受けて,当審において再度提出したものであること,控訴人は,控訴理由書に本件無効の抗弁を記載し,当審の審理の当初から本件無効の抗弁を主張していたことが認められるから,当審における控訴人による本件無効の抗弁の主張の提出が時機に後れたものということはできない。また,当審の審理の経過に照らすと,控訴人による本件無効の抗弁の主張の提出により,訴訟の完結を遅延させることとなるとは認められない。したがって,…時機に後れた攻撃防御方法として却下することはしない。
(4)令和1年(ネ)第10066号【情報管理プログラム】事件<森裁判長>(判旨抜粋)
原審において、乙14発明に基づく新規性欠如の無効の抗弁が時機に後れたとして却下されていた。
⇒一審被告は、控訴審においては、乙14発明を主引例とする新規性欠如の無効の抗弁について、時機に後れたとの主張せず。
⇒新規性欠如で、特許権者逆転負け。(★3か月前に同じ知財高裁2部で審決取消訴訟の判決<令和1年(行ケ)10109>があり、新規性欠如の無効審決が維持されていた。)
(5)令和2年(ネ)第10044号【流体供給装置及び…プログラム】事件<鶴岡裁判長>(判旨抜粋)
*無効主張が原審の心証開示後であったが、原審の主張整理に問題があった。(自白の成否)
⇒充足論と無効論は切り離して考えることはできない。⇒却下しなかった。
「時機に後れた攻撃防御方法」該当性について 無効主張A,B,Dは,原審における侵害論の心証開示後に主張されたものであり,そのため,原審においては時機に後れたものとして取り扱われたわけであるが,既に充足論に関する項で指摘したとおり,構成要件1C1充足性(非侵害論主張④)及び構成要件1A,1C,1F3,1F4充足性(非侵害論主張⑤)に関する原審の主張整理には,本来は,争いがあるものとして扱うべき論点を争いのないものとして扱ったという不備があったといわざるを得ない。そして,無効論に関する主張の要否や主張の時期等は,充足論における主張立証の推移と切り離して考えることができないのであるから,充足論について,本来更に主張立証が尽くされるべきであったと考えられる本件においては,無効主張が原審による心証開示後にされたという一事をもって,時機に後れたものと評価するのは相当ではない。また,上記無効事由に関する当審における無効主張は,控訴後速やかに行われたといえる。以上によると,一審被告による上記無効主張は,原審及び当審の手続を全体的に見た観点からも,また,当審における手続に着目した観点からも,時機に後れたものと評価することはできない。
2-1-2.均等論の主張が時機後れ却下とされなかった裁判例(特許権者有利)
(1)平成27年(ネ)第10076号【円テーブル装置】事件<髙部裁判長>(判旨抜粋)
*控訴審の初回期日で均等主張が時機後れとして却下されなかった。(第1回で控訴棄却=特許権者負けだから)
控訴人の前記主張は,控訴理由を記載した…準備書面に記載されており,被控訴人も認否反論を行い,既に提出済みの証拠に基づいて判断可能なものであった。そして,当裁判所は…当審第1回口頭弁論期日において口頭弁論を終結した。以上によれば,控訴人の前記主張が,「訴訟の完結を遅延させる」(民訴法157条1項)ものとまでは認められず,したがって,時機に後れたものとして却下すべきものとはいえない。
2-2.時機後れ却下とされた裁判例(大多数は、控訴理由書提出後)
2-2-1.新たな無効理由が時機後れ却下とされた裁判例(特許権者有利)
(1)平成30年(ネ)第10044号【光学情報読取装置】事件<大鷹裁判長>(判旨抜粋)
*控訴審の第一回期日4日前の訂正の再抗弁が時機後れとして却下された。
無効の抗弁に対する訂正の再抗弁の主張は,本来,原審において適時に行うべきものであり,しかも,控訴人は,当審において,遅くとも控訴理由書の提出期限までに訂正の再抗弁の主張をすることができたにもかかわらず,これを行わず,第1回口頭弁論期日の4日前になって初めて,本件訂正の再抗弁の主張を記載した準備書面を提出したのであるから,本件訂正の再抗弁の主張は,控訴人の少なくとも重大な過失により時機に後れて提出された攻撃防御方法であるものというべきである。
(2)平成30年(ネ)第10031号【下肢用衣料】事件<髙部裁判長>(判旨抜粋)
*控訴理由書提出期限を1カ月以上経過して提出した無効の抗弁⇒時機後れとして却下された。
…1審被告らは,…控訴理由書提出期限…を1か月以上経過した後で…「控訴理由書⑶」を提出した。…無効の抗弁及び公知技術の抗弁の主張の追加については,民訴法157条1項に基づき時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきである。…
上記事情に加え,…当審において追加しようとする無効理由は,…少なくとも6項目に及ぶ。控訴審におけるこれほど多数の無効理由による無効の抗弁の追加は,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものといわざるを得ない。したがって,無効の抗弁の追加主張については,特許法104条の3第2項によっても,却下されるべきものである。
2-2-2.新たな均等論の主張が時機後れ却下とされた裁判例(特許権者不利)
(1)平成29年(ネ)第10072号【人脈関係登録システム】事件<鶴岡裁判長>(判旨抜粋)
*控訴審の初回期日で均等主張が時機後れとして却下された。
Cf.H29(ネ)10029は、却下しなかった。
当裁判所は,当審の第1回口頭弁論期日において,…均等侵害の主張を時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下した。その理由は次のとおりである。…に関するクレーム解釈や被控訴人サーバの内部処理の態様如何によって構成要件充足,非充足の結論が変わり得ることは,控訴人としても当初から当然予想できたというべきであり,そうである以上,控訴人は,原審の争点整理段階で予備的にでも均等侵害の主張をするかどうか検討し,必要に応じてその主張を行うことは十分可能であったといえる(特許権侵害訴訟において計画審理が実施されている実情を踏まえれば,そのように考えるのが相当であるし,少なくとも控訴人についてその主張の妨げとなるような客観的事情があったとは認められない。)。ところが,控訴人は,原審の争点整理段階でその主張をせず,…「侵害論については他に主張・立証なし」と陳述し,そのまま争点整理手続を終了させたものである。しかるところ,控訴人が,上記のとおり当審に至り均等侵害の主張を追加することは,たとえ第1回口頭弁論期日前であっても,時機に後れていることは明らかであるし,そのことに関し控訴人に故意又は重大な過失が認められる…。
(2※)平成26年(ネ)第10111号【粉粒体の混合及び微粉除去方法】事件<髙部裁判長>(判旨抜粋)
*控訴審の初回期日で均等主張が時機後れとされたが、均等論を判断した。⇒均等不成立。
第1審における争点は,専ら構成要件2E及び1Bの充足性であったこと,控訴状には控訴理由の記載がなく,控訴理由書に…均等侵害に係る主張を記載せず,主張の予告もなかったこと,控訴人の第1準備書面が提出されたのは…当審第1回口頭弁論期日のわずか5日前であったことなど,本件審理の経過に照らせば,控訴人の均等侵害に係る主張は,時機に後れたものといわざるを得ない。しかしながら,被控訴人も上記主張に対する認否,反論をしたことに鑑み,均等侵害の成否について以下において判断する。
2-2-3.新たな「訂正の再抗弁」が時機後れ却下とされた裁判例(特許権者不利)
(1)令和4年(ネ)第10008号【情報提供装置】事件<大鷹裁判長>(本判決)(判旨抜粋)
*控訴審の第1回口頭弁論期日で、訂正の再抗弁⇒時機後れとして却下した。
原審で新規性×であったが、特許庁無効審判で維持審決だったため、特許権者は控訴審の最初から訂正の再抗弁を主張せず、控訴審の争点整理手続においても、書面による準備手続が終結するまで訂正の再抗弁を主張しないでいたが、第1回口頭弁論期日で訂正の再抗弁を主張した。
⇒時機後れ却下<予備的に、訂正の再抗弁を主張しておけばよかった。>
維持審決が維持と判断した決定的な相違点について、それをカバーするように対比を変えて、原判決で新規性×と判断された状況であった。
(控訴人/原告)株式会社REVO、株式会社アイピーシー、他1名
(被控訴人/被告)SELF株式会社
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和5年9月22日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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