⇒進歩性判断における「予測できない顕著な効果」の位置付け~“独立要件説”の採用(本判決は、構成(用途)が容易想到である旨の確定判決の拘束力により「予測できない顕著な効果」の主張が封じられないとした。)
(1)無効審判請求(無効2011-800018号)・・・(一次審決、一次判決は省略)・・・
(2)特許庁(二次審決)~(「ヒト」に訂正後、)動機付け無し⇒相違点は容易想到でない
(特許請求の範囲)「【請求項1】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な眼科用組成物であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6、11-ジヒドロベンズ[b、e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する、組成物。」
(理由)訂正請求に係る「ヒト結膜肥満細胞安定化」という発明特定事項は、甲1発明(『モルモットの実験的アレルギー性結膜炎に対する抗アレルギー薬の影響』:あたらしい眼科 Vol. 11、 No. 4、603-605頁 (1994))に基づいて動機付けが認められるものではない。
(3)知財高裁(二次判決)(平成25年(行ケ)第10058号<富田裁判長>)~動機付けあり、相違点は容易想到
(理由)「本件特許の優先日当時,ヒトのアレルギー性結膜炎を抑制する薬剤の研究及び開発において,当該薬剤における肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどの各種の化学伝達物質(ケミカルメディエーター)に対する拮抗作用とそれらの化学伝達物質の肥満細胞からの遊離抑制作用の二つの作用を確認することが一般的に行われていた…から,当業者は,甲1記載のKW-4679を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みるに際し,KW-4679が上記二つの作用を有するかどうかの確認を当然に検討するものといえる。…甲1及び甲4に接した当業者は,甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあり,その適用を試みる際に,KW-4679が,ヒト結膜の肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどに対する拮抗作用を有することを確認するとともに,ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有することを確認する動機付けがあるというべきであるから,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(『ヒト結膜肥満細胞安定化』作用)を有することを確認し,『ヒト結膜肥満安定化剤』の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる。」
(4)特許庁(三次審決)~相違点は容易想到であるが、「予測できない顕著な効果」あり
(特許請求の範囲)「【請求項1】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な、点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6、11-ジヒドロジベンズ[b、e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する、ヒト結膜肥満細胞安定化剤。」
(「点眼剤として調製された」ことについて)「点眼剤は、眼科領域における局所投与可能な製剤として通常に用いられる剤形であるから、単なる設計事項にすぎない。」
(「予測できない顕著な効果」について)「甲1では、ケトチフェンとKW-4679(本件発明の化合物である化合物Aのシス異性体の塩酸塩)とは、モルモットの結膜からのヒスタミン遊離抑制効果がいずれも『無効であった』と同等に扱われていたにもかかわらず、「ヒト結膜肥満細胞」に対して、AL-4943A(化合物Aのシス異性体)は最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度の範囲がケトチフェンよりも非常に広いという実験結果を、当業者が予測できたとはいえない。」
(拘束力についての説示)「拘束力は、判決主文が導き出せるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものである。当該拘束力について検討すると、前審決を取消した判決で判示された、本件特許の優先日当時の技術常識の認定…、及び、甲1及び甲4に接した当業者は、甲1記載のアレルギー結膜炎を抑制するためのKW-4679を含有する点眼剤を『ヒト結膜肥満細胞安定化剤』の用途に適用することを容易に想到することができたとする判断…については、 前審決を取消した判決の拘束力が生ずるものというべきである。」
(5)知財高裁(三次判決)<原判決>(平成29年(行ケ)第10003号<高部裁判長>)~「予測できない顕著な効果」なし
(理由)「引用例1及び引用例2には,化合物Aがヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかということについて,明示的な記載はされていないものの,…本件特許の優先日において,化合物A以外に,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。」+「付言」
(6)最高裁~破棄差戻し、「予測できない顕著な効果」について審理不十分
「(3) 本件各発明に係る効果
本件特許の特許出願に係る明細書(以下『本件明細書』という。)に接した当業者が認識する本件各発明に係る本件化合物のヒスタミン遊離抑制効果は,本件明細書記載の実験(ヒト結膜肥満細胞を培養した細胞集団に薬剤を投じて同細胞からのヒスタミン遊離抑制率を測定する実験)において,本件化合物(シス異性体)のヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制率が,30μMから2000μMまでの濃度範囲内において濃度の増加とともに上昇し,1000μMでは66.7%という高いヒスタミン遊離抑制効果を示し,その2倍の濃度である2000μMでも92.6%という高率を維持していたというものであり,これに対して,抗アレルギー薬として知られるクロモグリク酸二ナトリウム及びネドクロミルナトリウムが,2000μMまでの濃度範囲でヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離を有意に阻害することができなかったというものである。」
「本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに,当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず,また,本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると,本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって,本件各発明の効果の程度が,本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。
しかるに,原判決は,本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということ以外に考慮すべきとする諸事情の具体的な内容を明らかにしておらず,その他,本件他の各化合物の効果の程度をもって本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情等は何ら認定していない。
そうすると,原判決は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原判決の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」
(7)知財高裁<本件>~相違点は容易想到であるが、「予測できない顕著な効果」あり
⇒現在、上告受理申立て中
<最高裁判決>~進歩性判断における「予測できない顕著な効果」の有無を、他の化合物と比較するのではなく、本件発明である化合物が当該効果を奏することを優先日当時に当業者が予測できたか否かの問題である(「当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点」)として、<三次判決>(平成29年(行ケ)第10003号<高部裁判長>)はこの観点から本件発明の効果を十分に検討していないとして破棄差戻しした。
<本判決>~最高裁判決が示した判断基準に沿って「予測できない顕著な効果」の有無を検討し、結論としてこれを肯定し、進歩性ありと判断した。
(本判決の判旨抜粋)「本件発明1における本件化合物の効果として,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率は,30μM~2000μMの間で濃度依存的に上昇し,最大値92.6%となっており,この濃度の間では,クロモリンナトリウムやネドクロミルナトリウムと異なり,阻害率が最大値に達した用量(濃度)より高用量(濃度)にすると,阻害率がかえって低下するという現象が生じていないことが認められる。…
まず,本件優先日当時,本件化合物について,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率が30~2000μMまでの濃度範囲において濃度依存的に上昇し,最大で92.6%となり,この濃度の間では,阻害率が最大値に達した用量(濃度)より高用量(濃度)にすると,阻害率がかえって低下するという現象が生じないことが明らかであったことを認めることができる証拠はない。…甲1の記載に接した当業者が,ケトチフェンの効果から,本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する効果について,前記…のような効果を有することを予測することができたということはできない。…塩酸プロカテロ-ル(甲20),クロモグリク酸二ナトリウム(甲34),ペミロラストカリウム(甲37)がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率について30μM~2000Mの間で濃度依存的な効果を有するのか否かが明らかであると認めることはできず,他に,これらの薬剤がヒト結膜 肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率について30μM~2000Mの間で濃度依存的な効果を有するのか否かが明らかであると認めることができる証拠はない。…
以上によると,本件発明1の効果は,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであると認められるから,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。」
<最高裁判決>~知財高裁(二次)において“動機付けあり、相違点は容易想到”という判決が確定しており、この拘束力を受けて特許庁(三次)が“動機付けあり、相違点は容易想到”であることを前提に、“顕著な効果あり”と判断した審決の審決取消訴訟であるところ、原判決が「予測できない顕著な効果」が無いと判断したことを受けて、「予測できない顕著な効果」について審理不十分として破棄差戻しした。
⇒仮に、構成が容易想到である旨の(前訴)確定判決の拘束力により、「予測できない顕著な効果」の主張が封じられるとすれば、最高裁判決によっても同事件の結論が変わる余地はなくなるため、最高裁判決は“独立要件説”に親和的であると評価されていた。
<本判決>~独立要件説をとり、かつ、構成(用途)が容易想到である旨の前訴(平成25年(行ケ)第10058号<富田裁判長>)の確定判決の拘束力により、「予測できない顕著な効果」の主張は封じられないことを明らかにした。
(本判決の判旨抜粋)「…発明の構成に至る動機付けがある場合であっても, 優先日当時,当該発明の効果が,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである場合には,当該発明は,当業者が容易に発明をすることができたとは認められないから,前訴判決は,このような予測できない顕著な効果があるかどうかまで判断したものではなく,この点には,前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)は及ばない…。」
(1)<要検討事項❶「予測できない」の意味>
最高裁判決によれば、特に「化合物の医薬用途に係るものである」場合は、従来技術から構成が容易想到であり、かつ、その効果が従来技術である他の化合物と同じ程度であっても、進歩性が認められうることとなる。その是非は措くとして、医薬用途発明は「用途」が構成の一部であるから、構成の容易想到性を認定・判断するときには、当該医薬用途自体も容易想到であると判断することとなる(少なくとも、本件事案においては、知財高裁二次判決は用途の容易想到性まで判断している。)。
本件においても、二次判決が「KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(『ヒト結膜肥満細胞安定化』作用)を有することを確認し,『ヒト結膜肥満安定化剤』の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる。」と判示しており、この限りで二次判決の拘束力が及ぶ。
そうすると、KW-4679(本件発明の化合物Aのシス異性体の塩酸塩)を「結膜肥満安定化剤」としてモルモットに投与した引用発明から、本件発明の化合物Aをヒトに投与して、「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することを当業者が容易に想到することができたことを前提として、「予測できない」「顕著な効果」があるか否かが問題となる。ここで、「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することが容易想到であるにもかかわらず、効果が「予測できない」とはどのような意味なのであろうか?この点、二次判決が判示したように「KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(『ヒト結膜肥満細胞安定化』作用)を有することを確認…することを容易に想到することができた」のであれば、如何に「顕著な効果」であったとしても、当該効果を確認することは容易想到であり、確認さえすれば当該効果が判明するのであるのではないかという疑問もある。更に、二次判決は、「ラット肥満細胞における実験結果からヒト肥満細胞における実験結果を予測できたものとまで認めることはできない」が、「必ずしも予測することができないというのにとどまる」ものであり、「甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあるものと認められ」、「当業者は、甲1記載のKW-4679を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みるに際し,KW-4679が上記二つの作用を有するかどうかの確認を当然に検討するものといえる」と判断している(このような二次判決の判断について、<三次判決>は「確定した前訴判決の判断」として引用している。)[i]。所謂“obvious to try”により容易想到性が認められて進歩性欠如とする裁判例も多数存在するところ[ii]、「予測できない顕著な効果」についても“obvious to try”により予測できるものとして進歩性欠如としうる論理は妥当しないのであろうか。記録閲覧をして確認したが、そのような主張は行われていないようである。
ところで、効果の予測性については、更に要検討事項が存在する。後述するように、従前の知財高裁判決においても、同じ構成(クレーム文言)であっても本件発明と引用発明との課題の異同に容易想到性判断が影響されるところ、これは、本件発明の課題が引用発明と異なることにより構成自体の容易想到性が否定されるという論理で正当化されていた[iii]。なお、進歩性判断時には本件発明と引用発明の課題の異同が問題となるにもかかわらず、侵害訴訟における充足性判断時にはこれが問題とならないが、同じ構成であれば当該課題を必ず解決しているという論理で正当化されていた。この結果、従来着目されていなかった複合的なパラメータを設定した上で新しい「課題」を表現して、当該「課題」を達成するための当該パラメータは当業者に容易想到ではないという論理で、平成20年頃から多数のパラメータ発明が特許されてきた歴史がある[iv]。このような新しい「課題」と複合的なパラメータによる進歩性確保という潮流を「効果」に振り向けると、進歩性について、発明者が当初明細書で“新たな限定的な効果”を設定した上で、当該「効果」が予測できなかったとする特許出願が出現することが想定される。(例えば、公知物質が「睡眠導入剤」として用途も公知であった場合に、「徐波睡眠導入剤」として用途を更に限定するならばまだしも、徐波睡眠を特に強く導入することを見出したから特定の使用場面において睡眠導入効果が顕著に高いという「効果」が記載された場合に、「予測できない顕著な効果」を否定することができるのであろうか。)この問題に如何に対応すべきかについては幾つかの考え方があるが、一つの考え方として、充足論を絞る考え方がある。すなわち、構成自体は容易想到であるが「予測できない顕著な効果」が認められて進歩性が肯定された発明は、(いわゆる作用効果不奏功の抗弁とは異なり、)「効果」をクレームアップされた発明特定事項と同視し、当該「効果」を奏することが充足の必要条件であるとか、更に進めて用途発明とパラレルに考えて、被疑侵害者が当該「効果」を奏することを謳って販売等しているとか、少なくとも最終ユーザが当該効果を奏する場面で使用することを認識していなければ充足とならないという考え方もありうる[v]。
(2)<要検討事項❷「顕著」な効果の意味>
また、予測できるか否かは別として、本件発明は、請求項に係る発明の構成が現に奏する効果が、その構成が奏するであろうと予測された範囲と比較して「顕著な効果」を奏するかについても問題となり、本判決はこれを肯定したものである。
本件特許明細書の下掲<表1>を根拠として、特許権者は顕著な効果を主張しており、本判決も効果を認定しているが、「予測できない顕著な効果」は請求項に係る特許発明の全範囲で必要であるところ[vi]、全ての「ヒト結膜肥満細胞」を安定化(ヒスタミンの遊離抑制)する効果を奏する必要があるとすれば、下掲の<表1>で用いた細胞以外の「ヒト結膜肥満細胞」についても「顕著な効果」を奏する必要がある。
そうであるところ、<表1>の最も下に掲載されている化合物A(本件発明の化合物)のヒスタミンの遊離「阻害(%)」が突出して高いのに対し、既存の「ヒト結膜肥満安定化剤」である「クロモリンナトリウム」や「ネドクロミルナトリウム」の「阻害(%)」が極めて低く、マイナスのものも存在するということは、(既存薬に薬効が無いということはないとするならば、)ヒトの又は細胞の個体差により、<表1>で用いた細胞以外の「ヒト結膜肥満細胞」については、<表1>に示される程の効果の差はないかもしれない。
この点については、三次判決も、「確定した前訴判決は,本件特許の優先日当時,薬剤による肥満細胞に対するヒスタミン遊離抑制作用は,肥満細胞の種又は組織が異なれば異なる場合があり,ある動物種のある組織の肥満細胞の実験結果から他の動物種の他の組織における肥満細胞の実験結果を必ずしも予測できないというのが技術常識であった旨認定しており,証拠(甲…)によれば,本件特許の優先日当時,上記技術常識が存在したものと認められる。」と判示している。
特許明細書に記載された効果の信憑性は、優先日後に公知となった文献にも依拠することができるから[vii]、無効審判請求人側が提出しうる優先日後の文献・資料も踏まえた<表1>に記載された効果自体の信憑性も議論の対象となり得る。もっとも、記録閲覧をして確認したが、そのような主張は行われていないようである。
<図2 本件特許明細書の表1>
(3)本件事案における発明における「予測できない顕著な効果」については、上述した議論が有り得るところであったが、本知財高裁判決を見る限り、無効審判請求人はこれらの主張を行わなかったようである。
(原告:無効審判請求人)個人
(被告:特許権者)アルコン リサーチ リミテッド
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和2年10月19日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp
〒100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6階
中村合同特許法律事務所
[i] この点に関して、二次判決は、更に、被告らの主張に対する判断して、「本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲209には,ヒト結膜肥満細胞の安定化作用を確認する実験について,ヒト結膜肥満細胞の調整方法と共に詳細な実施例が記載されており(…)、また、ヒトのアレルギー性結膜炎を抑制する薬剤の研究及び開発に携わる当業者において,ヒト結膜肥満細胞の入手に困難が伴うとしても,実験に必要な量を入手することは不可能であったものとは考え難く,実験に必要な量を入手することができさえすれば,甲209に記載するアッセイなどに基づいて,KW-4679について肥満細胞からのヒスタミンなどの遊離抑制作用があるかどうかを確認することは可能であったものと認められる。したがって,乙20のみを根拠として当業者がKW-4679(化合物A)がヒト結膜肥満細胞を安定化する効果があるか否かを検証することは極めて困難であったものと認めることはできない。」と判示した。
[ii] “Obvious to try”を認めて進歩性欠如と判断した裁判例としては、知財高判平成19年(行ケ)第10269号「癌の検出及び処理」事件<石原裁判長>、知財高判平成21年(行ケ)第10371号「磁気ヘッド用基板」事件<塩月裁判長>、知財高判平成23年(行ケ)第10445号「結晶性の…アトルバスタチン」<土肥裁判長>、知財高判平成28年(行ケ)第10112号「…ピペリジンジオン多結晶体」事件<高部裁判長>、知財高判平成29年(行ケ)第10171号「炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物」事件<大鷹裁判長>、知財高判平成28年(行ケ)第10278号「ピタバスタチンカルシウムの新規な結晶質形態」事件<高部裁判長>、等がある。
これに対し、知財高判平成20年(行ケ)第10261号「キシリトール調合物」事件<飯村裁判長>、及び、知財高判平成20年(行ケ)第10096号「回路用接続部材」事件<飯村裁判長>は、発明の特徴点に到達する試みをしたはずであるという[推測]では不十分であり、[示唆等]が必要として、進歩性ありと判断した。この他に、引用例に示唆が無いことを理由として進歩性を肯定した裁判例としては、知財高判平成21年(行ケ)第10308号、知財高判平成21年(行ケ)第10386号、知財高判平成21年(行ケ)第10377号、知財高判平成22年(行ケ)第10046号、知財高判平成21年(行ケ)第10353号、知財高判平成22年(行ケ)第10072号、知財高判平成22年(行ケ)第10167号、知財高判平成21年(行ケ)第10310号、等がある。
[iii] 高石秀樹「進歩性判断における『異質な効果』の意義 -容易想到性判断における『課題』と『異質な効果』との融合的理解-」別冊パテント69巻5号(別冊No.15)39頁 https://45978612-36b0-4db6-8b39-869f08e528db.filesusr.com/ugd/324a18_0e3af17bb2dc412da006b117716f98ac.pdf
[iv] 高石秀樹「発明の詳細な説明において,実施例と別に一般論として『効果』等を具体的・詳細に記載することの功罪」別冊パテント67巻12号(別冊No.13)42頁 https://45978612-36b0-4db6-8b39-869f08e528db.filesusr.com/ugd/324a18_9d95ef8ae72d47bc8e58059223985bc9.pdf
[v] 清水節元知財高裁所長が、「シュープレス用ベルト事件」について解説した特許判例百選〔第5版〕69事件において「本判決は、…予測することができない顕著な効果を奏することを理由に進歩性を認めたものである。したがって、いわゆる用途発明の議論と同様に、従前から当業者が使用していた当該硬化剤をシュープレス用ベルトの製造等に用いたことに対して、本件発明1はどのように権利行使できるのかが問題となる。具体的には、本件発明1の特許出願の後に実際に当該硬化剤を用いたシュープレス用ベルトを製造等した者は、効果の主張と関わりなく全て特許権侵害となるのか、それとも、クラック発生の防止という効果を主張した場合に特許権侵害となるのか等の問題が生じ、今後検討すべき課題となろう。」と解説しているのは、この趣旨であると思われる。
[vi] 例えば、東京高判昭和63年(行ケ)第263号、東京高判平成11年(行ケ)第65号、東京高判平成12年(行ケ)第72号、知財高判平成17年(行ケ)第10314号「高圧水銀蒸気放電ランプ」事件、知財高判平成17年(行ケ)第10189号「有機エレクトロルミネッセンス素子」事件、知財高判平成17年(行ケ)第10458号、知財高判平成14年(行ケ)第246号、知財高判平成21年(行ケ)第10096号、等多数
[vii] 知財高判平成24年(行ケ)第10419号「うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用事件」(第二次判決)(設樂裁判長)。その他、優先日後の文献に基づいて優先日当時の技術水準等を立証することができるとした判決・裁判例として、最高裁昭和51年(行ツ)第9号「気体レーザー放電装置」事件、東京高判平成15年(行ケ)第362号「生分解性フィルム」事件、東京高判昭和47年(行ケ)第27号「土壌の安定化法」事件、東京高判昭和58年(行ケ)第262号「コンバインにおける籾タンク」事件、知財高判平成22年(行ケ)第10163号「経管栄養剤」事件、東京高判昭和63年(行ケ)第148号「顔料付蛍光体」事件、東京高判平成3年(行ケ)第14号「低温流動性軽油組成物」事件、東京高判平成12年(行ケ)第297号「受信機」事件、東京高判平成6年(行ケ)第215号「…消化性潰瘍治療剤」事件、平成5年(行ケ)第58号「ケーブル導体」事件、等がある。逆に、知財高判平成24年(行ケ)第10252号「熱性リボヌクレアーゼH」事件は、出願後に頌布された刊行物により発明の顕著な効果を認定することは出来ないとした。