NAKAMURA & PARTNERS
アクセス
  • MESSAGE
  • 事務所紹介
  • 業務内容
  • 弁護士・弁理士
  • 執筆・講演情報
  • 法情報提供
  • 採用情報
  • ご挨拶
  • 事務所紹介
  • 業務内容
  • 弁護士・弁理士
  • 執筆・講演情報
  • 法情報提供
  • 採用情報

法情報提供

  • 全カテゴリ
  • 特許
  • 特許 (Links)
  • 商標
  • 商標 (Links)
  • 意匠
  • 意匠 (Links)
  • 著作権
  • 著作権 (Links)
  • 知財一般
  • 知財一般 (Links)
  • 法律
  • 法律 (Links)
■

【特許★★】 明細書中の明確性要件違反の原因とされた記載を削除する訂正により、明確性要件違反が解消することを認めた裁判例。(「眼科用清涼組成物」事件(二次判決))

2019年02月18日

平成30年9月6日、平成29年(行ケ)第10210号 <鶴岡裁判長>

<一次判決は、平成28年(行ケ)第10005号、平成29年1月18日判決言渡(設樂裁判長)>

◆判決本文

 

(判決要旨) 

一次判決においては、本事案は、訂正前の「…平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有する…眼科用清涼組成物」という発明について、クレーム文言中の「平均分子量」という文言が、「重量平均分子量」・「粘度平均分子量」の何れを意味するかが明確であるか否かが争点であった。(後述するとおり、数値限定の単位が不明確であるか否かが争点となった裁判例は、多数存在する。)

本件特許明細書中の一般的説明及び実施例は「重量平均分子量」で統一して計算されていたが、特許明細書の発明の詳細な説明中で利用可能とされていた既存商品(コンドロイチン硫酸ナトリウム)のうち、生化学工業株式会社の商品は平均分子量(実際には「重量平均分子量」であった)が約1万、約2万、約4万等と紹介されていたのに対し、マルハ株式会社の商品の平均分子量(実際には「粘度平均分子量」であった)は約0.7万等と紹介されていたため、一次判決は明確性要件違反と判断した。

そこで、特許権者(ロート製薬)は、差戻後の特許庁における無効審判手続きにおいて、マルハ株式会社の商品(コンドロイチン硫酸ナトリウム)の平均分子量が約0.7万等(前記のとおり、実際には「粘度平均分子量」であった)と紹介されている記載を削除するとともに、クレーム中の「平均分子量が0.5万~4万」を「平均分子量が2万~4万」と訂正する訂正請求を行った。二次判決は、(被告の主張に応える形で、)かかる訂正が実質上特許請求の範囲を変更したものということはできないと判断し、また、「本件訂正明細書には,マルハ株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの記載は…ない」として、明確性要件を充足すると判断した。

 

(コメント)

1.明細書中の矛盾記載の削除による明確性要件違反を解消することの是非と問題意識

(1)『訂正要件①~「変更」「拡張」の有無』という観点からの考察

補正・訂正には遡及効がある以上(訂正については特許法128条)、本件明細書は出願時からマルハ株式会社の商品について記載されていなかったとみなされ、出願当初から「平均分子量」は明細書全体に亘り「重量平均分子量」として説明されていたとみなされることとなり、明確性要件を充足すると判断されたことは形式論としては首肯できる。

ただし、かかる形式論を貫徹して考察すると、例えば、実施例・比較例中の矛盾を理由にサポート要件違反となった事案において、問題とされた矛盾する実施例・比較例を削除する訂正をすればサポート要件違反が解消されることになるとも思われるが、それでよいのかという問題意識が有り得るところである。

前提問題である訂正要件について、二次判決(本判決)は、「マルハ株式会社製の製品に関する記載を削除する本件訂正により明確性要件の充足を認めるのは特許請求の範囲を実質的に変更するに等しく妥当性を欠く」という被告(無効審判請求人)の主張に対し、「実質上特許請求の範囲を変更したものということはできず,被告の主張は採用できない。」と判示している。

この点、国内優先権の範囲内であるか否かが問題となった東京高判平成14年(行ケ)第539号「人工乳首」事件で判断されたところと同様に考えるのであれば、クレーム解釈に影響し、発明の拡張となる場合は、発明の詳細な説明の補正(最後の拒絶理由後)・訂正は許されないこととなる。そうであるとすると、明確性要件違反又はサポート要件違反とされた発明と比較して各要件違反が解消された発明が拡張されているかどうかが問題となる。

さらに、本事案と類似の事案として、複数の測定方法・条件が存在するパラメータ発明の侵害場面を想定すると、議論はより複雑になる。例えば、明細書中の開示からパラメータの測定方法が複数理解できる場合に、一つの測定方法を説明する記載を削除すると、発明の技術的範囲は残された測定方法によりパラメータが測定される発明として確定するのであろうか?仮にそのように考えると、「数値限定された特許請求の範囲について『従来より知られた方法』により測定すべき場合において,従来より知られた方法が複数あって,通常いずれの方法を用いるかが当業者に明らかとはいえず,しかも測定方法によって数値に有意の差が生じるときには,…特許権者において特定の測定方法によるべきことを明細書中に明らかにしなかった以上,従来より知られたいずれの方法によって測定しても,特許請求の範囲の記載の数値を充足する場合でない限り,特許権侵害にはならない」とされているところ(東京地裁平成14年(ワ)第4251号「マルチトール含蜜結晶」事件など)、上記のような測定方法の削除が許されるのであれば、削除前は両方の測定方法の測定結果が数値範囲に属しなければ充足とならかったのが、削除後は残された測定方法の測定結果が数値範囲に属すれば充足となることとなるため、発明の技術的範囲が拡張されているとはいえないだろうか?(数値の合理的な測定方法が複数存在する場合は、測定条件を特定すると発明の技術的範囲が逆に広くなるので、通常の発明特定事項による減縮とは異なることに注意を要する。)

そうであるところ、仮に同類似事案の考察結果と本件事案とをパラレルに理解するならば、本件事案においても、訂正前の発明は「重量平均分子量」も「粘度平均分子量」も「0.5万~4万」でなければ充足でなかったものが、訂正後の発明は「重量平均分子量」が「0.5万~4万」であれば(「粘度平均分子量」が「0.5万~4万」でなくても)充足となるため、発明が拡張(ないし変更)されているという議論も有り得るところである(なお、本件では数値範囲も「2万~4万」に変更されている。)。また、この点については、測定方法・条件が複数あり得る場合とパラメータの単位が多義的である場合とで、充足論が別になってもよいという考え方もあるのかもしれない。

(2)『訂正要件②~目的要件(不明瞭な記載の釈明、誤記の訂正)』という観点からの考察

本事案において、発明の詳細な説明中のマルハ株式会社の商品の平均分子量が「粘度平均分子量」で約0.7万等と紹介されている記載を削除した訂正請求における訂正の目的は、不明瞭な記載の釈明(特許法第134条の2第1項第3号)である。

特許庁の実務上、不明瞭な記載の釈明を目的とする訂正は比較的緩く認められる傾向にあり、明確性要件違反を解消するために頻繁に利用されている。しかしながら、本事案は、訂正前の発明の詳細な説明の記載からクレーム中の「平均分子量」が「重量平均分子量」であるか「粘度平均分子量」であるかが不明確であった以上、当然に「重量平均分子量」が正しく「粘度平均分子量」が誤りであると断定されるものではなかった。そうである以上、「重量平均分子量」が正しいことを前提とする訂正は、その目的を「不明瞭な記載の釈明」としようが、「誤記の訂正」としようが同じメルクマールにより判断されるべきという考え方も有り得る。二次判決は、訂正後の発明が明確性要件違反とされた特許権者が審決取消訴訟を提起した事件につき審決を取り消した判決であるため、訂正要件違反の有無は審決取消理由でなかったので、再度の差し戻し後の無効審判及び三次判決において訂正要件違反の有無が争点となる可能性はある。ただし、二次判決が被告の主張に応える形で「実質上特許請求の範囲を変更したものということはできず,被告の主張は採用できない。」と判断を示したことから、事実上の影響があるかもしれない。

この論点に関連し、誤記の訂正に関する代表的な裁判例を以下に紹介しておく。本事案においては不明瞭な記載の釈明を目的として訂正請求がなされたが、訂正の目的として不明瞭な記載の釈明というか、誤記の訂正というかにより訂正の適否の結論が変わることは不合理であると考えられるから、誤記の訂正に関する裁判例の傾向を把握する価値はある。

 

2.一次判決(平成28年(行ケ)第10005号)の抜粋

【請求項1】…平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有する…眼科用清涼組成物

『本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれを示すものであるかについては,本件明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。…本件出願日当時,マルハ株式会社が販売していたコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量は,重量平均分子量によれば2万ないし2.5万程度のものであり,他方,粘度平均分子量によれば6千ないし1万程度のものであったことからすれば,本件明細書のマルハ株式会社から販売される…「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」にいう「平均分子量」が客観的には粘度平均分子量の数値を示すものであると推認される。そして,マルハ株式会社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸ナトリウムの製造販売を独占する二社のうちの一社であって,コンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量を粘度平均分子量のみで測定し,ユーザー(当業者を含む。以下同じ。)から問い合わせがあった場合には,その数値(6千ないし1万程度のもの)をユーザーに提供していたのであり,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として,同社のコンドロイチン硫酸ナトリウムを利用する当業者に公然と知られていた数値は,このような粘度平均分子量の数値であったと認められる。…

本件出願日当時,高分子の平均分子量は一般には「重量平均分子量」によって明記されていたことが認められるものの,マルハ株式会社の販売するコンドロイチン硫酸ナトリウムに限っては,そのユーザーには粘度平均分子量によって測定された平均分子量の数値が公然と示されていたのであり,同数値は,本件出願日前に頒布された複数の刊行物に記載されていた,同社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの重量平均分子量の数値とは明らかに齟齬することからすれば,本件出願日当時の当業者にとっては,他の高分子化合物とは異なり,少なくとも本件明細書に示された同社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量が重量平均分子量か,粘度平均分子量であるかは不明であったものといわざるを得ない。』

 

3.二次判決(平成29年(行ケ)第10210号)の抜粋

【請求項1】…平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有する…眼科用清涼組成物

『本件訂正明細書の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと…からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ…る。…

被告は,コンドロイチン硫酸ナトリウムの市場は生化学工業株式会社とマルハ株式会社が独占していたところ,マルハ株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は粘度平均分子量であるから,当業者は,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が粘度平均分子量でないと判断することはできないと主張する。しかし,本件訂正明細書には,マルハ株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの記載は…ないから,…当業者は,…コンドロイチン硫酸又はその塩の平均分子量が重量平均分子量であることを合理的に理解できる…。

被告は,マルハ株式会社製の製品に関する記載を削除する本件訂正により明確性要件の充足を認めるのは特許請求の範囲を実質的に変更するに等しく妥当性を欠くと主張する。しかし,本件訂正は…「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」を除く訂正…を含むものであるところ…,これをもって,実質上特許請求の範囲を変更したものということはでき…ない。』(下線部は、筆者が附した。)

 

4.数値(パラメータ)が多義的な場合の、明確性要件、充足性について(筆者がパテント誌Vol.71, No.6, p21-32「数値限定発明の充足論、明確性要件」において述べた内容の抜粋)

(1)数値(パラメータ)が多義的である場合について

① 数値の測定条件により測定結果が異なる場合

この場合、測定条件が明細書の記載又は出願当時の技術常識から導かれるのであれば、当該測定条件による測定結果に基づいて属否が決まる。

この点が争われ、特許権者が勝訴した裁判例は2件ある。知財高判平成17年(行ケ)第10661号(「オレフィン共重合体の製造方法」事件)は、出願当時の技術常識からユニポール法の測定条件は「ふるい分け法」によることを理解できるとした。東京地判平成19年(ワ)第3493号(「経口投与用吸着剤」事件)は、回折強度の測定条件はJIS、日本薬局方、日本学術振興会の定めた測定法が共通していたため、理解できるとした。

他方、この点が争われ、特許権者が敗訴した裁判例として、明確性要件違反と判断された裁判例は3件ある。知財高判平成25年(行ケ)第10172号(「渋味のマスキング方法」事件)は、スクラロース量の数値範囲との関係で「甘味を呈さない量」がどの範囲の量を意味するかが不明確であるとした。知財高判平成23年(行ケ)第10418号(「防眩フィルム」事件)及び、知財高判平成28年(行ケ)第10187号(「水性インキ組成物」事件)は、測定条件が明細書の記載又は出願当時の技術常識から導かれないとした。

また、「従来より知られたいずれの方法によって測定しても,特許請求の範囲の記載の数値を充足する場合でない限り,特許権侵害にはならない」として、被疑侵害者側の測定結果に基づいて非充足とされた裁判例は4件あり、東京地判平成11年(ワ)第17601号(「感熱転写シート」事件)、東京地判平成14年(ワ)第4251号,東京高判平成15年(ネ)第3746号(「マルチトール含蜜結晶」事件)、東京地判平成23年(ワ)第6868号(「シリカ質フィラー」事件)、東京地判平成24年(ワ)第6547号,知財高判平成27年(ネ)第10016号(「ティシュペーパー」事件)である。特に、「ティシュペーパー」事件は、明細書中にJIS規格が明示されていたにもかかわらず、JIS規格に規定がない7個の測定条件について、従来より知られたいずれの方法によって測定しても充足する必要があるとして非充足とされており、厳しい判決であるという評釈がある。他方、公知公用の無効理由を立証し難いパラメータ特許発明であり、パラメータも出願当時の規格を微修正したものに過ぎなかったことから、侵害訴訟において特許権者勝訴と判決することは躊躇される事案であったかもしれない。

この類型では、「従来より知られたいずれの方法によって測定しても,特許請求の範囲の記載の数値を充足する」か否かの審理に入ると全てのケースで特許権者が敗訴しているため、特許権者としては、明細書等又は技術常識から特許権者の測定条件が一義的に導かれると主張するべきである。「従来より知られたいずれの方法によって測定しても,特許請求の範囲の記載の数値を充足する」か否かという土俵に乗った上で、被告の測定結果の“信憑性”を争う議論に拘泥してしまうと、過去のケースでは特許権者が全敗なのである。したがって、特許権者としては明細書中に測定条件を明記すべきであり、これを明記しないメリットは無く、デメリットは計り知れない。

なお、「感熱転写シート」事件判決は、原告先願の明細書に記載されていた測定条件に基づくことができない理由として、先願明細書が本件明細書に引用されていなかったことを指摘した。先願明細書が明細書中に引用されている場合は、その記載を主張する余地もある。

この類型に関わる留意点として、従来より知られた測定条件が複数あり、明細書において測定条件が一義的に特定されていない場合、具体的な測定条件をクレームアップした方が発明の技術的範囲が広くなる(通常の感覚とは逆である)。何故なら、具体的な測定条件がクレームアップされていないと、「従来より知られた測定条件」の何れでも充足しなければならないからである。したがって、具体的な測定条件を訂正で追記することは、(特許庁は許すかもしれないが、)発明の実質的拡張(特許法126条6項)に該当し、回復不可能な無効理由(特許法123条1項8号)となる懸念があるため、クレームアップすることは避け、明細書等又は技術常識から測定条件を理解できると主張するに留めることが望ましい。

なお、「前記屈折率の値は、JIS K 7142に従って測定される測定値であり、…」という測定条件を追記する訂正が新規事項追加であるとして認められなかった裁判例として、知財高判平成27年(行ケ)第10234号(「透明不燃性シート」事件)がある。

② 数値範囲のパラメータ自体の技術的意義が多義的である場合

この場合は、明確性要件(特許法36条6項2号)違反とされる。

例えば、知財高判平成28年(行ケ)第10005号(「眼科用清涼組成物」事件<一次判決>)は,「平均分子量」が、「重量平均分子量」であるか「粘度平均分子量」であるかにつき、明細書中に前者を意味すると理解できる記述と、後者を意味すると理解できる記述とが混在していたため、何れを意味するか不明であるとして、明確性要件違反と判断した。

また、知財高判平成20年(ネ)第10013号(「遠赤外線放射体」事件)は,「平均粒子径」が、「体積相当径」であるか「二次元的に定義される径」であるか、その定義(算出方法)が明細書に記載されていないことを理由に,明確性要件違反と判断した。

一般論としては、上記類型①において測定条件を明細書中に明記すべきであったと同様に、パラメータを一義的に理解できるように具体的に明記すべきである。もちろん、発明者は一義的に特定したという認識であろうから、知的財産部ないし外部特許事務所の弁理士が注意喚起をすることが望ましい。なお、上掲した「眼科用清涼組成物」事件<一次判決>においては、実施例の記載では「重量平均分子量」を意味すると理解できたものの、出願当時の他社製品の「平均分子量」を他社公表に係る数値をそのまま記載してしまったところ、当該数値は「粘度平均分子量」であったという事案である。この事例から、実施例等においてパラメータが一義的であるように具体的に明記した上で、余計な情報を記載しないという方針が望ましいといえる。明細書中の実施例・比較例同士の不整合を理由に、明確性要件違反のみならず、サポート要件違反と判断された事案もあるため、要注意である。

③ 小括

以上のとおり、パラメータの多義性については、①測定条件により測定結果が異なる類型と、②パラメータの技術的意義が多義的である類型がある。類型①は、従来より知られた方法が複数存在したか否かが主戦場であり、被疑侵害者としては、これが複数存在したという土俵に乗れば、過去の裁判例は何れも請求棄却となっている。類型②は、パラメータというクレーム文言解釈の問題であるから、特許法70条1項・2項に従った通常の議論である。この意味で、両類型は主張・立証対象が異なるため、混同せずに対応することが肝要である。

 

5.「誤記の訂正」に関する重要判決、裁判例

(1)権利者敗訴事案

① 最高裁47.12.14(民集26巻10号1090頁)「あられ菓子の製造法」事件

『訂正の審判が確定したときは、訂正の効果は出願の当初に遡つて生じ(法一二八条)、しかも訂正された明細書または図面に基づく特許権の効力は、当業者その他不特定多数の一般第三者に及ぶものであるから、訂正の許否の判断はとくに慎重でなければならないのが当然である。…

上告人らが訂正を求める「3乃至5°F」の記載は、特許請求の範囲における発明の構成に欠くことができない事項の一であつて、その記載が「3乃至5°C」の誤記であることは被上告人の争わないところであるとはいえ、本件における特許請求の範囲の項に示された第一工程中の餅生地の冷蔵温度を「3乃至5°F」とする記載は、それ自体きわめて明瞭で、明細書中の他の項の記載等を参酌しなければ理解しえない性質のものではなく、しかも、「3乃至5°F」と「3乃至5°C」との差は顕著で、その温度差はその後の工程を経た焼成品に著しい差異を及ぼすものであるにもかかわらず、明細書の全文を通じ一貫して「3乃至5°F」と記載されており、当業者であれば容易にその誤記であることに気付いて、「3乃至5°C」の趣旨に理解するのが当然であるとはいえないというのである。

これによると、前記の「3乃至5°F」の記載は、上告人らの立場からすれば誤記であることが明らかであるとしても、一般第三者との関係からすれば、とうていこれを同一に論ずることができず、けつきよく、右記載どおり「3乃至5°F」として表示されたのが本件特許請求の範囲にほかならないといわざるをえないのである。

以上説示するところによれば、本件の場合も特許請求の範囲の「3乃至5°F」の記載を「3乃至5°C」と訂正することは、本件明細書中に記載された特許請求の範囲の表示を信頼する一般第三者の利益を害することになるものであつて、実質上特許請求の範囲を変更するものというべく、法一二六条二項の規定により許されないところといわなければならない。』

② 最高裁47.12.14(民集26巻10号1888頁)「フェノチアジン誘導体の製法」事件

『…上告人が訂正を求める「Aは分枝を有するアルキレン基」との記載は、特許請求の範囲の項中の本件特許発明の構成に欠くことができない事項の一に属するものであつて、これが「Aは分枝を有することあるアルキレン基」の誤記であることは当事者間において争いのないところであるとはいえ、本件における特許請求の範囲の項に示された式(化学式は末尾添付)中の「Aは分枝を有するアルキレン基」とする記載は、それ自体きわめて明瞭で、明細書中の他の項の記載等を参酌しなければ理解しえない性質のものではなく、また、それが誤記であるにもかかわらず、「Aは分枝を有するアルキレン基」という記載のままでも発明所期の目的効果が失われるわけではなく、当業者であれば何びともその誤記であることに気付いて、「Aは分枝を有することあるアルキレン基」の趣旨に理解するのが当然であるとはいえないというのである。これによると、前記の「Aは分枝を有するアルキレン基」との記載は、上告人の立場からすれば誤記であることが明かであるとしても、一般第三者との関係からすれば、とうていこれを同一に論ずることができず、けつきよく、本件特許発明の詳細な説明の項中にその趣旨を表示された「Aは分枝を有するアルキレン基」と「Aは分枝を有しないアルキレン基」との両者のうち、前者のみを記載したのが本件特許請求の範囲にほかならないのである。…』

③ 平成10年(行ケ)第336号「多層セラミック低温形成方法」事件

④ 平成15年(行ケ)第525号「硬化性組成物」事件

⑤ 平成17年(行ケ)第10552号「会合分子の磁気処理のための電磁処理装置」事件

⑥ 平成18年(行ケ)第10204号「光ファイバケーブル」事件

⑦ 平成18年(行ケ)第10126号「地下構造物用錠装置」事件

⑧ 平成19年(行ケ)第10242号「紙おむつ」事件

⑨ 平成18年(行ケ)第10547号「太陽熱反射性表面処理金属板」事件

⑩ 平成20年(行ケ)第10216号「レールの据付方法及び据付構造」事件

⑪ 平成27年(行ケ)第10216号「放射能で汚染された表面の除染方法」事件~*誤訳の訂正

 

(2)権利者勝訴事案

① 平成18年(行ケ)第10268号「自動食器洗浄機用粉末洗浄剤」事件

② 平成11年(行ケ)第7号「ベルト金具係合用レール」事件

③ 平成11年(行ケ)第213号「ロータリ耕転装置」事件

④ 平成15年(行ケ)第39号「グアニジン誘導体、その製造法及び殺虫剤」事件

⑤ 平成18年(行ケ)第10210号、第10212号「粒子,X線及びガンマ線量子のビーム制御装置」事件

⑥ 平成12年(行ケ)第297号「受信機」事件

⑦ 平成28年(行ケ)第10154号「マキサカルシトール中間体およびその製造方法」事件

⑧ 平成29年(行ケ)第10032号「導電性材料の製造方法」事件

 

(3)小括

誤記の訂正については、昭和47年の2つの最高裁判決以降メルクマールは一貫しており、当業者であれば容易にその誤記であることに気付いて、正しく理解することが必要である。

言い換えれば、あるクレーム文言ないし発明の詳細な説明中の記載が、A又はBと理解できる場合であり、何れかの誤記であることは当業者であれば容易に気付くことができるとしても、発明の詳細な説明及び図面から、AともBとも合理的に理解できる場合には、Aと誤記の訂正をすることも、Bと誤記の訂正をすることも許されないのである。(誤訳の訂正においても、同様である。)

そうすると、AともBとも合理的に理解できるとして明確性要件違反である場合において、誤記の訂正により発明の詳細な説明中のAを示す記載部分を削除し、Bを示す記載部分のみが残された発明の詳細な説明に基づいて判断されることにより明確性要件違反が解消されるという論理関係には疑問が残るところであり、裁判例を概観しても、明細書中の矛盾記載を削除することにより、明確性要件違反、サポート要件違反、実施可能要件違反が解消された事案を他に見出すことができなかった。この点についても、今後の検討課題であろう。

 


【判示事項(抜粋)~明確性要件に関する判示部分】

争点(明確性要件に係る認定判断の誤り)について

(1) 明確性要件について

特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。

そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2) 「平均分子量」の意義

・・・

(3) コンドロイチン硫酸又はその塩について

・・・

(4) 以上を踏まえて本件訂正後の特許請求の範囲の記載の明確性について判断する。

 ア 本件訂正後の特許請求の範囲にいう「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,重量平均分子量,粘度平均分子量,数平均分子量等のいずれを示すものであるかについては,本件訂正明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件訂正明細書におけるコンドロイチン硫酸又はその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。

 イ 上記1(2)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。

   上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)イ(ア))からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)イ),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2)ウ)も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。

 ウ よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。

(5) 被告の主張について

・・・

被告は,コンドロイチン硫酸ナトリウムの市場は生化学工業株式会社とマルハ株式会社が独占していたところ,マルハ株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は粘度平均分子量であるから,当業者は,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が粘度平均分子量でないと判断することはできないと主張する。しかし,本件訂正明細書には,マルハ株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの記載はなく,ほかにコンドロイチン硫酸又はその塩の平均分子量が粘度平均分子量の意味であることを示唆する記載もないから,上記(4)イに説示したとおり,当業者は,本件訂正明細書におけるコンドロイチン硫酸又はその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌することによって,コンドロイチン硫酸又はその塩の平均分子量が重量平均分子量であることを合理的に理解できるというべきである。

被告は,マルハ株式会社製の製品に関する記載を削除する本件訂正により明確性要件の充足を認めるのは特許請求の範囲を実質的に変更するに等しく妥当性を欠くと主張する。しかし,本件訂正は,① 本件明細書の「かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」(段落【0021】)との記載から,「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」を除く訂正(訂正事項5),② 請求項1及び6の「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」を「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」と改める訂正(訂正事項1及び3)を含むものであるところ(甲95),これをもって,実質上特許請求の範囲を変更したものということはできず,被告の主張は採用できない。

・・・

(要約 中村合同特許法律事務所  弁護士・弁理士 高石秀樹)

 

原告(特許権者):ロート製薬株式会社

被告(無効審判請求人):個人

 

(Keywords)ロート、製薬、個人、無効、明確性、不明瞭、粘度、重量、平均分子量、コンドロイチン、眼科、削除、訂正、明細書、二次判決、マルハ、生化学、測定方法、パラメータ、数値限定、誤記

 

執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース平成30年11月19日の原稿を追記・修正したものです。)

監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)

 

本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp

〒100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6階

中村合同特許法律事務所

 
<< Prev    Next >>

  • サイトマップ
  • 利用規約
  • 免責事項
  • 個人情報保護方針
  • 事業主行動計画

Copyright © 2023 Nakamura & Partners All Rights Reserved.

  1. サイトマップ
  2. 利用規約
  3. 免責事項
  1. 個人情報保護方針
  2. 事業主行動計画

Copyright © 2023 Nakamura & Partners All Rights Reserved.