◆判決本文
1.商品商標の類否判断の方法について
商品商標の類否は,対比される商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,その商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である。そして,商標の外観,観念又は称呼のうち一つが同一又は類似する場合でも,他が著しく相違すること・取引の実情等により商品の出所の誤認混同のおそれがないときには,類似と解することはできない(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決)。
2.結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準について
複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合等,各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には,その構成部分の一部を抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決)。
3.本願商標の分離・要部観察の許否について
結合商標である本願商標「朔北カレー」は,具体的な地域を表さず,出所識別標識としての称呼,観念が生じ得る「朔北」部分と,これが生じない「カレー」部分が,一連一体にのみ使用されている取引の実情が認められず,分離観察が取引上不自然なほど不可分的に結合しているものと認められないから,「朔北」部分のみを抽出して引用商標「サクホク」と比較することが許される。
4.本願商標と引用商標の類否について
本願商標は,「朔北」部分の分離・要部観察によると,引用商標「サクホク」と,称呼が共通するものの,外観及び観念が明確に相違しており,需要者・取引者が「朔北」から「サクホク」・その権利者を想起したり,専ら商標の称呼のみで商品の出所を判別するような取引の実情があるとは認められず,称呼による識別性が外観及び観念による識別性を上回らないから,商品の出所の誤認混同のおそれがなく,類似しない。
1.判決要旨1は,商品商標の類否判断の方法について,判例(最三小判昭和43年2月27日民集22巻2号399頁〔氷山印事件〕)によったものである。
2.結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準について,最二小判平成20年9月8日集民228号561頁〔つつみのおひなっこや事件〕が,「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されない」旨を判示し,その射程範囲が問題とされ,その後の下級審裁判例(知財高判令和元年9月12日(平成31年(行ケ)第10020号)〔SIGNATURE事件〕等)には,最一小判昭和38年12月5日民集17巻12号1621頁〔リラタカラヅカ事件〕を引用して,「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合」にも結合商標の分離・要部観察が許される旨を判示したものがあったところ,判決要旨2は,知財高判令和3年9月21日(令和3年(行ケ)第10029号)〔HIRUDOMILD事件〕を踏襲して,最二小判平成20年9月8日〔つつみのおひなっこや事件〕の上記各判断基準を,最一小判昭和38年12月5日〔リラタカラヅカ事件〕の上記判断基準の例示として位置付けたものである。
3.判決要旨3は,本願商標に判決要旨2に係る結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準,特に最一小判昭和38年12月5日〔リラタカラヅカ事件〕の上記判断基準をあてはめて,本願商標の分離・要部観察を肯定したものである。
4.判決要旨4は,判決要旨1の第二文に係る商品商標の類否判断の方法を本願商標と引用商標の類否判断にあてはめて類似性を否定したものであり,称呼同一なら商標類似との判断基準を採用しない裁判例(東京高判平成12年1月26日裁判所ウェブサイト〔Qt事件〕,東京地判平成16年12月1日裁判所ウェブサイト〔eサイト事件),東京地判平成18年12月22日判タ1262号323頁〔LOVEBERRY事件〕,大阪地判平成20年1月31日裁判所ウェブサイト〔喜度利家事件〕等)に整合するものである。
1.商品商標の類否判断の方法について
「商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である。そして,商標の外観,観念又は称呼のうちの一つにおいて同一又は類似する場合であっても,他の2点において著しく相違することその他取引の実情等によって,商品の出所に誤認混同をきたすおそれのないものについては,これを類似商標と解することはできない(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。」
2.結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準について
「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合等,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には,その構成部分の一部を抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。」
3.本願商標の分離・要部観察の許否について
「本願商標は『朔北』と『カレー』からなる結合商標であるところ,前記のとおり,『カレー』の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じるということはできない一方で,『朔北』については,需要者,取引者をして,『北の方角』又は『北方の地』を表す単語として理解されるにすぎず,具体的な地域を表すものと理解されるものではないから,指定商品との関係において,出所識別標識としての称呼,観念が生じ得るといえる。そして,需要者,取引者をして,『朔北カレー』を一連一体のものとしてのみ使用しているというような取引の実情は認められない。
そうすると,本願商標について,各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められないから,『朔北』の部分のみを抽出して他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである。」
4.本願商標と引用商標の類否について
「本願要部と引用商標は,称呼が共通するものの,外観及び観念は明確に異なっているところ,需要者,取引者が『朔北』から引用商標である『サクホク』や引用商標の権利者を想起するというような取引の実情はなく,また,本願商標及び引用商標の指定商品において,需要者,取引者が,専ら商品の称呼のみによって商品を識別し,商品の出所を判別するような実情があるものとは認められず,称呼による識別性が,外観及び観念による識別性を上回るとはいえないから,本願商標及び引用商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるとはいえない。
そうすると,本願商標が引用商標に類似するとはいえない。」
【Keywords】商品商標の類否判断の方法,出所の誤認混同のおそれ,外観,観念,称呼,取引の実情,全体観察,結合商標,分離観察,要部観察,「朔北カレー」,「サクホク」
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文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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