<本件商標>
<指定商品>
第30類「ラカンカを加味した菓子(果物,野菜,豆類又はナッツを主原料とするものを除く。),ラカンカを加味したコーヒー」他
知財高判令和6年4月24日(令和5年(行ケ)第10109号)(宮坂裁判長)
【判決要旨】
1.本件審判の手続上の瑕疵について
15条の2は、特許庁審査官が拒絶査定をしようとするときは出願人に対し拒絶理由通知を行うことを必要的な手続として法定し、55条の2第1項は、拒絶査定不服審判において「査定の理由と異なる拒絶の理由」を発見した場合にこれを準用する。
本件において、拒絶の原査定及びこれに先立つ拒絶理由通知の根拠条文としては3条1項3号が掲げられていたのに対し、本件審決は同項6号を拒絶の理由としているが、本件審決に先立って新たな拒絶理由通知は行われていない。
拒絶理由通知にいう「拒絶の理由」とは、商標法が定める具体的な登録拒絶事由(根拠条文)を示して、これに該当することの説明をするものと解すべきであり、根拠条文が異なれば、原則として、それのみをもって「異なる拒絶の理由」に当たる。
3条1項各号の実定法上の意義としては、それぞれが独立した別個の登録拒絶事由を定めるものであり、同項6号の「前各号に掲げるもののほか」の文言からも明らかなように、同項6号と同項1号~5号との間に概念上の上下関係、包摂関係があるわけではない。
行政庁による公権力の行使(本件では商標登録出願の拒絶)は、具体的な根拠条文に基づいて行われるのが法治国家の基本であり、「拒絶の理由」の異同についても、拒絶の根拠条文が第一義的な基準になると考えるべきであり、根拠条文の異なる拒絶について、その背景にある立法趣旨において共通性があるからといって、「異なる拒絶の理由」に当たらないなどということはできない。
以上の原則を踏まえつつも、個別具体的な事情により、査定と審決とで拒絶の根拠条文は異なっても、両者の判断内容が実質的に同一(大が小を兼ねる関係を含む。)であり、改めて弁明の機会を付与する必要がないといえる特段の事情が認められる場合には、「異なる拒絶の理由」に当たらないと解釈する余地もあり得る。
本件審決の判断は、本願商標の「奇跡の」について、「常識では考えられないような」程の意味合いで理解されるとして、原査定と異なる前提に立って、同項6号に当たるとの判断
をしている。議論の出発点となるべき「奇跡の」の意味するところの認定に変更が生じているため、出願人・審判請求人に求められる防御の対象及び範囲も大きく異なったものとなっている。そうすると、原査定と本件審決の理由を対比する限りにおいて、その判断内容が実質的に同一であるなどということはできず、改めて弁明の機会を付与する必要があったと考えざるを得ず、上記特段の事情は認められないというべきである。
2.審決の結論に影響すべき瑕疵といえるか
審判手続に瑕疵(違法)があっても、それが審決の結論に影響を及ぼすようなものと認められない場合には、審決取消事由とはなり得ないと解される。
本件審判手続においては、本件審尋書面が原告に送付され、本件審決の理由が事前に明らかにされ、曲がりなりにも弁明の機会が与えられていた。
本件審尋書面及び本件審決で示された拒絶の理由は、原告が本件意見書中で主張していた内容(本願商標は「常識では考えられない神秘的な果物:ラカンカ」という意味を普通に用いられる方法で表示している標章であるとの趣旨)を逆手に取って、本願商標の意味するところについては原告の主張を全面的に採用した上で、そのような意味に理解される本願商標は3条1項6号に該当することになると切り返したものである。当裁判所は、取引者、需要者が理解・認識するであろう本願商標の意味内容について原告が本件意見書で主張したところを前提とすれば、やはり3条1項6号に該当することになると判断する。そうすると、仮に、原告に適式な弁明の機会が付与されていたとしても、本件意見書で自ら主張していた内容を覆すのでない限り有効な反論はなし得ないし、本件意見書と矛盾する内容となることを承知の上であえて反論をしたとしても、禁反言の原則に反する主張又は合理的理由のない場当たり的な対応と受け止められる状況が容易に予想される。
本件における以上の事情を総合すれば、本件審判の手続に瑕疵はあるものの、その手続上の違法は、審決の結論に影響を及ぼすものではない。
3.本願商標の3条1項6号該当性について
本願商標は全体として「常識では考えられない神秘的な羅漢果」程の意味合いを認識させるものであり、原告自身が本件意見書の中で主張している。
証拠(乙6~35)によれば、「奇跡」の文字は、「奇跡の果物」、「奇跡の野菜」、「奇跡のブドウ」、「奇跡のイチゴ」などといったように、「常識では考えられないような」といった程度の意味合いで広く一般に使用されており、飲食料品を取り扱う業界において商品ないしその原材料の宣伝広告に使用されていることが認められる。
そうすると、本願商標をその指定商品に使用しても、これに接する取引者、需要者は、商品の宣伝広告に一般に使用されるような「常識では考えられないような羅漢果」程の意味合いを表示したものと認識するにすぎず、何人かの業務に係る商品であることを表示したものと認識することはない。
したがって、本願商標は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標であるから、3条1項6号に該当する。
【コメント】
1.判決要旨1は,本件審判の手続には瑕疵があることを判示したものである。また、3条1項6号と同項1号~5号との間に概念上の上下関係、包摂関係があるわけではない旨を判示した。
2.判決要旨2は,本件審判の手続に瑕疵はあるものの、その手続上の違法は、審決の結論に影響を及ぼすものではない旨判示したものである。
3. 判決要旨3は、本願商標が3条1項6号に該当する旨判示したものである。なお、UVmini事件(知財高判平成18年3月9日(平成17年(行ケ)第10651号))では、「同項6号にいう『需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標』としては,構成自体が商標としての体をなしていないなど,そもそも自他商品識別力を持ち得ないもののほか,同項1号から5号までには該当しないが,一応,その構成自体から自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないと推定されるもの,及び,その構成自体から自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないものと推定はされないが,取引の実情を考慮すると,自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないものがある」と判示された。
【判決の抜粋】
1.本件審判の手続上の瑕疵について
「15条の2は、特許庁審査官が拒絶査定をしようとするときは出願人に対し拒絶理由通知を行うことを必要的な手続として法定し、55条の2第1項は、拒絶査定不服審判において『査定の理由と異なる拒絶の理由』を発見した場合にこれを準用している。」
「本件において、拒絶の原査定及びこれに先立つ拒絶理由通知の根拠条文としては3条1項3号が掲げられていたのに対し、本件審決は同項6号を拒絶の理由としているが、本件審決に先立って新たな拒絶理由通知は行われていない(以上は争いがない。)。」
「商標法は、商標登録出願に対して拒絶査定をすべき場合を15条各号において限定的に列挙し、法定の期間内に拒絶の理由を発見しないときは商標登録の査定をしなければならない旨を定める(16条)。このような商標法の構造に照らして、拒絶理由通知にいう「拒絶の理由」とは、商標法が定める具体的な登録拒絶事由(根拠条文)を示して、これに該当することの説明をするものと解すべきであり、根拠条文が異なれば、原則として、それのみをもって「異なる拒絶の理由」に当たるというべきである。」
「3条1項各号の実定法上の意義としては、それぞれが独立した別個の登録拒絶事由を定めるものであり、同項6号の「前各号に掲げるもののほか」の文言からも明らかなように、同項6号と同項1号~5号との間に概念上の上下関係、包摂関係があるわけではない(参考までに、本来的な意味での例示列挙の立法例として、著作権法30条の4、同法47条の4第1項があるが、3条1項がこれらと異なることは明らかである。)。」
「行政庁による公権力の行使(本件では商標登録出願の拒絶)は、具体的な根拠条文に基づいて行われるのが法治国家の基本であり、『拒絶の理由』の異同についても、拒絶の根拠条文が第一義的な基準になると考えるべきである。根拠条文の異なる拒絶について、その背景にある立法趣旨において共通性があるからといって、『異なる拒絶の理由』に当たらないなどということはできない。」
「本件において、原査定を不服として本件審判を請求した原告の立場で考えると、原査定で示された理由(上記1(3))を争うべく、『本願商標の『奇跡の』は『栄養素が豊富な』という意味を表すものではなく、したがって品質等表示(3条1項3号)に該当するものではない』という反論に注力するのが自然な対応と解される。現に原告は審判請求書でその趣旨を含む主張をしている一方、3条1項6号が適用される可能性まで視野に入れた主張はしていない。これに対し、本件審決の判断(上記第2の2)は、本願商標の『奇跡の』について、『常識では考えられないような』程の意味合いで理解されるとして、原査定と異なる前提に立って、同項6号に当たるとの判断をしている。これらは、大きな意味において、出所表示機能を欠く商標かどうかという議論として括れないわけではないが、議論の出発点となるべき『奇跡の』の意味するところの認定に変更が生じているため、出願人・審判請求人に求められる防御の対象及び範囲も大きく異なったものとなっている。そうすると、原査定と本件審決の理由を対比する限りにおいて、その判断内容が実質的に同一であるなどということはできず、改めて弁明の機会を付与する必要があったと考えざるを得ない。本件において、上記特段の事情は認められないというべきである。」
2.審決の結論に影響すべき瑕疵といえるか
「審判手続に瑕疵(違法)があっても、それが審決の結論に影響を及ぼすようなものと認められない場合には、審決取消事由とはなり得ないと解される(手続上の違法に限らず、実体上の違法がある場合であっても、この理に変わりはない。)。」
「そこでこの点を検討するに、本件審判手続においては、本件審尋書面が原告に送付され、本件審決の理由が事前に明らかにされ、曲がりなりにも弁明の機会が与えられていたということができる。もちろん、本件審尋書面の送付をもって法定の手続である拒絶理由通知と同視することはできず、適式な弁明の機会が付与されていたということはできないが、審決の理由について何らの予告のないまま、不意打ち的に判断が示された場合とは状況が大きく異なる。」
「加えて、本件審尋書面及び本件審決で示された拒絶の理由は、原告が本件意見書中で主張していた内容(本願商標は「常識では考えられない神秘的な果物:ラカンカ」という意味を普通に用いられる方法で表示している標章であるとの趣旨)を逆手に取って、本願商標の意味するところについては原告の主張を全面的に採用した上で、そのような意味に理解される本願商標は3条1項6号に該当することになると切り返したものである。そして、当裁判所は、後記4で判断するとおり、取引者、需要者が理解・認識するであろう本願商標の意
味内容について原告が本件意見書で主張したところを前提とすれば、やはり3条1項6号に該当することになると判断する。そうすると、仮に、原告に適式な弁明の機会が付与されていたとしても、本件意見書で自ら主張していた内容を覆すのでない限り有効な反論はなし得ないし、本件意見書と矛盾する内容となることを承知の上であえて反論をしたとしても、禁反言の原則に反する主張又は合理的理由のない場当たり的な対応と受け止められる状況が容易に予想されたところである。」
「本件における以上の事情を総合すれば、本件審判の手続に上記2で述べた瑕疵はあるものの、その手続上の違法は、審決の結論に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。」
3.本願商標の3条1項6号該当性について
「本願商標は、『奇跡のラカンカ』の文字を横書きしてなるところ、その構成中の『奇跡』や『ラカンカ』の文字の意味を一般に理解し得る意味(乙3~5)として理解すれば、『ラカンカ』は中国に産するウリ科の植物『羅漢果』の片仮名表記であり、本願商標は全体として『常識では考えられない神秘的な羅漢果』程の意味合いを認識させるものである。以上は、原告自身が本件意見書の中で主張しているとおりである。」
「そして、証拠(乙6~35)によれば、『奇跡』の文字は、『奇跡の果物』、『奇跡の野菜』、『奇跡のブドウ』、『奇跡のイチゴ』などといったように、『常識では考えられないような』といった程度の意味合いで広く一般に使用されており、飲食料品を取り扱う業界において商品ないしその原材料の宣伝広告に使用されていることが認められる。」
「そうすると、本願商標をその指定商品に使用しても、これに接する取引者、需要者は、商品の宣伝広告に一般に使用されるような『常識では考えられないような羅漢果』程の意味合いを表示したものと認識するにすぎず、何人かの業務に係る商品であることを表示したものと認識することはないといえる。したがって、本願商標は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標であるから、3条1項6号に該当する。」
【Keywords】手続上の瑕疵、商標法3条1項3号,商標法3条1項6号、商標法55条の2第1項、商標法15条の2、商標の識別力,奇跡のラカンカ
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文責:弁理士 石戸 孝
監修:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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